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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 メーヴェとソル
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第一話 嫌でも動き出す日々

 駄目だった。

 結局のところメーヴェは、ソルの小屋の隅で膝を抱えていた。

 だが、それも仕方が無いのだ。

 これまでに剣を使った事の無いメーヴェにとって、その剣がどれほどの切れ味を誇っていたとしても、それで切る事に対して想像以上の抵抗があった。

 いくら相手が魔物であったとしても、命を奪うのだ。

 街では罪人が死罪になる事はあるし、そう珍しい事でも無い。立ち会った事や直接見た事はないが、街の秩序の為には当然必要な事でもある。

 魔物の退治も同様だ。

 魔物が街に現れたら、それは街の住人の命にも関わる危険なので、退治する必要がある。

 メーヴェの手にあるのは、その為の武器だった。

 頭では分かっているのだが、頭で分かっているから剣を振って魔物と戦えるようになる訳ではない。

 剣は立派かもしれないが、彼女の身を守る防具は無く、魔力のローブの下は寝巻きとガウン、足元は室内用スリッパである。

 一応近づいては見たものの、薄暗い洞窟はまさに『魔窟』であり、入って行くと生きて帰ってこられないのではないか、と言う恐怖を嫌でも感じさせる。

 それでもメーヴェは持てる勇気を振り絞って、魔窟に入りはしたのだ。

 まだ陽の光が入ってきている間は良かったのだが、その先は奇妙な薄明かりがあり、暗闇の中で何も見えないと言う事は無い。

 それでも形容し難い匂いと不吉さが充満している事は変わりが無いし、危険度は街の裏道より遥かに上なのだ。

 そう考えると、メーヴェはいかに自分が危険な所に立っているかを実感してしまった。

 何しろここには人目が無く、絶世の美少女でありスタイルも抜群、その上戦闘経験なしの自分がこんなところにいるのは、カモがネギどころか、その他の食材も全部まとめて持ってきて鍋も味付けも済んで、今すぐ食べ放題な状態である。

 稼ぐどころの話ではない。

 急激に膝が震え始め、どうしようもない恐怖に座り込みそうになる。

 その時、何かがメーヴェのローブを引っ張った。

「きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁー!」

 喉も裂けそうな絶叫と共にメーヴェは魔窟から脱出して、その足でソルの小屋に駆け込み、定位置になりつつある部屋の隅で膝を抱えていた。

 ソルは木を彫っていたのだが、物凄い勢いで駆け込んできたメーヴェに驚きはしたものの、心配するでも無く溜息をついている。

 罵声も無く、それどころかメーヴェなどいないかのように、一心不乱に彫刻を彫っている。

 まずは怖がっている女の子に優しい言葉をかけるくらい出来ないのかとも思うのだが、素晴らしい技術と集中力なので、メーヴェは魔窟の事とあまりの無神経さに文句の一つも言ってやろうとしていた事は一旦忘れて、その作業を眺めていた。

