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嫌われ者達の魔窟逃避行  作者: 元精肉鮮魚店
プロローグ それぞれの理由
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第十二話 目覚めるとそこは

 良い匂いがした。

 彼女の部屋まで食事の匂いが届く事は無いので、持ってきてくれたのかもしれない。

 しかし妙な事もある。

 ベッドが異常に硬い。まるで床にでも寝ているかのようだ。

 と言うより、どう考えても自宅のベッドでは無い。

 考えたくないし認めたくないが、ベッドから落下してしまったのかも知れない。

 昔はよくあった。

 もっと小さい、幼い頃の話だったがその時から彼女にはちょっとしたこだわりがあった。

 起こされるまで、起きない。

 ちょっとみっともない事は認めるが、それでも定時に起こしに来るのが世話役であるハンスの役割でもある。

 ハンスの仕事を奪わない為にも、ここは寝てやっておくべきなのだ。

 そうする事で世話役は任務をまっとう出来るわけだし、それによってハンスの評価も上がる。

 つまりこれは、世話役の為の行動なのだ。

 しかし、ハンスも考えている。

 直接起こすのではなく、定時になると自然と目を覚まさせるように、食事の用意を部屋で行うとは大したものだ。

 この方法だと、彼女は起こされたと言う不快さではなく、定時に自然と目が覚めたと演出できる。

 もちろん世話役も起こしに来ているので、職務を行ってもいる。

 ある意味では、理想的な正解行動と言えるだろう。

 ここは悩みどころだ。

 あくまでも世話役に仕事をさせてやるべきか、それとも世話役の演出に乗ってやるか。

 悩みはしたが、せっかく世話役が趣向を凝らしているのだから、それに乗ってやるのは決して悪い事では無い。


「おはよう」 

 のっそりとした動きで、彼女は起きる。

「おはようございます、お嬢様」

 と言う、朝の挨拶を交わすハンス。

 は、いなかった。その言葉も無かった。

 まったく見覚えのない、みすぼらしい小屋。

 自分が寝ていたのは間違いなく床だったが、そもそもこの小屋にはベッドが無い。

 今まで彼女が寝ていたのは、部屋の真ん中に床をくり抜いて火を起こせるようになっていて、出入り口は一つ。窓も一つ。

 部屋の奥に作業机の様な台と、その上に乱雑に並べられている木像。机の向かいはゴミ置き場なのか、色んなモノが乱雑に置かれている。

 そのゴミ置き場に一人、誰かが立っていた。

 茶色い長い髪は、まったく手入れされていないみすぼらしさで、この小汚い小屋によく似合っている。

 だが、その人物の最大の特徴は、そのみすぼらしさではない。

 左腕が無いのだ。

 薄汚れたシャツの左腕部分には、腕を通しているようには見えない。

 その片腕の姿と、みすぼらしさには見覚えがある。

 だが、屋敷内ではない。

 領主の屋敷にこんなみすぼらしい男が入る事は出来ないし、隻腕の使用人などもいなかった。

 その片腕の男はゴミ置き場から器を一つ持って、こちらへやって来る。

 部屋の真ん中では、火にかけた鉄鍋が香ばしい香りを漂わせているので、あの器を容器としてよそうつもりかもしれないが、衛生面は大丈夫なのだろうかと心配になる。

 だが、鍋の中身には魅力があった。

 材料は驚く程大した事は無い。

 川魚や山菜などを軽く調理して鍋に放り込み、少量の調味料で味付けした程度のモノみたいだが、片腕とは思えないほど器用なのだろう。

 あの作業台の上の木像も、ひょっとするとこの片腕の男が彫ったモノかもしれない。

 片腕の男は彼女の向かいに座ると、器と一緒に持ってきたお玉でフチの欠けた器に移す。

 まさかとは思うのだが、あの器で貴族の令嬢をもてなすつもりなのだろうか。

 大体この男は、身嗜みもなっていない。

 伸び放題の髪も少しは整えた方が良いだろうし、似合っていない無精髭も剃った方が良い。しかし、その辺を整えればそれなりに見栄えもしそうなモノだ。

 などと彼女が考えていると、器用な事だけは分かった片腕の男は有り得ない行動をとり始める。

