勇者じゃない俺が「下がっていろ」と言われたので、足元の聖剣を拾っただけです――報酬100億円で館無職になりました
俺は勇者じゃない。
勇者召喚に巻き込まれただけの、おまけだった。
「うわっ、なんだここ」
目が覚めたら草原だった。
空は青い。
草は緑。
遠くに町。
目の前には、顔のいい女が浮いていた。
「起きたわね」
「どなたですか」
「女神」
「雑」
女神は俺を見下ろした。
「あんた、勇者召喚に巻き込まれたのよ」
「俺、勇者なんですか?」
「違うわ」
「違うんだ」
「本物の勇者は別にいるわ」
「じゃあ俺は?」
「おまけ」
「帰っていいですか」
「だめ」
終わった。
剣もない。
魔法もない。
説明もない。
「どうすればいいんですか」
「町に行きなさい」
「それで?」
「適当に生きなさい」
「雑すぎる」
「死なないように、最低限のチートだけあげる」
「最低限なんだ」
「文句言わない」
女神の姿は消えた。
ただ、声だけは頭に響いてくる。
草原に俺だけが残った。
スライムがいた。
ぷよぷよしていた。
「……倒すの?」
落ちていた棒で殴った。
効かなかった。
「いてっ」
たぶん一ダメージ。
「女神」
「なに」
「勇者じゃないのに異世界しんどすぎない?」
「頑張りなさい」
やっぱり俺は勇者じゃない。
でも、落ちていた棒を拾うことくらいはできた。
◇
町に着いた。
市場へ行った。
路地裏から声がした。
「兄ちゃん、ちょっとこっち来い!」
奴隷商人だった。
「うわ、イベントだ」
「ボコって」
「女神、指示が雑なんだよ」
「いいから」
俺は言われた通りにした。
「チート」
奴隷商人は倒れた。
路地裏に女の子がいた。
耳が長い。
痩せている。
怯えている。
逃げる力もなさそうだった。
「大丈夫ですか」
女の子は、俺の服の裾をつかんだ。
「ご主人様」
「やめてくれ」
「ごしゅ……」
「略しても駄目」
「ごしゅ」
「負けた」
女神が言った。
「その子はルーナ。ヒロインね」
「本人の意思は?」
「知らないわよ」
「おい」
助けた。
というほど格好よくない。
ただ、見捨てられなかった。
拾った。
そんな感じだった。
◇
数日後。
本物の勇者が来た。
ちゃんと勇者だった。
聖剣。
仲間。
まっすぐな目。
魔法使い。
戦士。
僧侶。
完全に昔やったRPGだった。
「俺じゃないの? 勇者」
「違うって言ったでしょ」
「じゃあ俺、何するんですか」
「勇者についていきなさい」
「なんで」
「近くにいたほうが話が早いから」
「雑」
俺は勇者に頭を下げた。
「あ、あのー。ついていってもいいですか」
「もう四人いる」
「ですよねー。すいません」
女神が言った。
「そこをなんとか」
「俺が言うの?」
「早く」
俺はもう一度、頭を下げた。
「あのー、そこをなんとかお願いします」
勇者は困った顔をした。
それから、うなずいた。
「そこまで言うなら、特別だぞ」
「ありがとうございます! 助かりました!」
ルーナが俺を見た。
「ごしゅ、なんかダサいです」
「言わないで」
俺は勇者パーティーの五人目になった。
正確には、おまけだった。
◇
魔王城はでかかった。
「でっけー」
「ごしゅ、感想が小学生です」
「城とか初めて見たんだよ」
戦いはすごかった。
勇者が前で戦う。
魔法使いが撃つ。
戦士が受け止める。
僧侶が回復する。
俺は後ろにいた。
何もしていなかった。
「下がっていろ!」
勇者が叫んだ。
「はい」
言われなくても下がっている。
最初からずっと下がっている。
魔王は強かった。
勇者たちは必死だった。
俺は何もできなかった。
だから、無傷だった。
その時。
勇者の聖剣が弾き飛ばされた。
聖剣は床を滑った。
俺の足元に来た。
