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10-藪医者の功

篠山竹庵先生といえば、近郷でも有名な藪医者だったそうな。

診察料は格安だが、まず見立ては外すし、薬は効かない。唯一の取り柄は人柄の良さで、小さな目をしょぼつかせて「寿命でございました」と肩を落とせば、たいていの遺族は納得して葬式を出したものだ。つまり、それぐらい殺傷率が高かったのだな。


この竹庵先生の住まいから、一里ばかり離れた街道筋で、新たに開業する医者があった。

名は東慶院英俊、都で医術の奥義を修めたという若い医者である。

すらりとした二枚目で、はじめは村娘や女房連だけから人気を取った。が、たちまち評価が改められた。

とにかく腕前が只事ではない。この世に治せぬ病はないという。

竹庵に見放された重病人が、英俊のもとに運ばれるや、わずか三日で完治した。そういう噂が、次から次へと流れた。噂は事実であったろう。


英俊は決して利己主義者ではなかった。むしろ真面目すぎるほど真摯に医道を究めんとしていた。だからこそ、竹庵の存在に不快感を覚えた。

たまたま竹庵と行き合わせたとき、英俊は我慢できずに詰問を始めた。

意地悪のつもりではない。英俊なりの正義感がなせる業であった。

「新田の権助殿が水毒は虚証なれば、五苓散は逆効果かと存じますが」

「いかさま」

「胸下急より微煩を呈する宿屋の娘御に、小柴胡湯では間に合わぬかと」

「さようで」

「庄屋の大刀自に敗醤根を薦められた由。御年七十の婦人が、血の道とお考えですか」

「なかなか」

竹庵、何を訊かれても、汗を拭き拭き言葉を濁すのみ。


この話が町から村へ、村から村へと伝わり、竹庵のところへは誰も患者が来なくなった。

腕前の差だけでなく、他人の目というものもある。

「風邪をひいて咳き込んでおったら、嫁が竹庵先生に看てもらえと。遠回しに死ねと言うておるのじゃ、あの鬼嫁め」

「中気で寝たきりの留蔵さんは、いまだに竹庵先生の往診を頼んでいるらしい。あそこの跡取りも不孝者よ」

「そういえば桶屋の若夫婦は、英俊先生に掛かる銭を惜しんで、赤子を死なせてしまったそうな」

「なんと。親子の情も知らぬとは、畜生以下であろう」

「まことに。命を軽んじる人でなしとは、付き合い方を考えねばならんな」

こういうわけで、薬代が多少かさもうと、英俊に診せるしかないのだった。


多少どころではない。英俊の診療には、やたら金がかかった。

といって、英俊が私腹を肥やしていたわけではない。少しでも命を救うため、最大の効果を上げる最新の治療法を試みれば、どうしても費用は高額になる。

正真正銘の名医であるから、たとえ棺桶に片足を突っ込んだ年寄りであろうと、英俊は完治させてしまう。だが年寄りであるがゆえ、完治してもすぐに、また病を得ることが多い。同じことが二度、三度と繰り返される。


あるとき、本百姓の甚右衛門一家が、そろって首を吊った。

爺様と幼な子が相次いで病の床に伏し、普通なら助からない重症であったが、英俊先生のおかげで一命を取り留めた。しかし、それだけでも家産を傾けるほどの出費であり、この先も看病を続けるなら、さらに多額の銭が入用になる。

甚右衛門は親類縁者に頼み込み、それだけでは到底足りず、高利貸しから借り入れた。看病が長引くにつれ、金利が金利を生んで莫大な借財となり、ついには田畑も質に入れ、結局は流した。にっちもさっちも行かなくなって、一家心中に至ったということだ。


このことがあってから……

閑古鳥の鳴いていた竹庵診療所に、少しずつだが人が戻りはじめた。

相変わらず腕は悪い。治療の効果があるのか、ないのか、誰にも分からない。

けれども好人物の竹庵は、いつも真剣に病人と向き合っている。雀の涙ほどの報酬で、どこへでも出かけてゆき、どんな相談にでも乗っている。

その果てに「寿命でございました」の台詞が出ると、親子兄弟は言うに及ばず、ときには死んだ患者本人までが、ホッと胸を撫で下ろすのだとか。

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