プロローグ
カルは戦後の空を仰ぎ見る。とても青く、どこまでも広がって、雲がその中を旅していた。
銃を下して固い土の上に寝そべる。風に靡いて前髪がサラサラと揺れた。
思えば配属されてから上司の方々にあいさつしていなかった気がすると今更ながら彼は気づいた。
配属されて向かおうとした瞬間、出動命令が出されしまったときは、上司は俺が嫌いなのか、それともこの隊が嫌いなのか、現場に着くまで考えてしまった。
もう隊の人は皆先に出動していたのか一人で現場に行かされ戦闘中も味方らしい人は一切見かけなかった。
しかし敵の人数は少なく粗方片付いているようだった。きっと前に進んで行ったのだと思い、残った敵を片付けることに専念した。
判断が正しかったのかは知らないが程なくして戦争は終わった。敵軍が撤退
したらしい。
勝った、しかしカルは浮かない顔をしていた。
理由はいろいろある。人を殺したとか、躊躇などせず引き金を引いてしまったとか、しかしそれよりも、そんなことよりも
「なんで俺が死なないんだよ。」
広い荒野でぽつりとそんな言葉をつぶやく。
誰もいなかったはずのその場所に足音が近づいて来るのか聞こえる。
まだ残党が残っているのかとカルは銃を持つ。
「なにお前、死にたいのか?」
近づいてきたのはカルと同じ軍服を着た青年だった。同じ軍服ということは味方であるとカルはほんの少し警戒を解いた。しかし握った銃はいつでも撃てるようにしておく。
そんなカルのことなんか知ってか知らずか青年は続ける。
「死ぬためにここに来たの?」
しゃがみこんでカルの顔を除くその瞳には、純粋な疑問おを浮かべている気がした。そんな青年を見て軍のことではないし答えてもいいかと思えてきた。
「そうかもな。」
「それならその銃で頭ぶち抜けばいい。」
「案外キツイこというね、あんた。」
「実際そうだろ?」
知ってると頭の中で返す。
確かに今すぐこの銃を自分に向けて撃ってしまえばカルはこの世から晴れておさらば出来る訳で、手っ取り早いことも知ってはいた。
しかしできない理由かある。
「臆病だからしたくてもできないんだよ…自分で死ぬのが怖いから、俺は軍人になった。まあ、殺されそうになっても怖いって思っちまうけどな!」
我ながら阿呆だなとカルは思う。
なんだこの理由は、あまりにもふざけ過ぎているではないか。
「そっか。」
しかし青年はそんなカルに笑うでも呆れるでもなく、ただ静かに頷いた。どうやらこの青年も変わっているようだった。
青年は立ち上がると少し歩いたところで立ち止まり手を合わせて目を閉じた。
その姿を見て、カルは上半身を起き上がらせ、じっと、動かないでいた。
なにをしているのかは解らないが、彼のその行動が神聖なものに見えてしま
って、黙ってただ見つめていた。
数分そんな沈黙が続いた後、青年はゆっくり目を開けて、手を下す。
「なあ。」
「なによ。」
「名前、何。」
唐突な青年の質問に多少驚きもしたが、そんなことよりカルは『答えても悪くないな』と思っている自分自身に一番驚いていた。そして口から自然にその質問に答える。
「カル、カル=ヴァイス」
「カル。」
風が吹く。カルの長く白い髪と、青年の黒い猫っ毛の髪は風に遊ばれる。
「お前を殺してやれない、ごめん。」
青年はまじめにそうカルに言った。
カルは一瞬目を見開いたが、そのあと苦笑いをこぼして「そっか…」とつぶ
やいた。
「でも、」
青年はカルに手を伸ばす。
「一緒に生きることならできるからこれで許してくれ。」
つくづくこの青年が解らないとカルは思った。
死にたい奴と一緒に生きるとか、しかもそれが殺せない償いだとか、訳が分からなさ過ぎではないのだろうか。
しかしそんな訳の分からない青年をカルは気に入っていた。その手を取り思いっきり立ち上がる。
「変わりもんだね、あんたは。」
「お前もな。」
カルは青年の手を取って立ち上がり服についた砂埃を払う。
生きる気なんてさらさらないし、今でも死にたいのは変わらない。変わる気もない。でもこの変わり者の青年に看取ってもらうまで生きるのも悪くないかと考えた。何ともネガティブな考えだとカルは心の中で自分を笑った。
「なあ、あんたの名前聞いてなんだけど?」
「名前…」
青年は少し悩んだ後、こう答えた。
「ゴルド国特殊部隊隊長、位は中尉。名前は忘れた。」
とても見事な爆弾を投下されたカルは笑顔を引きつらせる。
「特殊部隊隊長って俺の上司サマじゃないですか…」
『特殊部隊』はカルが今日から配属された場所。きわめて困難なミッションが任されると有名で生存率30%と言われている部隊だった。
確か特殊部隊隊長の噂は聞いたことがあるとカルは思い出した。『どんなミッションも必ずこなして戻ってくる不死身の男』だったり『敵を瞬きが終わる前に殺す冷酷非道な奴』だったり、何とも信じがたいことばかりだった気がする。
この噂を聞いた当初は軍に喧嘩を売るようなことをしたかと悩んでいた。あったところで謝る気もないのだが。
「よろしく。」
そういって小さく微笑む青年を見ると噂は所詮噂だなとカルは思った。
「…ヨロシクオネガイシマスタイチョウドノ。」
「……無理して敬語使わなくていい。」
「そ?じゃ遠慮なく…しかし名前忘れたとか俺にどう呼べっての。」
「知らん。」
「…とりあえず隊長って呼ぶわ。」
帰ろうとしている頃にはもう夕方だった。辺りは夕焼け色に染まり、何もなかった荒野がなぜか美しく見えた気がした。
これがこの2人の、始まりの物語。