「……あ」
落ちていた。
だから、拾った。
「勇者様!」
投げた。
勇者が受け取った。
光った。
魔王が倒れた。
「え?」
俺は言った。
「俺、剣を拾っただけなんですけど」
勇者は笑った。
「あれがなければ終わっていた」
「いや、でも、拾っただけですよ」
「それが必要だった」
ルーナが俺の袖をつかんだ。
「ごしゅ」
「なに」
「やっぱり、ちょっとダサいです」
「そこは褒める流れじゃないの?」
「でも、私も拾われました」
ルーナは袖を離さなかった。
俺は勇者じゃない。
魔王を倒したのも俺じゃない。
でも、聖剣を拾った。
それだけは、俺にできた。
◇
王都に戻った。
勇者は英雄になった。
姫様が告白した。
勇者も受け入れた。
王様が泣いた。
国中がお祭りになった。
俺は端で拍手していた。
「よかったなあ」
「ごしゅ、完全に親戚のおじさんです」
「俺の出番もう終わったし」
その時。
王様が俺を呼んだ。
「そなたも魔王討伐に貢献した。望むものを言うがよい」
「えー」
考えた。
剣はいらない。
爵位もいらない。
領地とか絶対めんどくさい。
「お金ですかね」
王様は笑った。
「よかろう」
金貨の山が出てきた。
「女神」
「なに」
「これ、どのくらいですか」
「日本円で、だいたい100億円ね」
「は?」
100億円。
一生遊べる金額だった。
「よかったじゃない」
「でも、この世界ってインターネットあります?」
「ないわよ」
「じゃあ、けっこうきつくないですか?」
「贅沢言うな」
スマホはない。
動画サイトもない。
コンビニもない。
家系ラーメンもない。
100億円あっても、やることがない。
「どうしたらいいんですか」
「スローライフでもしたら」
「農業ですか?」
「そうね」
「嫌です」
ルーナが俺の袖を引いた。
「ごしゅ」
「なに」
「大きい家、欲しいです」
「それだ」
家を買うことにした。
◇
城も見た。
でかい。
寒い。
広すぎる。
「これ、いらないですね」
「いらないです」
町はずれの館を買った。
「結構いいじゃんね」
「ねー」
館にはメイドがいた。
銀色の髪。
落ち着いた目。
きれいな姿勢。
俺は思った。
俺のビーナスだ、と。
「わたくしの名前はラミィと申します。よろしくお願いいたしますね、ご主人様」
「またご主人様ですか?」
「はい?」
「呼び名がかぶってて、わかんねーぞもう」
ルーナが笑った。
「ごしゅ、よかったですね」
「よかったのかこれ」
その夜。
ラミィさんはシチューを作ってくれた。
ルーナが食べた。
俺も食べた。
うまかった。
「ご主人様、そろそろお休みなさってください」
「あっ、はい」
「明日の朝はモーニングコートをご用意いたします」
「毎日着るんですか?」
「はい」
「異世界、思ったより面倒くさいな」
ルーナが俺の隣で丸くなった。
「ごしゅ」
「なに」
「ここ、あったかいですね」
「そうだな」
俺は勇者ではなかった。
魔王を倒したのも俺ではない。
俺は、落ちていたものを拾っただけだ。
路地裏にいたルーナ。
勇者の聖剣。
使い道のない金貨。
寒い城の代わりに見つけた館。
その館にいた、やたら有能なメイドさん。
俺は何も成し遂げていない気がする。
でも、拾ったものを置く場所はできた。
ルーナは俺の袖をつかんだまま寝ている。
ラミィさんは廊下の向こうで、明日の支度をしてくれている。
勇者じゃなかった俺には、これくらいがちょうどいい。
「女神」
「なに」
「俺、勇者じゃなかったんですよね」
「そうね」
「ですよね」
「でも、拾うのだけはうまいわね」
「褒めてます?」
「別に」
俺は笑った。
勇者じゃなくてもいい。
拾ったものを、
捨てずに済んだ。
それで十分だった。




