表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

求めよ、されば与えられん

作者: 諏訪 惠
掲載日:2026/02/27

町外れの小さな家に住むおじいさんと、深い森に住むきこり。愛し方を忘れたきこりが夢をみるお話。

1.

 町はずれの小さな家に、一人のおじいさんが住んでいました。町の人も空の鳥も野の白百合も、おじいさん

を愛していました。

 ある日、一人の疲れたきこりがおじいさんの家にやって来ていいました。「水を一杯もらえませんか」。お

じいさんは喜んできこりを招きいれました。きこりが椅子に腰かけると、テーブルの上に水が入ったコップがあらわれたではありませんか。きこりは驚きましたが、あっというまにそれを飲み干してしまいました。おじいさんは嬉しそうに笑っていいました。

「もう一杯いかがかね?」

きこりが頷くと、コップはまたもや水で満たされていました。

 おじいさんと話しているうちに夕方になり、きこりはどうにも眠たくなって、椅子に座ったままうたた寝を始めてしまいました。おじいさんは一枚の毛布を持ってきて、きこりの肩にかけました。誰が整えたのか、暖炉では暖かな火が燃えています。


2.

 きこりは夢を見ました。懐かしい夢です。

 きこりの父もまたきこりで、貧しい暮らしの中できこりを育ててくれました。美しい母は、きこりが生まれてすぐに死んでしまったのだと聞きました。やがて父も死んでしまうと、きこりは一人になりました。町の人はみんな親切でしたが、たった一人の家族がいなくなってしまったのですから、きっとこれからもずっと一人なのでしょう。きこりは悲しみに暮れました。けれど、生きていくためには森へ行かなくてはなりませんでした。

 何年も一人ぼっちで森で暮らしているうちに、きこりは何も感じなくなりました。森にこだまする斧の音は、小鳥の羽ばたきよりも高く響き渡ります。やがてきこりは考えるようになりました。長い間鍛えられた腕は太く、どんな大木でも切り倒せるたくましい自分が、他の人よりも劣っていることなどありえましょうか。その気になれば、きこりは鎧の兵隊にだって勝てるのです。この国で一番美しい娘に求婚すれば、必ず娘は応えるでしょう。娘というのは強い男が好きで、きこりは間違いなく誰よりも強いはずだからです。

 でも、きこりはもうずいぶんと誰とも話していないので、どのように求婚すればいいのかわかりませんでした。だから求婚するためには、娘に近づく他の男を追い払い、怯える娘を力一杯抱きしめるしかないでしょう。

 眠るきこりの固い髪を、おじいさんの手がやさしく撫でました。なんて可哀想なきこりなんでしょう。

 きこりは夢を見続けました。大人になった自分が、一人で年老いていく夢です。親切な町の人々は、きこりを恐れるようになりました。力自慢のきこりは美しい娘を担ぎ、森の奥深くへと攫っていきます。きこりは心やさしいを愛していましたが、娘は思いやりのないきこりを愛しませんでした。夜ごと泣きながら愛しい我が家を思い、娘はやがて一人の男の子を産みました。そこで初めて、きこりは娘が母であることに気がついたのです。

 きこりは母の顔を覚えていませんでしたが、母は生まれたばかりのきこりを胸に抱き、愛しているわと呟きました。子を祝福しない親があるでしょうか。初めて聞くその言葉におどろいて、きこりは夢から覚めました。


3.

 「よく眠れたかね?」

おじいさんはきこりに訊ねました。しかしきこりはそれには答えず、ぼろぼろと涙を零すばかりです。

「息子よ、眠りはやさしいだろう。力に任せた世界は住みやすかろう。お前はそれしか信じない。けれどごらん、その力強くしなやかな腕には、なにも残ってはいない。お前には欲がない。けれどお前は傲慢だ」

きこりは頷いて、空のコップを握りしめました。

 きこりが水を求めたとき、主は喜んで招き入れてくれたではありませんか。父なる神のもとには、絶えることのない水があったではありませんか。

 誰にも愛されないきこりは、誰を愛したこともありませんでした。町の人々はきこりを愛そうとしましたが、きこりは自ら深い森へと去ったのです。

 いつでも求めるものは目の前にあって、そこに手を伸ばすのは、他でもないきこり自身が決めなくてはならないことでした。

 ふと気がつくと、きこりは森の中に佇んでいました。頬に伝う涙には、温かさが宿っています。きこりはその場に斧を置くと、久しく遠のいていた町の方へと歩き始めたのでした。

求めよ、さらば与えられん。

本当はね、求める前から与えられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