第3話
「もうちょっと右。あっ、行き過ぎ行き過ぎ。そこ、そこ!」
言われた場所に看板を取りつけ、釘を打って固定するくわに下から声が聞こえる。
「くわちゃん。少し休んだら?」
あさみの母親だ。
「大丈夫です。これを打ったら終わりなんで」
釘を丁寧に打ちながらそう言った。
ここに住ませてもらって、もう一ヶ月が経とうとしていた。博士に定期的に体を見てもらいながらどうにか暮らしている。殺意に似た感覚すら感じた事もない。毎日が楽しくて仕方ないのだ。自分が望んでいた殺しのない生活だ。
釘を打ち終わると、梯子を使って降りた。本当ならこの高さなら梯子を使わずに上り下りが出来るが、博士に目立つ事はするなと言われている。そのお陰でサイボーグという事もまだ隠し通せている。
「お疲れ、くわ」
笑顔のあさみが水を差し出す。
「ありがとう」
それを受け取ると一口飲んで返した。
「全部飲んでいいんだよ?」
「君が飲んでいいよ」
そう言うとあさみは、ほんのりと頬を赤くした。
「お疲れ、くわちゃん。看板ありがとうね。ようやく今日のお祭りが準備が出来たわ」
そう、今日は祭りなのだ。そして、街で唯一の駄菓子屋なので、その準備をしていたのだ。
「あとは本番を迎えるだけね」
祭りに出す物が揃っているか目で確認しながら言うと、そこに博士が現れた。
「こんにちは」
「あっ、博士」
「ちょっと、彼を借りてもいいかな?」
博士はくわの肩に手を置きながら言った。
「別に構わないわよ」
「すぐに戻しますんで」
博士はそう言うと、くわを連れて歩き始めた。
「どうしたんですか?」
そう尋ねると、博士は周りを警戒しながら小声で言った。
「隣の街でサイボーグが現れた。恐らく君がいた所の連中だろう」
思わず拳を握った。
「ここにも来る可能性がありますね」
「そうだ。その事だけ覚えててくれ」
博士はそれだけ言うとくわと別れた。
予期していたとはいえ、やはり心の中では大丈夫と思っていた。ここは安全だと。だが奴らは血に飢えた野獣だ。必ず次の獲物を捜す。以前の自分のように。
奴らが来たら止められるのは自分だけ。しかし、それをやるともうこの街にはいられない。くわは、困惑した。
「大丈夫、くわ?」
あさみの声に我に返った。振り向くと心配そうな顔で見るあさみが立っていた。
「大丈夫だよ」
一度深呼吸してからあさみの横を通り過ぎた。そして、決心した。何があろうと守ろうと。
* * *
陽が沈み始め、提灯の明かりが次々に灯る。祭りのムードが出始めた頃には、浴衣に着替えたあさみがわたあめを作り始めていた。あさみはあれ以来あまり笑わなくなった。いつもなら沢山笑うのにと心配になった。
「くわちゃん」
着慣れない浴衣をいじりながら振り返ると、いつものエプロン姿のあさみの母親が手招きしていた。近寄ると、手に小銭を落とした。
「おばさん、これは?」
「あさみちゃんと遊んでおいで」
あさみそっくり笑みの浮かべながらそう言うと、あさみを呼んだ。
「お店は私がやるから二人は遊んでらっしゃい」
「でもお母さん一人だと大変だよ」
「そうですよ」
すると、奥から腕捲りをした博士が現れた。
「私もいるから大丈夫だよ」
「だから、ほら。行った、行った」
不満そうな二人の背中を押して店から出した。
「いいかい? 楽しむんだよ?」
念を押すようにそう言うと、踵を返して店の奥に戻っていった。
「ど、どうします?」
あさみにそう尋ねると、
「焼きそば食べよう!」
くわの腕に腕を絡めてそう言った。
「それからタコ焼きも食べて、射的もやろう」
「い、いいのかな」
頬をかきながらあさみを見ると、
「お母さんが楽しめって言ったもん」
そう言いながら笑みを浮かべた。いつもの笑みを。
「じゃ、行こ」
腕を引っ張るあさみに遅れないようにくわもついて行く。
二人はタコ焼きを食べ、射的をやって、お面を買って、祭りを楽しんだ。あさみは終始笑顔だった。くわはそんなあさみの笑顔を見て安心した。
「あっ、そろそろ花火の時間だ」
「花火?」
「うん。空に花が咲くの」
言ってる意味がほとんど分からなかった。あさみはそんなくわの手を握って走り出した。街の外に出て、ボロボロになった建物に入ると、階段で一番上まで駆け上がった。
息を切らすあさみは膝に手を起きながら、息を整える。すると、爆発音が響き、星が輝く空に文字通りの花が咲いた。
くわはそれを息をのんで眺めた。何度も打ち上がる花火をあさみと一緒に。