 フチの欠けた器を彼女に勧める事無く、自分で食べ始めたのだ。

「え? ちょっと! ちょっと、待ちなさい!」

 思わず声を荒らげてしまったが、男はこちらをチラリと見たあと、何事も無かったように食事を続ける。

 有り得ない。

 この行動は有り得ない。

 下民の分際で貴族の、しかも許可も得ずに領主の娘より先に食事を始めると言うのは、無礼どころではない。

 考えてみると、まだ寝惚けていたところもあったとは言え、彼女の挨拶はこの狭い小屋の中だったら聞こえていたはずなのに、この男は無視している。

 それだけで棒叩きの刑に値する。

 いや、ちょっと待て。

 彼女はカッとなる自分を落ち着ける。

 そもそも何故彼女はここにいるのか、そこが曖昧になっている。

 衣服は寝巻きにガウン、ハンスが持たせてくれた魔力のローブくらいと言う事は、ここへ自ら望んで来たとは思えない。

 それにハンスが持たせてくれたと言うローブも、持たせてくれた事は覚えているがそれが何故なのか、どうしてこの場にハンスがいないのかも記憶から抜け落ちているところがある。

 何か思い出したくない事があったのかもしれない。

 もしかすると、自分はこの片腕の男から拉致され、この小屋に監禁されているのではないかとも思う。

 そう考えると、あの片腕の男の無礼さも、腰に下げている剣に恐怖を感じる事も自然な形で理解出来る。

 と、同時に彼女は不安を感じ始めた。

 自分の手で自分の体を触れてみるが、衣服や下着に不自然な乱れは感じられない。しかし、こんな見ず知らずの、見るからに不審極まりない男と一晩一緒だったと言う事は領主の娘としては大問題だ。

 では、自分は身代金を要求され、親に迷惑をかけてしまうのだろうか。

 とは言え、もしこの男がそんな短絡的な行動を取ろうとしているのなら、この男の取るに足りない命も残り時間は短い。

 娘に対しての非道を許す両親ではないし、世話役のハンスも警護役としての実力がある。

 ん? おかしくないか? と彼女は引っかかりを覚える。

 彼女の服装だ。

 寝巻きとガウンと言う格好から、もし拉致されたとすると外ではなく室内だったはずだ。

 この片腕の男が、警備が厳重な屋敷に忍び込み、そのまま彼女を拉致してこの小屋まで来る事が可能だろうか、と言う疑問である。

 この男がどんな実力者かは知らないが、片腕の男が簡単に侵入して娘を拉致してそのまま逃げおおせるなど、少なくとも彼女には考えられない。

 屋敷の中で彼女の部屋は特に厳重に警護されているし、もし拉致だったとしたら一晩もあれば街中の住人が彼女を探しに来ているはずだ。

 そこに考えが至った時、彼女は原因不明の悪寒を感じた。

 街の住人が彼女を探していると言うのはわかるが、その事がとてつもない恐怖を感じさせる。

 まるで探されている事が悪い事だと言わんばかりだ。

 欠落した記憶を辿りたいところではあったが、それには大きな問題があった。

 とにかく食欲を刺激する、香ばしい香りだ。

 いやでも空腹を意識させられるし、そちらに意識が向くのを止められない。

 じっと片腕の男を見る。

 下民の分際で貴族より先に食事する様な無礼な奴が存在するとは彼女には思えないので、おそらく味見、場合によっては毒見をしているのかもしれない。

 さっきはつい取り乱してしまったが、貴族たる者、常に気品を持って振舞わなければならない。

 彼女は自分にそう言い聞かせ、衣服を正して座り直す。

 例え身につけているのが寝巻きとガウン、更には視認性を下げるローブであったとしても、そこは問題ではない。

 貴族に振舞うにはあまりにも貧相な料理ではあるが、ここは施しを受けてやる事にする。

 それもまた、貴族の器の大きさを示すものだ。

 と、言う事で無礼な男が振舞うのを待っているのだが、片腕の男は彼女の方を見ようともしない。

 まさか、まさかとは思うのだが、このまま食べてしまうのではないか、と不安になってくる。

 それは貴族とか下民とか言う以前の問題ではないか? 普通、お腹を空かせている絶世の美少女が目の前にいる場合、例えくたびれたオッサンであったとしても、食事を勧めてくるのが常識ではないか?

