勝者以外に意味はない
朝起きると、ミラの香りがした。
ふと横を見るとミラが、胸の前で腕を折りたたみ俺の腕を枕にして寝ていた。
「んぅぅ……。」
可愛らしいので、頭を撫でてみる。
「んふふ。」
眠っているミラの顔がにやける。
触っているミラの髪はサラサラで本当に触り心地がいい。
少し髪をかき上げてみると、髪は一つ一つ落ちていく。
髪がフワッとなるごとにミラの良い香りが強くなる。
「んん、ユウジ?」
ミラが起きてしまった。
「悪い。起こしたか?」
「いいよ。でも私の髪がどうかしたの?」
「いや、特にどうとかではないんだ。ただ触り心地が良くてな。」
「フフ、嬉しい。」
「嬉しいものなのか?」
「うん。ユウジに触られるのは好きだから。」
「じゃあ、もう少し触ってもいいか?」
「うん。」
そうして、少しの間触らしてもらう。
今度は髪を梳くようにように触る。
「ん。」
「どうした?痛かったか?」
「違うの。ちょっとくすぐったい。」
「ごめんな。」
「いいよ。」
そして手を横にずらしていく。
すると、俺の手に可愛らしい小ぶりな耳に手が当たる。
「ひぁ!」
ミラが声を上げる。
「耳はダメ。」
また一つミラの弱点を見つけた。
しばらく触り続けミラがヒクヒクするのを楽しんだ。
そうして、満足した後、俺たちが着替えていると、
「兄ちゃんたち、ご飯できたよ!」
と俺達の泊まっている家のお外から声が聞こえてきた。
俺達が着替えを済ませ、下に降りると、家の外でダンテが待っていた。
ダンテについていき、ダンテとイーリアと彼らの母親とともに朝食をとる。
「ねえねえ、お兄ちゃん達ってどこから来たの?」
ダンテがテンション高く聞いてくる。
どうする?といった顔でミラがこちらを向く。
「王都から来たんだ。」
「王都?」
「そんなに遠くからいらしたんですか。」
母親が間に入って話してきた。
「ああ。」
「あ!そういえばね。最近王都で勇者様が現れたんだって!」
俺は少しピクッと反応してしまう。
「勇者様ってどんな人?」
ミラが俺の世お薄を察してか、ダンテに聞く。
「ん~とね。なんかかっこいいらしいよ。あと黒髪の人が多いんだって!」
「ダンテは見たことないの?」
「うん。いつか見てみたいな。」
「お姉ちゃんは見たことないの?」
「私はない。」
「お兄ちゃんは?」
ダンテが純粋な表情で訪ねてくる。
「……見たことはあるな。」
「え!どんな人だったの?」
ダンテは勇者のことに興味津々なようだ。
「……意外と幼い人達だったよ。」
「へぇ~、そおなんだ。若い人たちなんだね」
「ユウジ……。」
ミラがこちらを心配そうな顔で見てくる。
「大丈夫だ。」
それからしばらく勇者のことをダンテやリーリスから聞かれた。
そうしてダンテたちが落ち着いたのを確認して、俺は新たな話題を振る。
「この近くに町はあるか?」
「近くってわけじゃないけど、2,3日歩いたところにあるよ。」
なるほどここは村からはそう遠くない場所のようだ。
「どうやって行くの?」
「森を抜けるとね、道があるからそこを辿っていけば、オカート村につくよ。」
「ありがとう。」
そう言って、ミラはダンテの頭をなでる。
「私も!私も!」
リーリスが自分もと主張する。
「おいで。」
ミラがあいているもう片方の手で手招きをする。
リーリスは嬉しそうにミラに頭を撫でられる。
やはり子供は頭を撫でられたいのだろうか?
