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チョコレートがつなぐ二つの世界  作者: 一ノ瀬麻紀


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4 もう一度、会えたなら

 気がつくと、僕はいつもの学校の帰り道に立っていた。

 周りは見慣れた景色。着ているのはいつも通りの制服。……何も変わっていないし、おかしいところもない。


「夢……だったのかな」


 肌にあたる風も、オレンジ色の西の空も、チョコレートを渡せなかったあの時と同じだ。


「あ!チョコレート!」


 僕は、先輩に渡すはずだったチョコレートの袋を持っていないことに気づいた。

 袋の紐を握っていたはずの手を、じっと見つめた。そこには、微かに残るアランの手の感触があった。


「アラン……」


 あれは夢なんかじゃない。確かに、存在した世界だ。アランと過ごしたあの楽しい日々は、絶対に忘れない。

 異世界のこと、アランとの思い出。……そして、アランへの本当の気持ち。全ては僕の心の中だけに、そっとしまっておくんだ。

 僕は、胸に手を当てると、ふわっと温かい気持ちになった。


「アラン、大好きだよ……」


 今だけ、言葉にしてもいいよね。

 僕は、伝えられなかった言葉を口にして、静かに目を閉じた。

 もう二度とアランに会えないと思うと寂しいけど、アランのことを思い出すだけで、不思議と帰る足取りは軽くなった。


 ◇


 僕がこの世界に戻ってきてから、一ヶ月が過ぎた。世の中はホワイトデーの催事や、桜の開花予想などで盛り上がっている。

 僕は時々チョコレートを食べながら、アランのことを思い出していた。

 アランに、もっとたくさんのチョコレートを食べさせてあげたかったな。チョコケーキとかチョコアイスとか、美味しいものはたくさんある。

 もしアランがこの世界の人だったら、一緒にカフェ巡りとかしたら楽しいだろうな。


「僕の手作りチョコレートだって、食べさせてあげられるのにな」


 僕は決して叶わない夢をポツリと口に出してみたけど、虚しくなって思わず苦笑した。


 あまりにも現実世界との違いがありすぎて、異世界でのアランとの思い出は、やっぱり夢だったのかもしれないって、思うようになってしまった。

 アランの声も手のぬくもりも、まだちゃんと覚えているのに、時だけはどんどん過ぎてゆく。その時間が、僕の心の中のアランとの思い出を、薄れさせていくんだ。


「手作りチョコレート? へぇ、それは楽しみだな」


 もう帰ろうかと立ち上がった時、後ろから突然声がかけられた。

 え……?

 これは幻聴なの? だって、絶対に聞こえるはずのない声なのに……。


 僕は戸惑いながらゆっくり振り返ると、そこには見覚えのある外套を羽織ったアランが、目を細めてこちらを見ていた。


「アラン……? アランなの? え……何でここに……」

「アマネに会いにきた」


 会いにきた……?

 僕は目の前の光景が信じられなくて、自分の頬をつねった。


「いたっ」

「はは、何やってんだ」


 僕はきっとこれは夢だと思って、思い切り頬をつねったら、激痛が走った。動揺して強くつねり過ぎたらしい。

 でも、こんなに痛いなんて、夢じゃないんだ。


「夢じゃない……」

「そうだ、俺はここにいる」

「でもなんで……」


 僕は聞きたいことがたくさんあったけど、そこまで言って口を閉ざした。

 だって、理由も方法もどうだっていい。二度と会えないと思っていたアランが目の前にいる。それだけで十分だ。


 不安だった僕に、アランが手を差し出してくれた時のように、僕もアランの前に手を差し出した。


「……そっか。こんなところじゃなんだから、僕の家に行こう。話はそれからだね」


 僕が差し出した手を、アランは力強く握りしめた。その手の力強さは「今度は絶対に離さない」と言っているようだった。


 家に帰ったら、ゆっくりと話をしよう。

 僕がこっちに戻ってきてからのこと、聞いて欲しい話がたくさんあるんだ。

 そしてあっちの世界でのみんなの様子も聞きたいんだ。


「アマネの家に行ったら、これ一緒に食べよう」


 アランはそう言って、見覚えのある紙袋を嬉しそうに揺らした。


 ◇


「まさかまたアランに会えるとは思ってもみなかったから、嬉しいよ」


 僕はアランの前に、僕の大好きなアップルティーを差し出した。

 異世界でとても似ている飲み物があって、嬉しくて僕はそればかり飲んでいたんだ。

 香りを嗅いで気付いたのか、アランは尋ねるような視線で僕を見た。


「ルミナの果茶に似てるでしょ?」


 香りを楽しんだ後カップに口をつけたアランの顔が、一瞬曇ったような気がした。

 でもすぐ顔を上げて、ふわりと微笑んだ。


「ああ、とてもよく似ている。……うまいな」


 僕がこちらの世界に戻った後、何かあったんだろうか。アランは少し疲れているようにも見えた。


「もっと早く会いに来たかったのに、時間がかかってしまった……」

「あれから一ヶ月かぁ……」


 僕がカレンダーを見ながら言うと、アランは「えっ」と小さく声を吐き出した。

 なんで驚いたんだろうと思ってアランを見たら、一人納得したように頷いた。


 そっか。僕がこっちに戻ってきたとき、ほとんど時間は経過していなかった。だから、異世界に行ったのは夢だったのかもしれないって思ったんだ。

 きっと、アランの世界のほうが、時間の流れが早いんだね。


 もしかしたら、アランは僕に会うために、長い時間を費やしてくれたのかもしれない。

 そう思ったら、一度は諦めた気持ちが再び、顔を覗かせた。

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