 と言うより、せめて声くらいかけてくるのが、紳士として当然の行為のはずだ。

 耳が聞こえないのか、とも思う。

 その場合、この失礼な行動も一部理解出来なくはないのだが、それでもジェスチャーで勧めてくる動作くらいしてくるはずだ。

 ここは思案のしどころである。

 せっかく施しを受けてやろうとしているのだが、目の前の隻腕の男はこちらから促してやらなければ、そう言う気遣いも出来ない程度の野蛮人である可能性が出てきた。

 あんな貧相なごった煮は、とても貴族が口にするべきではない下賤な食べ物ではあるのだが、庶民の生活、中でも貧困層の食生活を知る機会などそう多くない。

「わ、私もそれ、食べてあげてもいいわよ?」

「ん?」

 彼女の言葉に、隻腕の男が反応する。

「いやぁ、貴族のお嬢様に振る舞える様なモノでは無いから」

 と言うと、男は食事を再開する。

 それは分かっているのだが、改めて口にされると自分が浅ましく思えてしまう。

 まるで物乞いをしているみたいだ。

 それを実感してしまうと、顔がみるみる紅潮していくのが分かる。

 あまりの恥ずかしさと惨めさに泣きたくなってくるが、同時に空腹も強く感じる。

 一度意識してしまうと、どうしようもなく気になってしまう。

 この男は、試しているのか?

 彼女も、もう十六歳である。

 同年代の少女の中には他の貴族家に嫁いだ者もいるし、彼女にもそう言う話は来ていると言う噂を聞いた事もある。

 なのでこれは、不測の事態に対して貴族として適正な行動を試しているのかも知れない。

 この隻腕の男は、わざと無礼な行動を取って怒らせようとしているのかも。

「幾ら出せる」

 隻腕の男が、彼女に言う。

「……は?」

「金だ。幾ら出せるんだ?」

「……はぁ?」

 唖然として、彼女は男を見る。

 金を要求しているみたいだが、下民が貴族に対してそんな事をするなど、正気の沙汰とは思えない。

 下民が貴族をもてなせるというだけでも、破格なのだ。

 それを金?

 まるで対等だと勘違いしているのでは無いか?

 こっちが下手に出て、調子に乗っているんじゃないのか?

 だんだん腹が立ってきた。それに合わせて、お腹も空いてきた。

 しかし、ここで屈する訳にはいかない。

 どんなに美味しそうだったとしても、あくまでも一食だ。それで餓死する事は無い。

 それに、この隻腕の男は恐ろしく器用な様だが、片手で出来る料理にはそれほどバリエーションは無いはずなので、昼や夜も同じ物、もしくは近い物を作るはずだ。

 これ以上下手に出るのは領主や統治者と言う立場の両親を、更には先祖の家名を汚すことになる。

「お、お父様に伝えてあげるわ。幾ら欲しいの?」

 でも、空腹には耐えられなかった。

「あん? 食いたいのはお前だろ? お前が稼げ」

 男は興味も無さそうに言う。

 金が欲しいくせに、とんでもない難癖をつけてくる男だ。

「か、稼げって、まさか、私の体が目的じゃ無いでしょうね!」

 彼女は慌てて、自分の腕で体を覆うように隠す。

「そんなモン貰っても、腹は膨らまないからな。いや、バラして食うか?」

「え?」

 体が目的って、そう言う事? 何か聞いてた話と違う。

 彼女に違う種類の不安が押し寄せてくる。

「若い女は魔物も食いたがるみたいだし、食えば上手いのかな? さすがに人はまだ食った事無いからな」

「え? えぇ?」

 この男はそこまで空腹なのだろうか。

 同じ学校にいる事が不快だった貴族を名乗るのもおこがましいビッチ共の話では、『体で払う』というのはそこまで直接的な危険では無かったと思うのだが、あいつらはそんな勇者だったのか。

「すぐ近くに魔窟があるから、そこで稼いで来い。今から行けば、晩飯くらい食える程度の稼ぎにはなるだろう」

「……はぁ? 何言ってるの?」

 魔窟に行け? こいつ、頭悪いの?

