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第三話 ~感謝しなくても、いい ☆彡

今回はちょっと不謹慎だったり、気に障る所があるかもしれません。

事前にお詫びいたします。


(ここは…?)


視界が開けると、あたりは白い空間であった。

白以外何もなく、ぼぅんやりとあいまいに広がる世界。


そんな中から、

「本来、全ての子供というものは、親に感謝する義務も……義理も無い」

懐かしい声が聞こえた。


いつもの通りに暴言から始まるあの女性の授業だ。

真っ白に隔絶された世界の中、その声が聞こえたかと思うと、突如目の前にかつての光景が広がっていく。

それは特に印象的な授業だったから、沙耶香は良く覚えていた。


“非道徳の授業”とも揶揄される田野倉先生。


その日は孔子を学ぶ回であったが、いきなり冒頭で長幼の序を全否定してのけた。

のみならず、講義をする格好もすごい。

教壇の上に鎮座し、その長い脚が最前列の田代君の机を殆ど蹂躙しているのだ。


「よく、“生んであげた”“育ててあげた”という親がいるが、あれほど最悪な押し付けは無いな」


強烈な発言に、一人、また一人顔を上げて興味深そうに聞き入り始める。

例外は…女子生徒と田代君とソナタ君だ。

女子は友達と足並みを揃えようとして様子を伺っており、

田代君は目の前の脚…というかスカートの中を見ようと不振な動きをしており、

ソナタ君はゲーム続行中。


そんな中、教師は次の言葉を発した。

「さて、なんでだと思う?」

端正な彼女の顔が悪い笑顔になった。

「お前らが生まれたのは両親がさか…愛し合った結果であり、育てるのは法律と社会通念に強制される義務だからだ。親にとって自分の責任を果たしているに過ぎない。だから“~やってる”というのは言いがかりもいいとこだな。ヤミ金が取り立てに来てやってると恩着せがましく言うのに等しいな」


さか…の所で男子が囃し立てた。彼らの心を掴む事は実に容易い。


「でもさ、センセ~…」

「なんだ?」

「やっぱり、そうは言っても安月給で俺達を育ててるとーちゃんもかーちゃんも、スゲエ大変だと思うんだけど」

すると、女教師は満面の笑みで彼に両手を広げた。


「素晴らしい!山田、お前の言う通りだ!」

「え?」

山田君の声が驚きつつも、嬉しそうに跳ねる。だが…、


「お前こそ生まれながらの奴隷M男!将来は立派な社畜まちがいなしだな!」

「え、あ…あは……は……」


……持ち上げてから落とされた。

哀れな山田君は真っ白な灰になるが、それを横目に講義は続く。

「今の発言の根元には“親は常に正しい”という甘えがある。とんだ甘えん坊さんだ。だがな、山田の言う事は事実を表してもいる」

「お前らの親は大変だ。さか……愛の結果授かったとは言うものの、出来の悪いガキを不況の中で趣味も場合によっては食事すら削らないと養えない。だのに、お前らと来たら生意気ほざくわ、その癖、遊ぶ金はせびるわ、年中交尾の事しか考えて無いわ、まあ酷い有り様だ。これじゃあ将来に備えた蓄えどころか、目先も不安な毎日だ」

「その上、お前らの親だぞ?苦難に耐えて子供様に綺麗な愛情だけ傾けるような聖人であるはずか無いな!むしろ、ゲスい感情で頭が満員電車状態だろう。ボロを出さない様に涙ぐましい無駄な努力をしたあげく、日々墓穴を掘っている事だろうな。お前らの間抜けな面を見ていれば一発で分かる」


そこで言葉が切られた。


皆、唖然としている中を見渡す女教師。

だがその視線が沙耶香と絡むと、優しく綻んだ。

落差に驚いた少女の顔がぽん、と音を立てて赤くなる。


「だからな、それは悲鳴だ」

「お前らと同じ、程度の高くない人間が我慢して我慢して我慢した末に耐えきれず上げた叫びであり、お前らクソガキを食い物にしてでも生き残りたいという本能から漏れ出してしまった、そういう性質の主張だ。そいつに額面通り、言いなりになるってのいうは自分の生きる権利を放棄する事だ。だから、自分も対等に主張する。従うでも甘えるでもなくて自分の権利と考えを貧相な脳からひねりだしてぶつけるべきなんだ」

「ただ、同時に権利を主張する…と言う事は“対等”という事でもある。ルール無用の野原に放り出され、誰も守ってはくれず、ノーガードで殴りあうって事だ。そこには都合の良い正義も正解も無いから、その点は注意が必要だな」

「例えば……」

言いながら長い脚が振り抜かれると、不審者な田代君のアゴがはね上がった。

「ぐえ」

続けてヒラリと教壇から降りる。


 そして。

「新島く~ん?新島ソナタく~ん?」

今までより何オクターブも高い天使の様な声と裏腹に獲物を捉えた肉食獣の如きギラギラした目付きで、「ソナタ君」の席に近づいていく女教師。

対する彼は無反応。携帯をいじる手が止まっていない。

(あ、あ……)

予知能力等持ち合わせていないクラスメイト達であったが

皆、脳裡に等しく確度の高い未来の映像が浮かび、果たしてそれは現実となる。

「何してるのかな~?授業中に携帯ゲームなんか~……してて許されるわけねぇだろ! この……っ」


男子高校生がワンハンドで猫の様に持ち上げられる脅威の光景。

それでも、携帯をいじる手が止まらないのには最早呆れを通り越して感心してしまうが…


「ウスラボケッ!!!!」

「モゲェッ!」

逆手で殴られたソナタの体が錐揉みしながら宙を飛んでいき、

用具箱に飛び込んで金属製のバケツがけたたましい音を立てた。


―がこんっ!

(……あら?)

直後に何かが机の脚にあたったのに驚いた沙耶香は、緑色の物体をつまみ上げた。

携帯だった。ソナタの手からこぼれ落ちたそれの画面は待ち受けのまま。


(ゲームをしていたはずなのに?)

小首を傾げた沙耶香であったが悩んでも仕方ないと思い至ると、後で帰そうと思いながらスカートのポケットに入れた。無論、流れるような動作の中で赤外線経由に色々なお宝をゲットするのも忘れない。


……安定のストーカーぶりである。


ともあれ、粛清が終わった田野倉は踵を返し教壇に戻る。今度はお行儀の悪い姿勢では無くまっとうに立って生徒に相対する。

「この様に、権利を主張すると言うことは戦うと言う事になる。何を主張しても自由だし、ゲームをしても良い。が、敵を作る行動をすれば正しい、正しくないに関わらず攻撃を受ける事になる」


一部の生徒はその攻撃の結果、用具箱に叩き込まれたソナタを恐る恐る振り返り、

“こうはなるまい”と頭を降る。

「そして、もしもお前らが虐待をされたりしていないなら、対等な仲間として互いに尊重し合える家族関係を目指すべきだ、とアタシは思う。道程は大変だけどな」


―虐待、という言葉に沙耶香の心がちくりとした。


確かに、彼女は体罰を受けていない。

学校にも通えていて、家に帰れば温かいご飯が待っている。だが……


と、そこで景色が停止した。

続けて空中の一点が黒くなると、それが時間の止まった景色を吸い込んでいく。


そして最後に、とうとう彼女の視界が虚空に飛び込んでいった。

親子関係ってとても難しいですよね。

親の側、子供の側、どちらから見ても。

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