八章 要塞へ
作者紹介
作者:あごひげ
暇をこよなく愛する男。悪く言えばタダのめんどくさがりな【ひげ製作事務所】所長。
数学が大嫌いで、数字を見るとじんましんが出る程嫌い。
なので、あまり数字を見せないで下さい。
「どうでした?」
シルベスタ帝国、帝都シルベストニアの市街の中心に聳え立つ巨大な塔――帝王の塔の頂上に位置する暗い玉座の間に、低い男の声が響く。
「ええ、まあそれなりに集まりましたよ、住民は。
今はザルエラの中で管理してありますよ」
そこに、白衣を身に纏った男の、さらに低い声が加わる。
「でも、足りないんですよね」
「?」
「いえ、セレスで軽く妨害に会いましてね」
男は肩を揺らしながらくくくと笑う。
「でもね、そこでザルエラが面白い物を見たんです」
「……面白い物? 一体何です?」
歴代の王が使用した豪華な皇帝の椅子に腰を掛けている男が聞き返す。
すると、白衣の男は愉快そうに肩を揺らしながら答える。
「………ククククク、それがね、ボクの実験体No.0031のアミノファスと、………ファムラス君ですよ。
そして、その二人の仲間に”BLOODΩ(オメガ)”因子の持ち主を発見しました」
「………ファムラス………か、
”BLOODΩ”因子の持ち主も一緒なのですか?」
「…………はい」
椅子に座っていた男は、口元に軽く笑みを浮かべると、突然立ち上がり、背後の巨大な窓ガラスに足を進め、白衣の男にこう言った。
「………ナイト・アズラスを此処に呼んでください」
「………彼を使うのですか?」
男は、白衣の男の問いに軽く頷き、こう言った。
「”BLOODΩ"の因子を持っている人間に、普通の兵士や騎士が立ち向かえると思いますか?」
「…………それもそうですね。
では、すぐに呼んで参ります」
そう言うと、白衣の男は玉座の間を後にした。
騎士最強の男の元へ……。
†
同時刻――
セレス唯一の酒場にして、反帝国組織【エルグランド】のセレス支部である建物の、さらに奥の部屋にて、沈鬱な表情のアレン一行と【エルグランド】セレス支部長カーンと、同じギルドのメンバー、ゾルが先程の事件についての話し合いをしていた。
先程の事件と言うのは、帝国によって放たれた獰猛な巨人、トロルの大群が街中を破壊して周り、その混乱の中、帝国軍の研究員――ザルエラと名乗る男によって、セレス市民の半分の人間が攫われた、と言う事件だ。
「……あの男、ザルエラってアイツ一体何者なんですか?」
「………知るかよ」
アレンの質問を、ヴァルドは知らないと跳ね除ける。
そこで、アミノがヴァルドに変わり、アレンの質問に答えるように呟いた。
「シルベスタ帝国技術開発局――通称ドラファルガ研究所所長、クリストファー・ナム・ドラファルガ」
「…?」
「なんだネ?そんな驚いたような顔をして……………」
「いえ、今オレが聞いているのはその人の事じゃなくって、あのザルエラって言う奴の…………」
「だから、そのザルエラがクリストファーなんだヨ…………」
アミノの言葉を聞いた瞬間、アレンの頭の上にいくつもの疑問符が浮かぶ。
その隣でヴァルドが少し怪訝そうな顔をする。
「ね、ねえ、それ、どゆコト?」
ネーアが言う。
「チッ………、そんな事も判らないのかネ……………屑が。
まあいい、説明してあげるヨ。
まず、あのザルエラと言うのは、クリストファー・ナム・ドラファルガの分身だヨ。あの男は、ああやって自分の分身を作るのが大好きでネ…………、奴の分身は確認できているだけで12体もある」
アミノが声帯を低く震わせながら淡々と語る。
「そして、そいつが¨精霊艇とやらの動力である精霊の精製のため、ここの民を誘拐したのか…………」
カーンが低く呟くように言う。
「でよぉ、その精霊艇って何なんだ? 俺らも結構帝国についての情報は集めてるけど、聞いたことねえしなぁ………」
ゾルが呟くように質問する。
すると、その疑問に答えるかのように、ヴァルドの口が開いた。
「………精霊艇………、精霊を燃料にして飛行する、帝国の開発した戦闘………いや、殺戮兵器……、あれの主砲は、この街ぐらいなら……いや、この世界ぐらい、難なく吹っ飛ばすほどの力を持っている。
くそ、何考えてんだ、あの糞親父は………!!」
「…………糞親父?」
アレンの『糞親父?』と言う言葉を聞き、ヴァルドは怪訝そうな顔をして言った。
