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何に使おう……  作者: レインコート
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6.バースデーメール

 原野茉白さんへ。


 こうして手紙を書くのは、たぶん初めてだよね。あなたが今、どんな気持ちでこれを読んでいるか想像すると……正直、胸が痛みます。


 このメール便が、茉白ちゃんのもとへ届いている。それはわたしが、あなたや他のみんなと、もう二度と会えない世界へ行ってしまっているということだよね。たぶん、すごくショックを受けるような形で。

 

 でも、忘れないでください。茉白ちゃん、お願いだから……誰のことも恨まないで。


 あの夜泊めてもらった時、茉白ちゃんの部屋で伝えたと思います。この話は、誰が被害者で誰が加害者かなんて、そう簡単に分けられるものじゃないからです。

 ただ、強いて言えば……茉白ちゃんがたぶん、一番辛かった出来事。


 実は、わたしなんです。


 たぶん「意味わからないよ」って、言われちゃいそうだね。

 でも、よく考えてみて。おかしいと思わない? どうしてわたしが、まだ起こってもいない出来事について、こんなにはっきり言い切れるんだろうって。


 だけど簡単な話。それはね、わたしがすべて計画したことだから。正確には……そうなるように、仕向けていったから。


 今ではもう、分かっているでしょう? 母……佳純先生が、娘のわたしを痛めつけてたんだって。茉白ちゃんがショックを受けるだろうから、ずっと言えなかったけれど。


 母が折檻するようになったのは、中学校に上がる春休みくらいから。

 嫌な予感はしてたんです。この少し前から、憂鬱そうな顔で「あなたの気持ちが分からない」って、よく言われるようになっていたから。


 そしてある晩、夕方頃だったかな。母の顔色が良くなかったから、何気なく「今日はもう休んでたら」って言ったの。そしたら、母が豹変して……

『私はそんなに、頼りない母親なのっ!』


 まるで何かに取り憑かれているみたいだった。気がつくと、わたしはソファに寝かされていたの。頬が腫れていたから、激しく打たれたんだと分かった……母は我に返って、何度も「ごめんね」ってあやまってくれたけれど。


 でも、それは始まりにすぎなかったんだ。

 お母さんは疲れてるんだ。病気でストレスが溜まってるんだ……って、考えたかった。気持ちが収まれば、もとの優しいお母さんに戻ってくれるって。


 だけど、少しも良くならなかった。それどころか……日を重ねるごとに、どんどん頻繁になっていくばかりだった。


 折檻された翌日は、体中が痛くて。わたしの様子がおかしいって茉白ちゃんが思ったのは、たぶんそんな時だったんじゃないかな。


 そうそう、心臓検診の時は焦ったなぁ。上半身裸になって、靴下も脱いで短パン姿にならなきゃいけなかったから……恥ずかしいのもあったけれど、それよりも傷が残ってないか心配だったんだよ。

 幸い目立ったものはなくて、先生とお医者さんにも何も言われなかったけれど。


 おかしいよね? でも、まだ知られるわけにはいかなかったの。トラウマと戦っている茉白ちゃんを、これ以上傷つけたくなかったから。



 そんな時、あの……真奈ちゃんのことが気にかかったんだ。

 あの子も、わたしと同じ仕草をしていたから。何度か「どうしたの?」って声をかけてみたけれど、いつもはぐらかされた。わたしが茉白ちゃんにしていたのと、同じように。


 実はね、茉白ちゃん。あの後、彼女と連絡を取って……その時に教えてくれたの。最初は言いたがらなかったけれど、わたしが「お母さんでしょう?」って聞いたら、そうだって。

 真奈ちゃんは今、お父さんと一緒に暮らしているの。お母さんは入院中だけれど、少しずつもとに戻ってきているんだって。


 そう。真奈ちゃんのことがあって、わたしは気づいたんだ。


 彼女のお母さんが、うちの塾の講師だと知った時は……本当に寒気がしました。

 調べてみると、他にもたくさん出てきたの。講師として勤めている女性が、家で子供を虐待していたり。通っている生徒が、自殺を図ろうとしたり。


 もう思い出したくないだろうけど。茉白ちゃんも、そうだったでしょう?

