恋愛ごっこで勉強しよう
『恋愛ごっこを始めてみよう』の続編です。こちらから読むことをオススメします。
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「お前……人の部屋で何やってるんだ?」
「見ての通り、読書ですけど?」
「あぁ、なるほど……って、自分の部屋で読めばいいだろ!」
「……ちょっとでもマサと一緒にいたくて。ダメ?」
「…………許す」
ちょろい。
マサと恋人になってからはや1ヶ月。私たちは恋人になる前と大して変わらない。唯一変わったのはマサがちょろくなったことぐらいだ。ちょーっと甘えればすぐにこれだ。悪い女に引っかかりやすいタイプ。
今も私は漫画を読みに来るためだけにマサのお部屋にお邪魔している。うちの暖房が壊れたのだ。新田家は漫画を読むのに適した温度ではない。だからマサのお部屋にお邪魔した。気分は暖かいところを目指す渡り鳥。
「で、何読んでんの?」
「なんでもいいでしょ」
やっぱりあったかい部屋は最高だ。後ろからちゃっかり抱きついてきたマサも相極まってぬくぬく。そこらのリクライニングチェアよりもあったかくて冬のお気に入り。夏は勘弁してもらいたいけど。
「俺が漫画読んでる時、お前だって邪魔してくるじゃん? だから今日は俺が邪魔する」
「えっ、今邪魔してたの? 快適すぎてわかんなかったー」
「あのなぁ、俺はリクライニングチェアじゃないんだからな?」
「えー、初耳」
「何読んでるか教えてくれるまでやめないから」
現に今、マサは私の髪をいじったり、意味もなく肩に顔をうずめてきたりしている。くすぐったい。大型犬を飼うとこんな気分になるんだと思う。
しばらくほっといてみたけど、本当に教えるまでやめる気はないみたい。漫画を読もうにも気が散って仕方ない。
「もー、わかったから! くすぐったいしウザい!」
「いつものお前の方がもっとウザいからな?」
そんな自覚はない。今度はもっとウザいことをしてやろう。耳元で違う漫画を音読するとか。いやー、これは次回が楽しみだ。
でもまぁ、今の状況で漫画が読めるほど私も図太くない。私はしょうがなく読むのをやめ、マサの顔面に漫画を押し付ける。
「友達に読んでみろ、って半ば押し付けられた」
「いや、今のお前は物理的に俺に押し付けてるからな?」
マサは片手で漫画を顔から引っぺがし、漫画の表紙を見た。
「何これ。恋愛漫画?」
「そ。これ読んで勉強しろってさ」
「ふーん。黎が恋愛漫画ねぇ」
今日の昼休みに突然押し付けられたこの漫画。今、ものすごく話題になっている恋愛漫画らしく、『女の子なら誰しもがやってもらいたい胸キュンシーンが盛りだくさん!』がコンセプトらしい。この漫画を読んでもっと可愛らしい女の子を目指せとのことだ。私には無理。基本的に漫画は漫画、現実は現実だ。でも、フィクションとして読むのは嫌いじゃない。
「私だってたまには読むよ?」
「へぇ。じゃあ、壁ドンとか興味あんの?」
「うーん……なんか現実味がしなくて」
壁ドンなんてただ壁に追い込まれるだけじゃん。それのどこに『胸キュン』があるのか私にはわからない。
すると、漫画を勢いよく閉じたマサは何やら企みがあるような怪しい笑顔を浮かべながら立ち上がった。
「じゃあさ、やってみよ?」
「は? 何を?」
「壁ドン」
「え?」
まだ私を照れさせる検証は続いているみたいだ。私たちの間柄は恋人を通り越してもはや熟年夫婦。今更照れろと言われてもなかなかきついものがある。
しかし、マサは最近やたらと仕掛けてきた。結果的に私の返り討ちに会うくせに懲りないバカ虎。
「まぁいいから、壁際に立ってみろよ」
「本当にやるの?」
「人生何事も挑戦が大切だ」
「それ、格言の無駄遣い」
そう言いつつも壁際に立つ私もマサには甘い。多分誰もやったことがないだろう。こんなにも甘い雰囲気がない壁ドンなんて。ある意味私たちだけの特別な壁ドン。
「ここでいい?」
「おぅ。よし、いくぞ?」
「こい!」
レディ、ファイッ!
