能ある鷹も仕方なく爪を出す
俺たちが実戦訓練をし始めてから1ヶ月が経った。
俺の予想通りみんなゴブリンを殺せるようになっていた。
今日はみんなで10階に降りる事になった。
10階と言っても敵の数が増え、迷宮の構成が難しくなるくらいだ。
俺たちはいつも通りグループで探索を開始する。
最近は騎士団長の見ていないところでも戦うことが許されている。
俺たちの先には織田たちのグループが進んでいる。
気配を確認しながら進んでいく。
しばらく進んで、今日初のゴブリンに会う。
数は3匹。
別に余裕というわけでは無いが、みんなでやれば簡単に倒せた。
近頃はゴブリンを軽視している奴もいるようだ。
それが油断にならなければ良いのだが。
俺がそう思っていると、悲鳴が聞こえる。
木戸はあまり気乗りしていないようだったが、俺たちの班は声のした方に行く。
織田たちのグループだった。
どうやら女子たちが人間の死体を見て驚いたらしい。
ゴブリンの死体は慣れたが、さすがに人間となると厳しいのかもしれない。
といってももう骨になった死体だが。
そう思っていると複数の気配がする。
しかもかなりの数だ。
軽く30体はいるだろう。
囲まれている。
織田も気づいたのか青ざめた顔をしている。
「みんな集まれ!」
織田の掛け声で俺たちと織田の班が一箇所に集まる。
すると、俺たちが固まったのを見て、ゴブリン達が姿をあらわす。
俺たちを囲むようにして。
なかなか厳しい状況のようだ。
「木戸、楓、冬木は他の人を守ってくれ!俺が敵を少しずつ倒していくから!」
「そんな無茶だよ。」
上野が反対する。
それもそうだろう。
いくら織田が強いからといって、織田程度のステータスと武術ではこの数を相手にできない。
「大丈夫だ!俺を信じてくれ!」
織田はイケメンオーラを振りまき、親指を立てる。
こいつは無駄死にする気のようだ。
さすがにこいつを失うのはみんなの士気に関わるので止めるべきだとは思うが、なにせポンコツと思われている俺が言っても無駄だろうし、上野が言っても聞かないのだから仕方あるまい。
織田はゴブリンの軍勢に突っ込んでいく。
それを見たゴブリン達は数体が織田を相手して残りはこちらにくるようだ。
「相沢くんと岸田くんは私の後ろにいて!なんとか守るから!」
上野が俺と相沢の前に立つ。
女の子に守られるというなんともカッコ悪い展開だが仕方あるまい。
俺たちは弱いのだから。
織田を見ていると、ゴブリン数体相手に苦戦しているようだ。
それに、俺たちが攻撃を受けていることを見て、焦っている。
そして、その焦燥は他にも伝染する。
「もう嫌!助けて!誰か助けてよ!」
俺と同じで木戸の後ろに守られている子が叫ぶ。
「うるせえな!守ってやるから黙ってろ!」
木戸が叫ぶ。
木戸も相当厳しいのだろう、声に余裕がない。
この防衛戦が突破されるのも時間の問題のようだ。
「仕方ないな。」
「岸田、何してるの?」
相沢が聞いてくる。
「準備運動だ。」
「準備運動って何の?」
とりあえず相沢は無視して筋肉を伸ばしたりする。
すると、前の上野がピンチのようだ。
ゴブリン3体に押されている。
上野の剣を一匹のゴブリンが抑えている間にもう一匹のゴブリンが上野に斬りかかる。
上野は剣を握る手を1つ離してゴブリンの剣の柄を持つ。
しかし、ゴブリンはもう一匹いる。
3匹目のゴブリンが上野に剣を振りかざす。
そろそろ助けないとまずいので、助けることにする。
俺は上野の後ろから剣を引き抜き、ゴブリンの剣を受け止める。
上野の後ろから前に剣だけを出して止めているため、見る方向によれば抱きついているように見えるだろうがそこは許してほしい。
「岸田……くん?」
「ああ、少し下がってくれるか?」
「う、うん。」
そう言って上野が一歩下がる。
上野の頭が俺の首に当たる。
「ありがとう。」
俺は受け止めているゴブリンの剣を横に流し、ゴブリンを斬りあげる。
ゴブリンは血を胸から噴き出しながら倒れる。
ゴブリンの血のせいで前にいる上野が血まみれになったが仕方ないだろう。
俺は上野の肩を持ち、場所を交代する。
「岸田くん!」
俺がこいつらと戦うことを心配しているのだろうか?上野が声を上げている。
割とどうでもいいことなので放っておく。
俺の前にいるのは残り2匹。
ゴブリンは仲間を殺された怒りからか俺を前と後ろで挟み撃ちにしてきた。
そして、同時に剣を振ってくる。
俺は後ろのゴブリンに向かって背中のまま近づき、急に体勢を低くする。
すると、ゴブリンの剣は俺を切り裂くことはなく、肘が俺の肩に当たって止まる。
前方のゴブリンは俺が剣で止める。
そして、俺は剣を持った腕を突き出したままの後方のゴブリンの腕を持ち、投げ技の要領で前に投げる。
空中でこちらを向いたゴブリンの体に剣を差し込む。
胸を貫通し、ゴブリンは口から血を吐く。
「くそ、汚ねえな。吐き出すなよ。」
俺はゴブリンの汚い血を手に浴びながら、ゴブリンの刺さった剣を振り、ゴブリンの死体を落とす。
前方にいたゴブリンはその行為にさらに怒ったのか単調な動きで剣を振りかざしてくる。
俺は剣を持っている方のゴブリンの腕を切り落とし、足払いをする。
片腕を失ったゴブリンはもちろんそのまま倒れる。
