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第4話

 むかーしむかし、世界には人間を喰い物にする異種族がはびこっていたらしい。

 

 そいつらは勇者に倒されて、その今際の際に化け物を生み出したらしい。

 

 そいつが伝説のS5ランクモンスター、空の覇者ブラッディコンドル。


 そして異種族の死体からは、魔物を従える魔法の王──つまり、魔王が生まれたらしい。

 

 なんてことしてくれたんだよ、とはちょっと思う。

 

 

 何はともあれ今日のダンジョンは、その異種族にまつわる遺跡。

 

 …………って言ってもただの廃墟調査で、スライムとかゴブリンみたいなしょぼい魔物の他には、せいぜい欠けた石とかその辺で売ってる薬草なんかが転がってるくらいだろう。


 すごい薬とか落ちてたら、とっくに誰かが持って行ってるはずだもん。


 

 というわけで調査に入ろう。

 

 この依頼が来た理由は、ここからモンスターが湧き出してるって情報があったからだ。


 つまり、最深部まで到達したらオッケーな依頼。湧き出してるヤツらがどのくらいいるかは不明だけど、最低ランクのやつばっかりだからC5くらいでいっか、って感じで決められたらしい。


 僕もそう思う。

 

 

「おう、英雄どの!これは何の依頼だ?!何ランクで何をするんだ!」

 

 行く前にちゃんと確認したよね?聞いてなかったの?僕、ひたすら1人で喋ってたの?!

 

「分かんねーのに付いてきたのかよ……」

 

 これに関しては、世界中の人が同意見だと思う。

 

 依頼内容の確認は必須。


 簡単に思えたとしても、冒険者はつねに命がけなんだ。

 

「おう!!」

 

「バーカ」

 

 ……そう言いつつもいちおう、情報は共有しておこう。


 僕しか分かってないのは不安だし。


 こいつは──ゼイクはすごく強いし。


 いざって時は絶対頼りになる。


 

 驚きの脳筋なのが玉にヒビだけど。

 

 それもう玉じゃないじゃん、砕け散ってるじゃんとか下らないことを考えながら歩いてると、スライムの一団に出くわした。

 

「おおう、来客殿ではないか!」

 

 お前、全部その調子なの?むしろ僕たちが客なのに?

 

「オオラアアアアアア!」

 

 全く話聞いちゃいない。

 

 って、まさかの同じパターンかよ!

 

「ふははは!英雄殿!修行の成果を見せてやろう!!」

 

 修行してたの僕だよ。


 あんたは片っ端から的破壊して出禁になっただけじゃないか!

 

 

 ええい、いちいち突っ込んでたらきりがない!


 ここはゼイクの言う通り──まてよ?僕らは物理特化の近接系。


 そして相手は無限スライム。


 

    ***


 

 ──悪夢、再来。


 

 終わった。

 

 

    ***

 

 

 一歩ごとにグッチャアアとかネッチャアアとかいう最悪な体を抱え、でもこんなところで逃げ帰るわけにもいかず奥へ進む。


 

「ふはははは!英雄殿!見ろ!!虹色の!足跡が!!英雄の旅路だあああ!」

 

 ベッタベタのネットネトで、なぜかハイになってるゼイクがうるさい。

 

「行くぞ英雄!伝説だ!伝説を創りに行くぞおおおお!!」

 

 うるさい。

 


 もういい。帰りたい。

 でも帰ってもどうせ変態扱いされるだけ。

 

 やだ辛いむり。

 

 もういい。諦めていっそ釈迦になろう。


 悟り開いて仏教開こう。

 肩書き全部投げ捨てて、涅槃になって人の心を救うんだ。


 スライムまみれでギトギトになって、町中の人から悲鳴上げられて宿にも家にも泊めてもらえなくなっても、折れない心を持った強い人を育てよう。


 

 二人して口から妄言とか弱音とかを垂れ流しながら(でも、あのときのシェリルの笑顔がかわいすぎて、結局1歩も戻れなかったんだよね)、自分の単純さとゼイクの訳分かんなさに呆れながら歩いてると、ドン引きしたモンスターたちが──


 ――いや引いたかは分からないよ?別にベタベタでキモイわけじゃないかもよ?

 

 とにかくモンスターたちが僕らを避けはじめ、意外とあっさり最深部に到着。


 ネトネトボディも捨てたものじゃないかも。


 

 色々限界でたどり着いた最深部だけど、着いてすぐに僕たちは違和感に気づいた。

 

「……妙だな。弱いにしたって魔物が湧いてるんだろ?魔力がなさすぎないか」

 

 魔物の発生には謎が多いけど、魔力から生まれてるんじゃないか、って説が今のところ有力。


 養成校にいた先生たちの受け売りだけど。

 

「英雄殿!これは何だ!」

 

「…………え」

 

 ゼイクが指した先には、薄い赤紫色の膜。


 あんまり薄い色すぎて、僕一人だったら気づかないで突っ込んでいたかも。

 

「…………結界……か?」

 

「そうか!破れるものか?!」

 

「いや……まずそうだし俺が何か──」

 

「ウオオオオオオオ……!」

 

「考え……」

 

「オオオラアアアアアア!!」

 

「…………お前……」

 

 

 芸がないにもほどがあるだろ!

 

 

 ガキイイイン!


 

 あきらめて頭をかばった僕だけど、破片は降って来なかった。

 

 あれ、結界ってそんなガラスみたいなものだっけ?

