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第2幕「東雲色の夕暮れに空を仰ぐ」

依頼


任務「任務(壱):鞍馬山」

依頼主  薬師坊泰山


概要「突如暴れだした天狗たちを鎮め、私の前に差し出すこと(状態は問わない)階級壱2人で受けること」




 微睡に隠れて先生が話している。

 「この京都の地にはいくつもの天狗伝説がある。

偉いからこそ天狗であり、天狗だから偉いのだ。

なんて鞍馬の天狗が言っていたが今は衰退して隠居してるが、最近また何か動きがあるらしいから気をつけろよ。・・・卯月、起きるんだ」

 ここは仙道師や神主の卵たちが知識を蓄え巣立つための学び舎、私立「晴明高校」。

世間じゃ体育系の学校で通ってるが、実際は鍛錬をしたり簡単な依頼を受けたりして卵たちの成長を図っている。

 在学中は、階級参までしか上がれないが一部例外もある。

「ちょっと、卯月さん起きて!もうなんで起きないの!!ももかちゃん!!!」

隣の席の紫帆が桃樺の体を揺らして10秒やっと目を覚ました桃樺は眠い目を擦って大きなあくびをした。

「おはよ、紫帆。ところで今なんの授業?」

「今は、妖邪史の授業だよ!ほら黒板見て」

 黒板を見ると天狗について丁寧に書かれているが

文章が回りくどいため、また睡魔が襲ってきた。

「卯月、任務が続いて眠いのは分かるが少し起きてようよ文月だって起きてるんだし。眠気覚ましに天狗について解説してくれないか」

 教師が促すと、気だるげに喋り始めた。

「天狗は基本的に群れて行動することが主で、みんな悪知恵は働くが基本は馬鹿なのでそこまで脅威にはならない。あとは烏を下に見てるので烏をおとりにして立ち回れば弍の人でも勝てる」

 合理的だが、やや人道に欠ける桃樺の発言にクラスは凍りついた。クラス分けは階級関係なく振り分けられる。クラスメイトには烏操術を使う者も何人かおり一人のクラスメイトが手を上げた。

「卯月さん、カラスを囮にするというのは合理的なのだけど私のような烏操術を扱う仙道師にとって烏は相棒なのそれを囮に使うなんてできるわけないでしょ」

 その発言に乗っかるように一部の生徒も野次を飛ばした。

「それに、あなたも烏を使役してるのよね同じ場面で囮にできる?」

烏操術とは、烏に指示を出し戦わせる魔物使いのようなもので式神とは違い縛りがなく場所を選ばないので会得する者も多い。

 その発言に対し桃樺は呆れたようにため息を漏らした。紫帆は冷や汗をかいていた。

(ももかちゃん、どうか抑えて)

制服の裾を引っ張って陳情したが一線を超えてしまっていた。

「あんた、そこら辺飛んでる烏と”式神”であるあたしの夕影が一緒だとおもってるわけ?そのまま死になよ。それにね――」

 これ以上はまずいと思い、紫帆が口を塞いでおでこに冷気を当てた。 

幼い頃からずっと一緒な2人は考えてることは大体わかる。これ以上言えば桃樺の立場が危うくなるのを察して行動に出た。

「だめだよ、これ以上はだめ。気持ちはわかるけど一回深呼吸しよ?ね?」

 桃樺は深く息を吸い込み、吐いた。紫帆は桃樺の頭を撫でて落ち着かせようとしたが先の生徒が追い打ちをかけてきた。

「やっぱり階級が上がると態度もでかくなるのね、分家の分際で生意気なのよ。式神?あんなの妖邪と一緒じゃない。桃夜叉姫って腫れ物とはいえないからそう呼ばれてるだけよ?」

 分家、そう言われると桃樺は何も言えなくなる。

ここで反論すれば家族や紫帆の家にまで迷惑をかけることになる、そう思って桃樺は唇を噛んで堪えた。 

 裏会には、本家と分家が存在している。本家の直系は

階級関わらず優遇されるが、分家は階級が高くても鼻で笑われて終わる。文月家は本家直系だが卯月家の味方をしてくれる唯一の家なのだ。

「ねぇ、今なんて言った?」

 桃樺は一瞬で察した、先生ももうお手上げ状態だ。

紫帆は冷静に話し始めた。

「おとりの話はまだ流せるけど、本家?分家?あなた何を言っているの?」  

 その刹那、紫帆の指先から出た氷塊が相手の目前で破裂した。クラスメイトは半泣きで腰を抜かした。

「今のも避けれないようじゃ、相棒の烏を呼ぶ前に天狗に殺されるよ。ところであなた階級は?」

「肆、、、です。」

 階級は肆から壱まで存在し、階級が高いほど依頼は難しく常に死と隣り合わせになる。 

 素質があると年齢関係なくそれに応じた階級になる。桃樺と紫帆は素質が高いため飛び級で壱まで上がったのだ。 



「ちょっと文月ちゃん落ち着いて、はい深呼吸?吸って〜吐いて〜」 

 手慣れた感じで、怒りを鎮めたのは下鴨神社の跡継ぎの鴨原右京だ。紫帆、桃樺とは小さい頃からの腐れ縁で2人が事を起こす度に尻拭いをしてきたのでこんなの慣れっこなのだ。

「なあ知っとるか?この子らの家とうちの神社は昔からの付き合いやねん、下鴨神社がこの子らにつくとなれば清水もこっち側、そして自然と金閣寺銀閣寺、伏見稲荷だって付いてくる。馬鹿じゃないならこの意味、分かるやろ?」

 神社と仙道師の関係は切っても切れないもの。

気が集まりやすい神社には当然妖邪も寄りつく、それを退治するのが仙道師なのだ。

神社同士でも繋がりはある、その中で問題が起きてしまうと繋がりは切れ妖邪が湧いても対処しきれなくなる。

「でも右京くん、あの子は桃樺ちゃんを馬鹿にした――」

言いかけたところで何も言うなと手を突き出して紫帆を止めて耳打ちした。

「文月ちゃん、今ここで階級の低い奴と揉めても困るのはこっちなんやで。俺に任せとき」

 すると、いつもの胡散臭い笑顔に戻り辺りを見渡してスウっと息を吸った。

「ところで、君ら天狗と戦りたいやつおるん?おるなら君らの階級でも受けれるようにこっちで回すけど?」

クラス中、シーンとなり重たい空気が流れるなか放送のチャイムがなった。

『2年卯月、文月至急校長室へ』

 二人で呼ばれる時は大体討伐依頼か、怒られるかのどっちかだ。二人は顔を見合わせてウゲっと顔をしかめた。

「あー、二人ともごめん。そういや天狗討伐の依頼誰に回すか会議に上がっとるの忘れてた。許してチョンマゲー!!!」

渾身のボケも虚しく二人の拳が顔面目掛けて飛んできた。

「あんた、よくそんなこと言えるね。後でなんか奢りなさいよ」

「じゃあ、私は蕎麦をご馳走になろうかな!!」

 二人が教室を出て足音が聞こえなくなった頃に右京は顔をさすりながら起き上がった。いつもの胡散臭い顔に戻り挑発してきた生徒に向けて冷徹に話した。

「良かったな君、君じゃ天狗討伐は声すらかからない。君が行ったところで犬死にするだけやし、それにあの子らにはそれをやり通す力がある、あんま舐めん方がええで」

 内心、ひと段落ついて安心した右京であった。

「ほな、僕もついてこかな」





同時刻廊下にて

「右京って、いっつもあんな感じじゃない?あたしらの喧嘩に巻き込まれてはうまいことまとめてくれるし」

幼馴染の予想外の言葉に紫帆は思わず転けてしまった。

「気づいてるならやめてあげようよ!!!かわいそうだよ!!!!」

そう言って、腕を組みながら歩いてしばらくすると二人の間に右京が割り込んできた。 

「何話してんの?もしかしてお二人さん、僕のファンになってしまったん?」

いつもの様子で突っ込んでくる右京を2人はかわして右京は盛大にこけた。

「イタタ、、君たち僕の扱いひどくない?」 

頭を撫でながら嘘くさい涙目で右京は二人に言った。

「いやだって急に後ろからくるの怖いし、それより何しにきたの?あんたは呼ばれてないでしょ?」

 呆れながら桃樺が言った。予想外すぎる右京の返答に二人はさっきよりも深いため息をついた。

「あれ?二人とも聞いてない?二人を抑えられるの僕しかおらんやん、せやから今回の任務は僕が就くことになったんや」

 過去の実績と、先日の糺ノ森の一件で双姫の手綱を握れる唯一の男──そう呼ばれていた。二人が組む時は必ず同行しろとの命令があったのだ。

 神主には明確な階級などはないが、各神社の当代の裁量でどの階級の仙道師と組めるかを決める。

「てことは、今回もしかして壱?それ以上?」 

 任務の階級が低ければ、どちらかが呼ばれるので二人まとめての呼ばれる時は必ず壱かそれ以上の任務が待っている。

「でも、下鴨神社以外の依頼だったら右京くんは結界を張れるの?」

 神主が結界術の本領を発揮できるのは、自分の神社かその周辺だけなのだ。いくら神童と呼ばれても場所が違えば稚児も同然になるのではないかと紫帆は心配になった。

 仙力は階級と比例する、例えば肆と壱では5倍もしくはそれ以上の差がある。壱が二人集まるということは結界も強固で色んな属性にも耐えれられなければならない、特に桃樺や紫帆のような焔と氷が一緒になる場合は当代相当の神主が一緒になることがほとんどで耐えられなければ一般人に被害が及ぶ恐れがあるからだ。

「ほら、僕の家は色んな神社がこっち側だから僕と合うようになるのよ。それに上は年寄りばっかだから若手の実力を引き上げたいとちゃう?」

 裏会は、古くからあるため年功序列が当たり前だったが時代と共に人員も減っていき若い衆を育てる方針に変わっていった。

「まあいいけど、わざわざ授業中に呼び出すなんて……しかも紫帆と二人で、よっぽどなんでしょ?」 

「まぁそれは行ってからのお楽しみってことで、ほら着いた」

 明晴高校には学校だけじゃなく依頼の窓口としても使われることが多い、そのためかよく仙道師が来ることがある。

 部屋に入ると上役と窓口の先生がいた。

二人の顔を見るなり上役は溜息をついた。

「また双姫か、この依頼の結果次第で京都の勢力均衡がひっくり返ってしまうってのにいくら壱だってこの重要さは分かるのかね」

「まあまあ、壱で学生じゃないとなると全国に駆り出されるし学生で壱の仙道師は二人しかいないわけで。桃樺ちゃん、刀閉まって」

 桃樺は言われるがままに刀を納めた。

「ふん、これだから分家の奴は好かんのだ。文月の娘と誰か一人付ければ良いんじゃないかね?先生」 

 先生は、どっちの味方をしても自分に不利益しかないのは分かりきってたので黙ってやり過ごそうとした。するとだんだん寒気がしてきた。

 右京はすぐに察して印を結んで、部屋一帯に結界を張ってご愁傷様と上役に手を合わせた。

「すんません、この子らの地雷踏み抜きましたね

僕はもうどうにもできないので結界だけは張っときます。」

 右京が言い切る前に辺りが冷気に包まれ紫帆は氷柱を手にしていた、紫帆は氷柱くらいだったら無詠唱で出せるのだ。

「今、仙道師が不足してることは上層部であるあなたなら当然ご存知ですよね?それなのに分家だから?そこまで言うならあなた一人で行ってくればいいかと」

「ところで本題はなに?二人で組むってことは相当なやつなんでしょ?分家とかは関係ない」

 上役はこいつらの子守はお前の仕事だろと言わんばかりに睨みつけたが、右京は顔を逸らして目を合わせないようにしていた。

「まあいい、今回の依頼は鞍馬山の天狗を納めろという依頼だ。なお、天狗の状態は問わないものとするだそうだ。上は見せしめにするらしい」

 二人は目を見合わせて嫌な顔をした。

状態は問わない、裏をかけば討伐が前提にあるのは明らかだった。

目を見合わせた後、桃樺は一瞬寂しげな顔をした。

天狗の中にも派閥があり、嵐山、如意ヶ嶽、愛宕山、そして今回の鞍馬山がある。

 鞍馬山の天狗たちは日本各地に名を轟かせているだけあって強力で威張り散らしている。

 天狗といえば鞍馬、他の天狗たちとは比べ物にならないくらい狡猾で強力な妖力を持っている。

 桃樺の表情が曇ったのにも理由はある。

「あの、討伐する天狗の名前とかわかります?」

 紫帆の質問に対して桃樺は足を震わせた。

なぜか、夕影の依代になってるイヤリングも揺れ始めてほのかに熱を帯び始めた。

「ん?あぁ、たしか鞍馬山岳彦坊だったな。それがどうした?」

「ちょっと待て!そんなはずはないでしょ!」

「そうよ!岳彦殿がそんなはずないでしょう!」

二人はきょとんとした顔で見合わせた。

「夕影、師匠のこと知ってるの?」

「桃樺こそ岳彦殿のことはどこで知ったの?

ん?師匠!?たしかにあの爺さん眼はいいからな」

 天狗の気位は高く、基本的に頼みこまれても弟子を取るなんてことはそうない。

ましてや本人からそんな話は聞いていないので

夕影は驚いたような、誇らしいような気持ちで複雑だった。

「ももかちゃん、この依頼は私たちが受けなきゃいけない気がするんだ。だってもし本当に、本当にももかちゃんと夕影ちゃんのお師匠様なら

二人がやらなきゃいけないことだと思う。」

 紫帆が空気を切るように言った。こういう時の紫帆は、いつも正しい。

でも現実を受け止めきれていない二人にはその声が届きはしない

「紫帆、何を言ってるか分かってる?自分の師を殺せって言ってるんだよ?紫帆には殺れるの?」

「わたしは出来るよ、やるよ。私たちはもう壱なんだから」

「この、薄情者ーーー」

 一発触発、そんな雰囲気になりかけたところで右京が二人の肩に手を置いて宥めた。

「まあまあ、お二人さん落ち着いて。はい、吸って〜吐いて〜。これでばっちり。夕影殿はその刀閉まってー。僕漏らしちゃいそうだから」

「でも、僕も文月ちゃんに賛成やな。卯月ちゃんたちの気持ちもわかる、かと言って天狗を倒せるのは今は二人だけやろ。」

鋭く桃樺に睨みつけられて、勘弁と言わんばかりに目を逸らした右京を見て、夕影は深くため息を吐いた。

「わかった。今回は私と桃樺、紫帆で受け持つよ。いいかい桃樺、今回は玉桂と戯雨は無しだ

あの老ぼれは剣術以外はからっきしダメだから

近接中心でいくよ」

 いつもなら余裕そうに指示を出す夕影が、今は余裕の影すら見ない。

目に見えない圧に押され、桃樺と紫帆は首を縦に振るしかできなかった。

「依頼は確定だな、せいぜい死ぬなよ。ただでさえ人手不足なんだ。分家でも役に立てるってところを見せてみろ明日夜8時より決行だ」

 最後の最後まで嫌味な上役に苛立ちを持つ余裕は誰も持ち合わせていない。

だが、一人を除いて。

「ほな、解散解散!ちょうどお昼時やし学食行こうや!お兄ちゃんがなんでも奢ったるで!!」

 この胡散臭い笑顔に呆れた桃樺と紫帆は、財布を空にすると言わんばかりに張り切って部屋を出た。

二人が部屋から出た後、右京から笑顔が消えた。

「あの、分家とか本家とかいつまでも気にしてるからいつまでも人手不足なのでは?実力がある、それだけでいいと思うんやけど」

「あ、それとも年取るとそこまで考えられへんか

いやぁ、しょうがないしょうがない」

「一つ忠告、下鴨の声一つでほとんどの神社は味方につく。これだけは覚えといてください」

 上役は置かれた状況を、やっと理解し気に食わぬ顔で部屋を出てった。

去り際にボソリと言葉を添えて。

「卯月ちゃん、文月ちゃんに振ったはええけど

何か一つ引っ掛かるんよな。まぁ、いいや飯行こ」




 放課後3人と一体は、ファミレスで作戦会議を始めた。

口火を切ったのは珍しく桃樺だった。

「先に言っとく、今回は玉桂はお留守番ね。

戯雨は最悪の状況になったら出すよ」

『え、俺お留守番か?あー、分かったぜ!!