 最初はただの木材なのだが、それが徐々に人型になっていき、それも少しずつ女神の姿に近付いて行く。

 作業などは地味なのだが、メーヴェはそれに見入っていた。

 そこには『美しさ』があった。

「ソル、いるか?」

 その作業を中断された時、何故かメーヴェは腹が立った。

 みすぼらしい隻腕の男に見蕩れていたと言うのを認めさせられそうだったので、メーヴェは頭を振る。

 実際にやっているのは、学校の授業で男子が彫刻をしているのと何ら変わりがないはずだ。

 そう、見慣れていないから、その珍しさに目を奪われただけで、決してソルに見蕩れていた訳ではない。うん、そうに決まってる。

 メーヴェは心の中で、必死に必要の無い言い訳をしていた。

「誰だ?」

 ソルは右手で自分の首を抑えながら、凝り固まった筋肉をほぐしながら外に向かっていう。

「オレだよ、買取に来た」

「おう、開いてるぞ」

 ソルはそう言うと、扉を開ける。

 そこには黒いローブの男が立っていた。

 闇商人、か。

 メーヴェはそう言う輩を見た事がある。

 もちろん、屋敷の出入り業者では無い。街における禁制の物を取り扱う闇商人の摘発や裁きの話は聞いた事があり、連行されていくところを見た事があった。

 少し考えれば、それも納得だった。

 ただの彫刻とはいえ、『審判』の女神は神像であり、その取引には正式な許可や免許が必要になる。

 当然その資格がある者は街に住んでいる事が普通だが、これほどの彫刻師がまったく無名と言う事も無いはずだ。

 密売か。

 神像の密売と言うのはあまり聞いた事が無いが、これほどのクオリティーの『審判』の女神像であれば、正規品として取引されていても不思議ではない。

 つまり仲介人と言う事か、とメーヴェは考えた。

 資格のある販売者達にこれほどの技術が無い以上、仕入れ業者に頼るしかない。しかし、その技師が資格を持っているとは限らない。

 ソルが技師で、この闇商人が仕入れ業者と言う事なのだろう。

 メーヴェは部屋の隅で取引を見ていた。

「ソル、部屋の隅に何かいるぞ」

「ああ、気にするな。放っておけば噛み付きはしない」

 それでなくても噛み付かないわよ、と言いたいところだったが、メーヴェは言葉を飲み込んだ。

 領主の娘と言うのは、かなりの有名人である。

 ソルは知らなさそうだが、闇商人ならメーヴェの顔も声も知っているかもしれないし、ここにいるのがメーヴェだと知った場合、本格的に拉致される恐れもある。

 正体は隠しておくに限る。

 闇商人は完成している彫像六体を買い取っていくが、そこでメーヴェは疑問に感じる事もあった。

 完成している六体を買い取っていく事は、別に不思議でも不自然でも無い。

 奇妙なのは、ソルバルトが新しく像を彫り始めた事だ。

 机の上には、彫りかけの物があった。

 彫りかけ、と言うより七割方出来ていたみたいなので、もう少し手を加えれば完成するはずだが、それではなくまったく新しい物を一から作り始めていた。

 品物の審美眼であれば、他の誰よりも優れていると自負しているメーヴェである。

 あの彫りかけの像は、最初から商品として作られている『審判』の女神より遥かに芸術性が高く、完成すれば美術館に飾れるくらいの一級の芸術品になると見ている。

 それこそ、それ一つだけで街の一等地に豪邸を建てる事も出来る値がつく……はず。多分。

 それとも、商品としての『審判』の女神像にはモチーフがあるので作りやすくても、あの作りかけのモノにはそう言うモノが無いので、特別な何かが無ければ作業が進まないのだろうか。

 メーヴェにはよくわからない感覚ではあるが、母のお抱えの画家が近い事を言っていた様な気がする。

「それより、街で何かあったようだが、ソレの取引は変わらないのか?」

 ソルが闇商人に尋ねる。

 街で何か?

 メーヴェは部屋の隅で、二人の話に耳を傾ける。

「ま、何が起きても俺達には大差無い。それでも、貴族がいなくなって商売しやすくなるんだろうが、昨日の今日では何も変わらんよ」

 昨日の今日?

 彼女は思わず声を出そうとするが、身の危険を感じて言葉を飲み込む。

 何故その事に命の危険を感じるのかはメーヴェ自身よくわからないが、極めて貴重な情報を入手出来そうな機会だったにも関わらず、彼女は口をつぐんだ。

 街で何かあったと言う事は、確実に領主であり統治者である両親にも関わる事である。それの大小の差はあるが、大きな問題だった場合、メーヴェが闇商人と関わりあったと言う事実は無い方が良い。