 本物見たの初めてだし分かんないや。

 

 

 顔を上げた僕の目に飛び込んで来たのは、ゼイクの例の武器──棍棒でいいかな──が浮いてるなんていう異様な光景。

 

 

「突き刺さっただけか!ずいぶん平和な結界だな!」

 

「…………確かに。たまにはまともな事言うな」

 

 養成校で習ったのだと、結界は外から入ってくるもの全部を拒否、つまり粉砕するもの。


 だからこんなふうに突き刺さるなんてことはあり得なくて、棍棒か結界が砕け散るはずなんだ。

 

「これ本当に結界か……?色も変じゃないか?」

 

「結界だな!物理法則を捻じ曲げていいのは魔法だけだ!そして結界魔法とは!高度になるほど色が透明に近く!分かりにくいものだろう!!」

 

 

 ?!?!?!


 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 びっくりしたのは僕だけじゃないだろう。


 正直なところ、棍棒が宙に静止してるより驚いた。

 

「なんだ!英雄殿!」

 

「おまっ、まともな事喋れたの?!」

 

「はっはっはー!」

 

 あ、いつものゼイクだ。

 

「俺も養成校を卒業しているんだぞ!もちろん主席でだ!」

 

「ウソだろ……」

 

 こんな主席やだー!


 

「今考えるべきはこの結界だな!半分だけ刺さっているのは理由があるはずだ!蜘蛛の巣みたいに張り付けたり絡めとるとか、通すものと通さないものを判別してるとかな!」

 

「おー…………」

 

 ゼイクごめん、僕の思考は完璧にお留守。

 

「どんな結界か分からない以上、これは危険だ!絶対触ったら駄目だぞ!」

 

「お前じゃねえし」

 

 ゼイクも触ってなかったけどね。

 

「ゼイクって魔力あんの?」

 

「何だ!英雄殿!!」

 

「お前ってさぁ……」

 

 今絶対聞こえてたよね?

 なんでいつも2回言わされるの?

 

「おう、魔力か!あるぞ、少しだがな!英雄殿の助けにはなるはずだ!」

 

「んじゃそれで行こう」

 

 超弩級のバカなのに、これで理解は早いんだよね……。

 なんだか悲しくなってきた。

 

「万物に宿る魔の力よ、万を司る偉大なる魔力よ…………」

 

 いろいろを振り払うみたいに指を組みかえて、僕は詠唱を続ける。


 さすがにこのくらいの空気は読めるみたいで、珍しくゼイクも静かだ。

 

「…………離散し、霧消し、崩壊し、消え失せよ。──」

 

 ゼイクから注ぎこまれる魔力と、僕のけっして多くはない魔力が、2色の水あめをかき回すみたいに混ざりあいながら流れ、手のひらに溜まっていく。

 

「──構築反転っ!」


 

 ていうかこの詠唱ダサいよね。


 同じようなこと4回も言ってるし、構築反転とか意味分からないじゃん。


 これを叫んだ僕の精神的なダメージをどうしよう。


 あ、でも刺青を手描きする奴とパーティ組んでる時点で今更か。


 

 僕の内心はともかく、結界破りは成功。


 薄いカシス色の皮膜は、物理法則にのっとって跡形もなく消え失せた。

 

 

「……っ、何だこれ?どういう空間だよ」

 

 結界の中に広がっていたのは、果てのない草原、そして森。


 僕らは、それらを見おろす高い崖の上に立っていた。

 

「結界は壊したはずだろ」

 

「結界と亜空間は別の魔法だぞ!亜空間は地図を描く力、結界は壁みたいに場所を区切るものだ!勉強不足だぞ、英雄殿!!」

 

 ゼイクに言われたくないよ、とでも言いたいところだけど、残念ながらぐうの音も出ない。


 そんなに賢いのに、なんで強烈な馬鹿キャラやってるの?

 馬鹿に憧れでもあるの?

 

 ああほんと、腕のたつ人って謎だ。


 

 でも、僕の呑気なモノローグはここで吹っ飛ぶことになる。

 

「っ!ラント!!」

 

「分かってる!!」

 

 突然、僕目がけて飛んできた氷のかたまりを、居合切りの要領で迎え打つ。

 

 顔くらいの大きさの氷は、体重の乗った剣に当たって真っぷたつ……の、はずだった。

 

「…………え」

 顔くらい?とんでもない。


 氷山が丸ごと、飛ばされてきたみたいな──

 

「英雄っ!」

 

「…………おっかねぇ……。助かった、ゼイク」

 

 ゼイクに押し倒されてなきゃ、僕はとっくにグッチャグチャになってた。


 いや既にスライムで虹色のネバネバのベッタベタだけどさ。

 

 スライムまみれの男たちが床ドンしてる絵面はなかなかやばいけど、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 

 視界の端で、黒いローブが蜃気楼みたいにゆらあっと現れた。

 

「………………」

 

 殴られたみたいにぐわぁんって揺れて、キンキン鳴る両耳の間に音が響く。

 

 ──わらわ──

 

 ザザザって聞こえる。


 眼球が裏返るのがやけにはっきり分かった。

 

 ──邪魔立てするか、蒙昧な下等生物が!!

 

 イメージがなだれ込んでくる。


 指や耳や手足、眼球がみんな僕という集合体をつくるのを放棄して、糸を抜かれたパッチワークみたいにばらけていく映像。


 目を開けたまま固まったゼイクが、ドロドロとけてヘドロみたいに崩れていく映像。


 そして、

 

 音の主、黒いローブが、悪霊みたいに不気味に笑う映像。

 

 

 ──僕の意識は、そこで途切れた。

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