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序章-少女との邂逅-

 

ー剣の聖女の伝説ー


最初、少女は自分の力に無自覚であった。

心に深い傷を負った時、少女は武器を生み出した。


傷を負えば負うほど、その傷が深ければ深いほど少女の生み出す武器が強力なものとなることを知った人々は

少女を意図的に傷つけ、より強力な力を持った武器を生み出そうと考え始めた。


様々な虐待を受け、いつしか少女は心を閉ざし

どんな痛みをも感じなくなり傷つくこともなくなった。


それでもなお、強欲な人々は少女の生み出す武器を欲し、

傷つけることをやめなかった。


ある時、物理的に傷をつけても少女が武器を生み出すことに気づいた人々は

心だけでなく少女の肉体をも蹂躙し始めたのだった。

そのうち限界が訪れ少女は息絶え、その亡骸は一本の剣に姿を変えた

少女の痛みの結晶と思わせるような悲しげな青色をたたえた剣へと。


その剣は、悲劇的な由来から、ラグリマ<涙の剣>と呼ばれるようになった。


少女がその短い生涯で生み出した十一の武器は

王族や貴族の元へ渡り代々受け継がれていったが

悠久の時を経て武器の悲劇的な由来は忘れ去られ

いつしか少女のことを知る”人間”はいなくなった。



剣の聖女と十一の遺産 

序章 -少女との邂逅-



綺麗で間違いがないように見えるからといって、それが必ずしも正しいわけではない。

例えば歴史も、長い年月の中で誰かに都合よく書き換えられてきたものかもしれない。

人、組織、国、様々なものにとって都合の良いように……。


この世界では常識として知れ渡っている事象に対して疑問を持つことなど、滅多になく

一部の知識を蓄えた人間だけが知る事実があったとしてもなんら不思議ではない。

歴史の改ざんや、常識の裏に潜む嘘を知ってしまった時

それまで見知っていた世界は硝子のように粉々に崩れ去ってしまうだろう。


何一つ、疑問を抱くことのなかった世界-ロディニア-の歴史に、少しずつ亀裂が入り始めていた。



ロディニア大陸のカレドニア帝国は12の地域から成り立っており、三百年前の戦乱で活躍した12人の英雄の子孫がそれぞれの地域を治めていた。長らく大きな戦乱もなく、平和な時代が続いていたが、とある国の滅亡を境に暗雲が立ち込め始める。


帝国歴336年、数多くの優秀な騎士を輩出しており、難攻不落の城塞としても有名なアリステラ王国が魔物の襲撃により一夜で滅び去った。


魔物が群れをなして国を襲うということがそれまでなかったのと帝国でも一二を争う強国が滅びたことは各国を驚かせた。詳しい状況を把握するため、首都よりアリステラ王国へ調査隊が派遣されたが、一人を残して帰還することはなかった。生き残った調査員の報告によると、多数の魔物がはびこっており人の姿は一人も見えなかったという。その後、王妃とその娘二人が保護された。


王妃、エリーザ・アリステラの話によれば夜中の急な襲撃で、ほとんど抵抗することも叶わず、自分たちはただ逃げる事しか出来なかったそうだ。


それから、討伐隊が編成されアリステラへ派遣されたが、奪還することはかなわず、多くの犠牲を鑑みた時の皇帝アルヴィド・カッセル・フレイバーグはアリステラを見捨てる決断をせざるを得なかった。その後十数年、各地で魔物による被害が数多く報告されるようになったが帝国軍や教会の神聖騎士団、傭兵団などの活躍によって平和は維持されていた。


帝国歴349年、マグダリア王国の滅亡をきっかけに、新たな戦乱が幕を開けようとしていた。



少年が初めて目にした時、その少女は儚く弱い存在でしかなかった。金色の髪と、紫と緑の左右で異なる瞳を持ったその少女は赤茶色の髪をした少年-クリストヴァル・マリアドール-の人生を大きく動かすことになる。


マリアドールは帝国最大の港町で、世界各国より名産品と人が集まる商業の中心である。それゆえに犯罪も多く、治安維持のために常駐している帝国軍とは別に領主のラモン・マリアドールを主体とした警備隊が組織されていた。


ラモンの息子である、クリストヴァル・マリアドールはその一員であった。赤茶色の髪が印象的なクリスはやや小柄でまだ少年の面影を残していたが、程よく鍛えられた肉体と意志の強さを感じさせる瞳によって、隙のない雰囲気をまとっていた。動きを妨げない程度の短めの外套を羽織っており、その内側にはいくつも武器を隠し持っていた。さらに腰には波打つ形状が独特な剣を下げている。