「…………気にすんな、忘れろ」
「…………………………」
†
「で、これからどうするんだ?」
数分の間続いた沈黙を、ゾルが破る。
「俺らはこれからフォーズ要塞まで飛空船で飛ぶ。
ここから要塞までの飛空船、あんだろ?」
ゾルの質問に、ヴァルドが答えた。
「ヴァルド、その事だが…………」
「?」
そこでカーンが口を開く。
「先の事件の影響で、発着所が破壊されて飛空船が全線運休になった。
たぶん俺の飛空船も破壊されているだろうな」
「………チッ」
ヴァルドが舌打ちする。
「じゃあ、徒歩でフォーズまで行くの?」
ネーアが顔を顰めながら言う。
「…………まあ、10日は掛かるだろうが、仕方ない」
「うげっ、………10日」
ヴァルドの発言に、アレンが嫌そうな顔をする。
「なんだ、嫌か?アレン。嫌なら無理に来なくていいぞ? 短い付き合いだったな」
「い、いえ、嫌じゃないっスよ…………?」
アレンは顔の無理矢理笑顔を貼り付けて言う。
すると、ヴァルドはいきなり立ち上がり、こんな事を言った。
「よし、そうと決まったら早速出発だ」
「「はあ??」」
そこに、アレンとネーアの声が響く。
しかし当のヴァルドは、そんな事も気にせず、部屋を出て行く。
アミノも、一回舌打ちをすると、その後を追うようにゆっくりと部屋を後にした。
「君たち二人は行かなくてもいいのかい?」
「いや、でも、さっきまであんなに街中走り回ってたし、もう少し休憩したいかなぁ………なんて…………」
アレンが呟く。
「おいおいおい、俺等にはそんなにゆっくりする余裕なんてねぇんだよ、ついて来ないなら置いてくぞ。俺はグズが嫌いなんだカーンとゾルもさっさと来い」
扉の向こうからヴァルドの声がした。
そしてアレンとネーアとゾルは、「待ってくださ――い!」と叫びながら部屋の出口へと掛けこんだ。
†
同時刻 帝都シルベストニア 帝王の塔
「お呼びですか、陛下」
玉座の間に、少年の物なのか青年の物なのか判別しにくい声が響く。
刹那、漆黒の鎧兜に身を包み、背中に帝国の紋章の入ったマンとを羽織った男が、カチャカチャと鎧の音を立てながら現れた。
「話はクリストファー殿から聞いております」
「そうですか、なら、話は早く終わりそうですね」
鎧の男に陛下と呼ばれたもう一人の男は、口元に微かな笑みを浮かべると、鎧の男に近寄り、言った。
「……¨BLOODΩ¨因子を持つものの話はドクタークリスから聞きましたね、貴方には、これからその人間を、此処に連れてきていただきたい」
「……………」
鎧の男は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと首を縦に一回だけ振った。
「………御意」
「すみません、この仕事、本当は貴方にはさせたくなかったのですが、恐らく、¨BLOODΩ¨に勝てるのは、恐らく貴方だけなんですよ。¨BLOODΩの因子を持っている人間といえば………貴方ぐらいしかいない筈…………だから、その人間は貴方が前に言っていた方かもしれない」
†
「おーし、行くぞ!」
ヴァルドらがセレスの【エルグランド】支部を飛び出して数時間、セレスの郊外の街道に、ヴァルドの声が響き渡る。
「なんか今日はテンション高いな、ヴァルドさん…………」
「うん、何だろ?」
「遠足かよ…………」
「……うむ、ヴァルドはこんなキャラだったか?」
「餓鬼だネ、餓鬼」
なぜかテンションの高いヴァルドをよそに、他の五人が井戸端会議を始める。
「おーーい、早く来い、置いてくぞ、俺は愚図が嫌いなんだ!!」
「五月蝿い、実験体にするヨ」
遠くで大声をあげるヴァルドを、アミノは恐ろしい事を言いながら睨みつける。
「てか、なんでヴァルドさん、今日はそんなにハイテンションなんですか?」
「おう、気にするな」
「へ?」
――気にするなって…………、そう言われましても………
「おっと、お客さんだぜ、ヴァルド」
ゾルは、そう言いながら懐からナイフを数本取り出す。
そのゾルの目線の先には、数時間前にセレスの街を急襲した固体と同じ、帝国軍のトロルの群れが巨大な棍棒を振り回しながらアレン達を睨んでいた。
「チッ、さっきの奴らの残党か………!!」
ヴァルドは、舌打ちしながらライフルに銃弾を装填する。
そして、そのライフルの銃口を群れの一番前にいるトロルに向けた。
「……グァァァァァ!!」