その代わりにんじんいっぱい食べさせろよな!』

『最悪ってお主、、、、、何するつもりなんじゃ?』

『天狗はどこで会話を聞いているかわかんないから、とりあえずの嘘だよ。一応依代は付けてくからどうにもならなくなったら出すよ。』

 式神との絆が深くなると仙力を使い直接言葉を交わさなくても会話ができる。使用する仙道師の仙力によってその距離は変わるのだが、桃樺の場合は半径5キロ以内なら会話が可能。

「まあそれもそうやな、今回因縁があるのは夕影殿と卯月ちゃんやし夕影殿に仙力を集中させたいのもうあるやろうし。」

 式神使いは、使役する式神が多いほど仙力の消費が激しく1体に割ける仙力も小さくなる。  

逆に少なければ1体に相当な量割けるので、仙力の少ない仙道師は基本的に1体使役することになる。

元々仙力が高い桃樺はこれに該当せず、なんなら後1体は余裕で賄えるくらいだ。

 先程から紫帆の口数が減ったことに気づいた右京は、どうしたものかと声をかけた。

「文月ちゃん、さっきから黙っとるけどどしたん?ご飯足らんかったら頼めばええやん」

 能天気な右京に対し紫帆は少し苛立ちを覚えたが顔には出さずにニコリと答えた。

「右京くんさ、あんな上の人に噛みついてもし桃樺ちゃんが不利益被ったらどうするの?いくら舌が回るとは言っても相手は何するか分からないんだよ?魔仙もわからないし、それにね」

 右京は心の中で桃樺と夕影に助けを求めたが

二人は御愁傷様と言わんばかりの表情でドリンクバーをおかわりしにいった。

「あの、文月さん?僕このまま冰漬けにされちゃう?その前にハンバーグだけ食べさせて」

急いでハンバーグを食べる右京を見て紫帆はため息混じりに笑った。

「ここからは真面目な話、今回の天狗討伐はもしも桃樺ちゃんが少しでも迷いを見せたら私が斬るから」

 人の心を見透かしてその人が一番倒しづらい相手に化ける妖邪もいる。天狗くらいになるとそんなものは朝飯前にできる。

それ故に迷いを見せる、というのは仙道師にとって致命的な弱点を晒すのも同じなのだ。

「やっぱり文月ちゃんもそう思う?僕も夕影殿と卯月ちゃんは斬れないとおもっとるんよね。

卯月ちゃんは、ああ見えて情に厚いタイプやから」

 この情の厚さは桃樺の長所であり、仙道師としては大きな隙になりかねない。

 実際に紫帆や右京が本当にピンチな時は真っ先に駆けつけ自分が怪我をするということもよくある。

過去に紫帆が同級生に絡まれてる時に間に入り殴りかかって停学になりかけたこともあるくらいだ。

 二人が考え込んでると、桃樺が心配そうに戻ってきた。

「2人とも、そんな難しい顔してどうしたの?変なもの食べた?」

 下手なことを言えば桃樺を心配させてしまう、そう思った紫帆は右京に言い訳を押し付けるように睨みつけた。

「え?あー、ドリンクバーで全種類混ぜてそれ一気飲みしたら文月ちゃんがパフェ奢ってくれる言うてたんやけどリスクとリターンが釣り合ってない言うて少し言い合いになったんよ」

 相変わらず舌と頭がよく回るなと感心してしまった紫帆は、思わず拍手してしまった。

「まあいいや、そしたら右京がその劇物作って飲んだら今日は帰ろうか。明日もあるし」

 一瞬、悲しそうな表情をしたのを紫帆と右京は見逃さなかった。

「えー!それ僕がしんどいだけやんか!!!文月ちゃんからも何か言ってやってよ!」

 右京が嘘泣きしてるのを横目に紫帆は優しく桃樺の手を握った。

「桃樺ちゃん、今日うちにお泊まりしない?明日の任務も夜からだし学校も特休だから夜更かししよっか。みんなも連れてきてお話ししよ!」

 学生の仙道師の任務は基本夜なので任務の前後は特別休日が設けられている。

「あら、紫帆のお家なんて久々じゃない!そしたら今日は2人のヘアスタイル研究しちゃおうかしら!!」

 主に気を遣わせないように夕影は精一杯の余裕を見せた。

「うん、そうしよう。ありがとう紫帆」

 桃樺は優しく紫帆の手を握り返す、右京は横で全混ぜドリンクを飲み干していた。目には涙が浮かんでいた。

「何これ、マッズ!!!え?今の見てない感じ?

泣きそうなんやけど」

「次は見てるからもう一回飲んでよ」

 いつもの様子に戻ったのを見て安心した右京はニコッとして地獄のドリンクバーへ向かうのだった。でもまだ何か足りない。

「でもまだなんか引っ掛かりが消えないんよな」

 その日の夜桃樺と式神たちは紫帆の家に向かった。


 ーーー同時刻、鞍馬山付近。

「ふふ、この力があればあいつらも一網打尽にできる。そして、、、、仙道界は彼の方のものに」






 右京の劇物ドリンク地獄を見届けて、ファミレスを出た一行は帰路に着こうとした。一人を除いて。

「えー、なんで僕行っちゃダメなん?話の流れで行く流れだったやん!!贔屓や贔屓!!!なぁ?」

ファミレスの前で駄々をこねる右京に桃樺と紫帆は軽蔑の目を向けた。

「誰になぁ?とか言ってんの、怖いんだけど!

それに今日は女子会、男子禁制ね!!!」

 紫帆は腕でバッテンを作りそれを見た右京は肩を落とし、体育座りでその場にうずくまった。

「そんなんひどいって………卯月ちゃんもそう思うやろ?」

「いや、紫帆が正しいよ」

 味方が誰もいなくなったため右京は空を眺めるしかできなかった。

「行こっ!桃樺ちゃん」

二人はタクシーを捕まえて紫帆の家に向かった。

 冷たい夜風が右京を襲う。

「急に冷えたな。僕も、プリン食べたかっただけなんやけどな………ん?なんやあれ」

 空を眺めてると15体ほどの式烏たちが鞍馬山の方に向かっているのが見えた。

「いやいやいやいや、これはアカンやろ。すぐ知らせなあかん………待てよ、今行ったら怒られるんちゃうかなそっちの方が怖いし二人なら何とかなるやろ」



ーーー1時間と数十分後、文月邸


「うわぁ、相変わらずしいちゃんの家は大きいね!!」

 紫帆の家は、古き良き日本家屋だ。

広い庭、蔵がありちょっとした池もある。

『にんじん畑は作ったのか?紫帆!!』

『ふぁぁ、少し二日酔いかの。玉桂は少し落ち着かんか!この戯け者が!!紫帆の屋敷の中じゃぞ!?』

敷地内に入った瞬間、玉桂と戯雨が飛び出してきた。

 玉桂はオシャレしてきたのかいつもよりもふもふが増して、毛玉のようになっていた。

戯雨は相変わらず酒の匂いを漂わせていた。

「あの、家はにんじん農家じゃないから畑はないけどねにんじんはいっぱい買ってあるからね玉桂ちゃん!!戯雨ちゃんはお父さんとお母さんが一緒にお酒飲むの楽しみにしてたから行ってあげて!!」

 戯雨はしょうがないと鼻を擦り紫帆の両親のところへ走っていった。いつもより足取り軽く。

 ここまで入念に準備してくれた申し訳なさと

この短時間でどうしてここまで準備できたのか疑問に思った。

「しいちゃん、すごく用意してくれてありがとう!だけどこの短時間でよく揃ったね」

 紫帆は勝ち誇ったような顔で桃樺の前に立ち

手をぎゅっと握った。

「最近任務ばかりでこうう時間も取れなかったでしょ?今日泊まるってお父さんとお母さんに言ったら張り切っちゃって超大特急で揃えてくれたんだ!」

 紫帆の両親は卯月家と協力関係にあり、桃樺を自分の娘のように可愛がってくれてる。

分家というだけで風当たりが強くなる仙道師の本家の中でも紫帆たち文月家は温和で卯月家に吹く風を防いでくれてる。

 玄関へ向かう道中、紫帆の母親がすごい勢いで走ってきた。

「桃樺ちゃーん!久しぶり!!!前来た時よりも美人さんになってるじゃない!!今日はゆっくりしてってね」

「おばさん、久しぶり!急だったのにこんなに用意してもらってありがとうございます!式たちも喜んでいます。戯雨はものすごい勢いで走っていったんだけどもう飲み始めてます?」

「あら、全然いいのよ!玉桂ちゃんもいつにも増してモッフモフじゃない!人参たくさんあるから遠慮しないで食べてね!夕影さんもゆっくりしてって」

「お母様、今日は桃樺共々よろしくお願いいたします」

 紫帆の母は、とても優しい性格で桃樺だけじゃなく桃樺の式にもすごく良くしてくれる。

夕影は特に頭が上がらない

恥ずかしくなったのか、紫帆は顔を赤くして少し汗をかいていた。

「お母さんもう十分だから!静かにして!お風呂入ったらご飯にしたいです。」

「そう言うと思って仕込んであるわよ!エビフライと、、、、、、プリンもあるよ!!」

 エビフライ、プリン。その言葉を聞いて、桃樺の目はとてつもない輝きに満ちた。

「エビフライ、、、、、プリン!!紫帆、こうしちゃいられないよ。早くお風呂行こ!!」

 桃樺は紫帆の手を取り急いでお風呂に向かった。

 紫帆の家のお風呂は、ちょっとした銭湯くらいにはデカい。

二人は湯船に浸かり、壁に描いてある富士山を眺めて二人はぼーっとしていた。

「相変わらず綺麗な富士山だね、何年前からこの家あるんだっけ」

「んー、確か大正くらいだから、、、、今って何年だっけ?」

 なんてことない会話を一つ、二つ続けていくうちに桃樺は昼のことを思い出した。

「しぃちゃん、昼間は薄情者とか言ってごめんね

急なことで余裕がなくなっちゃって」

珍しくしゅんとしている桃樺に紫帆は思わず吹き出してしまった。

いつもなら謝る時も堂々としているのに。

「ももかちゃん、大丈夫だよ気にしないで。

私も同じ立場で同じこと言われたら怒ると思うんだ。でも、忘れないで欲しいのはそこで何かあっても桃樺ちゃんだけのせいじゃないからね」

紫帆は夕影についても心配していた。

「もしさ、もし夕影ちゃんが自分で戦うって言ったら神器はどうするの?」

 桃樺の魔仙、神器換装は使用者が詠唱することで式神を一時的に神器に変え戦うものだ。

契約がある以上、主人である桃樺に従うのだが

夕影は理性と知能が他の式神より高く桃樺もある程度は自由にしている。

「そうだね、そうなったら心苦しいけど力づくで神器に変えるかな。それでもダメだったらあたしは支援に回るからその時はよろしくね」

 式神使いと仙道師のパワーバランスは仙道師の仙力に依存する、仙力が高ければ高いほど式神を縛り付けておける。

 大体の式神使いは縛りを強く結ぶのだが桃樺は極めて異例で、高い仙力故に3体と契約しても余裕かわあるくらいなのだ。

 紫帆は桃樺の言葉の意味を読み取り、天狗側に内容を悟られないように分かったと首を縦に振った。

「ももかちゃん、そろそろ上がろ。夕影ちゃんがプリン食べたがってたよ」

 夕影は甘いものはそんなに好んで食べないのに珍しいと思ったが、プリンと聞いてはすぐに上がらなければと急いで立ち上がった。

「夕影がプリン食べたいなんて珍しいね」

「最悪、プリンじゃなくてもいいけど今日はプリンが食べたいらしいよ」

 紫帆は言葉の意図を伝えようとして、慣れないウィンクをしたがそれを見て桃樺は思わず吹き出した。

「しいちゃん、相変わらずウィンク下手だね。

分かった、プリンね!夕影もついに文月家特製プリンの偉大さにきづいたのね」

 ひと笑いしたあと二人は、浴場をあとにした。

 二人が居間に着くとそこには桃樺の好きなご飯のフルコースが並んでいて桃樺は目を輝かせた。

ふと横を見ると、酒瓶を片手に寝ている幼女がいた。

「戯雨ちゃん、さっきまで桃樺ちゃんのこと待ってたんだけど寝ちゃったのよ〜」

 紫帆の母が、毛布を戯雨に掛けながらにこやかに言った。

「おばさん、戯雨がすみません。ところで夕影はどこに行ったか分かります?」

 先ほどから夕影の姿が見えないと思っていたが、居間にもいないとなると桃樺は少し心配になった。

「夕影さんならさっきお酒持って月見酒だーって言って屋根にいるわよ!」

「さ、ご飯にしましょ!今日は桃樺ちゃんの好きなものフルコースだからお腹いっぱい食べてね!あ、プリンの分は残しといてね」

 夕影も心配だが、今は目の前のエビフライに集中しようとパジャマの袖をまくり食卓についた。

 夕飯を食べ終え、紫帆の部屋でまったりと女子会を始めた。仙道師の立場を忘れこの時は二人のただの女の子として話に花を咲かせていた。


 みんな寝静まった晩、一人眠れない少女が縁側で月を眺めていた。何をする訳でもなくただぼーっと潭月を眺めている。

「どうしたのももかちゃん、眠れない?」

紫帆が隣に腰をかけた。

「しいちゃん、起こしちゃった?ごめんね」

桃樺は精一杯笑顔で平静を装った。

紫帆は嘘だと一発で見抜いたが、あえて何も答えず淡々と話を続けた。

「多分ね、もしかしたら明日の任務で仙道師界の勢力図が変わることになるよ」

「え?どういうこと?」

「今回の任務は、裏があるかもしれない」

 桃樺も、その可能性を何回も考えたが紫帆の言葉には確信に近づいたようなものがあった。

しばらくの沈黙の後、紫帆はいつものニコニコ顔に戻った。

「それよりもさ、今日は月が綺麗だよ桃樺ちゃん」

「ああ、綺麗だね。すごく綺麗」

桃樺は月を見上げ少し震えた声で不安を吐き出した。

「しいちゃん、あたしすごく不安なんだ。だって明日のこの時間には師匠の首を斬ってるとこなんだよ、考えるだけでも手の震えが止まらないんだ」

「それに、みんなしてあたしのことを分家とか桃夜叉姫だとか言うけど式神は妖邪じゃないし分家であることの何がいけないの?だったらあたしより強くなってみなよ」

桃樺の目から涙が一つ、また一つと溢れてきた。京都の中でも指折りの実力を持つ仙道師『桃夜叉姫』、その中身は『卯月桃樺』まだ高校生の女の子なのだ。

 外に出れば、分家で階級の高い異端児だと後ろ指を刺される。それでも人よりも強く生まれたからと我慢して毅然と振る舞うが本当は繊細で泣き虫な女の子なのだ。

 震える桃樺を紫帆は思い切り抱きしめた。

「私もそうだけど、お父さんやお母さんは桃樺ちゃんがいてくれてほんとに良かったって思ってるよ。だって私と親友でいてくれるし、任務の時だっていつも隣にいてくれるでしょ?夕影ちゃんや玉桂、戯雨ちゃんだってあの子達がいるから私は臆することなく最前線で剣を振れるんだよ。

だから、だからさみんな見る目がないんだよ桃樺ちゃんはこんなに強くて素敵なのに」

 紫帆も目に涙を浮かべていた、今この世界に

信頼し合える人は目の前にいる人なのだとお互い思い、声を上げて泣いた。今は二人の女の子として。

 少しして落ち着いた頃、二人は深呼吸をして

笑い合った。

「なんか恥ずかしいとこ見せちゃったね」

 桃樺が小恥ずかしそうに頭を掻く。

「もうそんなのお互い様だよ!いっぱい泣いたら小腹が減ったね、キッチンまで探検しようか」 

 二人は立ち上がり、キッチンに向かおうとした瞬間桃樺は紫帆に抱きついた。

「紫帆、ありがとね大好き」 

「もう!桃樺ちゃんは大胆だな〜!ほら、キッチンに行くよ!」

 突然の桃樺の行動に紫帆の心臓は跳ね上がっていた。 

(ももかちゃん、恐ろしい子)

