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魔王JKイチカ  作者: NOMMY
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第21話 論理と青春

「……にしても、マントが認められるとはな」


午後の授業が終わり、帰り支度を始めながら俺はぽつりと呟いた。

マント事件の余韻がまだ尾を引いているのか、クラスの何人かがいまだにコソコソとイチカの方を見ては何かを囁いている。


「当然だ。違反ではないのだからな」


「お前、どこまでも理詰めで突っ走るよな……」


「“秩序”を語るなら、せめて規則くらい守れという話だ。尤も、形骸化した規則に従う義務はないが」


相変わらずの理屈魔王だった。


俺が鞄を閉じながら、ふと思い出す。



「……そういえば、もうそろそろ期末テストか」


ふとカレンダーを見て呟いた。


「一週間後だっけ? 夏休み前の最後の総まとめだね」とミサキ。


「テスト……?」


イチカが眉をひそめて言った。


「形式は把握している。この国の“試験制度”は、ある程度の知識を保持しているかを問うものだな」


「そりゃまあ、そうだけど……イチカ、もしかして勉強しなくてもいいってやつ?」


「当然だ。既にこの国の高校課程の内容はすべて吸収してある。“ロゴス・グラファ”によってな」


「いや、それチートじゃねえか……」


思わずぼやいてしまう。


「だが――」


イチカは机の上のペンを指で回しながら、静かに言葉を続けた。


「知識を得ることと、それを活かすことは別だ。試験という“遊戯”の構造と、人間たちがその中でどう動くのか。知っておく価値はある」


「……ってことは、一緒に勉強するの?」


「そうなるな」



「じゃあさ、どこでやる? 学校は放課後使えないし……」


ミサキが周囲を見回しながら言った。


「じゃあ……うち、来るか?」


俺が少し躊躇いながらも提案する。


「え、いいの?」とミサキが目を丸くする。


「まあ、妹がうるさいかもしれないけど、広さはなんとかなるし……」


「うむ、貴様の生活環境にも興味がある。受けて立とう」


「いや、なんでそうなる……」


俺は小さくため息をつく。でも、なんだか悪い気はしなかった。



そして放課後、俺たちは3人で我が家へ向かった。


「ただいまー……って、あー、今日は客いるから!」


玄関の扉を開けながら声を張る。その後ろから、制服姿のままのイチカとミサキが続いて入ってくる。


「おじゃましまーす!」


「貴様の家、意外と整っているな。衣類や物品の配置も、実用性に優れている」


「そ、そう? っていうか初見で何評価してんだよ……」


階段を上がり、俺の部屋へ通すと、ふと一階から駆け寄るような足音が聞こえた。



「え!? 今、女の子の声!? お兄ちゃん!? 女子!? しかも二人!? え、ええ!? 」



現れたのは、俺の妹・夏音かのん。中二。テンションの上がり方がジェットコースターのような奴だ。


「うるせえ! 声がいちいちでかいんだよ!」


「だってお兄ちゃんが女の子連れてきたの、たぶん人生で初だし!? 事件だよ! 記念日だよ!!」


「いや何の記念だよ……とりあえずお菓子でも持って落ち着け!」






夏音は顔をにやけさせながらも、しばらくしてからクッキーとお茶を盆にのせて部屋まで持ってきた。が、去り際、妙に小声で――


「で……お兄ちゃんは……どっちと付き合ってるの……?」


ひそひそ声のつもりだったんだろうが、俺も、そして部屋の二人にも、バッチリ聞こえていた。


「その問い、私も興味があるな」


イチカが何のためらいもなく答える。


「え、えぇっ!? ちょ、ちょっと聞こえてたの!?」 


ミサキは見る間に顔を真っ赤にして狼狽えだした。


「つ、付き合うって……そ、そんな……私は……え、でも、でも……!」


「お前ら落ち着け!!」


俺は思わず叫んでいた。いつもはクールな魔王と、肝心なとこで挙動不審な元ギャルが、妹の爆弾発言ひとつでぐらぐらになるとか、もうどうツッコめばいいのか。


「ふむ……調べるとこの“付き合う”という関係性、この世界においては正式な契約行為に近いのだな。なるほど。ならばそのうち、条項を整えて提出する機会を――」


「するなッ!!」




「じゃ、まずは数学からだな」


「うん。ダイキ、この前“二次関数の応用”で悩んでたって言ってたよね。そこ復習しよっか」


「うむ」



ミサキはギャルっぽい見た目に反して意外と勉強ができる…というか勉強をするやつだ。

前のテストでも確かクラスの中位以上には入ってたはず。


今回もミサキがいればありがたいと思っていたが…


イチカは問題プリントを手に取り、問題を見下ろす。


「……しかし、この問題、数式の変形規則と条件の整理だけで解けるな。制約も緩い」



……え?