 物を知らないにも程がある。

 魔窟には未成年だけで近づいてはいけない事は、常識以前の問題だ。必ず保護者、特に装備を整えた成人と一緒で無ければ入ってはいけないと、街の法で決められている。

 確かに浅い層であれば、小銭稼ぎになると言うのは聞いた事があるし、戦いの資質や能力があれば確かに食事代くらい稼げると思う。

 しかし、彼女はそう言う能力には恵まれていない。

 しかも今の装備は魔力のローブはあっても、衣服は寝巻き。足元はスリッパ。武器も持っていないのだから、魔窟に近づいても稼ぐ事など出来るはずがない。

「宿泊費も払っていないんだぞ、お前は」

「宿泊費?」

 この小屋で金を取るつもりなのか。

「嫌なら出て行け。近くには森もあるから、雨風を防ぐ事も出来る。川もあるから飲み水もある。魔窟に行けば金も稼げる。これ以上何を望むんだ?」

 隻腕の男は彼女も見ないでそう言うと、食事を再開する。

 ここまでくると腹も立たない。

 むしろここまで無知で無礼な生き物がいたのかと、感心さえしてしまうくらいだ。

 森と魔窟と言う事は、街外れではあってもさほど街から離れている訳ではない。その場所さえ分かれば、多少時間がかかるとはいえ歩いて帰る事も出来る距離だ。

 それでなくても、ハンスが迎えに来てくれるだろう。

 それまでの短い間、この珍妙な生き物の観察をしていても良いかもしれない。

 ……お腹は空くけど。

 この隻腕の男は食べ物を振舞う気は無いようだし、ハンスが迎えに来たら然るべき罰を与える事にして、彼女は先ほどから気になっていた作業机の上に並んでいる彫像を見る。

「壊すなよ」

 隻腕の男がそう言うが、見くびってもらっては困る。

 こっちは正真正銘の貴族である。

 物に八つ当たりするような育て方はされていないし、どんなゴミみたいな物であったとしても敬意を払う事を忘れるような事はない。

 などと見くびっていたが、彼女は机の上に並ぶ、さほど大きくは無い彫像を見て驚いた。

 とても片腕の者が彫ったとは思えない、素晴らしい出来だった。

 芸術品一歩手前と言うか、何も知らない者であれば芸術品と騙せるレベルの物だ。

 この街では『審判』と言う女神が信仰されている。

 目隠しをした女神で、右手に剣を持ち、左手に天秤を持つその女神像が机の上に並べられている。

 模造品としては最高級と言えるだろう。

 だが、これはあくまでも模造品止まりであり、芸術品にはなっていない。

 机の上には完成した女神像が六体と、彫りかけの状態で転がっているのが一体あった。

 彫りかけているモノだけは、『審判』の像ではなさそうで、今の状態では売り物にならないのは分かるが、その作りかけの像は彼女の目を引きつけて離さない。

 それだけは何か違った。

「触るな」

 いつの間にか隻腕の男がそばに立っていて、剣を抜いて彼女の手に向けている。

「うひあっ! さ、触らないわよ」

 慌てて手を引っ込めて、彼女は机から遠ざかる。

 さっきまでのぶっきらぼうな態度とは違い、明確な感情を表していた。

 殺意。

 それは殺気や敵意ではない。

 今では消えて、ただの無礼で無知なみすぼらしい男に戻っているが、あの一瞬は剥き出しの感情で彼女を貫いていた。

 怒気や敵意を含まない、純粋な殺意。

 だが、不思議な事に気絶するほどの恐怖は感じていなかった。

 それを感じる余裕すら無かったのだ。

 彼女は部屋の隅に膝を抱えて座る。

 これからどうしよう。ハンスはいつ迎えに来てくれるんだろう。お腹空いたけど、これから食べ物はどうしよう。それに着替えとかお風呂とか、いくらお仕事が忙しいと言ってもお父様もお母様も心配しているだろうし、そもそも何で私はこんなところで、こんな奴と一緒にいるんだろう。

 そう、そこが最大の疑問だった事を思い出した。

 彼女の最後の記憶では、屋敷にいたはずだ。

 自室でいつも通りに眠っていたはずなのだが、そこで記憶の混濁と消失があるのが自覚出来ていた。

 夜中に目を覚ました気がするし、その時ハンスと何か話してこのローブを受け取った。その後、『自分の足で』ここに来たような気がする。

 しかも、この隻腕の男に会う為に。

 いや、隻腕の男だったかは分からないが、ハンスに言われた誰かに会う為にわざわざ夜中に寝巻きと室内用のスリッパで街外れの森の近くまでやって来たのだ。

 何があった?

