来たるべき日
あれから一週間。
現在も俺とあの時のメンバーとはギクシャクしている。
例外は上野と池内くらいだろうか。
というか上野に関しては俺が能力を明かす以前よりも話しにきている気がする。
何故かその時顔が赤かったりするがよくわからない。
まさか上野の様な完璧超人が俺を好いているという事もないだろう。
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「どう?楓。上手く話せた?」
「う〜ん。やっぱり緊張しちゃうよ〜。」
「しっかし驚いたなぁ。楓が岸田くんの事好きだなんて。」
「だって、2回も助けられたんだよ?それに2回目は距離が近かったし、ドキドキしないわけないじゃない。」
「ま、それはわかるけどさ。岸田くんって何考えてるかわからないじゃない?」
「そうだけど、優しいよ。私を救ってくれたし。」
「楓が好きっていうんだから私は応援するだけだよ。」
「ありがとう、忍。」
と、裕二の関与していない場所ではこんな会話が繰り広げられていた。
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今日もみんなで迷宮にきている。
これはいつもと変わらない光景だ。
俺は能力がバレても相変わらず後ろで支援するだけだ。
木戸が前衛をやって、上野がトドメを刺す。
他の2人はおこぼれをもらったりとそんな感じだ。
そして、昼頃になりみんなで集まって休憩を取る。
これもいつもと変わらず、みんなからは少し離れた場所で食べる。
しかし、いつもと同じ光景はここまでだった。
「わぁぁぁぁぁ!」
誰かが悲鳴をあげる。
その方向を向いてみると明らかにゴブリンとは格が違うクマの様な魔物がいた。
クマといっても元の世界の比ではなく、大きさは2m以上ある。
その前足には強靭な爪が付いていて、殺傷力が高そうだ。
それに、口元は血で濡れていて今まで何かを食っていたようだ。
「ひぃぃぃぃ!」
さすがにみんなビビっている。
「あれはグリズリー!ばかな!あいつは30階の魔物だぞ!なんでここにいる⁉︎」
騎士団長が狼狽を見している。
「みんな!まずは落ち着いて後退しろ!」
さすが騎士団長だ。
的確に後退の指示を出す。
俺たちは少しずつグリズリーに背中を見せないように下がっていく。
しかし、グリズリーはそんな事御構い無しに俺たちに突っ込んでくる。
騎士団長はとっさの判断で前に出てグリズリーの攻撃を盾で受け止める。
ガコッ!と音がして盾で衝撃を受け止めたが真正面からの力勝負では部が悪いのか少しずつ押されている。
俺たちはその間に騎士団長の後ろに人を逃し、後退の準備を進める。
「騎士団長!手伝います!」
織田が出ていく。
「無理だ!お前達では歯が立たない!これは騎士団ですら手を焼く相手なんだぞ!」
「だったらなおさら1人でなんて無茶です!」
「いいから行け!」
「しかし!」
ラチがあかないので止めに入ろうとすると、上野が行った。
「織田くん、ここは騎士団長に任せて行こう?」
「だがそれでは騎士団長が!」
「だから早く撤退して騎士団を呼んでくるのよ。」
「……わかった。」
上野が行ってくれてよかった。
織田を気絶させたりしなくてよくなった。
俺たちは撤退を始める。
今回は割と全速力だ。
片道1時間以上かかる道を走って進んでいく。
すると、後ろからドシッドシッという音が聞こえる。
グリズリーだ。
ということは騎士団長はやられてしまったのだろう。
パニックになった生徒はみんなが個人個人で逃げ去る。
そうなれば当然逃げ遅れる生徒もいる。
ちょうど天然の橋を渡る際に相沢が転ぶ。
「相沢くん!」
上野が叫ぶ。
「みんな!グリズリーに遠距離攻撃するんだ!」
織田がそう叫ぶとみんなは各々の能力を発動させ、攻撃を仕掛ける。
しかし、グリズリーの勢いは止まらない。
そして、グリズリーが相沢に向かって手を振り上げる。
その瞬間、橋が不自然に"赤く光って"崩壊する。
もちろん、相沢ごとグリズリーも落ちていく。
「相沢ぁーーー!」
「相沢くんーー!」
みんなが叫ぶ。
俺は崩れた橋に近づき下を見る。
高層ビル10階分くらいだろうか?