そうして、飯を食べ終わり、俺たちはいったん外に出た。
「ユウジ、これからどうするの?もう出発する?」
「いや、今日はここに泊まって、明日ここをでる。」
「わかった。じゃあ、私、ダンテ達の面倒を見てていい?」
「そんなに気に入ったのか?」
「うん。子供は好き。だから早くユウジとの子供が欲しいな。」
ミラが上目遣いで言ってくる。
「子供は旅が終わってからだな。」
「そうだね。さすがに今のは冗談だけど、ユウジとの子供が欲しいの本当だから。」
「俺もだよ。」
そうして俺たちは別々に行動した。
ミラは先ほども言ったようにダンテ達と遊んでいるようだ。
俺はというと町に着いたときに一文無しであると町に入れない可能性があるので薬用成分のありそうな植物や魔物の素材を集め、町に入るときにその場で売って金に交換してもらう予定だ。
俺たちの元居た迷宮の素材では目立ちすぎてしまうので、こうしてここの素材を集めているのだ。
それともう一つこの街に細工もしておく。
この細工で彼等の人生は大きく変わるだろう。
その転換も俺のエゴで変えてしまうことになる。
しかし、それでも俺は見てみたいのだ。
大切なものを失ったとき、人はどんな顔をするのが正しいのか。
かつて俺が正しくできなかった顔を……。
「あ、やっと帰ってきた。」
外から帰るとミラが俺のことを迎えてきた。
「どこまでいってたの?」
「少し遠くの川のほうまでだ。」
「川があったんだ。」
「ああ、あそこは安全そうだから、あとで水浴びにでも行ってきたらいい。」
「そうする。」
そうして、夕食を取り、ミラも水浴びを終わらせ、ダンテ達と別れ就寝につこうとしていた。
「どうしたの、ユウジ?眠れないの?」
「いや、まあ、少しな。」
「こっち来て。」
ベッドの反対側にいたミラが手招きをして、俺を近くに引き寄せた。
そして俺の頭を抱ええるような形で、俺を抱く。
そして、俺の頭を撫でる。
「?」
「ユウジは小さいころに頭を撫でられたことある?」
「……あるよ。ミラはどうなんだ?」
「私も小さい時にお母さんに。」
「ミラのお母さんってどんな人だったんだ?」
「私のお母さんは強くて美しい人だった。それに、優しさを兼ね備えたすごい人だった。私が落ち込んだ時によくこうやって頭を撫でてもらっていた。ユウジのお母さんはどんな人だったの?」
「……わからない。」
「え?」
「わからないんだ。俺の母親は俺が物心つく前に死んだ。」
「……じゃあ、誰に頭を撫でてもらったの?」
ミラは一瞬聞いてもいいかどうか迷って、疑問を口にした。
「姉だ。」
「お姉さん?」
「ああ、姉がよくなでてくれていた。」
「そう……。」
ミラはそこで言葉を止めた。
俺のどこか悲しそうな雰囲気を察したのだろう。
そうして二人の間に少しの沈黙が流れた時だった。
ドンドンと俺たちの家の扉をたたく音がした。
ついに来たようだ。
「姉ちゃん!助けて!母ちゃんが!母ちゃんが!」
俺が扉を開けるとダンテが飛び込んできた。
「母ちゃんを助けて!」
そういうダンテとともに、ダンテ達の暮らしていた家に急ぐ。
その光景は酷いものだった。
昨日ダンテ達を襲った狼たちがダンテ達の家を襲っていたのだ。
リーリスは何とか外に逃げ出したようだが、母親のほうは中に残ってしまったようだ。
狼型の魔物もリーリスを狙うのではなく中に残った母親のほうを狙ったようで、中に数匹いるのがわかる。
ダンテに連れられ、家の中に入ってみると、そこには、ほとんど食い散らかされた母親がいた。
「ダ……ダン……テ……。」
かろうじて聞こえる母親の声は、作られた存在にふさわしい声となっていた。
声はかすれ、右手もなくなっているソレは、普通の人間なら死んでいるはずの量の血を流していた。
「兄ちゃん!母ちゃんを助けて!」
ダンテが必死に訴えてくる。
「もう手遅れだ。」
「ユウジ?」
この発言にはミラも驚いているようだった。