 何も無いのに、そんな奇行をするはずもない。もしこれを無意識で行っていたのなら、確実に夢遊病なので、ハンスから両親の耳に入って自室療養か入院する事になっているはずだが、何か明確な理由があったからこそハンスは彼女にローブを渡したはずなのだ。

 彼女は、何事もなかった様に剣を収め定位置に戻って来た隻腕の男を見る。

 まるで見覚えは無いのだが、剣を向けられたのが初めての気がしない。

 彼女が隻腕の男を見ている時、男も彼女の視線に気付いた。

 

『グゥー』


 無音の室内に、彼女の腹腔から消化の音が鳴る。

 決して空腹を訴えている訳ではない。

「貴族のお嬢様は、口ではなく腹で訴えるのか。器用なモノだな」

 笑いながら、隻腕の男が言う。

 違うのに。お腹の鳴る音と言うのは、必ずしも空腹であると言う訳ではないのに。馬鹿じゃないの?

 と言おうとしたのだが、顔から火が出そうなくらい、むしろ顔から火が出ているのかと言うくらいに赤面しているのが分かる。

 何でこんな時に限って、こんなタイミングでお腹が鳴るんだろう。

 恥ずかしすぎて死にそうだ。いっその事、死んでしまいたい。いや、この際この男を殺して自分も死のう。

「まったく、貴族のお嬢様は仕方が無いな」

 男が呆れたように苦笑しながら、ゴミ置き場の方へ向かう。

 その後ろ姿を彼女は睨む。

 最初からそうやっていれば、こんな恥ずかしい思いをせずに済んだのだ。

 だが、それでも食べ物を献上しようとしたのであれば、まあ恥ずかしい思いをした甲斐はあると言える。

 それとは別に、罰は罰としてお父様から裁いてもらおう。

 彼女はそう思っていたが、男はゴミ置き場から予想外な物を持って来た。

 剣だった。

 どう見てもどう考えてもこれは食事をする為に必要な物ではないし、使い方によるとかそう言う次元の話ではないと思う。

「魔窟の出入り口付近であれば、素手でも倒す事も難しくはないんだがな。ホレ、貸してやるから稼いでこい」

「……は?」

 剣をぐいっと押し付けられたので、勢いで剣を受け取ってしまう。

「言っておくが、その剣も有料で貸すんだから、日が経つほどお前は借金していく事になるぞ。それに貸すのは剣だけだ。食物が欲しいなら、森で取ってくるか、魔窟で稼ぐんだな」

 嘘だと思いたいのだが、どうやらこれが現実らしい。

 こんな剣でどうしろと? と思いながら剣を見る。

「な、何よ、コレ」

 こんな剣を、ゴミ置き場に?

 彼女の手にある、有料のレンタル剣は、こんなにぞんざいに扱っていいような剣ではない。

 少なくとも、この剣より強いと断定出来る様な剣は街には無いだろう。

 途轍もない名剣だ。

 クラウディバッハ家は武器戦闘を得意とする家系ではないものの、それでも最高位の貴族なので、その格に見合う武具が置かれていたが、この剣はそれらに匹敵するか、あるいはそれ以上の武器だった。

 何故これほどの名剣を持ちながら、こんな小屋に住んでいるのだろうか。この剣を売れば、もっとまともな家に住めるものを。

 そう思いながら彼女は、もう一度男の方を見る。

 メーヴェが渡されたレンタル剣の方が、隻腕の男が腰に下げている剣より名品に見える。

 この武器があれば、自分でも魔窟の魔物を蹴散らす事が出来るかもしれない。

 彼女はぎゅっとその剣を抱きしめる。

 この時の彼女メーヴェと、隻腕の男ソルは、お互いにお互いを敵視するような関係だった。

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