 二人は冷蔵庫にプリンが残ってるのを発見し

こっそり食べて部屋に戻って眠りについた。

 翌朝、紫帆は桃樺より早く目が覚めて縁側でぼーっとしていた。

「紫帆、隣いいかい?」

 夕影が屋根から降りてきて、主人が昨夜世話になったことの礼を述べた。

「桃樺、溜め込むタイプだからたまに吐き出さないと爆発しちゃうんだ。だから助かったよ紫帆」

「大したことはしてないよ、夕影ちゃんは昨日屋根の上で見張りしてくれてたんだよねありがとね」

 夕影は昨日、この二人の空間を天狗たちに見られないように簡易的だが結界を張り、外からの天狗たちの監視をシャットアウトしていた。

『月が綺麗だったから、月を肴に酒を飲んでただけさ。それよりも紫帆、昨日の件あんたは8割的を得ているよ』

直接ではなく仙言による密談で話しかけてきた。

 桃樺に聞かれたくないのだろうと思い、紫帆も仙言で会話を始めた。

『やっぱりそうなんだ、私的には依頼してきた上役が一枚噛んでると思うんだよね。普通天狗を討伐して献上なんてあり得ないし』

『そこまで見えてるなら話は早い。あんた確か凍らせることってできたわよね、今回はそれを使うわ。多分右京も勘付いて協力すると思うから、軽くあたしから説明はするけど。

このことは桃樺には内緒ね』

紫帆が頷いたのを確認し、夕影は紫帆の頭を撫でた。

「そういうことだから、あたしは少し出かける

桃樺に伝えといてくれ。紫帆もまだ時間あるから寝ときな、結界掛けとくから」

 夕影はいつもの八咫烏の姿に戻り颯爽と飛び立っていった。

「桃樺ちゃん、誰も悲しまない結末は難しいけど

桃樺ちゃんは私が守るからね」

桃樺の頭を撫でた後、紫帆は再び眠りについた。





「っ!!紫帆、遅刻じゃない!?」

「んー?まだ大丈夫だよぉ」

ーーー二人の起床はいつも桃樺の叫び声から始まる。 


 仙道師の任務は基本的に夜に行う。

妖邪が活発になるのは大体夜だし、人目につけば珍妙な芸人だと思われ人だかりができてしまう。

 頭が冴えてきたころ夜の記憶が蘇り

恥ずかしさのあまりに顔を覆った。

「しいちゃん、きのうはその、、ごめん!」

 今にも爆発しそうなくらい赤くなってる桃樺を見て紫帆がいたずらっぽくほっぺを突っついた。

「え〜、そんなことないよ!また見たいな昨日みたいなももかちゃん、だって可愛いんだもん」 

「なっ、かわ、、、やめてよしいちゃん!」

 桃樺は紫帆をポカポカと叩き紫帆はニヤニヤしながら攻撃を受けていた。

少し経って落ち着いた頃、一瞬の沈黙がありそれを切ったのは紫帆だった。

「桃樺ちゃんはまだ怖い?」

 その言葉には二つの意味が込められていた。

一つは、かつての師を自分で手にかけること

もう一つはーーーー。

「もう怖くないって言ったら嘘になるかな、でも私がやらなきゃならない。それがあの人の弟子としての師匠孝行だから」

『まあ、あたしはもう一つの可能性も信じてるよ』

言葉とは裏腹に仙言で話した内容に少しビクッとした紫帆だが、すぐ表情を戻し聞いてみた。

『………可能性って?』

 夕影から聞いた話は伏せておいてなんとなくを装い聞いた。

『あの、上役のジジイがなんか企んでだれかが師匠に何か術でもかけさせてるんじゃないかって。だから今回は索敵が強い玉桂、攻撃範囲の広い戯雨を組ませて索敵をさせる』 

 言い終わる前に桃樺のお腹の音が鳴って

思わず紫帆は吹き出してしまった。

「…ごめんしいちゃん」

「お腹が鳴るなら大丈夫だね!右京くん来る前になんか食べようかももかちゃん」

 軽くサンドイッチをつまんだ後、二人は向かう準備を始めた。

 準備が終わり、家を出る頃夕影が帰ってきた。

「あれ、あんたどこ行ってたの?」

「どこって、どこでもいいだろ!そんなことより今日も髪の毛セットさせなさいよ!!」

 ーーー式神と契約する以上、何か対価を支払わなければならない。

基本は体の一部だが桃樺の式神たちは桃樺を愛してるため、もはや趣味道楽のような対価しかない。


例えば、夕影は桃樺のコーディネートをさせることを対価にしている。

言うなればカリスマオネエ美容師だ。

「これ恥ずかしいんだけど」

 あっという間に桃樺の髪をお団子風の髪にしてみせた。

「なにいってんのよ!中華服にはお団子って天照大神の時代から決まってるのよ。ほら、紫帆も

あんたは綺麗な長髪だからハーフアップよ!」

「やった!夕影ちゃんありがとね」

 こうして二人の姫が出来上がった。

 間もないうちに右京が現れてニヤニヤしながら二人を指さした。

「お、お二人さん今日は一段と綺麗やね。てことは僕は二人を守る騎士ってとこやな」

 普段の任務は私服に健康サンダルの右京も

今日は流石に正装で来ている。

 紫帆と桃樺の服装は文月家に伝わる正装で、中華風のドレスにそれぞれ紫陽花と桃の花をあしらった逸品だ。布は着用する者を選ぶ人丈布を使用し選ばれれば絶対に主を傷つけない最強の防具になる。

 右京の装いは半纏にボンタン、ブーツを履くというなかなか珍妙な物だがこちらも人丈布製であり防御は問題ない。

「右京あんた、今日は正装で来たんだね。明日は台風?」

「ちょっと待ってや卯月ちゃん、流石によその神社に行くのに健康サンダルはシバかれるてそれに今日の相手はそんな舐めたこと言ってられん相手なんやし」

 それもそうかと少し笑い合ったあと、夕影が手を2回叩きそろそろ行くよと合図を送った。

「よっしゃ、そろそろ行こか!終わったらみんなで飯でもいこうや!」

「うん、行こう!それって右京くんの奢り?」

「そしたらお寿司食べ行こ!!」   

 こうして3人と1羽は岳彦がいる鞍馬山へ向かうのだった。




 道中、右京は夕影と話した内容について考えていた。

ーーー同日、朝。

「おい、右京起きるんだ」

「んぁ?あれ夕影殿じゃん、家に来るの珍しいやんどったの?」

 夕影が窓を叩くと寝ぼけ眼を擦りながら右京が出てきた。

普段は明るすぎるくらいに明るく話すが、朝に弱いためかいつもの覇気がない。

『今日の依頼のことなんだけど、あんたも薄々勘付いてるかもしれないが今回相手取るのは人間かもしれない』

『いやぁ、それはないでしょ夕影殿。もしそうなれば双姫と同等、もしくは格上が黒幕になる。それに文月家の恨みを買えばこの世界で生きていくのは困難になるし最悪は家同士で戦争起きるで』

 “裏会”───人の理を外れたものを祓い滅する仙道師たちの集団を裏会と呼ぶ。

その中でも五代名家と呼ばれる裏会の中でも大きな力を持つ家がある、それ以外の仙道師はいずれかの傘下に入り裏会の間では分家と呼ばれる。

 紫帆、桃樺がいるのは文月家で五代名家では珍しく争いは好まず分家と本家の差をつけず平等に接している。

 その方針もあってか、分家や独立家からも慕われており中には名家級の家も多い。

『そういや夕影殿、昨日解散した後に八衢の式を見たで。それと関係あるのかは知らんけど』

 八衢家は、力こそ全て八衢の人間以外は分家も同様といった保守的で冷徹な思想を持っている。文月家とは一触即発状態だ。

『あんた、どうしてそれを早く言わないんだい!!!』

 抱えてた疑問が全部繋がった。

『このままいけば4年前の二の舞になる!!

今のうちに鴨原はどっちに付くか考えておきな!!』

 4年前────八衢家次期当主と紫帆の縁談話が出た時に起きた仙道師同士の抗争。

神社も巻き込んでその惨状を知る者は地獄そのものというほどだった。

 元々反りが合わない上に八衢家は相伝の魔仙以外は使わない。

 結果は人の幅も魔仙の幅も広い文月家の圧勝だった。

 その後八衢家は余計に塞ぎ込み、分家を作らず八衢で弱い者を追放したなんていうこともあった。

 桃夜叉姫もその時の桃樺を見た八衢の人間が作った異名で紫帆も入れて双姫という呼び名が仙道師でも妖邪でも浸透している。

『夕影殿、はっきり言うてそれは愚問。僕は、僕らは代々文月家に仕えているんやで?ましてや僕は双姫に並び立てるように育てられた。

今更八衢に鞍替えは無理よ』

『下鴨は文月家大好き一家だものね、見直したよ右京』

 二人は笑い合った、しばらくして右京がハッと何かを思い出したような顔をした。

「これや、昨日感じてた違和感は!八衢は4年前から露骨に文月を避けとった、おかしいと思ってたんやなんで野心が強い八衢が息を潜めとったのか……。多分手札が揃っとる、八衢はおそらく文月潰しを始めるつもりや。手始めに文月派の卯月ちゃんの師匠である天狗を見せしめにしようって魂胆なんや!」

こういう時の右京の勘はよく当たるのを夕影は知っているので疑うことなく飲み込めた。

「それが本当なら、桃樺や紫帆が危ないね。早く着替えな、2人のとこへ行くよ!その前に戯雨と玉桂を連れてくる」

──────現在。鞍馬山入り口にて。

「───右京、ねぇ右京!!!」

「ん?あらま、寝とる間に鞍馬山やん!」

「あんた大丈夫?体調悪いなら少し休むけど。冗談言ってる場合じゃないでしょ」

「卯月ちゃん、僕のこと心配してくれるの嬉しいわあ!モテる男はやっぱ違うやんな!」

 桃樺の顔はやや引きつっているのがわかったので、右京はいつも通りを作り上げてみせた。

(───僕にできんのはこれだけや、卯月ちゃん。ここから先はどう転んでも事実しか残らへんで、気張りや)

 一行は、敵の本陣である山頂に向かうべく山へ入って行った。

一抹の不安と疑念を抱えたまま──。

 


 山頂前に鞍馬神社に寄った一行は、休憩ついでに決戦に向け最後の準備を始めた。

「やっぱりこの格好は動きにくいわぁ……そう思うやろ?当代」

「アホ言え、そないやったら人丈布にいろんな形覚えさせればええやんけ!!え?自分もしかして普段私服なん?」

 鞍馬神社の当代は気さくな人で語気は強いが本人の恥ずかしがり屋を隠すためだろうとみんな分かっているため怖がる人はいない。

「ねぇ当代、今日の山の湿気はどんな感じ?」

「なんや次から次に!今日は結構しっとりしとるな。どデカい剣でも作るん?自分は」

「えへへ、秘密!!」

 紫帆の魔仙は空気中の水分を刃にするため常に湿度は気にしているのだ。

「ってお前は何も言わないんかい!!卯月ちゃんよ!!!」

「え?あぁ……今日はいい天気だね、当代」

「よく見てみ?曇りやで?しかも夜やし!!」

 いつもならからかってくる桃樺がしおらしかったのでつい声を掛けてしまった。

『すんません、当代。今日の相手は上から通達されてるでしょ?あれ実は卯月ちゃんのお師匠やねん。今日大人しいのはそれが理由なんですよ』

桃樺に聞かれないように仙言で声をかけた。

『え?ほんま?せやったら自分デリカシー無さすぎちゃう?泣いていい?……せや任せとき!』

「卯月ちゃん、なんかあってもおいちゃんは卯月ちゃんの味方やで!!」

 当代が親指を上に立てると桃樺は「ありがとう」と会釈をして先に山頂に向かった。

見送った後右京は当代の頭を軽く引っ叩いた。

『こんのアホ!!デリカシーまで修行中にどこか行ったん?もっかい修行して探してこい!』

 珍しくしょんぼりしてる当代を見て紫帆は肩に手を置いて親指を上に立てた。

『桃樺ちゃんを気にかけてくれてありがとうご

ざいます。でも空気は読んでくださいね!』

「ももかちゃん、待ってよ〜」

 そう言って紫帆も桃樺を追いかけるように山頂へと向かって行った。

「ちょい!!僕置いてったら山火事なるて!!待ってや二人とも!!!」

右京もそのあとすぐに山頂へと向かった。 

「あの子ら、どんなに強くったってまだ子供やろ。大人が守らんくてどうすんねん。文月に召集かければまあ来るやろ。」

当代は文月家に伝書烏を飛ばした

鞍馬神社は文月家と縁深く当代は幼い頃の紫帆の父と母を知っており二人は当代に頭が上がらない。

「次を紡がにゃ未来はあらへん。俺もここから偵察でサポートさせてもらうで。右京も気張り」



────こうして、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。





 30分ほど山を登り、山頂まで近づいた一行。

桃樺は刀を触り、何か小声で喋っている。

 恐らく謝罪だろうと、紫帆はクスリと笑った。

そんな桃樺の声すら溶かすように森が静寂を連れてくる。

 すると、そんな静寂を突き破るように一陣の風が吹き荒れ一行を襲った。

「やっぱりこうなるか……プリンだよ皆!」

「────”当たり”やな卯月ちゃん!!よかったなぁ!踏ん張りどころやで」

 一行は先刻の作戦会議を思い出した。

─────1時間前。

「2人とも聞いて、もしも師匠が素面だったらそっちの方が面倒くさい。だから大まかな作戦を伝えるよ」

「紫帆、師匠は最初挨拶の烈風が来るからあたしがプリンって言ったらあたし達の前に斜めに氷を出してもらってもいい?」

紫帆は分かったと笑顔で首を振った。

「右京、あんたは紫帆のカバー。上手いこと被せて紫帆の氷の補強をお願いできる?」

「それはええけど、そんなにエグいん?まあ卯月ちゃんの師匠やしなぁ。常識の枠には収まらんのやろなぁ」

右京は苦笑いしながら頭を掻いた。

 

一息ついたあと、再び桃樺が話し始めた。

「今の作戦は”もしかしたら”が当たった時だからね、外れてれば立ち回りはあたしと紫帆で近接で援護で戯雨と玉桂を出す。」

 当初の作戦とだいぶ変わっており一行は驚いたが何よりも夕影は黙ってられなかった。

「桃樺、あんた3人も式をだしてそれに刀も出すんだろ?仙力は持つのか?」

「何言ってんの?あんたは刀になってもらうよ。

師匠が一筋縄で行かないことくらい分かるでしょ?それともあんたも出して私は指咥えるだけ?」

 最悪なタイミングで喧嘩が始まりそうで紫帆は冷や汗をかき、右京は天を仰いだ。

「そうは言ってないだろ、ただ私も一緒に戦いたいって言ってんだ。傍で守らせてくれよ」

 それが叶うなら本望、桃樺はそう思っているがそんな自分たちの満足のために二人を死なす訳にはいかないとずっと考えていた。

「だから、神器になって一緒に戦えるでしょ?何が不満なの?じゃあなんであんたの神器は刀な訳?どんな風をも切り裂く東雲の刃、それが八咫羽刀「朝影」あたしの大事な式神夕影の想いの結晶でしょ?」

 紫帆が止めに入ろうとしたところを右京は手で静止させた。

「それに、神器になってくれれば夕影自身が持ってる仙力も加わって──私はもっと動けるんだ!だからお願い……お願いだよ夕影、私の相棒としても……兄弟子としてもあんたにしか頼めないんだよ!」 

 桃樺は珍しく心の声を叫んだ。

 夕影にはある程度”読める”力はある。

だが、面と向かって言われると夕影は何も言えなくなる。主従もあるが何よりも兄妹弟子だからだ。

「もうしょうがないわね、いつの間にこんな大きなことを言える子になって。」

「……分かった、本格的に戦闘が始まって1時間だ。それまでに決着をつけな。私と桃樺が合わさればそれくらい余裕だろ?それに今回は紫帆と右京もいる、出来なきゃおかしいくらいだ」

 式神を直接神器に換えて戦うのは神器だけを使うのとは訳も違う、桃樺の仙力を持ってしても長期戦は厳しくなる。

「うん…ありがとう夕影。」


「よし、それじゃあみんな行くで!目指すはテッペンや!天狗の弟子なら余裕でいけるんちゃう?」

右京の謎の鼓舞に場が凍りついた。

「あれ、文月ちゃん……………これ失言やった?」

「右京くんさ、空気凍りつかせるだけなら私以上に冰の使い手だよ」

 右京が空気を読まず、紫帆に怒られる。

いつもの光景に桃樺は安心し思わず笑ってしまった。

「うん、いつも通りだね。じゃあ向かおっか

夕影……結果はどうなってもあたしはありのままを受け入れるよ。それが最悪なものだとしても」

「ああ、そうだね。この夕影、主の命の下に主の道を暗く覆い被さるものを斬り倒し東雲を照らす刃になりましょう!」

 夕影が立膝をつき、桃樺が夕影の頭に手をかざすといつもの姿から刀へと変化した。


────八咫羽刀「朝影」

いつもの東雲の刃は、桃紅へ染まり夕影の想いが刃に乗っている───

「なんかいつもと違うねももかちゃん、夕影ちゃんの想いも乗ったからかな」

「うん、でもここまで綺麗な色は初めてだよ」

 桃樺は鞘に納め、少し目を瞑り下を向いた。

(──ここから先は、どうなってもおかしくない。でも紫帆も右京もいる、だから大丈夫…大丈夫だよ桃樺。私だって着いてるから)

「卯月ちゃん、覚悟は決まったやんな?」

「ああ、行こう」

 桃樺の目には一切の迷いが無くなっていたのを見て二人は安心して桃樺の後に続いた。


─────現在、鞍馬山にて

「分かった!ふんす!!!」

 紫帆は、目の前に冰の傘を作り出した。

風を受け流せるようにへの字に作り3人を覆うように。 

湿度が高いおかげかいつもよりも紫帆の調子がいい。

「まあ一応結界張るけどいるこれ?氷分厚すぎへん?アホみたいな炎が来なきゃ持つやろこれ」

 右京はダルそうに両手を前に出し、結界を張った。

「ちょ、バカ!!そういうことでかい声で言うな!!」

 初めて聞く桃樺の声量に一同はビクッとした。

───するとパタリと風が止んだ。

「え?ほんまに?これ、え?炎くるやつ?」

 右京の問いに、桃樺は手で顔を覆って頷いた。

「………全部終わったら、デコピンするから…戯雨が」

 右京の顔から笑顔が消えた──その瞬間に気配を察し結界の強度を一気に引き上げた。

戯雨の焔を耐えるレベルの紫帆の氷が一瞬で水蒸気と化す灼熱の炎が広がった。

 ──山の冷気を一気に潰すように放たれた熱風は斬りつけられるような熱さだったがどこか歓迎されているような心地よさを感じた。

「あれ、ももかちゃんなんか嬉しそうだね!

