復讐者は殺せない
――家族を殺された。
父を、母を、兄を。私が夕飯の買い出しから帰って来た時には、玄関が血の海であふれていた。
強盗殺人だと、後になって聞かされた。警察の方々は私の扱いに困っていたせいか、あまり接触を取ろうとはしなかった。実を言えば、私と家族に血の繋がりは無い。だからこそ、私を家族の一員として認めてくれた人達の為に何かしたいと考えた。
インターネットの掲示板にそんな質問を投げかければ、復讐しろと皆は言う。
殺せ、殺せ、殺せ。それは恐ろしいぐらいに賛同できた感情で、私はそうすると心に誓った。
「あの、すいません……新潟行きの新幹線はどこのホームですかね?」
幸運だったのは、まだ警察が見つける前に接触出来た所だろう。少しだけ非合法的な調べ物と単純作業の得意だった私には、案外簡単な事だった。インターネットさえあれば、私は大体の事が出来た。
私の白々しい台詞を、彼は無視した。男の名前は竹田という特に特徴のない物だった。無精髭を生やした男は随分と大きな鞄を持って、つまらなさそうに立ち去ろうとする。
「いやあ、待ってください……ほら、私こんなナリをしているでしょう? 駅員さんもマトモに取り合ってくれなくて困っていたんですよ。それに、もう遅い時間で……」
足早に進む男から、切符を少し強引に奪う。それから大げさな声で読み上げる。
「あなたも新潟に行くんじゃないですか! いやあ、偶然ですね!」
「……お前、どっかがおかしいんじゃねぇの」
不機嫌そうな態度を崩さない男に、私はにっこりと笑いかける。思いの外心は傷まなかった。
「よければ、私も一緒に付いていっても良いですか?」
「断る」
「では、勝手に後をついていきます」
そう答えると、男は逃げ出した。予想通りだった。恐らく警察が自分を追いかけていることに気づいていたのだろう。だから私は全速力で追いかける。
「ちょっとお、逃げないでくださいよ!」
私は決して、男を捕まえたりはしなかった。ただ余裕綽々って顔をして、横に並んで走るだけ。
「何なんだよ……お前!」
息を切らしながら、男は叫ぶ。まあ、余程私が不気味なのだろう。
「家族ですよ……あなたが先日、殺した家のね」
私はありのままの事実を、男に教えた。すると、突然笑い始めた。ありえない、おかしい、狂ってる。私が何かを説明するたび、彼は私を笑い飛ばす。
――誘導は簡単だった。
私は彼の何倍も力持ちで、何倍も早く走れた。恐らく彼と比較して、私のほうが出来ない事はせいぜい一つぐらいだろう。恐らくその一つは、私が永遠に達成することのない凶行。
だから、本当に簡単だった。私は彼を殺さない。ただ、新幹線が来そうなホームの前で、わざと転んでみせるだけ。それだけで男はつまづき、線路の中へと勝手に転げ落ちる。
「……おい」
男は手を伸ばし、這い上がろうとする。私はその上に立つ。なんてことはない、ただそこに立っただけ。
「助けろよ!」
白々しい男の台詞を、私は聞き流す。新幹線の警笛が鳴るが、もう間に合わないだろう。
男の体が飛び散る。時速何キロか計測する気にもなれない車体にぶつかって、人間の体が保てるわけはない。
私は、彼を殺していない。ただ転んで、たまたま立っていただけの話。罪に問われるかどうかは、恐らくノーだろう。事故、そうこれは事故なのだ。
どこかがおかしいロボットが起こした、何の変哲もない事故の一つなのだ。