死んでるかもしれない。
というか上手く生き残ってもグリズリーとともにいて生き残れるはずがない。
「仕方ない。実行するか。」
そう、これはまたとないチャンスなのだ。
教官がいないので俺を止めるものは少ないだろう。
「実行するかって何だ?」
織田が聞いてくる。
「一応言っとく。俺は今からクラスを抜ける。」
「何を言ってるんだ!今はそんな場合じゃないだろ!早く相沢を助けに行かないと!」
「だから今言ってるんだよ。俺は今からここを降りる。相沢をここまで連れてきてやるからそれでお前達とはさよならって事だ。」
「ばかなことを言うな!そんな事できるわけないだろ!」
「出来るし、お前に許可を取ることはしない。俺は行くって言ったんだ。行ってもいいかなんて言ってない。」
「お前!」
織田が胸倉を掴んでくる。
俺は両手で俺の胸倉を掴んでいる織田の鳩尾を割と本気で殴り、胸倉を離したところで足払いをし、こけたところを蹴り飛ばす。
「触るな。」
「まだ……だ。行くなら俺を倒してから行け。」
織田が剣を抜く。
さすがにしぶとい。
俺はふらふらの織田の顔面を勢いをつけて殴りつける。
その一撃では倒れなかったので思いっきり蹴り飛ばし、壁にぶつける。
「俺を倒してから行けだと?調子に乗るのもいい加減にしろよ?お前は少しばかりステータスが高かったから調子に乗ってるんだろうが実戦経験が圧倒的に足りないんだよ。」
「な、何で、俺たちはクラスメイトだろ?」
「ああ、俺たちはクラスメイトだ。ただそれだけだ。お前がクラスメイトにどんな思い入れを持っているのかは知らないが、自分の自己満足に俺を巻き込むな。お前達の言うみんな協力して生きていこうというのは無理だ。お前には自覚が無いかもしれないが、お前達のいう協力は弱者からの搾取だ。弱者は遅かれ早かれいつか迷宮で死ぬ。その前にお前達クラスメイトの中から絶対に裏切って弱者から搾取しようとする奴がきっと出てくる。」
そう言って俺は木戸を睨む。
木戸は俺の視線に少し怯えた様子だった。
間違いなくこいつが相沢を落としたのだ。
俺は織田に視線を戻す。
「そして、お前はそれに気づかず、のうのうと生きて彼らが死んでいくのを見ていくだけだ。俺はそんなのはごめんだ。だから、先に抜けさせてもらう。」
そう言って、俺は穴に近づく。
さすがに言い過ぎたか織田が反論してくる様子はない。
その代わり上野が寄ってくる。
「岸田くん、行っちゃうの?」
「ああ、さよならだ。もう会うことはないだろう。」
「そんな事ないよ。岸田くんとは絶対会う気がする。」
「ハハ、そん時は頼むよ。」
俺はそのまま穴に飛び込む。
ビル10階分くらいの高さだろうか、下を向いていると地面が近づいてくる。
俺は剣を壁に突き刺す。
ガリガリという音ともにブレーキがかかる。
そのまま着地する。
周りを見回すと相沢とグリズリーがいた。
まさに絶体絶命という感じで怯えながら剣を握っている。
俺は能力を発動させ、壁に突き刺さってボロボロになった俺の剣を犠牲として使う。
剣は白い光を放ち出す。
そして剣が光で満ちたのを確認すると、そのまま遠くから振り下ろす。
剣の衝撃は光とともに放たれ、グリズリーを真っ二つに断裁する。
俺の手の中の剣は砂のようになり消えていく。
「相沢、大丈夫か?」
「岸田!」
「こらこら泣くな。」
相沢が泣きながら抱きついてくる。
面倒なので首根っこを掴んで、そのまま投げる体勢に入る。
「えっ⁉︎えっ⁉︎何する気なの?」
「投げる。」
俺は1時間の右手の感覚を犠牲に、能力を発動する。
右手が光を帯び出す。
そして、光が満ちたのを確認すると、混乱している相沢を思いっきり上に投げる。
相沢はかなりの速度で上を飛んで行ったようだ。
この能力はまだ使い慣れないので、加減がわからない。
怪我くらいはするかもしれないが、上にはクラスメイトもいるので何とかなるだろう、多分。
とりあえずこの感覚のない右手のままうろつくのは危険なので何処かで休むことにした。