「って、もう解いてんの!? 早っ!」



「当然だ。この世界の高校教育内容は、すでに知識としては全て吸収している」



「出たよチート!」



「“ロゴス・グラファ《理と記録》”によって、教科書群から抽出した。以前も言ったが、“知っている”と“使いこなせる”は別だ。私はこの身体、この手で扱う術式としての学習法に順応せねばならぬ」



「何その“魔王流アクティブラーニング”みたいな考え方……」





数十分後


正直言って、俺はイチカが普通に解説までこなし始めたあたりで諦めかけていた。しかも解説がやたら的確。


イチカはほとんどの問題をすでに解き終え、逆にミサキのプリントを見て小さく首をかしげる。


「ここの符号、違っているな。分母の整理の前に、係数の処理が不適切だった」


「あっ……ほんとだ、うっかりしてた!」


「ふむ。ここは計算速度ではなく、式の変化の流れを重視すべきだ。問題作成者の意図を読むのだ」


「問題作成者の、意図……?」


「“知識を問う”のではない。“理解を確かめる”ために設計されている。ならば、どこで誤答を誘うかを見抜けば、自ずと解き筋は見える」


「それ、学校で言ったら怒られるやつ!」





少し時間が経ち…


「あー……意外と、楽しいかも」


ミサキがぽつりと笑う。イチカも、少しだけ穏やかな目でノートを閉じた。


「“知らぬ”というだけで拒絶されるのは、どこの世界でも同じだ。だが、“知っていても扱えない”という理由で切り捨てられるのも……また理不尽よな」



「どうした、いきなり哲学みたいなこと言って」



「貴様らの世界では、“点数”という数値で序列をつけるようだが……試験とは、試される者が自身を試す機会でもある。愚かな制度だが、活用の余地はある」



「なんだかんだで、あんたも楽しんでるじゃねえか……」



俺はペンを置いて、ちょっとだけ苦笑いした。



……なんだかんだで、悪くない時間だった。






二人が帰り、教科書やノートをまとめていた時だった。


「ねぇねぇ、終わった?」


ドアがコンコンと軽くノックされて、開いた隙間から顔を覗かせたのは、もちろん夏音。


「ああ、まあな」


「そっかー……。っていうか、なんか普通に“青春”してんね?」


「は?」


夏音はニヤニヤしながら部屋に入ってきて、テーブルに残されたプリントの山をチラ見する。


「いやだって、勉強会だよ? 女子2人と? しかも両脇に?」


「だから何だってんだよ……」


「うちの兄がこんな“漫画みたいな状況”になるとは思ってなかったって話〜」


俺は無言でクッションを手に取った。夏音はそれを察して距離を取る。


「はいはい、暴力反対! ……でもさ」


ふいに少しだけ真面目な表情を見せる。


「……ちゃんと仲良くできてるんだね、学校。前よりも」


「……ああ。まあ、なんとか」


そう言うと、夏音は「ふーん」とだけ言って、また元のテンションに戻った。


「じゃ、今日はこれくらいにしてあげよう! せいぜい頑張れよ、お兄ちゃん。どっちを選ぶかもな〜!」


「だからどっちも選ばねえっての!」


「そーいうのはね〜、選ぶ前にもう始まってるんだよ〜〜?」


そう言い残して、夏音はくすくす笑いながら階段を下りていった。


……なんなんだ、あいつ。

 


 夏音が部屋を出ていったあと、俺は手元のノートを閉じて、ふと天井を仰いだ。


「前よりも学校仲良くやれてる」──その言葉が、妙に頭に残った。


中学の頃、放課後に一人で帰っていた自分を思い出す。

輪の中に入れず、誰とも話さず、ただ足音だけが響く下校路。

教室で笑い合う声は、遠くの国の言葉みたいに理解できなくて。


「どうせ俺なんか」って心のどこかで思い込んで、誰にも踏み込まなかった。


それが今はどうだ。

イチカやミサキと一緒に勉強して、笑い合って。

あの頃の俺に見せたら、信じられないだろうな。


気づけば口元が緩んでいた。

まったく、夏音のやつ……無駄に鋭いところ突いてきやがる。


まったく、妹ってやつは――。






チャイムが鳴る5分前、教室の空気はもうすっかり“戦場”だった。

普段騒がしいクラスメイトたちも、口数がめっきり減ってる。

一人、また一人と鉛筆を持ち始め、問題用紙が配られる準備が始まる。


「……ふっ、ついに来たか。試練の刻」


イチカがなぜか立ち上がって腕を組み、窓の外を見ている。


「いや座れよ。今の雰囲気で立ち上がるのお前くらいだぞ」


俺は小声でツッコむが、本人はどこ吹く風。


「すべての問題構造は既に把握している。だがそれを“この形式“で解くのは初めてだ。……愉快だな」


「テストを“愉快”って言う奴、初めて見たわ」


一方ミサキは、自分の机の上に消しゴム2個と、謎のお守り的なハンカチを並べて念じている。


「よし……今日の私はできる……できる……」


「自己暗示かよ……」


そんな中、俺はというと……正直、わりと焦っていた。

勉強したはずなんだ。家でも、3人で集まっても、ちゃんとやったつもりだった。

でも、いざ“本番”って場面になると、なぜか頭が真っ白になるんだよな。


(落ち着け俺……これはただの試験だ……戦とか魔術戦争じゃない……)


