人殺しができない人への質問
人殺しができない人へ尋ねたい。
どうやったら人を殺せるようになる?
最初に断っておきたい。
ここで人殺しの是非とか、完全犯罪の方法とかを語るつもりはありません。
訊きたいのはどういう条件下なら「人を殺してもいい」という気分になれるか、ということ。
(自分は殺人なんて余裕でできる、という方は質問の対象外です)
人が殺人を忌避する理由はたぶん、以下の三つだと思う。
1.罪悪感を感じるから
2.社会的責任を負うから
3.直接手を下すのが嫌だから
人を殺しても罪悪感を感じず、社会的責任を負うことを恐れず、人が死ぬ光景を目の当たりにしても平気な人はいないでしょう。
じゃあ、これらの要素を解消すれば、人を殺しても良い、と思えるようになる?
まずひとつめの『罪悪感』について。
想像してください。
あなたは殺しを依頼されました。一人殺すだけで一億円もらえるそうです。
あなたは殺人がバレて牢屋にブチ込まれても構わないし、
殺す時はひとおもいに金属バットで殴ってやろうと思っている。
でも、自分が殺人計画に関わったという罪悪感に苦しめられるのが怖い。
それが唯一の、殺人を思いとどまるファクターです。
そんなあなたの元へ、突然霊能者を名乗る男がやってきて『俺があなたの体に憑依してターゲットを殺しましょうか。憑依が終われば、あなたは憑依されていた間のことを忘れます』と言い出しました。
あなたは霊能者に体を乗っ取られ、あなたの体を借りた霊能者がターゲットを金属バットで滅多打ちにする光景を、他人ごとのように俯瞰します。殺人終了後、体の操作権があなたに戻ります。同時に、あなたは憑依されていた間のことを綺麗さっぱり忘れました。目の前にはターゲットの死体。しばらくすると警察がやってきて、あなたを連行します。
情況証拠から見て、あなたが犯人であることは間違いない。
しかしあなたの体を操っていたのは霊能者を名乗る謎の人物。
あなたの殺人を否定する言葉には信憑性がある。当然です。あなたには殺人の記憶がないのだから。
あなたは心神喪失と判断され、数年間を牢獄で過ごす。
やがて、あなたは晴れ晴れとした気持ちで出所する。
周りが何と言おうと、あなたには人殺しをした記憶も罪悪感もない。
口座には一億円が振り込まれています。
ふたつめの『社会的責任を負いたくない』について。
想像してください。
あなたは殺しを依頼されました。一人殺すだけで一億円もらえるそうです。
殺す時はひとおもいに金属バットで殴るつもりだし、殺人計画に関わった記憶と一生向き合う覚悟がある。
でも、牢獄にブチ込まれて社会的責任を取らされるのが嫌だ。
それが唯一の、殺人を思いとどまるファクター。
そんなあなたの元へ、男がやってきて『一度限りの殺しのライセンス』を渡します。
あなたは殺人を達成した後に、現場を立ち去ります。
後日、あなたが犯人だと突き止めた警察がやってきて、任意同行を求めます。
そこであなたは例のライセンスを差し出します。
「これを使います」
「今回限りですよ」
警察はライセンスのIDを書き写し、薄い笑みを浮かべて立ち去ります。
あなたはそれから平穏な日常に回帰する。口座には一億円が振り込まれている。
さいごに『直接手を下したくない』について。
想像してください。
あなたは殺しを依頼されました。一人殺すだけで一億円もらえるそうです。
あなたは殺人がバレて牢屋にブチ込まれても構わないし、
殺人に関わった記憶と一生向き合う覚悟がある。
しかし、人が死ぬところを間近で見るのが怖い。
それに殺人と一口で言っても、成功させるにはそれ相応の努力が必要です。
あなたが虚弱体質でターゲットがボディビルダーなら力比べで負ける。金属バットじゃ不安だ。
ナイフを突き立てれば済む話ですが、血が噴出したり、はらわたが飛び出たりするスプラッタには耐性がない。
そこであなたは間接的な殺しを思いつく。
ターゲットの車のブレーキを壊したり、食事に毒を盛ればいい。
しかし面倒だ。あなたは生来の怠け者です。
そんなあなたの元へ、下請け専門の殺し屋がやってきて言います。
「一万円くれたら俺がかわりに殺しますよ。ただし罪はあなたが被ってくださいね」
あなたは一万円を支払って、殺し屋に殺人を『委託』します。
後日、あなたは殺人事件のニュースを見た後に、「自分がある人物に殺しを依頼しました」と警察に自首します。
あなたは長い時を牢屋で過ごし、殺人計画に関わった記憶と向き合いますが、最後までターゲットの死に様と向き合うことはありません。
出所したあなたは、口座に振り込まれている一億円で充実した老後生活を送ります。
どうですか?
1、2、3のいずれか一つ、あるいは二つ、三つが解消されたら人を殺せますか?
もう一度言います。道徳や完全犯罪の話をしているわけじゃありませんよ。
どういう条件が揃えば人を殺してもいい、という気分になれるか、という話です。