しかし、ヴァルドが引金を引くよりも先に、ヴァルドが狙っていたトロルが叫び声をあげて倒れる。
「!!」
「……ネーアか」
ヴァルドの後ろで、魔力の弓を持ったネーアがほくそえんでいた。
「………グアァァァァ、グっ………………」
腹を貫かれ倒れたトロルは、しばらく奇声をあげながらのた打ち回っていたが、ぜんまいの切れた玩具のように、ゆっくりと動きを止め、そのまま動かなくなった。
「…………………ククククククク、さて、私もそろそろ殺るとするか、闇魔法・断罪の剣」
アミノが、魔力を込めた言葉とともに、赤黒い空気の刃をトロルの群れに放つ。
刹那、ニ体のトロルの体が頭から縦に引き裂かれ、鮮血が飛び散る。
「けっ、二人だけで格好付けやがってよ、俺にもやらせろってんだ!!」
ゾルが、ナイフでのジャグリングをやめる
と、同時に、ナイフが二本、一体のトロルの額に突き刺さった。
「へっ、大した事ねえな!!」
「さってと、俺等の出る幕は無さそうだな、こりゃ………」
「………そうですね」
ヴァルドとアレンが交互に呟く。
「………そうでもないようだぞ、二人共」
しかし、その横でカーンが一人だけ後ろを見ながら言う。
「どういう事だよ……………なっ!」
アレン達の後ろに、ネーア達が相手をしている群れよりも数の多いトロルの軍団が、棍棒を振りかざしながら突進して来ていた。
「……………まずいな」
カーンはそう言うと、ブツブツとなにかを呟きだした。
「白魔法・防御城壁!!」
刹那、カーンの前に、巨大な半透明の白い壁が現れた。
「!!」
「これで、当分は大丈夫だろう。
まず、先にゾル達が相手をしている方のトロルを片付けるのが賢明だな」
カーンは言い終えると同時に、剣を抜きながらトロルの大群に切り込んでいく。
それに続き、アレンもトロルの大群の中で刀を振るう。
「1…………、2、3…………あと5匹か」
乾いた銃声とともに、残りのトロルが刹那のうちにバタバタと倒れていった。
「これで退路は確保できたようだな」
「残るは、向こうのトロルだけか。
魔法解除!」
トロルを足止めしていた白い壁が薄れ、消滅した。
その瞬間、トロル達は、怒り狂ったように棍棒と地面に叩きつけ、そして突進して来た。
「?! まだいたの?」
ネーアが言う。
「うえっ、気付かなかったぜ……、てか、休憩させてくれよ…………」
「休憩などしている余裕なんて、何処にもないヨ。さっさと殺るヨ。
そんなに疲れているのなら、私が開発した栄養剤を注射してあげようかネ?但し、まだ不完全だから、多少容姿が変わるとは思うがネ……………?」
「やっ、やります、やらせて頂きます………だからいりません」
アミノの睨みと脅しに、ゾルは震え上がりながらブンブンと何度も首を横に振る。
「ヴオオォォォォォォォォォォォォ!!」
トロル唸り声。
トロル達は一瞬でアレン達の眼前まで迫って来ていた。
「!!!」
「?! わっ!」
目の前に聳えるトロルに驚きつつ、アレンが慌てて刀を振るう。
刹那、突進して来たトロル数匹が切り裂かれる。
と、同時に、何故か後続のトロルまでもが、腹から真っ二つになっていった。
「…………えっ!?」
アレンは、一瞬で引き裂かれたトロルの死体を目を丸くして眺めながら、驚くように呟いた。
――なんだ!?
「………おいおいおい、なんだ今の?」
ヴァルドが呟く。
「…………」
アレンとネーアは、揃って口を大きく開けている。
「なあ、カーン、今の………何?」
「………さ、さあ…………」
その後ろで、ゾルとカーンも首を傾げながら倒れ伏している大量のトロルの死骸を眺めている。
――今のは………、何だ?
今、あの餓鬼から、強大な魔力を感じた………。それも、あの首に掛けている魔石のものではないようだネ………
顔には出していなかったものの、先ほどの現象に珍しくアミノも驚いているようだ。
「ちっ、結局アレンが全部倒しちまったか。つまんね−の」
「ははは」
晴天の街道に、笑い声が木霊する。
そして、彼らはまた、フォーズへの道を歩き出した。
†
――同時刻
「アニキ、ヴァルドだ」
「ぐへへ、見つけた………」
アレンたちがトロルと戦っていた場所を見下ろせる崖の上で、怪しげな二体の影が笑う。
「ぐへへへへへへへ、ついに見つけだぜ…………」
「じゃ、早速追うとしようぜ、アニキ!!」
「おうよ、ぐへへ、今日こそあの男を………」