「そんなわけない!母ちゃんは生きてる!だから!だからはやく……助けてよぅ!」
途中から泣きじゃくりながら、必死に懇願する。
その鳴き声に狼たちも反応し、こちらを警戒し始める。
「そんなに死人を助けたいなら自分で助けろ。俺はお前を助けることはいいが、死人まで助ける気など毛頭ない。」
「そんな、俺には無理だよ。」
非情にも狼たちはこうやってダンテが泣いている間にも、母親を喰らっていく。
「ダンテ、もうわかっているんだろう?お前たちの母親はすでにこの世にはいない。お前たちの親は村が襲われた日に死んだんだ!」
「違う。」
「何が違う?」
「……母ちゃんは死んでない。」
「いいや、死んでいた。それをお前が蘇生したんだ。不完全な状態で。」
「俺は!母ちゃんを完全に生き返らせたんだ!失敗なんてしていない!」
「お前がそう思っていても、リーリスはそう思っていないだろう。」
「え?」
「リーリスは俺なんかよりもはるかにお前のことを知っているし、はるかにお前のことをわかっている。だから母親を不完全に生き返らせることでお前の精神が安定するなら、たとえよく思っていなくてもな。お前は妹と母親を守っている気分だったのかもしれないが、お前は何も守れていない、お前はただ自分のエゴに妹と死人を巻き込んだだけだ。」
「……違う。」
ダンテから紡ぎだされたその言葉はほとんど力がこもっていなかった。
これで完全に心が折れただろう。
俺は少しそこから離れ、もはやほぼ骨となっている母親に群がる狼たちを剣で駆除する。
狼たちはどこかやせ細っていて、おそらくこれが原因で狼たちは襲ってきたのだろう。
狼たちを倒し、後ろを振り向くと、ダンテは崩れ落ちていた。
その隣にはミラが寄り添っており、少し心配そうな表情を浮かべていた。
俺はうなだれているダンテに近づいてく。
「……ユウジ。」
ミラから声が漏れる。
ダンテの前で立ち止まり、俺は口を開く。
「ダンテ、お前はリーリスを守りたいか?」
「……うん。」
あの日俺を形成した言葉を与える。
「だったら強くなれ。どこの世界でも等しく敗者に意味などない。勝者だけが世界で生きることを許され、敗者は常に淘汰される存在だ。正義も真実も、そして幸福さえすべては一握りの勝者だけが決められる。だから強くなれ。強くならなければ、勝利をつかみ取ることも、大切なものを守ることも不可能だ。お前の守りたいものを大切に思っているなら、せめてそれを守れるくらいの力はつけるんだ。さもなければ、お前はもっと失うことになる。」
「「……。」」
ダンテもミラも黙っていた。
「明日までに自分の考えをまとめておいたほうがいい。この世界で生き残りたいならな。」
そうして俺は先に家に帰った。
その途中、リーリスとすれ違ったが何も声はかけなかった。
しばらくして、ミラが帰ってきた。
「ユウジ。どうしてあんなことを言ったの?いつものユウジじゃなかった。」
「……そうかもな。だがあのまま放っておくのもなんだか気が引けたんだ。俺が言ったのはあいつらの為でもあるし、俺の為でもある。」
「ユウジの?」
「あの時どういう顔をすればよかったのか知りたかったんだ。」
「……あの時って?」
「……俺の親が死んだ時だ。」
「ユウジのご両親は亡くなってるの?」
「ああ、俺が小さいころにな。」
「……ユウジ。」
ミラの優しい声が近づいたかと思うと、ミラは俺の頭を抱きかかえていた。
「?ミラ、急にどうしたんだ。」
「つらいなら泣いていいんだよ。」
「……。」
その沈黙を俺が悲しみを肯定したと感じたのかミラは俺の頭を静かに撫でた。
俺が本当に悲しいのは、その悲しみを持てないということに気づかずに。
長いこと執筆できなくてすみません。
今回の話は少し長めの話となっており、考えをまとめるのに時間がかかってしまいました。
今回はミラの子供好きや、ユウジの考えが深く出た回となりました。
次回はこの続きの話となります。