やり取りだけ聞くとただの格闘技。しかし、実際は漫画でよく見る壁ドンだった。顔の両サイドには野球部でに鍛えられたマサの男らしいゴツゴツした手があった。肘を曲げ、背中を丸めながら顔を寄せてくるもんだから、私の目の前にはいつもより少し近いマサの顔。近くで見ると意外とカッコよくてなんかムカつく。
「俺、お前のことしか見えてねぇから」
「えっ、それってどういうこと……?」
「お前が……好きだ」
「いや、丸パクリじゃん」
「ど? 胸キュンした?」
「セリフ思い出せるか不安でドキドキはした」
「はぁ……やっぱりお前はそういうやつだよな」
「ちょっとはアレンジしてよー。乗った私も悪いけどさぁ」
漫画を少し見ただけでセリフまで覚えてしまうマサの記憶力には驚いた。やっぱり壁ドンでは私に効果が出ない。ここで終わるのもなんかもったいない気がするからあることをマサに試してみた。
「ねぇ、マサ。これ知ってる?」
「ん?」
壁ドンしたままのマサに私は思いっきり抱きついた。深い意味はない。
「壁グイって言うんだって」
「へぇー、壁ドンからの逆襲ってわけな」
「照れた?」
「俺が?」
「うん」
「いや、別にー。いつもは図々しい猫がじゃれてきた程度にしか」
くそう。
絶対照れると思ったのに。私はマサの胸板に額をグリグリ押し付けた。それも全力で。
「ちょっ、痛てぇし!」
「マサのくせに照れないとは」
「いや、そっくりそのまま返す」
しばらく2人でじゃれているとマサが何かを思い出したようにいきなり声を上げた。
「あっ、そうだ。黎」
「ん? なにぃ?」
「お前、明日暇?」
明日は土曜日。部活もちょうどない。呼吸をする以外何も予定は入っていない。
「うん。暇だよ」
「じゃあ、俺とデートしよ?」
「デート……? マサは部活ないの?」
「明日は休み。だからデートしよ?」
急にどうしたんだろう。
いつもは「遊びに行こうぜ」と言うのに。変なところは変えてくる。
「……しょうがない」
「なんで渋々なんだよ」
「何か裏があると私の勘が言っている」
「あぁ、野生の勘か」
「失礼な! 女の勘だし!」
と、いうことで。
私は明日、生意気なマサとデートする。
■□■□
「じゃ、早速行くか!」
「どこにー?」
「行けばわかる」
今日はマサとデートの日。
今日はちゃんと玄関からお邪魔した。私も一応おしゃれしてきた方だ。あんまり履きなれないスカートまで履いてみた。きっと『デート』という魔法の言葉のせいだ。じゃなきゃ絶対にマサと出かけるだけでスカートなんて履かない。
一方、マサはいつもとあんまり変わらない。カーキのコートの中に赤いセーター。そしてジーパン。ちくしょう、元からおしゃれなやつだった。
魔法の言葉は私にしか効かなかったみたい。
電車を乗り継ぎ、移動にかかること20分。私たちは巨大なエンターテインメントパークにやってきた。ここはゲームセンターにカラオケ、そしてスポーツなど高校生が好きそうなものを詰め合わせたような場所。1度は来てみたいと思っていた。
「黎、ここ来たがってただろ?」
「うん。さすがはマサ、わかってんじゃん」
「まぁな。ちょっとデートっぽくはないけど……」
確かに初デートといったら映画か、ショッピングが妥当だろう。現に漫画でもそうだったし。
でもまぁ……
「マサと一緒ならどこでもいいけどね、私は」
なぜかマサは急に天を仰いだ。そうでなくてもマサが寝坊したおかげで時間がないっていうのに。
「ほら、マサ! 遊び尽くさなきゃなんだから早く!」
「だーッ、ちくしょう! こうなったら全部で勝負な!」
私たちはそれから『遊び』ではなく、『勝負』であらゆるスポーツを楽しんだ。テニスから始まり、卓球、バスケ、バトミントンにミニゴルフ。
結果は私が3勝でマサが2勝。現役テニス部の私にとって有利なスポーツばかりだった。
「ちくしょー! 黎に負けるなんて屈辱だぁ!」
「間接的に今、私のこともディスったよね?」
「いーや? たぶん気のせい」
勝った私は景品としてジュースを奢ってもらった。ベンチでジュースを飲みながらちょっと一息。
「まぁいいや。あっ、そうだ! あっちにさ、バッティング場があったの」
「バッティング? マジか!?」
野球のことになるとすぐにこれだ。今のマサの表情はキラキラ光っている。一気に幼くなったようだ。
「ねぇ、黎ぃ。ちょっとやってきてもいーい?」
「ったく……どーせダメって言っても行くつもりでしょ? 私も行くから」
「よし! じゃあ、かっこいいとこ見せなきゃな」
一休みも早々に私たちはバッティング場へと向かった。ウズウズしたようにマサはバットを持ち、すぐに本気モードになった。いつものふざけたマサは消え、高校球児、岡田将虎の完成だ。
マサはリズムよくボールを打っていく。1回ぐらいミスってもいいのに。
「そんなに野球、好き?」
「そりゃもちろん」
ちょっと喋りかけてもリズムは崩れない。
「じゃあさ……」
「ん?」
崩せ。ミスれ。空振りしろ。
私の頭の中はこの三拍子しかなかった。
「私と野球、どっちが好き?」
「え……?」
ガッシャーン。
ボールは見事にマサの横を通り抜けた。
「はい、バッターアウト」
どうやら最後の1球だったらしい。もうボールは出てこない。未だ状況がわかっていないマサをおいて、私は笑いを堪えながらバッティング場から出た。
■□■□
その後もさんざん遊び、気がつくと家に着く時には夕方になっていた。
楽しいことはすぐに終わる。少し名残惜しいから少し家の前で駄弁った。
「どうだ? 楽しかった?」
「うん。たまにはいいもんだね、デートってのも」
「だろ?」
「でもさ、なんで急にデートなんかしようって言ったの?」
するとマサは深いため息をついた。何かおかしなことでも言ったっけ?