お師匠さんも久々に楽しそう、炎の仙力からすごく伝わってくる!!」

「爺さんのくせに無理しないでよまったくもう」

 紫帆の言葉にそっけなく返す桃樺だが、耳が赤く言葉もしどろもどろになっていた。

「あれ、ももかちゃん照れてる?」

「もう、うるさい!しいちゃん!!」

 二人が仲睦まじくしている中、一人必死な顔をしている男がいた。

「ちょっ!お二人さん!!そんなお茶会みたいな雰囲気出してないで手伝ってや!!僕死んじゃう!」

 右京は必死で目の前に迫っている炎を防いでいた、今にも泣きそうな顔を見て桃樺と紫帆は思わず吹き出してしまった。

「何笑ってんねん!!ほらもう結界薄くなったやろ!!もう僕ら終わりや!!!!」

 泣き出してしまった右京の肩に手を置き桃樺は仙力を分け与えた。

「これであと30秒耐えな。───紫帆、お願い」

「うん分かった!!!いくよ───冰彩」

 名を唱え、紫帆が両手を思い切り広げると炎は消え辺り一体氷で覆われた。

「文月ちゃん、もっと早くやってやぁ!!まあこの景色はいつも好きやけど………しんどいねん!!!」

 右京は、手を振りながら冷ましていた。

 炎が消え、視界が広がると桃樺は懐かしさで胸が一杯になった。

(あたし、この坂道……登れなかったな。結局いつも最後は泣いて師匠におんぶされてたな。)

3人が構えながら進んでいると景色が開けてきて集落的なものが見えてきた。

「ん?あれここって天狗の里!?」

「え?は?ほんまに言っとる?あの天狗の里なん?」

 二人は初めて見る天狗の里に興奮を隠し切れないでいた。

 桃樺は里中に漂う懐かしい仙力を探していた。

すると目の前に一人の天狗が立ちはだかった。

「おい人間、ここは天狗の里であるぞ誰の許可を得て此処へ来た?答えろ……さもなくば」

 天狗は錫杖を3人の前に突き出し、脅してみせた。紫帆と右京は構えたが桃樺だけはふんぞり返っていた。

「私のこと、忘れたの?蛙を渡しただけで泣いてた空峰兄さん??」

 空峰は、訝しげに桃樺を見る。桃樺は怯むことなくふんぞり返っている。

「貴様、なぜそれを知っている。それに名前まで………貴様らは八衢の回し者か!!!」

 この一言で3人は全部を察した。だが表には出さずいつも通りを演出した。

「相変わらず阿呆だな、空峰兄さんは───桃樺だよ、元気そうでよかった。」

「桃樺………と、とと、桃樺!?お嬢、お久しぶりじゃねぇですかい!いやぁ!!美人になられて………そちらはご友人ですかい??」

 弟子の時代の呼ばれ方を大きな声で言われて桃樺は顔が季の様に真っ赤になった。

「なんでそれは覚えてるんだよ!!それよりもさっきの言動、二人に謝罪を」

 桃樺が謝る様に二人の方へ手を向けると、空峰は拱手で深々と頭を下げた。

「先ほどの無礼、誠に申し訳ない!!お嬢のご友人とあらばこの空峰、どこまでも尽くしましょう!」

「もうそう言うのいいってば!!恥ずかしいよ……」

「なんでですかい!?昔はこれやると女王様になったみたいって楽しそうだったじゃないですか!!」

「昔の話でしょ!!!あたしももう17だよ??

大人なの!!」

 二人のやりとりをみて、普段見せない桃樺の表情に二人はニヤニヤが止まらなかった。

「え?卯月ちゃん?女王様って……何?」

耐えられず途中で吹き出してしまった右京の喉元に紫帆が氷柱を突き立てた。

「右京くん、そんなももかちゃんもかわいいでしょ?ねぇ、ももかちゃん因みにどんな風に遊んでたの?」

 ここで紫帆の天然が炸裂し、桃樺は顔から火が出るくらい真っ赤になっていた。

「まあ、その話は後でみんなで話そうや!ところで空峰の兄貴、八衢ってどういうことですか?

もしかして絡んどります?」

 右京の一声で空気がピシャリと変わった。

「右京さんは、鋭いですね。そしたら何も聞かずにあっしに着いてきてくだせぇ」

 空峰に案内されるまま辿り着いた場所に一同は驚きを隠せなかった。

「おいおい岳彦ぉ、天狗の酒は美味じゃ。もっと呑みたいのぉ」

「イケる口だな戯雨殿は。そしたら桃ちゃんの思い出話をもっと聞かせるのが条件である。

この岳彦、弟子の話で無限に酒が飲めるわい」

 目の前には潜伏を指示した自分の式と、自分の話で大酒を食らう師匠の姿があった。

「あいつです、お嬢。酒を呑みたさのあまりお嬢が来る前に来た八衢の刺客を焼き、お嬢の話聞かせるからと入り込んできたんです。」

 呆れて言葉を失った一同、桃樺はにこりと戯雨に声を掛け。

「ずいぶん楽しそうだね、戯雨。お留守番はどうしたのかな???」

「あぁれぇ?桃樺ではないか。いやぁ天狗は耳が良いから桃樺の話聞かせるから酒飲ませろって言ったら普通に入れてくれて今まで宴会してたんじゃ。逆にお主らは遅くないか?」


『桃樺、やっぱり八衢が噛んでおった。岳彦は見た通り無事じゃよ、恐らく潜伏して桃樺が倒したところを襲うつもりじゃったの』

戯雨が仙言で話しかけてきてあまりのテンションの違いに桃樺は笑いそうになったが落ち着いて返した。

『やっぱりか、戯雨は師匠のこと頼むね。

指示は特に出さないけど、絶対あたしのところに戻ってくること、それだけは約束して』

『何を言っとるんじゃ、当たり前じゃろ後にも先にも桃樺しかおらんのじゃ』

「よし!岳彦!!今夜は呑み明かそうではないか!!」

 戯雨の豹変ぶりに驚きながらも、自分のやることに集中しなければと桃樺は頬を撫でた。

「む?ところでさっき桃樺と言わなかったか?

……………おお、桃ちゃんではないか!!久しいのう!そっちは文月の姫に鴨原の坊ではないか

相変わらずお主らの家は仲がえのう」

 師匠の優しい声に今まで不安を溜め込んでいたものが決壊し思わず泣いてしまった。

「師匠、お久しぶりです。この桃樺6年ぶりに戻れたことを嬉しく思います。桃樺は今は双姫と呼ばれここにいる文月紫帆と鴨原右京と共に頑張っております!!」

「おります!!やって!文月ちゃん今の聞いた?…………ボグヘェ!」 

紫帆の拳形の氷柱が静かにしろと言わんばかりに右京の脇腹にめり込み「ボグヘェッ!」と悶絶の声を上げた。

『いったた………卯月ちゃん、感動の再会のところ悪いんやけど近くに符がばら撒かれとる。

警戒するに越したことはない、用心しとき。』

『あぁ、分かってる。でも先に手を出したらダメだ、八衢は文月が先に手を出したと吹聴して紫帆たちが潰される』


 ──八衢相伝の符術「迷錨」。

 陣を敷き、符を散りばめることで初めて成立するこの術は、

 術者が結ぶ法印ひとつで効果が変わる“危険な伏線”のようなもの。

 相手を傀儡にし、錯乱させ、時には同士討ちさえ誘発する。

 無自覚に踏み込めば、誰であろうと抗えない。

 

 紫帆は、深呼吸をし周りを見渡すとほとんど完成されていた『迷錨』の陣を見つけて舌打ちをした。

『これ『迷錨』だよ、しかも精度の高い符だよ………八衢の誰かが潜伏してれば私たちが派手に動いた瞬間に術を掛けられる。

そうなれば私たちで私たちを殺し合うことになる、だからそうなる前にここは短期決戦だよ───氷寣雪華』

 紫帆の手元に冷気が集まり、柄だけだったものが気づけば華美な宝剣へと様変わりしていた。

「うむ、実に素晴らしい剣じゃな。だが姫はもう少し落ち着きを持たれた方がいいですぞ。

──氷寣か……最後に良いもんを見れたわい。

ここからは、年寄りが気張る番である。」

 ──鞍馬の大天狗、京都裏会なら誰もが畏れて口に出そうともしない。一晩で天狗の激戦区鞍馬山を制圧し自分の縄張りにしてみせた男。 

 先程まで愛弟子の話で酔い潰れていた男とは思えないほどの覇気を放っている。

「師匠!!久々にあれ見たいです!!すごくビューンってなるやつ!!!」

 その愛弟子も、京都裏会で名を知らない者はいない桃夜叉姫。今の彼女は二つ名とはかけ離れた幼い少女と化している。その異様な光景に右京と紫帆は唖然とした。

 岳彦はというと先ほどの覇気は何処かへ吹き飛んでしまい、孫を見るおじいちゃんそのものになっていた。

「ねぇ右京くん、今のももかちゃんもすっっごく可愛くない?カメラある?」

一気に気の抜けた紫帆はいつもの桃樺ラブに戻った。

「あるはあるんやけど、そんなことしたら後でしばかれるから一応止めとくで………聞く耳持っちゃいねぇな」

ポケットからカメラを取り出すと、紫帆はそれを奪い取りおもむろに撮影を始めた。

「懐かしいなぁ、こんなももかちゃん見たの小学生以来だなぁ。でも途中からあんな顔を見せなくなったんだよね」

 紫帆が右肩から胸の辺りを撫でながら呟いた。

「あの時は事故やと思うし、僕にも責任はあった。せやから卯月ちゃんも気にせんでええと思うんやけどな」

「うん、でもももかちゃんは責任感が強いでしょ。もう私に辛い思いはさせたくないって強くなるために岳彦さんのとこに弟子入りしたんだよね」 

 

────8年前、まだ二人の階級が参だったころ。

 任務に就いた際、そこにいるはずのない妖邪が現れて油断した桃樺を紫帆がを庇う形で右肩から胸に深い傷を追った。

 その一件以来、桃樺は感情に蓋をするようになりただひたすらに強くなることを急いだ。

もう、同じ過ちを繰り返さないように。


「ここ3年くらいは笑ってくれるようになったけど傷を見るといつも泣きそうな顔するんだ。」

 紫帆はため息混じりに呟いた。

「卯月ちゃんは、文月ちゃんのことになると周り見えんくなるやん?これからはそれが仇になる可能性があると僕は思っとるんよね」

 続けて右京は紫帆にも苦言を呈した。

「文月ちゃんもや、どちらかが不利益被るとどちらかがキレるやろ?次期当主ならば奥歯を噛むような選択だってせなあかんくなるから今のうちに癖をつけときや、癖さえつけば体が勝手に動く。」

「ま、そうなる前に僕がおるんやけどね!カバーはいくらでもしたるで!文月家と下鴨神社は一連托生や!!」

 二人が決意を固めたところで、空峰が3人に質問を投げた。

「そういや、みなさんどうして今日はこんなところへ?お嬢だけなら分かるんですけど。姫と神社の坊もお揃いで穏やかではないですよね」

 3人はハッとし、紫帆がこれまでの経緯を説明した。 

 岳彦の討伐、そしてその首を献上することを。

「なるほど、じじい……じゃない頭領ならあの通りピンピンしてます。なんか最近は八衢が奇襲を仕掛けてきますが頭領一人で撤退させてますからね、にしても討伐後に首を献上なんて引っかかる」 

空峰は妙な違和感に悩みつつ首を傾げた。

 岳彦は何かを見透かしたように髭を撫でながら笑っていた。

「まあ大方察しはついとるが…………どれ、桃ちゃん久々に稽古をつけてやろう!構えるんじゃ」

 岳彦は風で空を舞っていた桃樺を下ろすと手には木刀を持っていた。

「師匠、私のは真剣ですけど良いんですか??」

「師匠を前にして顔を出さない愚か者などへし折ってくれるわ。──なあ?夕影よ、仙力でバレとるからな」

 桃樺は、確かにこれじゃ夕影の顔が立たないと思い夕影の換装を解いた。

「お……お久しぶりです師匠。流石の眼力、この夕影畏れ入りました……桃樺は今の俺の主なんです」

 夕影は今まで見せたことないくらいおどおどしていた。

夕影が今の姿になる前に山を降りたため今の姿が受け入れられるのか不安だったのだ。

「うむ、久しく顔が見えないと思ったら桃ちゃんの式となっておったのだな。人を見る目は衰えていないようじゃの」

 続けて岳彦は夕影に諭すように説教を始めた。

「しかしだな、わしは見目形は自由で良いと説いたはず。なぜ恥ずかしがる?わしの弟子ならもっと背筋を伸ばし仕える主人に誇れるように生きるのだ。桃ちゃんはお前がどんな姿でも愛してくれるのではないか?──ね?桃ちゃん」

 その問いに桃樺は照れながら頷いた。

「そりゃ、夕影はあたしの最初の式で懐刀だし……それにね」

 言い切る前に岳彦は桃樺の目の前に踏み込んできた、咄嗟に受け太刀の構えを取ったが夕影が戻っているのを忘れていた。ニヤリと笑う岳彦が元の間合いに戻り桃樺に問いかけた。

「桃ちゃん──いや桃樺よ、教えの其の一を忘れたのか?もう一度教えてやろうか?」

「大丈夫です師匠。たとえ敵がどんなに友好的でも決して武器を離さず油断しない…ですよね?」

 感心して頷いた岳彦だが、次に瞬きする頃には木刀を構えていた。

「正解だ、だが甘いぞ桃樺よ。今目の前にいるのはお前の師ではなくお主を打ち倒そうとする者だ」

 桃樺は眉を顰めたが、稽古とはいえこれは実戦なのだと腹を決め夕影を再三刀に戻した。

「戦いにおいて関係値なんぞ一度忘れてしまえ────さあ、構えるのだ」

 今一度、朝影を握り直した桃樺は少し目を閉じ夕影に語りかけた。

『ごめんね、夕影。もう少し話してたかったよね…。でも今から二人で戦おう。あたし達が組めば師匠だって越えれるはずだよ』

『ああ、分かっているさ。刃は逆刃にしてある、思う存分私を振るうんだ………そして二人であの背中を越えよう』


桃樺は目を開け朝影を構えた。心なしか刃の色が先ほどよりも濃くなっているような気がした。


────????

