第1話
煌々と光る日産デュアリスのヘッドライト。そのヘッドライトの前に七人が並び、ベルギーのFN社製の突撃銃F2000を構えていた。高級スーツを着た真ん中の男以外は。
「六号、戻って来い」
真ん中の男が煙草を吸いながら言うと、ライトに照らされた黒いジャケットをまとった六号と呼ばれた男は無表情のまま首を横に振った。
「機械のお前が、人間の世界に住むのは無理なんだよ。特に人斬りのお前にはな」
男は苛立ちながらお気に入りのロレックスの腕時計を視線を落とす。
「僕はもう人は殺さない」
それを聞いて男は、腹を抱えるように笑った。六号は何が面白いのか分からない。
「あれほど容赦なく人を斬るお前が殺しをやめれる訳がない」
男は煙草をくわえながら、六号に歩み寄る。六号は警戒するように距離をとった。
「ここだけの話、お前らは殺人兵器だ。お前らには大金がかかってる。そして俺はお前らのお陰で美味い飯を食っている」
淡々とした口調に話す男に六号は少しだけ殺意が沸いた。彼は自分たちをただの機械としか思っていない。しかし、実際は違う。自分たちは機械であるが、全部が機械ではない。脳は人間と同じ物だ。
「そうだ、その目だ。お前のその目に人は恐怖を感じ、お前が斬る姿を金持ちが想像するんだ」
六号は溢れる殺意をなんとか抑えながら、口角を上げて話す男の胸倉を掴んだ。抑えていなければ、今頃首の骨をへし折っていただろう。
「僕はお前らの道具じゃない」
「いや、道具だよ」
笑みを浮かべる余裕を見せる男。
「現にお前も、俺に言われて人をたくさん殺してきただろ。金持ちが見てる前でな」
六号は手を離した。これ以上男の話を聞いていたら殺しかねないからだ。
「……僕はもう殺さない」
「そうか、残念だよ」
男はスーツを丁寧に直しながらそう言った。そして、煙草を捨てた。それが合図となった。
六挺のF2000の銃口が一気に火を噴き、六号の体に二百近い銃弾が撃ち込まれていく。
こだまする銃声が次第に聞こえなくなり頃、六号は暗闇に落ちていた。倒れたはずなのにいつになっても衝撃がない。あまりの威力に後ろに下がった事により、崖から落ちてしまったのだ。
衝撃があったのは落ちてから二秒後の事だ。バキバキという木の枝が折れる音を聞きながらさらに落ちていく。次の衝撃はすぐにきた。地面にたたき付けられた六号はぴくりとも動かず、地面に白い人工血液が水溜まりになっていく。
六号は満足していた。あのまま人を殺す生活をするぐらいなら死んだ方がマシ。一度だけでも人の世界を見たかったのが悔いに残るが、これで良かった。次第に六号の意識は薄れていく。痛みはほとんどない。楽に死ねると、複数の足音を聞きながら思った。
* * *
六号は、目を開けると不思議な気分だった。機械にも死の世界があるのかと。
頭を動かすと、右には見覚えのある機械が並んでいた。左には窓があり、窓から太陽の日差しが入って温かい。自分はまだ死んではいないと悟った六号は、嬉しかった。自分の知らない世界が目の前に広がっていて、殺すだけの毎日ではなくなるはずだ。
すると、唐突に目の前が少し暗くなった。窓を見ると、日差しの前に女が覗いている。女は目が合うと、笑みを浮かべて手を振った。六号も手を振ろうと動かすが、腕はしっかりと拘束具で固定されていた。腕だけではなく、足にも付けられて少しも動く事は出来ない。
そこに奥のドアが開いて、白衣の男が現れた。
「気がついたか」
窓を見ると、女の姿はなかった。
白衣の男が六号の横に来ると、ペンライトで目を当てる。
「回復力が凄いな。気分はどうだ?」
「悪くはないです」
六号は率直に答えた。
「そうか」
男の視線が一瞬だけ拘束具を見た。
「外してもらえですか?」
「それは難しいな。君はここがどこなのか分かるか?」
六号にとっては初めての外だ。当然知る訳がない。
「まあ、知る訳もないか」
「ここはどこです?」
「……ここはスラム街だ。君のようなサイボーグに親や親しい人を亡くした者たちが集まる避難所として使われている」
亡くした。
自分が殺した。
あの女の誰かを斬った。
あの笑みを浮かべた女の……。
「つまり、ここの人たちからすると、君は悪魔なんだ。分かるか? 君がサイボーグだという事は今はなんとか隠しているが、それもいつまで隠せるか分からない」
悪魔。
人を斬る悪魔。
人斬りだ。
だが、六号は殺すのをやめた。
「僕はもう誰も殺さない」
それを聞いた男は苦笑いした。
「口では言っても、君の体は殺す為に作られている。今は抑えられていても、いつかは抑えが効かなくなる。その時、君はただの殺戮マシーンだ」
「僕はっ……!」
「私ならここを出る」
「あんたに僕の何が分かる!」
思わず怒鳴った。
男は目を丸くして一歩引いた。それから溜め息を漏らすと、黙って部屋を出た。
「……僕はもう殺したくないんだ」
誰もいない部屋に六号は、自分に言い聞かせるように呟いた。