 あの時……実はわたし、こっそりあなたを付けていたの。前にもそういう子、見たことあったし。危ないなぁって思ったから。


 でもね、茉白ちゃん。もっと別の見方をして欲しいんだ。


 あなたが憂うつな気分になった時、そのきっかけになった話をした人はいなかった? 相談に乗ったり、アドバイスしたりするような顔をして……さりげなく、あなたの傷を深くしていった人が、身の回りにいなかった?


 ここまで言えば、もう分かるよね。そう……鴨下先生のこと。


 何となく子供っぽくて無邪気で、それでいて鋭いアドバイスをしてくれる。そういう感じの人だと、周りからは見られていたよね。しかも毎日来るわけじゃないから、誰もまともにあの人と向き合うことはなかった。


 あの人は、その隙を利用したの。自分の存在を際立たせることなく、相手の心に入り込み……その傷口を少しずつ広げていく。それができる、本当に恐ろしい人なんだ。


 何の証拠もないし、もちろん証明もできない。

 茉白ちゃんも知ってる通り……この塾は不登校経験があったり、過去のトラウマを抱えているような子を、積極的に受け入れているよね。


 逆に言えば、その子が自殺を図ったり何かしたところで、周りは「そういう子だから」としか思わない。原因が他にあるかもしれないなんて、誰も疑わない。


 目的は分からない。ただ一つ言えるのは、あの人にはそれが“楽しい”ってこと。

 最初は、どうしようもないと思った。あの人の“遊戯”をただ眺めているしかなく、その生贄にされた母を助けることもできない。本当に、真っ暗闇を歩かされているような気分だった。


 でも、ある時……気づいたの。たった一つ、止める方法があるって。


 流れを止めることはできない。だけど、さらに流れを速くさせることなら、そう難しいことじゃない。いつか川は氾濫する。


 母の折檻を、すべて受け入れることにしたの。それどころか……娘に対する不信感を、もっと煽るような言葉をわざと口にしたりもして。


 思った通り、ますますエスカレートしていった。怖かったし、とても辛かったけれど……耐えなきゃいけないと思ったの。たとえ自分がどうなっても、もう終わらせなきゃって。


 仕上げは、母が退院してきた日だった。帰宅した母に泣きついて、学校でもらった健康診断の結果用紙を見せながら、こう言ったの。


『また悪い結果が出ちゃった。今度こんな数字が出たら、再発し始めているかもしれないって』


 結果用紙は本物だけれど、再発がどうのという話は……もちろん嘘。でも、実際に命を落としかけたこともあったし。母はもう冷静な判断ができなくなっていたから、何も疑おうとさえしなかった。


  


 さっき母の部屋で、日記帳と付箋のメモを見つけたの。どちらも茉白ちゃんに借りた楽譜集に紛れ込ませたから、もう知ってるかな。それを見て、覚悟したの。

 お母さんは、近いうちにわたしを殺すんだ。娘のわたしを殺した後、自分も死ぬつもりなんだって。


 だけど、これしかなかったの。さすがに講師が無理心中事件を起こしたとなれば、間違いなく塾の評判は下がる。たくさん生徒もやめるだろうから、これ以上被害者を出さずに済む。


 何より……茉白ちゃんも、塾を続けようとは思わなかったでしょう。そしたら、少なくともあなたは狙われない。せめて、茉白ちゃんだけでも助けなきゃって。

 それが叶えられれば、わたしは満足です。

 

 茉白ちゃん。お願いだから、絶対幸せになって。わたしの分まで……



※ 二枚目の手紙


 ハッピーバースデー、原田茉白さん。


 十三歳の茉白ちゃんかぁ。出会った時には、お互い想像できなかったかも。

 気づけばもう、知り合って一年半がすぎるんだね。あっという間だったような。でも、茉白ちゃんとはすごく仲良くなれたから、何だかずっと前から友達のような気もするよ。


 ところで、なかなか言えなかったんだけど。本当は一緒に、ブラスバンド部でがんばりたいんだ。わたしのフルートと、茉白ちゃんのトランペットで合わせてみるとか。どう、楽しそうだって思わない?


 とにかく十三歳の茉白ちゃんは、もっと素敵になっていると思う。普段は照れちゃうから言えないけど、わたしは茉白ちゃんのことが大好き。


 わたしと茉白ちゃんは“一生の友達”だよ。何があっても、遠く離れたとしても……ずっと忘れないからね。


                    川本栞



 



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