『お前ら、準備をしておけ。ここからが運命の分かれ道───文月潰しの幕開けだ』




 普段は、静かな鞍馬山だが今夜は違う。

「はあはぁ……やっぱり師匠は強いな、夕影とあたしの仙力を足しても剣の腕ではまだまだ全然届かないや」

「桃ちゃんよ、弟子は師を越えなければいけないなんて風習があるが弟子がここまで強くなるのなら常に壁にならねばならないと思っとるからの。」

 現状、桃樺と同じ世代で桃樺以上の仙道師はいない、紫帆も条件がそろえば桃樺より強いが現時点だと同じくらいの強さなのだ。

『ところで桃ちゃん、茂みを少し行ったところに気配が6つ程あるのは気づいとるか?』

『気づいてます!おそらく八衢の者かと思います』

 桃樺が岳彦に教わったものは剣の腕だけではない。

───周囲の仙力を察知し居場所を特定する天狗の秘術『浄玻璃』

 天狗の神通力の応用形で、基本天狗にしか扱えない術だが桃樺の仙力の高さなら扱えるようになるだろうと弟子入りしてすぐ仕込み始めた。

『うむ、合格点である。しかしまた腕を上げたのではないか?桃ちゃんよ』

『ありがとうございます。』

 打ち込み稽古の最中に頭を下げたので紫帆と右京は首を傾げた。

「あれ、もう終わったん??なんか互角っぽいし師匠も教えること無くなったんかな」

 右京がいつもの軽口を叩いている横目に紫帆が驚きのあまり口を覆って冷や汗をかいていた。

「右京くん、あれが互角に見えるの?そしたらいつもの桃樺ちゃん思い出してみて」

 

────右京は思い出した、そして震えた。

 いつもならどんな長期戦でも基本は息を上げることなく終えるのに、今はたった半刻ほどの修行の間で肩で息をして過呼吸気味になっているのが分かった。

「うん、やばいわ。流石卯月ちゃんのお師匠やね。今後とも大人しくしとこ」

 二人の会話をさり気なく聞いていた岳彦と桃樺は、思わず吹き出した。

『鴨原の坊は面白いの、状況が見えた上で軽口を叩いとるわ将来が楽しみであるな。文月の姫は………もう腹は決まっとるようじゃの』

『そうですね、あたしは将来紫帆の懐刀になるんです。だから………だからこの程度で止まってはいられないのでこれからも稽古をつけて欲しいです』

 桃樺の覚悟を聞いて、思わず高笑いしてしまった。

「がっはっはっ!!!流石はわしの弟子である

誇りに思うぞ」

『して、桃樺よ。この局面はどう動かす?』

表とは裏腹に冷静な岳彦を見て桃樺は思わず目を見開いた。

『え?そりゃあみんな巻き込んで────』

『それじゃだめではないか。いいか?懐刀は常に今の最善を考えるのじゃ、仕える主が最大限の力を発揮し、導けるように動くのだ。懐刀は腕が立つだけでは駄目であるぞ。』

 桃樺はハッとし、紫帆の方を見る。

紫帆はこちらを見て笑っているが、いつもの余裕がないことが分かった。

『師匠、ちょっと行ってきます』

「しいちゃん、修行終わったよ」

「あ、桃樺ちゃん、お疲れ様!見てたよ……お師匠さんやっぱり強いね」

 桃樺の予想は当たっていた。

紫帆は普段は桃樺をももかと呼ぶが、余裕がない時は名前を間違えずに呼ぶ癖がある。

「しいちゃん、今大変?」

 その問いに紫帆は、大丈夫と答えたが桃樺の眼差しに負け白状した。

「今この場には、指揮を取れるのが私しかいないでしょ?だから不安なの。それに私は次の世代だし、失敗は許されない」

 いつもなら泣きついてくる紫帆だが今回ばかりは堪えているようで静かに吐き出した。

「ねぇ紫帆……聞いて欲しいことがあるんだ」

桃樺は紫帆の目をしっかり見た。

「紫帆が次の当主にならなきゃいけない、なんてことは手に持ってる氷寣を開花させた日から決まっていることなんだよ。」

「うん、分かってる。分かってるけど……実際に立ち会うと怖いんだ」

 手が震えていた、桃樺は咄嗟にその手を優しく握った。

「しいちゃん、落ち着いた?あたしはこれからもしいちゃんが不安な時はずっと隣にいるし一緒に戦うよ。しいちゃんが当主になるならあたしはしいちゃんの右腕になってその不安だって斬り捨ててあげる!!」

「まーた、2人だけの世界に入って………って危ない!!!!」

 咄嗟に右京は周りに結界を張った2人のことは守れたが岳彦に符が大量に貼られた。

「「師匠!!!」」

 桃樺と刀になった夕影が叫んだ、紫帆は油断した自分を責めて右京は唇を噛んだ。

「なんだこれは、こんなもの儂の前では無力であるぞ。八衢の小僧が」

 山全体にまで響き渡る岳彦の怒号にここにいる者だけでなく、山全体が静まり返った。

 すると、木の裏から高笑いしながら青年が出てきた。

「確かに、俺ならばその術は効かない。だが一手読み違えているぞ文月派の天狗さん。

………小僧じゃない小僧共だ」

 そう言って青年が手を叩くと、6人の男たちが出てきた。

「八衢………烈」

 歳は桃樺たちと同じで、同じ学校に通う男─八衢烈……かつての争いの火種になった一人である。二つ名は符神。

「おいおい、どうなってるん?あの日以来、家同士のゴタゴタは無しって決まりになっとるけど……なんや?もう忘れたんか?鳩の方がまだ覚えはええで?」

「あんた、こんなことしてなんのつもり?また戦争でも起こしたいの?別にいいけど、次は殺すから」


───二人はこの男が嫌いだ。

 紫帆と烈の縁談話が出た際、この男は紫帆を子を成す道具としか見ていなかった。

この話が引き金となりかつての惨事は起きた。


「二人とも、そこまで!八衢烈、あなたが今ここで術を解き岳彦さんを解放するならこの話はないことにするけど……どうする?これは文月家からの最大限の譲歩です。断れば八衢家の首が締まるだけ」

 紫帆は暴力ではなくあくまで対話を選んだ。

だが、八衢の答えは予想通りだった。

「おいおい、よそよそしくねえか?紫帆。

俺らは潰しに来たんだ。宣戦布告とも受け取ってもらっていい、家の連中は争うつもりはないが俺は違う。例え家同士の戦争になっても俺らは殺るぞ?」

 烈は、怒りから文月家を潰すことを考えていた。学校では周りの目もあり大人しくしている。

 紫帆は駄目かと目を瞑り、両手には氷の双刃

雪獄風花を握っていた。

『桃樺ちゃん、右京くん……そして皆んなよく聞いて。この場は私が仕切るから、家同士の問題に巻き込んでごめん。でもみんなの力を貸してほしい』

 紫帆の覚悟を受け取りそれを拒む者はいなかった。

『しいちゃん、言ったでしょ?あたしはしいちゃんの懐刀……いつも隣にいるから。戯雨と玉桂、あんたたちも紫帆の言うことを聞いて』

 桃樺はそれぞれの依代を渡し、二体はこれが何を意味するか瞬時に理解した。

『おう!まかせろ!!』

 玉桂はいつもの調子で尻尾をぶんぶんして気合いを表した。

『主の主人ということはわしの主も同然じゃ!!八衢のガキ共に灸を据えてやる』

 戯雨は、手に焔を纏い薙いだ。

『しゃーない、ここで裏の脳みそ右京くんの出番やな!!!僕は単独で動くで、その方が活きると思うから』

 右京はいつもの軽口だが、幾つも印を結んで下準備をしていた。

『姫さん、あっしらは元々文月派の者。鞍馬天狗一同協力、喜んで腕を奮いましょう!お前ら一世一代の大勝負だぞ!気合い入れろよ!』

 空峰の鼓舞に鞍馬山中から雄叫びが聞こえた。

 皆んなの温かさに、紫帆は思わず泣き出してしまった。

 だが、すぐに顔を上げた。

──いつもの弱虫ではなく強い気持ちで前を向いて。

「しいちゃん、今から泣いてどうするの!?」

 茶化すように言いながら桃樺は刀を鞘にしまい紫帆の前に片膝でしゃがんだ、それを見た一同も一斉にしゃがんだ。

「我ら文月派一同、あなたを導くための刃となり盾になりましょう!!この命をあなたに託します!!」

 桃樺の言葉に皆は歓声を上げた、一人を除いて。

「ま、気楽にやろうや文月ちゃん!いつも通りでハッピッピーやで!!!」

 右京の言葉で少し肩の力が抜けて紫帆はいつもの笑顔が戻った。

 紫帆は大きく息を吸い、吐いて手を強く握った。

「………みんな行くよ」

 紫帆の一声の下、文月一派は立ち上がった。

辺りに氷のような決意が漂っていた。





───しばらくの沈黙のあと、最初に口を開いたのは八衢烈だった。

「おいおい、威勢がいいのはいいことだがなんか大事なこと忘れてねぇか?」

 一同は一瞬何のことか分からなかったが桃樺と夕影だけは瞬時に理解した。

「そういえば師匠は?」

『師匠はどうしたんだい?』

 みんなが、岳彦の方を見るとそこには傀儡符に覆われていたかつての鞍馬山岳彦坊だった何かがいた。

「う……あぁ……に…げ……………」

 烈は驚いたが、すぐ表情を変え嫌な笑顔を向けてきた。

「さすがに鞍馬の長は一筋ではいかねぇか、だが一手こっちが早かったようだな文月」

 その言葉を聞いて真っ先に斬りかかったのは桃樺だった。

「桃樺ちゃん、だめ!!!!」

 東雲色の刃が烈の首筋寸前で止まった。

「おい、卯月。こっちは構わないんだぜ?だがあちらさんがお留守だぜ」

 後ろを向くと、まだ準備を終えてない紫帆たちの方に岳彦が襲いかかっていた。

「おい、鳩頭。そんなんやから上に行けないんやで、今なら僕でも勝てるんちゃうか?そしたらおもろい話が流れるやろな、八衢の次は神社の結界師にすら勝てない木偶の坊やと」

「なんだと……?まあいい、お前らここは退散だ。嗅ぎつけた上がきたら面倒だ」

「「「「柳」」」」

そう唱え、符を叩きつけるとそこから烈たちは姿を消した。

『───みんな聞いて、作戦を伝えます』

紫帆が出した作戦は、以下の通りだ。

一.右京と玉桂、戯雨は八衢の追跡と捕縛。


二.空峰と天狗一同は人に化け街への被害を最大 

 限抑えること、無害に等しく。


三.自分と桃樺、夕影は岳彦の無力化そして解呪

 もしくは討伐。


一同は首を縦に振った。

『それじゃあ、武運を祈ります』

『──散!!!』

 

「ももかちゃん、いくよ」

「………あぁ、分かった」

(ごめんね、ももかちゃん)


──右京、戯雨玉桂サイド


「おい右京、殺気がダダ漏れじゃ。気持ちは分かるが押さえろ殺気が一番気取られやすい」

 右京は足を止め、深呼吸をした。

「戯雨殿には敵わんなぁ……僕もまだまだやな」

「珍しく弱気じゃのう、笑えるわ!じゃが、わしはあの気概は好きじゃぞ?3人並び立つ日も近いかもしれん」

「そうだぞ!右京!!!さっきは助かったぜ!!

俺より反応早かった!………弟子にしてくれね?」

 右京はいつもと変わらない風景に安心し少し落ち着くことができた。

「落ち着いたら、周りが見えてきたわ。2人とも

ありがとうございます」

 珍しくちゃんとした謝罪に2人は思わず吹き出してしまった。

「流石に硬すぎじゃろ!!なんだかんだ義を通すとこはわしも気に入っとるところではあるのじゃが、落ち着いてた時の方が主は活きる。それだけは忘れるなよ」

「ん?なんか謝られるようなことしたか?それよりも何かの気配に近づいてるぞ!!!7つだ!!」

 右京と戯雨が仙力を研ぎ澄ましてみると5〜7の気配を感じ取ることができた。

「玉桂殿すごすぎん?僕5体しかわからんのやけど、確か二人とも卯月ちゃんから依代預かっとるよな?今回だけ僕の言うこと聞いてくれへん?」

 

───式神と式神使いの絆を繋ぐ依代。

使用者との絆が深いほどよく馴染み得られる仙力も大きくなる。

 

 玉桂はすぐ差し出したが、戯雨は微妙な顔をして差し出すか迷っていた。

「右京、確かに桃樺ほどじゃないがわしらはお主を信頼して仲良くしておる。じゃが、桃樺とお主じゃ分野が違う。お主ならわかるじゃろ?」

「ああ、分かっとる。けど僕だってあの二人と並び立つなら今のままじゃダメなんや。……

守られてるだけなのは苦しい」

 

──小さい頃から二人の仲裁役を買って出ていたが肝心な戦いでは自分は結界を出して二人を見守るしかできないでいた。

 

 そんな歯痒さから右京は悩んでいたのだろう、戯雨は少し考え自分の依代を右京の耳に付けた。

「右京、少しでもまずいと感じたらすぐにこれは外す。忘れるんじゃないぞ、右京の立ち回りで二人がどれだけ守られてきたかをお主がいたから二人は今も笑っていられるのだと」

 依代をつけてすぐ、体が燃えるように熱さに右京は呻き声をあげる。

「うぅ、熱い……戯雨殿、これ卯月ちゃんはいつも感じてるん?」

「いや、桃樺はこれの5倍は感じとるはずじゃ。

わしら式神との絆が深いほど馴染み、仙力は浸透して自分のものになっていく。依代はわしらの分け身で当然仙力もこめとるからな頑張りどころじゃぞ」

(これが、卯月ちゃんの感じている世界。すごいな)

「おい!!右京!!!俺のも付けてくれ!!」

 そう言って、もふもふの首飾りを差し出した。

 右京が付けると、一瞬視界が揺らいだ。

付けてすぐに右京の左の瞳には三日月模様が出てきた。

「これが、玉桂殿の視えている世界か……確かに7つの気配に近づいとるな」

 こっちはよく馴染んでいる。

 玉桂自体の仙力はそこまで高くはないので

負担は少ない。

右京ともたまにアホ話をする仲なのですんなりと馴染んでいった。

「よし、これなら指示も出しやすい。僕が出す作戦はこうや!」

 二人は感心したように、右京の話を聞いていた。

 真剣に話す右京を見て戯雨は思わず吹き出してしまった。

玉桂は目を輝かせていた。

「おい右京!!先までの自信のなさはどうしたんじゃ!温度差で風邪ひくわ!」

「右京!!!すげぇじゃん!指揮官みたいだぜ!!」

「いやね?最初は熱すぎて死ぬ思ったけど今はすごく馴染んどる、もしかして戯雨殿も僕のこと好きなん?」

 戯雨は、右京の尻を蹴り飛ばし右京は少し吹っ飛んだ。

「阿呆!そんなわけないじゃろ!そしたら音頭を取ってくれ大将、真面目にじゃぞ」

「真面目に?了解。二人とも、僕らが最初に成果をあげなければ二人を守ることはおろかこの山自体が八衢の物になりかねない。僕は卯月ちゃんと文月ちゃんの涙はもう見たくない、だから協力してください。」

 右京は深々と頭を下げた。

「よっしゃ!行くぞ〜!!!待ってろよ八衢!!」

「馬鹿、声がでかい!!!!とにかく死なないこと、二人の涙を見たくないのなら生きて帰って笑顔を見ることじゃ!」

 賑やかに、そして隠密に戦いが始まるのだった。

 


────一方で桃樺と紫帆チームは、苦戦を強いられていた。


「……ふん」

 岳彦が手をかざすとそこに強風が吹き荒れ風に耐えるべく二人は受け太刀の体制でいたが、先ほどとは段違いに速く鋭い一撃が二人を襲った。


「ねぇももかちゃん!さっきのお師匠さんってこんな動きに容赦が無かったっけ?……うわぁ!」

 予想外の力に受けきれず雪獄風花は粉々に砕けてしまった。

 傀儡符で操られている今、修行での手心はなくただ目の前の敵を倒すだけになっていた。

「いや、操られてるから加減が出来ないんだよ!