普段と同じように、街を巡回していたクリスは、一人の少女が数人の柄の悪い男に後をつけられているのを発見した。少女は男たちに気づいておらず、無防備な状態でマリアドールの街を彷徨っていた。その姿は何かを探しているように見える。少女が路地に入ると、つけていた男たちを警戒しながら、クリスは少女に声をかけた。

「おい、こんなところをぼさっと歩いてると危ないぞ」

 少女は突然声をかけられたのにびっくりしたのか、震えて座り込んでしまった。

「えっ、あっ、あの、わ、私」

気が動転しているのか、少女は言葉をうまく発することができないようだ。クリスは慌てて少女をなだめようとした。

「だ、大丈夫か?」

少女は息を整えながら立ち上がる。

「だ、大丈夫です、突然だったのでびっくりしてしまって」

少女の金色の髪は日光に照らされ美しく輝いており、左右で色の違う瞳と相まって神秘的な雰囲気を醸し出していたが、その瞳はどこか儚げで、何かに怯えたように虚ろであった。歳は16歳ぐらいだろうか、衣服のはだけた部分から見える手足は華奢だが引き締まっており、身体能力の高さが伺える。その体つきは、儚げで高貴な雰囲気を漂わせる少女には不釣り合いなように見えた。少女の姿を間近で目にしたクリスは、その独特な雰囲気に一瞬我を忘れ、見とれてしまった。そんな様子のクリスを前に、少女は戸惑っていた。

「あの、私がなにか?」

クリスは我に返って答える。

「んっ、いや、見慣れない女の子がフラフラしてたから気になったんだ。この路地は人気がなくて危ないからな。見たとこ、サマー・シー地方の人みたいだけど、何か探してるのか?」

長年この街に住んでいるクリスは多くの人々を見慣れており、さらに街の警備をしていることもあって、鋭い観察力に加えて洞察力も養われていた。そのため、服装や持ち物などで大体の出身地を把握することができた。少女は、薄手の上等な生地で織られ、金糸で美麗な刺繍が施されたやや露出度の高い白い衣服を身にまとっており、そこから高い身分の者であることと、温暖なサマー・シー地方のマグダリア国の人間であることが容易に想像できた。

マリアドールの北側は砂漠であり、南側も温暖な内海の島々以外は厳しい気候の土地であるため、薄着の人間は限られた地域からしか訪れないのである。

「えっ、なんでわかったんですか?目的も、出身も……」

少女は目的や出身地を見透かされたためか、警戒心を強め、いぶかしむような表情で、クリスを見つめた。

「目的は、何かを探すような感じでフラフラしてたからで、出身は服装や身なりからかな」

少女は自分の服装を改めて確認している。

「それだけで、そこまでのことがわかるんですね。」

「この街はとりわけ多くの地域から人が集まるからな、長年住んでいれば嫌でも詳しくなるさ。俺は街の警備なんかもしてるから、他の人よりちょっとは事情に通じてる。君に声をかけたのは見回りの途中で見慣れない女の子を見かけて気になったからだから、そう警戒しなくても大丈夫だよ」

そう言われても少女は見ず知らずの人間をなかなか信じることはできなかった、見知らぬ土地に一人でいればなおさらのことである。それでも多少は安心したのか、少女はクリスに色々と尋ねてみることにした。

「そうなんですね、疑ってしまってすみません。信じていいかどうかわからなかったもので。あの、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

これ以上警戒心を強められても困るので、クリスは少女の質問には素直に答えることにした。

「ん、ああ、俺はクリストヴァル・マリアドール、この街の領主の息子だよ。君は?」

クリスの返答は少女の予期していないものであったが、少女はその驚きを顔には出さなかった。

「私は、セレスです。それ以上はちょっといえません、ごめんなさい」

セレスと名乗った少女は、それ以上の詮索を強く拒むような雰囲気を醸し出していたためクリスはそれ以上何も聞かず、セレスが自分から話すのを待つことにした。

「構わないよ、見ず知らずの人間を信じろっていう方が難しいし、何か事情もありそうだしな」

「すみません、お気遣いありがとうございます。あの、領主とおっしゃいますと、ラモン・マリアドール様のご子息でしょうか?」

セレスの発する言葉はいやに丁寧で、まるで王族か貴族のようだったので、クリスはそれが少し引っかかった。

「ああ、そうだよ。なんだ、親父を探してたのか?」

セレスの探している人間が、自分の見知った人物であったためクリスは少しほっとした。

「はい、どこへ行けばいいのかわからなくて、見ず知らずの方に尋ねるのも怖かったので、迷っていました」

「ふーん、そうか」

クリスは路地の先に見える豪奢な建物を指差す。雑然とした街の中において不釣り合いなほど豪奢なその外観は、権力を誇示するのに充分すぎる程で、ラモン・マリアドールという人間の力の強さを物語っていた。