俺は倒れたゴブリンの胸を踏み、動きを止めてから剣をゴブリンの頭上に垂直に構える。
ゴブリンはその行動から俺が何をするのか察したのか必死に抵抗してくる。
残った片方の手で俺の踏んでいる足を掴もうとする仕草を見せたため、先にその腕を切り落とす。
「ギャァァァァ!」
ゴブリンが絶叫を上げる。
俺は腕のなくなったゴブリンの頭に剣を突き刺す。
ゴブリンの体はブルブルと震え、やがて生き絶えた。
あとはこれと同じで要領で他のところにいるゴブリンも倒していく。
そして、あらかた片付いた。
あとは織田だけなのだが、織田の方にはこちらから逃げたゴブリン達も行っているようだ。
まだ持ちそうなので、まずは確認する。
「上野、怪我してないか?」
「え、う、うん。それより岸田くんのその強さはーー」
「それはまた後でな。」
俺は織田の方を見て言う。
「うん。織田くんを助けてあげて。」
「わかった。」
しかし、そろそろゴブリン一体一体に相手するのが面倒になってきたので、能力を起動する。
この1ヶ月で俺が密かに調べてきた能力。
『等価犠牲』はその名の通り、犠牲を払うことで同じぶんだけの力を手に入れることができる。
その基準は誰が決めているのかはわからないが、力が存在することは確かなのだ。
そして、今回の犠牲は俺の持ってる剣だ。
俺が能力を発動させると、何の変哲も無い剣が眩く光りだす。
これは剣が壊れる一歩手前まで犠牲を払ったからだ。
この光は剣の寿命の輝きと言ってもいいだろう。
俺はその光剣を振りかざす。
すると、衝撃が剣を振った先、一直線に伸びていき、ドゴォーン!と言う音を立てて、迷宮の壁ごと破壊する。
その衝撃は織田を取り巻くほとんどのゴブリンをさらっていき、消しとばした。
そして、力尽きた剣は砂のようにボロボロになって崩れ去る。
「な、何だ⁉︎」
突然起きた光の衝撃に織田が驚いているようだった。
しかし、そんな混乱の中でも織田は2匹のゴブリンを倒しきり、こちらへ駆けつけてくる。
「みんな!大丈夫か!」
「あ、ああ。」
織田が心配しているのだが、みんなきになるものがあるように織田への返事が散漫になる。
「岸田くん、聞いていい?」
代表して上野が聞いてきた。
「……帰ってからな。」
少しやり過ぎた。
そして、それを影から見る男にも俺は気づいていなかった。
俺たちは早めに撤収した。
そして夕食後、緊急でミニクラス会議になる。
ミニが付くのは今日俺の能力を目撃したメンバーだけだからだ。
「さあ、説明してくれ。何で、お前があんな能力を持っていたのか。」
「何でってそりゃ隠したからだろう。」
「じゃあ、何で隠したんだ?」
本当の事を言ってもいいのだが、まだ".俺の準備が完全ではない"ため別の理由を言うことにする。
「あの能力は犠牲を要求するからな。能力の強要を防ぐためだ。」
「犠牲とは具体的には何だ?」
「俺の物全てだ。俺が俺の物と認識できる物は全て犠牲にできる。」
「それは、人もできるのか?」
みんなに緊張が走る。
それはそうだ。
もし人間ができるのなら俺は犠牲にすることで確実に排除できるのだから。
「相手の承認があればな。」
みんながほっと胸をなでおろした。
「ならステータスを見せてくれないか?」
「何でだ?」
「君を信頼するためにステータスを確認したいんだ。」
織田が悪気もなさそうに言ってくる。
「断る。」
「何故だ?やましいことでもあるのか?」
「あるに決まってるだろ。じゃないと隠すかよ。」
木戸が言ってくる。
どうやら木戸も俺のステータスを見たいようだ。
さすがにめんどくさいので、言う。
「俺はお前に信用されようがされまいがどうでもいい。」
「なんだと?」
織田が少しキレ気味になる。
「俺がお前に信用されたとして何かあるのか?無駄に情報をばら撒いて、お前は俺に何をするんだ?俺にはデメリットしかないだろう?」
「俺はクラスメイトとしてーー」
「わからないようだからはっきり言ってやる。お前の信用なんていらないし、欲しいと思ったこともない。そして、命を助けてもらったのにお礼も言えないような奴を信用するほど俺は単純じゃない。」
「ぐっ。」
「もういいだろ?今日は疲れたから休ませてもらう。」
そのまま部屋を出て行こうとすると、上野に止められる。
「岸田くん。今日は助けてくれてありがとうね。それと……」
「それと?」
「カッコ良かったよ。」
上野が顔を赤くしながら言ってくる。
「あ、ああ、ありがとうな。」
不覚にも少したじろいでしまった。
そうして俺は自分の部屋に帰り、就寝した。
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その日の王の寝室
「それで、彼らの成長度合いはどうじゃ?」
「はい、皆さんそれぞれ良い具合で成長しております。ただ、1人ずば抜けたものがおりまして。」
「織田 将暉か?」
「いえ、彼も他の者と比べればすごいのですが、彼と比べてもずば抜けた者がいるのです。」
「誰じゃ?申してみよ。」
「はい。岸田 裕二という者です。」
「どのくらいすごいのじゃ?」
「ゴブリン30体ほどを1人で狩っていました。」
「そうか、そうか。ほほほ、良いことじゃ。」
王は悪い顔をして笑った。