これが師匠本来の実力だよ……越えられなければあたしたちは次にはなれない」 

 そう言って桃樺は刀を構え直した。

「よし、そしたらこっちの番だよ紫帆」

 桃樺は紫帆の隣に立ったが、紫帆は首を傾げた。

「あれ、紫帆?……しいちゃん、どうしたの?」

「ももかちゃん……いや桃樺ちゃんはさっき懐刀になるって言ってくれたよね?そしたら雪獄が折れた今どっちに立つべきだと思う?」

 桃樺はいつもの癖で左に立っていたが紫帆は左手に雪華を持つ、それは双姫だったら通用する話で今は主君と駒に過ぎない。

 桃樺は、何も言わず右に移動した。

「紫帆、あたしは後ろには立たないよ。将来の主である前にあたし達は双姫で並び立ってきたでしょ?だからその方がやりやすいじゃん」

 桃樺の返答に紫帆はにっこりとただ頷いた。

「安心したよ、ももかちゃん!これからあたしたちは最終局面だよ」

 紫帆は深く息を吸い、心を落ち着けた。

『みなさん、あと30分で決着がつきます。どうか持てる力を出し切ってください』

 紫帆の言葉に、桃樺は身が引き締まり刀を握り直して仙言でみんなを激励した。

『みんな、あと30分だ。ここに来て逃げる腰抜けはいらないよ、気張りな』

 桃樺は再び刀を握り直した、先ほどよりも強く。熱に呼応するように朝影もまた色が濃くなった。

 二人が深く息を吸い込んだところで二人同時に切り掛かった。入ったと思ったが切り口の浅さを見て桃樺は舌打ちをした。

「落ち着いて、さっきよりも戦えてる!このまま押し切るよももかちゃん」

「……あぁ、動きは合わせるから好きに動いてね、紫帆」 

 岳彦は、ふんと鼻を鳴らして一歩下がった。

目は正気に戻っているが、どこか遠くを見つめていた。おそらく自分の未来を視だのだろう。

 一瞬寂しげな顔をしたが、すぐに真っ直ぐと桃樺の顔を見た。

「………わしも、もう歳であるな。桃樺よ、儂を打ち倒し証明してみせよ!これからの未来を背負う仙道師としての力を……そして懐刀として生きてゆく覚悟を」

 岳彦は再び手をかざすと強風が吹き荒れた。

いつもの余裕はなく、何かに促されたように

抗う余裕もないために手が震えていた。

岳彦の手には真剣が握られていた。

「『師匠、最後の修行………手合わせ願います。』」

 桃樺は拱手をし、夕影は刀のまま仙言で岳彦に伝えた。

「紫帆、一人だったら多分……絶対に負ける。だから一緒に戦ってほしい、それが師匠への覚悟の証明になる」

 桃樺は、岳彦が放ついつもとは違う畏れからか手が震えている。

───負ける、なんてことは今まで言ってこなかった桃樺がここにきて弱気になっている。

まだ首を取る覚悟がないのだろうと紫帆は認識し、にっこりと桃樺に声をかける。

「私の懐刀さんがそんな弱気じゃ困っちゃうなぁ

次期当主である以前にあたしたちは双姫、今までだって二人で格上を倒してきたでしょ?二人で一つだよ」

 紫帆の顔は、いつもよりも凛々しかった。

彼女はもう、覚悟を決めたのだと桃樺は安心し

岳彦の方を見た。

「鞍馬山岳彦坊!今からあなたの首を落とします!!そしてあなたの屍を超えて………この子を守る刃になる!」

 そういって桃樺は岳彦へ切り掛かった。


──一方その頃、空峰率いる天狗チームはというと


「いやぁ、今の聞きました?兄貴!あと30分らしいですよ?これ俺ら意味ありました?」

「うるさいぞ、これは次期当主の命令であり最悪に備えての保険だ。それよりも羽をしまわんか未熟者め」

 空峰は手下の若天狗に注意をした。

若天狗は1回宙を舞うと、どこにでもいるような青年へと変化した。

「どうっすか?完璧でしょ?」

「まあ、及第点といったところだな。励むのだぞ」

 若天狗はいつもとは違う空峰に対して違和感を持った。

「兄者、今日はなんか叔父貴っぽいですね。緊張してます?」

 他の若天狗たちも確かにと呼応するようにざわざわしだした。

「うるせ、俺はいつも通りだよ。ただ空回ってただけだ」

 空峰は、岳彦の団扇を握りしめた。


──数刻前。


「叔父貴どうしたんです?こんな場所に呼び出して、しかし懐かしい」

 空峰は急な呼び出しに、戸惑いながらも平静を保っていた。

場所は、岳彦と桃樺が稽古をつけていた場所だ。

「うむ、来たか。本題から話せば儂は桃ちゃんに斬られるだろう、どんな形かは分からんがそうなる」

 岳彦は嬉しそうに話していた。

「桃ちゃんを育ててもう7年が経つな、こうして越えられると沁みるものがある」

 いつもなら、説教しかしない岳彦は今日はよく笑って喋っている。

だが、空峰にはそれがすごく違和感を覚える。

「叔父貴、今日はなんだか気分が良さそうですね

いい未来でも視えました?」

「先も話したが、儂は斬られて死ぬ。その前にお前に渡さねばいかんものがある。」

 首を傾げる空峰の前にはこの山の天狗の長のみが持てる団扇があった。

「叔父貴………これって」

「何も言わずに受け取るのだ空峰よ、今よりお前がこの山の長だ。精々励むのだぞ」

 突然の引退宣言に頭の理解が追いつかなかった。

何か言わねば、そう思っていたが岳彦の顔を見て全てを悟った。

「頼む、お前にしか頼めないのだ。ただのジジイのお願いだと思って頼まれてくれまいか?」

 岳彦は少し先の未来を視ることができる。 経緯までは見れないが、結末だけははっきり視える。

 空峰は、色々な思い出に馳せ岳彦の前に跪いた。

「この鞍馬山空峰、これより鞍馬の長になることを拝命いたします」

 こうなることは読めていたかのように微笑み、頭をポンと撫でた。

「頼むぞ、これからはお前が桃ちゃんたちを助け導くのだぞ。文月には返し切れない恩があるのだ」

 空峰の目には涙が溜まっていた、しかし長になるのならこの涙は見せまいと下を向いていた。上を向く頃にはいつもより凛々しい顔で岳彦を見上げていた。


───現在。


「…あ……あに……おい兄貴!!」

 若天狗の声で意識を戻された空峰は、ハッとした表情で周りを見た。みんな変化に四苦八苦している様を見て思わず顔を覆ってしまった。

「兄貴、大丈夫かよ!ぼーっとしてるけど」

「ああ、大丈夫だよ。……てかお前ら揃いも揃ってどうしてそんなに変化が下手なんだよ!お前に関しては天狗じゃねぇかよ!!」

 一人変化が下手すぎてほとんどそのまんまの若天狗もいた、みんなは大笑いしていた。

それにつられて空峰も笑ってしまった。

「もういい!こすぷれってことにしとくぞ!今日は祇園の宵山だ。無礼講ってことにしとく」

 みんな一気に変化を解除した、その瞬間山の方で爆発音が鳴り響いた。

「ってなんだよ今度は…………ってあの焔、もしかして………」

 爆炎が上がった瞬間、二人の青年がものすごい勢いで駆け降りてきた。

「坊……と八衢!!!」

 空峰と若天狗は八衢を捕えるように囲った。

右京は焦りをそのままに出しこう叫んだ。

「空峰殿!!一時休戦や!!!これじゃ街への被害が及ぶで!!こんの鳩頭が戯雨殿の逆鱗に触れたんや!!!」

「おいおいそりゃねぇだろ右京、あんなキレ方するか普通?」

 右京が烈に拳を振りかざそうとしたところを空峰が止めた。

「二人とも落ち着け、だいたい想像は付くがとりあえず細かいしがらみは抜きにして街に被害が及ばないようにするぞ。今日は祇園の宵山だ、このままだと被害がでかくなるからここで食い止める!お前ら仕事だ!!!!」

 空峰の号令の下、若天狗は雄叫びを上げた。

「指揮は僕が取らせてもらうよ、中立やし。

おい鳩頭。お前は僕の駒の一つに過ぎないんやからな、もし言うこと聞かなかったら単身であそこに突っ込ませるぞ。お前一つの命であれは収まる、でもそれをやれば僕が二人から怒られる──死ぬ気でやれよ?」

 関西訛りが抜けた右京に烈は顔が引き攣ったが、いつもの態度に戻った。

「いいだろう、俺は駒の一つだ……今だけはな

精々活かしてみろ」

「なんやねんその態度は、駒なんやぞお前は。

はいか喜んで、お前が喋っていいのはこれだけだ分かったか鳩頭」

 烈は舌打ちをし、一時的な連合軍を結成した。



────15分前、右京チーム


「もうかくれんぼはしまいや、出てこいや烈」

 数秒の沈黙のあと、右京が呼びかけた反対から烈を含めた八衢過激派が出てきた。

「え?そっちにおったん?ちょっと玉桂殿、どうなってるの」

「それは右京が使いこなせてないだけだぞ」

「まだまだ未熟じゃの」

 右京チームが漫談を始めて呆けていた八衢は我に返り、烈は時間稼ぎの舌戦を持ちかけた。

「おいおい、右京なんだそれ。もしかして卯月の式か……おい御狐神、主人はどうした?そんな仙力もない木偶の坊に鞍替えしたのか?」

「いやちゃうけど………あー!もしかして八衢は相伝の紙切れしか知らんから分からんのか!そうやなぁお前が理解するのは無理か、鳩頭やし」

 右京の返しに思わず血管が切れそうになった烈は新たな符を取り出し、その符を小刀へと変えた。

「お前らは手を出すなよ、その紙切れとやらの怖さを思い知らせてやるよ………月桂」

 できれば平和に解決したかった右京は、やはりこうなるとため息をついた。

「相変わらず喧嘩っ早いな烈、そんなんやからいつまでも双姫に勝てへんのやぞ?まあ今宵からは僕にも勝てへんけど………修導」

 右京が印を結ぶと手には結界を濃縮し刃にした短刀があった。

「よく聞け鳩頭、神社の奴らは結界を張るだけで

あとは仙道師に守られるんや。けど僕は文月を背負って立たなければならない、守られてるだけは性に合わんのや」

「へー、そんな付け焼き刃で俺に勝とうってか?

結界の実力なら認めているが肉弾戦では経験値が多い俺と初めてのお前じゃ勝負は見えてるぞ?」

 お互い少し距離を取り武器を構えた、戯雨は右京に耳打ちをした。

「わしの力も貸すぞ?依代の仙力だけじゃ正直奴には勝てんぞ」

「分かっとる、けどこれは僕の覚悟や。もう守ってもらうだけは嫌なんや、一緒に並んで戦える様になりたいんや………もう前で二人が泣くのを見たくない、頼むよ戯雨殿」

 今まで右京にはない覚悟の重さに、にこりと笑い頷いた。

「あの泣き言ばかりの童がよくもまあ大きく出たもんじゃの、けど嫌いじゃない………気張れよ」

 頭を撫で戯雨は少し距離を置いた。

その刹那、鈍い音が山を貫いた。

「いきなりは流石にねぇだろ右京!」

「は?これは戦いやぞ、勝たないといかんのや

不意打ちも豆鉄砲もあるか!!」

 修導を逆手に持ち間合いに踏み込んだ右京は鋭く烈に突っ込み符でできた小刀をただの紙切れに戻した。

「結界の特性上──仙力の籠ったもんは基本的に封印、要は能力解除になるわけや。ま、人は斬れんけど」

「かっこいいこと言ってるとこ悪いが、慣れないことはするもんじゃねぇぞ。さっきまで刀身は濃い青だったが今はうすいじゃねぇかよ」

 右京の息は上がっており、烈はそれを見逃すまいと煽り続けた。

「右京、お前もこっちに付けよ。双姫の子守は疲れるだろ?俺ならその心配はねぇ、それとも腰巾着でいつまでもいるつもりか?」

 右京は烈の言ってることの意味を理解するほどの余裕を失っていた、いくら信頼を置かれてるとはいえ仙力が完全に馴染み自分のものになるのには年単位で時間がかかるだろうと自分で自分を嘲笑した。

「はは……確かにそっちにつけば楽はできると思う」

 右京はニヤリと笑ったが笑顔が崩れるのに一瞬もかからなかった。

「でもな、俺はあの子らの後ろを預かるとガキの頃から決まっとんねん。どんなに手が掛かろうともそれは変わらん、前からも守れる様に俺はこの力を得たん」

(流石にもう持たんか、戯雨殿の仙力は強いが僕の体には上手く馴染まんのや……合っとる仙力だったら力ももっと上がるのに、情けない)

 右京の限界を知った戯雨は、右京の前に出て烈の前に立ちはだかった。

「おい八衢のガキ、もうこいつは限界じゃ。代わりにわしが相手になる」

『玉桂、多少荒くなってもいいから残りを捕えろ』

『承知!!捕縛矢にしとくぜ!!!』

 烈は少し驚いたが、煽りを止めなかった。

「誰かと思えば、卯月のとこの御狐神様じゃねぇか。あの唐変木の世話の次はこいつの世話かよ

あの頃の威厳はどこへ行ったんだ?」

 戯雨は表情変えずに烈に言い返した。

「そっちこそ、わしと契約できなかったクソガキじゃろ。てっきり雀の丸焼きにでもなったのかと思ったわ」

「そういや、卯月も唐変木だが面は良いよな。紫帆がダメでも最悪あいつを娶ってガキ産ませれば上も喜ぶか」

 右京は急いで依代を外し、戯雨に手渡して

玉桂と団子になり分厚い結界を張った。

「烈、お前はそういうとこが鳩頭なんや。もうどうなっても知らんで」

 戯雨は一つ結びの髪を解いて下ろし、烈を睨みつけた。この時右京は玉桂と逃げの算段を付けていた。

『おい右京!!これやばくねぇか?』

『だいぶやばい、後で僕が文月ちゃんに怒られるやつや。玉桂殿って念仏唱えれる?』

『馬鹿なこと言うなよ!!!とりあえず逃げるぞ!!山を降りれば空峰たちがいるからそこで食い止める!!!』

 二人はタイミングを図り結界を解き急いで山を下った。

「おい小童、今なんと言った?桃樺を娶って孕み袋にすると言ったのか…………殺すぞ」

 戯雨は力一杯腕を振り切った、そこには地獄の如き焔が舞い上がり爆発音に近い音が山中に響き渡った。

「え?あぁ………柳!!!」

 烈は姿を消した、それを炙り出すが如く戯雨も夥しい数の焔を上げた。

「おい!出てこい!小童!!丸焼きにして符を炭にしてやる!!」

 戯雨もとい、桃樺の式神たちの地雷は桃樺を貶されることで地雷を踏み抜くとみんな周りが見えなくなる。

 特に戯雨は辺りを焼き尽くすまで満足しないレベルだ。

『おい右京、どうなってんだよ!!狐の地雷でも踏んだか?』

 烈にも余裕がなくなっていた、ここまでは烈も予想を描けていなかったのだ。

『まぁ、卯月ちゃんのことあんな風に言ったらそりゃキレるて。ほらこのウサちゃんもお前の喉元狙っとるで』

 右京は玉桂を指差すと玉桂は烈の首目掛けて矢を放とうとしていた、右京は玉桂を嗜め烈に提案を持ちかけた。

『おい鳩頭、この状況をマシにできる方法を思いついたんやけど乗るか?乗らんかったら僕らウェルダンになるで』

 烈は苦虫を潰す様な顔をしたが渋々頷いた。

『何をすればいい?』

『せやなぁ、まず柳を解け。怒りの矛先はお前だけやし。解いたらみんなで一気に山の麓まで駆け降りるんや』

『他のやつらはどうするんだよ、震えて動けてねぇぞ。見殺しに出来っかよ』

『なんでその判断ができてそっちの道へ行くか分からんけど、この仕事は命を落とすことだってあるのは分かるやろ?せやから今回は死んでもらう、気に食わなきゃその十字架を一生背負って生きろ。』

 烈はこの男を侮っていた、最後には必ず助けると言う選択を取ると思っていたからだ。

校内では薄情そうに見えて、情に厚い男と呼ばれている。敵とはいえ見殺しにする人間とは思っていなかった。

「はは……そうかよ、見えてる世界が違うのか」

「当たり前やろ、僕はあの文月の姫とその懐刀を守らなあかんのや。姫が上に立てば僕は単独で非常な選択を取らなあかんのや、それに使えるもんはなんでも使うよ今ならお前以外は足手纏いやしもうあいつらはお前の下につくことはないやろ」

 烈は、深いため息をつきしばらく思考した後立ち上がった。

「分かった、この清算は今度にしてやるよ。今はお前の駒だ、とはいえ俺にも策がある」

 