「あっちに大きな屋敷がみえるだろ、そこに行けばいい。今ならちょうど執務室にいるはずだから、すぐに会えると思う。この道をまっすぐ行くと大通りに出るから、あとは道なりに進めばすぐだ」

クリスはラモンの屋敷への行き方をセレスに伝えると、ちらりと背後に目をやった、男たちが物陰に隠れてクリスたちの様子を伺っていた。

「クリストヴァルさん、お世話をかけてすみません。このご恩は決して忘れません」

「いいよ、大したことはしてない。あとクリスでいいよ。それよりセレスさん、人攫いには気をつけろよ、君みたいな綺麗な子が一人でぼさっとしてると、いいカモにされるからな」

「えっ、あっ、はい。気をつけます。きっ、綺麗だなんて、そんなことないですよ……」

セレスは突然言われた言葉に驚いて顔を赤らめている。

「ごめん、悪気はなかったんだ、素直にそう思っただけだよ」

「もうっ、変なこと言わないでください。あの、私、行きますね。ありがとうございました」

セレスはそう言って深くお辞儀をすると、ラモンの屋敷の方へ向かって走って行った。クリスはその様子を姿が見えなくなるまで見送ると、物陰に隠れている男たちの様子を伺った。

「さてと、そろそろ頃合いかな。邪魔して悪かったな、さっさと出てきたらどうだ」

クリスがそう言うと、路地の陰から五人の柄の悪そうな男たちが出てきた。全員クリスより大柄で、それぞれが腰には剣をぶら下げており、どう見ても話が通じる雰囲気ではない。

「ちっ、邪魔しやがって。せっかく大金にありつけるところだったのによ」

「女の子一人に五人なんて、ちょっと穏やかじゃないね。それにその剣、ただの人攫いじゃないよな。誰の差し金よ」

男は眉をひそめてクリスを睨みつけ、怒鳴った。

「んなこと、お前には関係ねえだろうが」

クリスは眉一つ動かさず言葉を返す。

「関係あるさ、マリアドールの治安を預かる身として、あんたらみたいなのは見過ごせないんでね」

「ごちゃごちゃうるせえガキだな、痛い目に合わないとわからんようだ、後悔させてやる」

リーダー格とおぼしき男は不機嫌そうにそう言うと、腰に下げていた剣を抜いた。それを見たクリスは目の色を変え、雰囲気がそれまでの飄々としたものから、一瞬で隙のないものへと変わった。

「おっさん、抜いたからには覚悟できてるんだよな、たとえ命を落とすことになったとしても」

「生意気言ってんじゃねえ、このガキがっ」

男は突然剣を振りかぶると、クリスに向かって切りかかった。クリスはそれを軽々とかわすと、男の懐に素早く入り込み、隠し持っていた短剣で男の喉を切り裂いた。男は首から血を吹き出し、そのまま倒れこむ。路地にはおびただしい量の血が広がっていった。他の男たちはそれに驚いてたじろいだ、顔色は恐怖に染まっている。

「ふうっ、お次は誰かな?」

クリスは男たちを睨みつけ、血の付いた短剣の切っ先を向ける。

「くっそ、こいつめちゃくちゃ強いぞ、殺されるなんて話が違うじゃねえか、おいっ、ずらかるぞ」

完全に戦意を喪失した男たちはクリスに恐れおののき、逃げ去ってしまった。

「戦意を喪失してたからもう襲ってくることはないと思うけど、誰が糸を引いているのか気になるな。手ごたえのなさからして素人だから、帝国やギルド絡みの奴らではなさそうだ。となると……、ちょっと厄介かもしれない」

クリスは思考を巡らしたが、男たちの黒幕に思い当たる節はなかった。眉をひそめると、男の亡骸に目をやった。

「とりあえず、こいつの処理は部下に任せるとして、バレリオこの件を報告しに戻るか。セレスは無事に親父の元に辿りついたのかな」


こうしてクリストヴァル・マリアドールは、自身の運命を左右する一人の少女と出会ったのだった。



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