第2話
男に誰も殺さないと約束し、拘束具を解かれた六号は、スラム街を歩き回った。木材や鉄板で作った家が立ち並び、ボロボロの服を着た子供たちが走り回り、洗濯物を干す住民。聞いていた話とはまるで違う人の生活に、困惑していた。同時にもしかしたら、そこにいる人の親しい誰かを自分が殺したのだろうか、という罪悪感にとても居心地の場所ではない。
さらに奥に進んでいくと、子供たちが集まっている場所があった。近づくにつれて、甘い香りが漂ってくる。
「見ててよー」
子供たちが目を輝かせる先には、ぼっこを持った女が唸る機械の前にいた。その女は、さっき窓にいた女だとすぐに分かった。
女は唸る機械の中にぼっこを入れると、持った手を円を描くように動かす。すると、ぼっこに白い綿がつき始める。子供たちが「おー!」と言う声をあげると、女は笑みを浮かべた。窓の時と同じ笑みを。
「はい! わたあめの出来上がり!」
女が持ったぼっこには白い綿の塊が出来上がっていた。子供たちは、はしゃぎながら女の周りに集まる。
「こらこら、ちゃんとあげるから」
そんな光景を見ていて、六号は不思議な感覚になった。とても心地の良いものだ。初めての感覚に戸惑いながらも、その光景を見守った。
すると、そこに男の子が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんから」
男の子はそう言うと、六号に白い綿、わたあめの一切れを差し出した。それを受け取ると、男の子は戻っていった。すると、子供たちがわたあめを食べているのを見て、初めてこれが食べ物だと分かった。恐れる恐れる貰った一切れを口に入れる。口の中に甘味が広がり、わたあめがなくなっていくのが分かる。なんとも不思議な食べ物だと感じた。
「どう? 美味しい?」
女が笑みを浮かべながら寄ってくる。
「え?」
「わたあめ」
「ああ……うん」
「よかった」
六号は指に残ったわたあめを舐めながらはしゃぐ子供たちに視線を移した。
「あたし、あさみ。あなたは?」
あさみと言った女が目の前に出てきて言った。
「僕?」
「そう。あなたの名前」
「名前は……」
六号は困惑したが、一度だけ見た白黒映画の主人公が使った名前を思い出した。
「桑畑」
「桑畑? うーん。じゃあ、くわって呼んでいい?」
意味がよく分からなかったが、とりあえず頷いた。
「くわって家はどこにあるの?」
「家?」
「住む家。あっ……もしかしてない?」
笑みを浮かべていたあさみの顔が少し曇った。
「彼は昨日流れてきたのさ」
振り返ると、先程の男が立っていた。
「博士の知り合いなの?」
博士と呼ばれた男は苦笑いしながら頬を指でかいた。
「まあ、そんなとこかな」
「そうなんだ。じゃあ、うちにおいでよ」
「いや、そういう訳には」
すると、そこにほっそりとしたエプロン姿の女が来た。
「あら、博士」
「ねえ、お母さん。彼を家に住ませていい? 昨日来たばかりなの」
あさみはすがるように両腕を持って言った。
「別に構わないわよ。狭い家だけどね」
あさみの表情が一気に明るくなると、跳びはねるように喜んだ。くわの手を取って「良かったね」と、自分の事のように喜んでいる。
「奥さん、あまり無理しなくても」
「ちょうど男手が欲しかったのよ。なーに、一人増えたって対して変わらないわ」
「しかしですね……」
二人の間にあさみが割って入った。
「お母さん、ありがとう! 早速案内するね!」
そう言ってあさみはくわの手を取って、家に向かって走り出した。
「ちゃんと店番するのよ!」
走る二人を見送りながらそう言ったものの、聞こえたか定かではない。
「それに、どことなく雰囲気が似てるのよね」
「え?」
「死んだ兄にね」