 ───数分後


「戯雨殿〜、お話ししよ?」

 戯雨は、右京の話に聞く耳を持たず目の前にいる烈しか見ていなかった。

「右京、お主あいつらの肩を持つのか?さすればお主も燃やすぞ?」

 右京は両手を上げ、降参の合図を列に送った。烈は諦めの速さに呆れていた。

『お前馬鹿か!!すぐ諦めてどうする!?』

『いやだって、知らんやろうけど卯月ちゃんに依代貸した状態で防ぐのギリギリやぞ!?あかんやろ、もうそんなに結界張れるほど力残っとらんし』

 右京は玉桂に耳打ちをした。

『玉桂殿卯月ちゃんのとこいける?これは文月ちゃんでも読めとらんだろうし』

『おう!!!まかせろ!!!まあ……死ぬなよ?』

 そう言って玉桂は、桃樺のいる山頂まで戻って行った。

『烈、とりあえず僕を信じて山を駆け降りるんや。当てがある』

 右京は両手を上に挙げながら烈に提案を持ちかけた。

『…………まあいい、乗ってやる』

「待雪!!!!」

 烈が地面に符を叩きつけると符は思い切り爆発し、ものすごく土煙を上げた。

『っしゃ行くで!!』

 二人はこの隙をついて山を大急ぎで下って行った。

「おいおい、そんなの撹乱にもならんわ。」

 

───地獄焔「稲荷千本」

戯雨が地面に手を置くと下から爆炎が上がり

二人を突き上げるかの勢いで追いかけて行った、千本の焔が舞い上がり確実に焼き殺す戯雨の奥義の一つだ。


ものすごい勢いで後ろから迫る焔に二人は泣きそうになりながら猛スピードで山を下っている。

「いやいやいやいや、あれはやりすぎやろ!おい鳩頭、お前のせいなんやからなんとかしてみせろや」

「………ッチ、しゃあねぇなぁ狐百合!!」

 焔に向かって符を投げると焔が横に逸れていった。

「やるやん!お前は後ろを守れ、ヤバくなったら結界張ったるわ」

「いらねぇよ!それよりも下ることだけ考えろ狐狢」

 右京は狐の様な笑顔で、相手を翻弄することから狐狢と呼ぶ人もいる。

 明かりが見えてきて二人は安堵したが、後ろには爆炎が迫っていた。

「空峰殿!!!!助けて!!!!!」

 二人は泣きながら飛び出してきた。


そこに居合わせた空峰と若天狗たちは驚いたが空峰は烈の顔を見るなり表情変えた。

(坊は分かる、けどどうして八衢のガキなんぞと………)

 いつもは柔らかい空峰の表情に憎しみが込められていて若天狗達は、冷や汗をかいた。

右京はすぐにそれを察知し、止めに入った。

「空峰殿、事情は後で説明する。だから今は一時休戦やあれ見たやろ?ここにいる全員で止めなあかん、僕はもうすっからかんやし、こいつはうざいが今は駒や好きに使って」 

「まあこいつの言うとおりだ、好きに使え」

 空峰は苦い顔をしたが渋々頷き、一時連合を結ぶことにした。

 

その頃、玉桂は急いで山頂へ向かっていた。

「戯雨があそこまで怒るの珍しいな!そんなことより桃樺たちのとこへ急がねぇと!!」

 玉桂は、立ち上る焔の匂いを切り裂く様に山を駆け上っていった。



────一方紫帆チームは、最終局面に向かっていた。だが、体力に限界が近づいていた。

  

(───やばいな、師匠こんな強かったんだ。

ずっと手加減してくれてたのかな……)

 桃樺は、刀を握る手も限界がきており力を入れようとしても震えてまともに握れなくなっていた。

(───ももかちゃんも限界が近いかな、そしたらそろそろ私も力を出し切らないとこの人には勝てない)

 紫帆は右手に再び雪獄を握り呼吸を整えた。

「ももかちゃん、あともう一踏ん張りだよ。絞り出してね力を」

「ああ……分かってる。ありがとう紫帆」

 言うことを聞かない手を鼓舞し再び力強く刀を握った、そして桃樺は冷静になり少し戦いを振り返っていた。

(あの強さで操られてるならとっくに殺されているはず………なのに体は”無石”で反応していた。)

「ところでさ……師匠、もう演技やめたら?とっくに傀儡符の効力抜けてるのバレてるよ」

「う…ぁ……。うむ、さすが我が弟子である」

 突然のことに紫帆は、困惑していた。 

 だがすぐ腑に落ちた、桃樺は受けに回ると負けやすいが今は違って何度も反芻して覚えているかの様な動きだった。

紫帆も、先程まで操られていたと思っていたのは演技だったのだと納得がいった。

「ちとばかり、本気で遊んでみたかったのだ。強くなったの、桃樺よ」

岳彦が桃樺の頭を撫でると桃樺は嬉しそうに笑っていた。

「だが、本気で殺そうとしていたのも事実。なぜならば、桃ちゃんが姫の懐刀になると宣言したが儂を殺せないような様では懐刀など夢のまた夢、当主の懐刀即ち暗部を担うことにもなる」

「だから、儂を殺すつもりで掛かってこい。さもなくば今ここを夢の終末にしてやるぞ」

 岳彦の目はいつも以上に本気だった、師匠としての岳彦はもういない。

───今目の前にいるのは、立ちはだかる高すぎる壁だ。

桃樺は紫帆の方を見てある決心をした。

「しいちゃん、あたしはしいちゃんの懐刀になるって決めたはしいちゃんを傷つけて泣かせてしまった日からなんだ。でも、今のあたしじゃ師匠には勝てない。でもしいちゃんと一緒ならどこまでも強くなれると思うから………力を貸して」

 告白とも誓いとも取れるような言葉に紫帆は顔を赤くした。

そしてすぐに力強く優しい笑みになり桃樺の手を握った。

「ももかちゃん………ももかちゃんよく聞いてね。わたしがあの時泣いたのは傷が痛むからじゃないよ、私が泣いたのはねこれからももかちゃんに茨の道を歩かせることになっちゃうから。それでも立ち上がって懐刀になるって言ってくれて嬉しかったよ、だからわたしは刀が安心して戻って来れるような鞘になるよ。私たちで越えようよ、双姫………じゃなくて一対の剣として」

 覚悟はしたもののやはり桃樺の手の震えは止まらない。

「大丈夫、多分だけどね。次の一手で勝負が決まるよ」

 桃樺の手の震えはピタリと止まった、それに気づいた紫帆はニコリと笑った。

それを待っていたかのように岳彦はフン、と鼻で笑った。

「覚悟は決まったようだな桃樺よ……では最期の稽古である。心して掛かるように」

───先程まで吹き荒れていた風は止み、木の葉が地面に落ちた瞬間に3人は一斉に動き出した。

 動きを知らない紫帆は、桃樺の周りのサポートに回った。

風を纏う岳彦の斬撃をいなして、桃樺の一撃へと繋げた。

 岳彦は負けじと風量を上げ、二人を上から颪そうとしている。

桃樺だけは知っていた、他の天狗も知らない岳彦の隙。

 桃樺は脈が少し速くなるのを感じた、血の巡りも早くなっている、おそらく夕影の仙力が混ざったのだろう。

「首がガラ空きだよ師匠!!!!」

 刹那、桃樺が刀を振り抜き、岳彦の首が宙を舞った───刃が肉を裂いたその瞬間、岳彦は安心したように微笑んだ。

 首を落とされた者は恨めしそうな顔をしているが岳彦は穏やかだった。

「『ありがとう………師匠』」

「────────」

 首が地面に落ちるまでの微睡の中、岳彦はある記憶を巡っていた。二人の弟子との出逢い───そして幕間を。



「ねぇ、お爺さん人間じゃないでしょ?だって仙力の流れがおかしいもん」

 突然のことに呆然としたが、素直になれずフンと鼻を鳴らした。

「どうしてそう思うのだ?この歳になれば仙力の流れだっておかしくなるのは当然だろう」

 少女は首を傾げて、自分を指差した。

「そうだけど………だって、普通のお爺さんは仙力なんて言葉知るはずないもん。それに、歳の割に抑制してるだろうけどすごい仙力の人特有の揺らぎが見える」

 人間が好きなので普段は抑制して紛れ込んでいても溶け込めてたのに、齢8〜9歳くらいの少女に見抜かれたことがおかしくなり思わず笑ってしまった。

「ガハハハ、面白い。面白いぞ、童よ名はなんと申す」

「桃樺……卯月桃樺だよ。お爺さんの名前は?」

「んー、名乗るほどの名は持ち合わせておらんのだ。強いて言うなら鞍馬山の天狗である」

 我ながらかっこいいと自負していると桃樺はため息をついた。

「じゃあ、あたしが名前を付けてあげるから弟子にしてよ。ゴツいから岳にしようかな、でも語感が悪い………じゃあ岳彦!!!」

 岳彦は、微妙なネーミングセンスに吹き出しまった。

「………センスがない、だが儂のことはこれから師匠と呼ぶのだ。分かったか桃ちゃんよ」

「ももちゃん!?自分もセンスないじゃん、ですが分かりました師匠!」

 桃樺は供手をし、岳彦はガサツに頭を撫でた。 


まだその掌に小さかった桃樺の体温が残っていた。



────────



「うむ、お前は強いが周りが見えすぎて消極的すぎではないか?」

 老人は青年を煽るように横に座り込む。

「・・・うっさいクソジジイ、最善を取ってるだけなんだよ俺は。・・・別にビビってる訳ではねぇよ」

 青年は図星を突かれてムキになっていた、老人はいつもより低い声色で青年に語りかけた。

「なぁ夕影よ、もし仮にお主に忠誠を誓うような主ができた時は……その臆病を直せるのか?」

 こう言う時の老人は、何か見据えた上で言ってくるので夕影は少し先の未来を想像して答えた。

「もし俺にそんな主ができるなんてことはあり得ないね、おれの主は天照大神だけだ。もし心から信頼を置ける主が出来たなら………俺はオネエにでもなってやるよ岳彦」

 夕影の調子のいい啖呵に岳彦は吹き出してしまったが、礼儀がなっていないため夕影の頭の上から風を颪した。

「馬鹿者が、なんだその態度は。まあいい……その誓い忘れるでないぞ、主と共に現れた時には腹を抱えて笑ってやるからな」

 ──二人は、夕暮れの落日を背に拳を突き出して誓いを立てた。



──────


 戦いの終わりは、いつも静かにやってくる。

桃樺は刀を鞘に納め、そのまま夕影は人間体へと戻った。

「終わったんだね、夕影。あたしたちの手で……………師匠を」

「ああ、終わったわ……これでよかったのですね師匠」

 夕影は岳彦の亡骸を優しく撫でた。

岳彦はどこか頷いたような表情をしていた。

「私は────俺はあんたの望む未来にいるかい?クソジジイ」

 桃樺と紫帆は夕影の言葉遣いの違いに目を丸くしたが、夕影はお構いなしに語りかけ続けた。

 ──目から涙が溢れるのをお構いなしに。

「俺は、あんたが言った通り心から信頼を置ける主の元へ辿り着けた。あんたは俺が刀になってるのをすぐ見抜いたよな………嬉しかったよ、でも最期に見るのがあんたの首筋なんてのは無しだろ!!!死ぬなら何か残して死ねってんだ!」

 取り乱した夕影を桃樺は無理やり押さえつける。

 生首だけになった岳彦は息も絶え絶えになりながら喋り始めた。

「……ったく、うるさくて逝くにも逝けんわ。……………だが、時間もないので手短に遺言を残す。まず夕影」

「お前のその喋り方久々に聞いたぞ………まあ年老いればそのうち死ぬだろう、お前だってそうだ。だから、お前も次に繋げられるように桃ちゃんを守るのだ。分かったな」

 夕影は目に涙を溜めながら、首を大きく縦に振った。

「はい、この夕影。主の刃として………そして鞍馬山岳彦坊の弟子として恥じぬ一生を送ってまいります。師匠、ゆっくり休んでちょうだいね」

「うむ……励むように。次、桃ちゃん…………こっちに近づいてはくれぬか?」

 桃樺は上がってくる涙を抑え岳彦に近づいた。

「桃ちゃんは本当におっきくなったの……これから姫の懐刀として生きてゆく覚悟は本当にあるのだな?」

「はい、この命を賭してでも紫帆を守ります。」

 紫帆は、何か言おうと前へ出たがかける言葉を見つけられずかたまった。

「うむ………そしたら、最期に師匠から弟子へ二つ名を贈呈するのが鞍馬の決まりなのだが……………しばし待たれよ…………………懐刀は戦の口火を切る役割もあるから、祭りの前の賑やかし─────そして、強さ故の式神の数から桃夜叉姫と呼ばれとるから……宵山の桃夜叉姫と名乗るが良い」

 紫帆は何も言わず、桃樺の覚悟を見守っていた。

 ──桃樺は、今までその二つ名が嫌いだった。なぜならば、それは忌み嫌われている証拠だと思っていたからだ。だが、今この時より別の意味を持った。

「宵山の桃夜叉姫………拝命致します、師匠」

「うむ、その名に恥じぬよう精進することを怠るなよ。桃樺よ………あ………りが…………………とう………」

 最期に、例の言葉を述べたところで岳彦はそっと目を閉じた。

 二人の大きな泣き声が静かな山中へと響き渡っていた、それを間近で見ていた紫帆も思わず泣き出しそうになっていたが我慢して受け入れるようにした。

───紫帆は、すぐ次と譜面へと意識を向けた。

『玉桂ちゃん、出てきていいよ』

 声をかけられると、玉桂が茂みからそっと出てきた。

「紫帆、だいぶまずいことになってるぞ!!!八衢が戯雨を煽って山が燃え尽くされそうなんだ」

「え!?右京くんもいてどうして!?」

 玉桂は、右京の信頼の高さに誇らしくなったがすぐに切り替えた。

『本人前にして言えねえけど、桃樺を子産みの道具にするみたいなこと言っちゃって戯雨が………ブチギレた』

「そういや、あのバカも口が上手いんだったね。……さっきから暑くなってたのはそのせい?」

 ──────紫帆は、考えた。

このまま桃樺を連れて行って戦力になるのか、残して行っても敵が来れば今は明確な”隙”になる。

 頭が凍っていくように思考が回らなくなってくる。するとそれを溶かすように桃樺が声をかけてきた……赤い目を擦りながら。

「しいちゃん、行こう。いま戯雨を無力化できるのはあたしくらいでしょ?それに師匠と約束したし、どうせならかっこいいところ見せないとね!」

 紫帆は、桃樺の切り替えの早さに感心した。

同時に固まっていた氷が溶けたように思考が滑らかに回るようになった。

───使える駒が一つ増えた。

この一つの鍵で問題を収められる譜面も描けた。

「よし、そしたら急いで右京くんたちのところへ向かうよ!夕影ちゃんはまた刀になって!玉桂ちゃんは後で探知をお願い!ももかちゃんは……戯雨ちゃんをお願い、峰打ちも余裕でできるでしょ?」



─────右京チーム???は未だに口論をしていた。


「なんやこの鳩頭、符を扱うならもうちょい勉強しとけや!!!うちに勝てないから対抗するために作ったあの駄作はどうしたん?今が使いどきやろ?」

右京の言葉に烈は血管が弾けそうになった。

「あのなお前は分からんだろうがな、あれは大勢でやることが術の条件なんだよ。あれ、前授業で言われてたよな?鳩頭はどっちだよ。

ん?あぁ、鴨頭か」

 売り言葉に買い言葉で応戦してしまう若者達を空峰は呆れてみていた。長すぎるので流石に止めに入った。

「ちょい待ってくださいよ、大体八衢の小僧、あんたが煽ってこうなってんだから従うのは筋でしょ?鴨原の坊も、ここの指揮を執るっていうならもうちょい冷静になってもらわんと困ります」

 ぐうの音も出ない正論に二人は思わず目を合わせて笑ってしまった。

────それはお互いを罵るための引き金に過ぎなかった。

「まあいい、俺はただの駒だ。ま、そこのボンクラが上手く使えるかは知らねぇけど」

「精々、お前は将棋の歩として使ってやるから安心してあの中突っ込んで土下座でもしてきたらどうや?紙切れ雑巾鳩頭」

 右京が、馬鹿にするように舌を出して踊り始めた。

空峰は頭を抱えて、現実から遠ざかっていた。

(───叔父貴、次を任せたのってこれが視えてたからですかい?勘弁してくれ)