 そう、決してただ恐怖に怯えて都合の良い言い訳を考えている訳ではなく、これは冷静に判断した結果であり、その事自体は間違いではない。

「街の事に興味があるのか? らしくないな」

「いや、大した興味は無い。騒がしいのが嫌いなだけだ」

「なるほど。だったら、もうしばらくは我慢する事だな」

 闇商人は笑いながら言う。

「それじゃまた二週間くらいしたら、買取に来る。また作っておいてくれ」

 闇商人は彫像を持って来たバッグに入れ、一度メーヴェの方を見る。

 メーヴェは慌てて膝を抱え、剣を抱きしめる。

「やっぱり気になるな。ソル、アレは何だ?」

「わざわざ部屋の隅で見えにくくしている時点で、察しろよ。男の一人暮らしで、来客の時に隠すモノなんて決まってるだろ?」

「……魔物か?」

 闇商人が嫌悪感を漂わせながら、メーヴェを見ている。

「詮索するなよ。それとも何か? 一緒に楽しむか?」

「悪いが俺は、そんな上級者じゃないんだ。『そういうモノ』は街で買う事にする」

 闇商人はそう言うと、そそくさと小屋を出て行く。

 何の話なのかイマイチつかめないところはあったが、どうやらあれだけ凝視されても正体はバレなかったみたいだ。

 ソルも巧妙に正体を逸らしてくれていたみたいだが、礼を言う気になれないのは何故だろう。

 恩知らずと思われたくはないのだが、物凄く失礼かつ無礼な事を言われた気がする。

 そうでもないと、魔物扱いを受ける理由が無い。

 このローブの下には、絶世の美少女メーヴェさんだぞ! と言いたかった。

 とはいえ、闇商人に対して自分をどう言っていたのかよりも気になる事はたくさんあった。

 その中でもメーヴェにとって、時間が経つにつれ大きくなっていく問題がある。

 昼食である。

 朝は食べられなかったので、かなりの空腹を感じていた。

 しかし、朝の態度を考えると昼食を用意しても、メーヴェには分けてもらえないかもしれない事は、十分過ぎるほど考えられる。

 だが、メーヴェも馬鹿では無い。

 今度は勝算がある。

 この小屋は狭く、ゴミ置き場に何があるのかを詳細に知ることは出来ないが、それでも食材らしきものはここにはない。

 例えば干し肉や乾燥果実なども、ここには無い。

 つまり、これから取りに行くはずだ。そこについて行こうと言う考えである。

 ソルがどれくらいの実力者かは分からないが、メーヴェ一人で狩りをするより遥かにマシだ。

 我ながら完璧、とまではいかないまでも、及第点は付けれるだろう。

 そこで狩りのコツさえ掴めば、一人でもやっていけるかもしれない。

 ……と言うより、街に戻ってはどうだろうか。ここが森の近くと言う事は歩いて帰れる距離なので、狩りのコツを覚えるより手っ取り早いんじゃないか?

 我ながら天才的な発送の転換、天啓とさえ言えるだろう、と心の中でメーヴェは自画自賛する。

 そうと決まると、こんなところで座っている場合では無い。

 今すぐにでも街に帰り、両親に話してこの隻腕の男に然るべき罰を与えてやらなくては。

 とは思うものの、メーヴェは重い腰を上げようとしなかった。

 強烈な不安が全身を駆け巡る。

 まるで魔窟にでも行くかのような、絶対に近寄ってはいけないとさえ思える恐怖が、メーヴェに行動させなかった。

 昨夜からの記憶の欠落に関係しているのかも知れないが、それを思い出すのも怖かった。

 せっかくの良い考えだったのだが、諦めざるを得ない。

 そこでメーヴェは次善ではあるが最初に考えついた、ソルが食材を取りに行くのについて行く事を選んだ。

 これはリスク管理の上から、止むを得ない事である。

 絶対の自信、とは言えないものの、この嫌な予感や恐怖心は無視出来ない。

 胸騒ぎどころの話ではないのだから、ここは本能に従うべきだろう。

 メーヴェは自分にそう言い聞かせて、ソルを見る。

 取引を終えたソルバルトは大きく伸びをすると、彫りかけの彫像は放ったらかしにして、床にゴロリと寝転がる。

 まさか、そのまま寝るつもりか?

「も、もう、お昼よね?」

 メーヴェはそう言ってみた。

 かなり集中して作業していたみたいなので、時間の感覚が無くなっているのかもしれない。

 だから、昼食の時間と言う事も忘れているとも考えられるので、メーヴェは善意から教えてやったのだ。

「ん? 腹でも減ったのか?」

 ソルバルトは興味無さそうではあったが、そう尋ねてくる。

 そう、そう言う気遣いが必要なのだ。

 今のところ、そう言う気遣い以上の事はこの男に求められない事は分かったし、誇り高き貴族の中の貴族の令嬢がそれ以上譲歩するべきではない。

「え? い、いや、お腹が空いたとかそういう事じゃ……」

「取ってこい」

「……取ってこい?」

「魔窟で稼いでくるなりすりゃいいだろ? その為に剣も貸してるんだ」

 ソルはそう言うと、寝転がって背中を向ける。

 この野郎、どこまで失礼な奴だ。いっそ、後ろから斬りかかってやろうか、とも思う。

 思うのだが、隻腕とはいえこの男は魔窟探索の経験者だと言う事は、借りている剣からも予想がついている。

 おそらく浅い階層の魔物より強いだろうから、メーヴェが背後から斬りかかったところで、あの作りかけの彫像を見ていた時の様に知らない内に刃を向けられそうだ。

「……喉が渇いたんだけど」

「近くに川があるだろ」

 ソルはコチラに目も向けず、面倒そうに答える。

 本気か?

 メーヴェはそう思って部屋を見ると、確かに水道を引いているようには見えない。

 と、言う事は。

「……トイレ、とかは?」

「その辺でしてこい」

「洗濯は?」

「近くに川があるだろ」

「何か食べ物は?」

「魔窟で稼げ」

「だって怖いし」

「近くに森もあるだろ」

「服とかどうするの?」

「魔窟で稼げ」

「ムキーッ!」

 メーヴェは怒って喚いたが、ソルバルトはこちらを向こうともしない。

 一回斬ろう。まずは斬る。それから後の事は考える。

 メーヴェは抱きしめている借り物の剣の柄に手をかけた。

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