「やっぱりお前、わかってなかったんだな」
「何が?」
「今日は何月何日?」
確か、1月25日だ。
私の誕生日でもマサの誕生日でもない。
「はぁ……ちょっと待ってろ」
呆れたマサは一旦自分の家へと戻って行った。そしてしばらくするとまた戻ってきた。
「今日は?」
「1月25日」
「1ヶ月前は?」
「クリスマス」
「そこまでわかってんなら気づけよ、バカ」
そう言うとマサは私の頭に小さな箱をコツンと当てた。
「何これ?」
「1ヶ月記念だから。一応、恋人になったわけだし。女は記念日とか気にするって聞いたから用意してみたんだ。でも、黎は対象外だったみたいだな」
「記念日……あぁ、それでデートなのか!」
「気づくの遅い」
マサからもらった箱はご丁寧にラッピングまでしてあった。嬉しい。
「これ、開けてみてもいい?」
「うん」
可愛いラッピングを解いていくと、中から出てきたのは小さなネックレス。
「うわぁー! ネックレス! 本当にもらってもいいの?」
「あぁ。俺のお年玉の結晶だと思え」
「なにそれ、めっちゃありがたいじゃん」
早速つけてみようと金具を取り、首元に回す。手がかじかんでできない……なんてことはない。
「普通こういう時はつけれないからつけて、って言うもんじゃないの?」
「それは漫画やドラマだけ。私は器用だから」
「ロマンもクソもねぇな」
正直言うと、ネックレスなんてもらったことないからかなり嬉しい。
「どう? 似合う?」
「あー、まぁいいんじゃねぇの?」
「そこは素直に可愛い、って言うもんじゃないの?」
「はいはい。可愛い可愛い」
「胸キュンの欠片もないし、バカにしてるでしょ?」
「いーや? 愛ゆえ愛ゆえ」
記念日にプレゼント。漫画だけだと思ってた。まさかこんなにもマサが気の使える男だったとは驚きだ。
普通は女性の方が気にするべきところだ。なのに私は覚えてすらいなかった。自分でも本当に自分が女なのか疑わしい。
「まぁ、ありがとね」
「おぅ。あれ? お前からはなんかないの?」
やっぱりそうだよね。
無いとわかっててわざと聞くマサもマサだ。意地が悪い。
「ごめん。明日なんか買ってくるから」
「なんだ、ないのかよー」
「わかってて聞いたでしょ」
「まぁな」
「ぎゅーならしてあげるけど」
ハグでとりあえずは凌ごう。なんとも短絡的な考えだ。うん、自分でもそう思う。
「そうだな。寒いからちょうどいいか。ほら、おいで黎」
「うん」
両手を広げたマサに飛びつくように抱きつく。明日買ってくるから許して、なんて思いながら。すると頭上からマサの声が聞こえた。
「んー……やっぱやめた。今貰うわ」
「え?」
だから今は何も持ってないって。
そう言い返そうと思ったのに言えなかった。
次の瞬間、私の額にマサの柔らかい唇が落ちてきた。知ってる。こういうのなんていうか知ってる。
通称、キス。
「……確かに貰った」
マサは身体を離そうとする。私は腕に力を込めて離れまいとした。顔面はマサの胸板に隙間なく押し付けて。
今はダメだ。今、顔を見られたら今月いっぱいはネタにされるに決まってる。
「……安上がりな男だな」
くぐもった私の声に可愛げなんかない。私は顔の火照りが治るまで精一杯「彼氏」に抱きついた。