「……お…………おい兄貴!!!前見ろ!!!!」

若天狗が示した方を見ると炎が眼前に迫っていた。

「おいおいおいおい!どうしてこんな災難ばかりなんだ!!!!」

空峰がストレスで発狂しかけていた。

 ───瞬間、先程まで騒がしかったあたりが静まり返り辺りは結界に包まれた。

「相変わらずあっついなほんまに!!!!おい烈、仙力よこしや!!!!」

 烈は舌打ちをしながら右京の肩に手を当てた、すると右京の結界の密度と大きさが倍になった。

「これで、さっきよりはマシやな。とはいえ長くは持たへんで」

「は?じゃあどうすんだよ。このままだと焼き鳥と焼死体しか残らねえじゃねぇか」

 烈の言葉に天狗一同血管が切れそうになったが、右京が烈の頬を引っ叩いた。

烈の頬には大きな紅葉ができていた。

「駒の分際で余計なこと喋んなや、多分もうじき僕らの大将が来るやろ30分って言ったんや遅れてもそんなかからんはずやわ…………待ってもう無理や」

 いつもの数倍の熱さの焔に耐え切れず右京は限界を迎えていた、みんな焼き鳥になる覚悟をし始めていた。

中には念仏を唱えるものもいた。

────「雪獄氷演舞」

その声と共に焔は凍りつき辺りに冷気が漂っていた。

「みんな遅れてごめん!!!もう少しだけ踏ん張ってね………八衢くんちょっといい?」

「はいはい、なんだよおひい様?」

 烈が近付くと首元に刃を突き出した。

「確認なんだけど………うちの桃樺ちゃんのことをなんかするって言ったの本当?」

「そんなことか、本当だよその結果このザマだけど」

 紫帆は、刃を刺そうと振り上げた。 

「しいちゃん、あたしは大丈夫だよ。ありがとうね」

桃樺は紫帆が振り上げた腕を優しく包み抱きしめた。

 紫帆が落ち着いた後、桃樺は烈を睨みつけた。

「烈、あんたは今度また直接ケリをつけるからそれまでは矢が当たらないように頭は低く過ごすんだね」

 普通なら紫帆がこれを言うと思っていた右京は少し寂しげな顔をした。

(────これを言うのは、文月ちゃんやと思ってたわ。てことはもう岳彦殿は………)

「そういうことやから烈、いったん指揮は文月ちゃんになる。よく言うこと聞けよ?それくらいお前なら理解してるやろ?」

 右京は烈のことは好きではないが、実力があるのは知っている。だから駒にしたのだ。

「変に突っかかるんじゃなかったな、文月の下につくのは不服ではあるが………それで俺は何をすればいいんだ?大将さんよ」

 烈は持っている全てのプライドを捨てた。

今だけは完全服従を自分で誓い不満を飲み込んで受け入れたのだ。

「そうしたら、あなたには囮を務めてもらいます。右京くんが逃げ道を作ってそれを支えてね!」

「まぁ、しゃあないな。長くは持たへんで?

烈、お前も気張りや?多分怒りの矛先は全部お前やしキツイと思うけど」

「分かってるさ、完璧にやり遂げてやる………八衢の名を穢すわけにもいかねぇ」

 二人は顔を見合わせて頷いたが、すぐにそっぽを向いた。

「桃樺ちゃんと私は、二人が作った隙をついて戯雨ちゃんを止めるからね。もう少しだから頑張ってね」

「卯月、了解」

 桃樺は小さく頷いた。

「しほ!!!!!オレは??」

「あぁ……玉桂ちゃんは右京くんの方にいてね!

攻撃の方向を指示してあげて!!」

「おう!!任せろ!!!!」

 順調に指示が流れてくなかで、オロオロとしている天狗たちだった。

「あの、姫……俺たちは何をすれば?」

「ごめんなさい、空峰さん達はここの守護をお願いします。無理を言いますが何があっても食い止めてください。あなた方の後ろはこの件とは関係ない人のいる場所です。」

「「「「御意」」」」

 ここにいる全員、戦意は喪失していないことを確認し桃樺に鼓舞するように合図を送った。

「さっきが最終局面だと思ったけど、今が本当の最終局面だからみんな気合い入れなよ!!ここに来て腰が抜けてる根性なしはいないよね?」

 桃樺の鼓舞に再び場が沸いた、そして各々配置に着いた。


終節

 

「何しに来た、凡夫のクソガキが」

 いつもの明るい戯雨の気配は燃え尽き、冷たく冷静な御狐神になっていた。

「いや、さっきのはほんの冗談で……まあ悪いと思って謝りに来たってわけだ。先ほどの無礼を申し訳なく思う、すまなかった」

 烈は背筋を伸ばし綺麗に角度で謝った。

戯雨も少しやりすぎた感じはあったため頭を掻きながら恥ずかしそうにしていた。

「まあ、わしもやりすぎたところはある。それはすまなかったのう」 

「しかし、これは警告じゃぞ。もしもまた先ほどのようなことを抜かせば………八衢ごと燃やし尽くすからな」

 戯雨は謝ってすぐにさっきの表情に戻り烈に

釘を刺した。

「それなら良かった、てっきりこのまま燃やされるかと思ったぜ。それとも………主を貶されても相手を殺すだけの度量がないだけか?桃夜叉姫の式って大したことないんだな。名前負けしてるじゃねぇか」

 烈は戯雨を嘲笑うかのような表情で戯雨を煽った、戯雨は顔を引き攣らせ震えていた。

「せっかく人が赦す機会を与えているのにお前と来たら…………そんなに燃やされたいのかの?」

「おいおい、人だって?…式の分際で人を名乗るなよ」

 烈の煽りに戯雨の怒りは臨界点を超えた。

「ぶっ殺してやる!!!このクソガキが!!!」

 戯雨は烈に目掛けて焔を放った。

───直線に攻めてくる焔が一つ、後ろから追尾してくる焔が八つ。

烈は焔を目の前にして不思議と冷静でいた。

(これが焔九尾の実…やはり強いな。だが)

 焔は烈の眼前で爆ぜた、爆煙が消え掛かった時烈は結界で守られていた。

「まあ、及第点ってとこだな右京」

 右京は、寸手のところで結界張り烈を守り抜いた。

「うっさいわ阿呆!!!やりすぎやねん!!」

「やりすぎなくらいが丁度いい、だろ?」

 右京は深いため息をついた、そして戯雨の方を向き説得に掛かろうとした。

「おい、右京がなぜそいつを庇う?そいつは桃樺を────」

「それはそうなんやけど、聞いてや戯雨殿。もしここでこいつを殺せば立場が悪くなるんはどっちや?………それに戯雨殿がここでこいつを殺したってなれば主で卯月ちゃん、そして卯月ちゃんの主となる文月ちゃんが罪に問われるんやで?…分かるやろ?何をするのが正解か」

 右京はできるだけ平静を装って説得をしてみたが、戯雨は熱いままだった。

「そんなもん、わしがやったと名乗り出れば解決じゃろ?紫帆も桃樺も関係ないんじゃ!

……そこを退け右京………お主まで殺したいわけじゃない」

 焔を手に構える戯雨はどこか後に引けないような焦りを顔に出していた。

「やりたきゃ……やれ。僕はここで死んでも構わへん。卯月ちゃんはどこにも属せなくなって最悪腹を切ることになるかもしれへんけどええやんな?」

「……………ッチ………クソが」

 戯雨は舌打ちをして、焔を思い切り放った。

いつもの赤ではなく完全に焼却するつもりの青い焔が飛んできた。

─────「今やで!!!二人とも!!!!」

 右京が叫んだ瞬間、焔と氷がぶつかり水蒸気が上がった。

「戯雨ちゃん、もうこんなことはやめて」

 煙の中から紫帆が出てきて、冷静に言い放った。

「じゃが紫帆、あいつは桃樺を悪く言ったんじゃぞ?殺しておかないと桃樺が」

 戯雨はもう一度焔を手に纏った。

だが、一瞬で戯雨の手は凍りついて焔は消えた。

「それは玉桂ちゃんから聞いたよ、でもねあの人を殺すのは桃樺ちゃんの首を絞めるのと同じことだよ?分かってるよね?」

「それにね、これはお願いじゃないの。次期当主として命令です。言うことを聞きなさい戯雨」

 戯雨は頭ではこのままではまずいことは分かっていた。

けれど、心はまだ怒りで燃えていた。

「こんなもんすぐに溶かしてやるわ!!」

 紫帆の氷を溶かそうと必死で手に焔を集中させていたせいで、辺りは煙に包まれていた。

『桃樺ちゃんを出さずに終われれば良かったんだけど、ダメみたいだね。………桃樺ちゃん、やるなら今だよ』

『………了解』

 桃樺は頷いて、戯雨のいる方へ駆けていった。

『戯雨、ずいぶん派手に暴れたらしいね。でもあたしのためなんだよね?ありがとう、気持ちはすごく嬉しいよ』

『そうじゃろ?じゃからあいつをなんとしても殺さなきゃならんのじゃ。もしこれで桃樺といられなくなったとしても、主を守ることが式としての誇りじゃ』

 戯雨は誇らしげだった、でも桃樺は悲しい顔をした。

『桃樺?どうして悲しい顔をしておるのじゃ?』

『あたしは今もこれからも戯雨が必要なの分かってる?一人でも欠けたら駄目なの!!!だから…………』

「ごめんね!!少し痛いけど我慢してね戯雨」

 桃樺は朝影を切り返し峰打ちで思い切り戯雨の腹を殴った。

あまりの痛さに戯雨は気絶した。

「ごめんね………ゆっくり休んで』

 桃樺は戯雨の依代である耳飾りを取り自分に付けた。

「これで一件落着………やな!!!!みんなお疲れ様やで!!!!!」

 右京の空気を読めない発言に一同は唖然としていた。

「お前すげぇな」

「坊、それは流石に」

 烈と空峰は若干引きながらも右京のメンタルの強さを素直に尊敬した。

「ばか!!それは紫帆のセリフでしょ!!」

「あはは………右京くんなんかごめんね」

 戯雨をおんぶしながら桃樺は右京の尻を蹴った。

 気絶している戯雨を右京に託し、桃樺は烈の方へズカズカと歩いていった。

「ごめん右京、少しだけ戯雨をお願いしていい?」

「ええけど、どないしたん?………ちょい待ち!」

 気絶している戯雨を右京に託し、桃樺は烈の方へズカズカと歩いていった。

 右京の静止を振り切り烈の頬を思い切り平手打ちした、その音は山を駆け抜けていった。

「今回はこれで勘弁してやるけど、次はこうもいかないから」

 烈は一瞬悔しそうな顔をしたがすぐ戻し鼻で笑ってその場で姿を消した。

 烈が消えた後、紫帆が場を切り直し改めて礼を言った。

「皆さん、今回は本当にお疲れ様でした。最善………とまではいきませんが皆さんの尽力のおかげで被害は最小限に留められた、右京くんと桃樺ちゃん………いや宵山の桃夜叉姫、今回の働きは当主に報告します。戦功を出してもらわないとね」

 桃樺は、名前を呼ばれて少し寂しげな表情をした。

 すると山の上の方から背中を押すような風が吹き荒んだ。

───もう下を向くでない、形ある物はいつかは終わる。だから前を向いて胸を張るのだぞ

…………じゃあの、ももちゃん。

 微かに風の中から岳彦の声が聞こえた気がした、桃樺は前を向き紫帆に向き合った。

「ありがとうございます、紫帆姫」 

 思いもよらない返答に紫帆の頬が赤くなった。

「ちょっと、ももかちゃん固いよ!!!それに姫は私たち二人のものでしょ!?いつも通りでいいよ」

「そう?この方が締まると思ったけど………ありがとう紫帆」

 山中がドッと笑いに包まれる、空峰は顔を伏せながら震えていた。だがすぐに顔を上げた。

「お気づきの方もいるかもしれませんが、この山の主である鞍馬山岳彦坊に変わりまして次の主は某、空峰改め鞍馬山空峰が努めさせていただきます。」

 天狗たちはこれが何を意味するかを、瞬時に理解し泣き崩れる者もいれば未来を見据えてる者もいた。

空峰は思わずもらい泣きしそうになったが、ぐっと堪えた。

「よし、お前ら!これからは俺たちで紫帆姫とお嬢をお守りするぞ!!!」

 天狗たちの雄叫びは山頂にまで届いてただろう。

『師匠、聞こえてるかい?あんたが繋いでくれたこの若き血をこれからも俺たちが護り繋いでいくよ。だから、安心して逝っちまいな』

 夕影が心の中でそう告げた後、静かに涙が頬を伝った。

右京だけは気づいたが、あえて触れずにそっとしていた。

 ひとしきり泣いたり笑ったりした後、三人と式神たちは山を下った。

「んぁ………眠っておったの…………って腹の辺りがすごい痛いんじゃが????」

 戯雨が、痛みで飛び起きて桃樺から離れた。

桃樺は表情変えず戯雨に質問した。

「戯雨、あんた何したか覚えてる?」

 ここにいるみんな知っていた、こういう時の桃樺は刺激してはいけないと。

「あー…………あれじゃろ?……………ごめんなさい!!!」

 戯雨は地面に頭を擦り付ける勢いで謝った。

先程までのギャップで右京は思わず吹き出してしまった。

他の人もつられて笑ってしまった、一人を除いて。

「あのね、戯雨。確かにあたしのために怒ってくれたのは感謝してるし嬉しいよ?でもね、これからはそうはいかないよ。分かった?」

 戯雨はしょげてしょぼしょぼになっていた。

夕影も怒るに怒れずに、笑ってしまった。

「まあ卯月ちゃん!!!戯雨殿も反省してるようやし!!ほらなんか食べ行こうや!!奢ったるわ」

「ほんと??そしたらハンバーグ食べに行きたい!!食べたいよね?しいちゃん!!!」

 いつもの調子に戻ったのをみて紫帆の肩の力も抜け、紫帆もいつもの調子に戻った。

「うん!!!右京くんの奢りでいっぱい食べちゃおう!!でもお店開いてる??」

 周りを見ると、まだ暗く街灯が街を照らしていた。

「そしたらコンビニでいっか」

先ほどの落差に右京は思わず、転けてしまった。

「あのな卯月ちゃん…………落差エグいねん!

……………にしても宵山の桃夜叉姫か確かに卯月ちゃんらしい良い二つ名やね、単発でスッと出せるようなもんやないで。きっと岳彦殿はずっと考えてくれてたんやな」

 桃樺は立ち止まって、黙り込んでしまった。

「ん?どうしたん?卯月ちゃん、どこか痛むか?

………あちゃー、痛むのはそっちか」

 桃樺は、今まで堰き止めていたものが溢れるように目から涙が溢れていた。

「え?ほんまに?文月ちゃん、これ失言やったりする?」

 右京が珍しく動揺している、そのあたふたした様を見て紫帆はクスリと笑ってしまった。

「むしろありがとうだよ右京くん、ももかちゃんは泣かない子だから……でも泣いたあとはその何倍も強くなるよ!!」

 しばらく泣きじゃくった後、桃樺は赤い目を擦りながらまた歩き始めた。

「ももかちゃん、もう大丈夫??」

「もう大丈夫。ごめんねしいちゃん、右京………あたしはもう前を向けるよ師匠との約束だからね!!!」

 桃樺の目は未来を見据えていた、それに負けじと紫帆もキリッと前を向いた。

「宵山の桃夜叉姫、今宵の働きは評価するに値します。岳彦のことは無念極まりないですがその意志を引き継ぎ次へと歩いていきましょう。

…………って感じで締まるかな?」

 先程までの表情はどこかに飛んでいきいつものふにゃふにゃ顔に戻った。

「ったく、それじゃかっこいいのも台無しやで文月ちゃん。」

「ええか?僕らはもう誰も失わへん。ここに誓うで!ほら手を出し!!!」

 三人が手を重ね、紫帆が最後に手を乗せた。

三人の腕は空へ伸び、弔いの祈りのように、そして未来への約束を刻むように重なった。



────始まりはいつも突然やってくる。


解散した後、右京は加茂川沿いを歩いていた。

「右京ちゃん、やっと見つけたよ」

 少女?はウキウキしながら帰って行った。

(ん?今なんか聞こえたか…………まあええか、腹減ったし帰ろか)


 この時右京は、自分の運命の歯車がガタンと動き始めたのを気づいていなかった。もう後戻りできないほどに。

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