そう思ってる間に、問題用紙が配られた。




試験開始――



(えーと、第一問……うん、はいはい、簡単な計算ね……ん?)


なんだこの三角関数。

見覚えある、見覚えあるんだけど……どのパターンだったっけ?


(やべえ……浮かばねえ……)


隣を見るわけにもいかず、とりあえず手を動かしてみるが、何を書いているのか自分でもわからない。


(くそっ……集中……集中しろ……!)


そのときだった。

隣のイチカから、一定のリズムで響く「カリカリ……シャッ、シャッ」と鉛筆の音。


(あいつ……もう解き始めてる)


俺は思わず、集中モードに入った。


聴覚、全開。

イチカの筆圧の変化、ページをめくる音、呼吸のリズム。

どの問題を、どんな速度で、どんな順で解いているかを“音”で割り出す。


さらに、触覚。

微細な空気の揺れ。袖の動き、紙がめくられる角度と速さ。


(第二問は……ここ。筆圧が強くなるってことは、計算量が多いってこと。ってことは……ベクトルの後半のあれか!)


もはや気分は“聴覚型解析アンドロイド”。

能力バトルじゃない、試験だ。だが今、俺は完全に“戦ってる”。


(よし、解ける……!)


俺は数式を組み立て、ページをめくった。

イチカの動きに合わせるように、まるでペアダンスのように筆を走らせていく。







「はい、終了ー。解答用紙を前に回してくださーい」


先生の声が響き、教室が一気に「うおー終わったー」な空気に変わる。

俺は思わず机に突っ伏した。


「……脳が焼けるかと思った」


「お疲れだ、ダイキ。最後のページ、私と同じタイミングで解き終えただろう。いい感覚だ」


イチカが珍しく褒めてきたが、なんか嬉しいんだか悔しいんだか。


「なあ、イチカ……お前の動き、もはや“答えの動き”だったぞ。俺、半分くらいお前の音と気配から解いたからな?」


「ふむ。ならば我が身は、知識のコンダクター《導き手》だったということか」


「自分で言うな!」


横でミサキが、目の下にクマを浮かべながらぶつぶつ言っていた。


「解けた……ような……解けなかったような……。うぅ、英語もあるのに……」


「え? 次英語? マジで……?」


俺は天を仰いだ。戦いはまだ……終わってなかった。





校門の前、午後の陽射しが柔らかく傾き始めた時間。


「ふぅ……やっと終わったな」


俺は伸びをしながら背筋を鳴らし、隣を歩くイチカに声をかけた。


イチカは相変わらず無表情だったが、どこか口元が緩んで見える。


「試練の一つ、完了したというわけだな」


「……試練っていうか、期末テストなんだけどな」


俺は苦笑して、鞄を肩にかけ直す。


「でも、意外だったな。お前、勉強も嫌いじゃないんだな」


イチカは少しだけ視線を上げ、空を見た。


「“知ること”は、己を広げる行為だ。退屈を遠ざけるためには、手段を選ばぬ」


「やっぱ退屈してたんだ、あっちの世界じゃ」


俺がそう言うと、イチカは歩きながら一瞬だけ、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「……完全な秩序の中に“揺らぎ”はない。選択も、間違いも、変化もない。そんな世界は――静かすぎて、心が腐る」


「そうか……」


俺はポケットに手を入れて、ふっと息を吐く。


「でもさ、お前がこっちの世界を楽しそうにしてくれてて、ちょっと安心したよ。最初は怖い奴だと思ってたけど、今じゃ焼きそばパンに全力出すタイプだもんな」


「む。あれは一種の戦場だ。侮るな」


「はいはい。魔王様は購買も全力ってことで」


俺が笑うと、イチカは少しむっとしたように視線を逸らした。


「……だが、ダイキ」


「ん?」


「この世界の“不完全さ”には……多少、愛着が湧いてきた」


「……そっか」


その言葉に、少し胸の奥が熱くなった。


夕焼けが、二人の背中をゆっくりと染めていく。


そしてそのまま、俺たちは並んで歩いた。


違う世界から来た魔王と、ただの高校生が、同じ歩幅で。


いつもありがとうございます。

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