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魔王JKイチカ  作者: NOMMY
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邂逅


とある世界の一角に聳え立つ巨大な城塞。

その頂上の部屋に、巨大な気配をもつ人物が一人。



漆黒の玉座に座すは、この世界の絶対的支配者、魔王ネビロス。彼の肉体は鋼の如く強靭であり、その瞳には数千年を生き抜いた者の飽くなき覇気が宿る。しかし、今はその覇気すらも、深い倦怠感に覆われていた。

 


「ふん……魔族も人間も、我が退屈を癒やすこともできぬか」

 


彼の眼下には、魔族と人間が、ネビロスの定めた絶対的な秩序の下、まるで生気を失ったかのようにただ存在している。強大な力によるねじ伏せはもちろん、巧妙な政治的駆け引き、緻密な種族間管理――ありとあらゆる手段を尽くし、彼はこの世界から争いも貧困も、不平不満すらも根絶した。全ては彼の意志のままに管理され、もはや「これ以上為すべきこと」は何一つ残されていなかった。



だが、完璧は、ネビロスにとって何よりも退屈だった。

 


「この澱んだ世界に、もはや我が心を揺さぶるものはない。力によるねじ伏せも、政治による支配も、既に飽き果てた遊戯と成り果てた」

 


退屈は、魔王にとって最大の敵である。

 


「ならば、新たな遊戯を探すまで。この世界にないならば、別の世界へ行けばよい」

 


ネビロスはゆっくりと玉座から立ち上がると、その身に膨大な魔力を集中させた。全身を渦巻く禍々しいまでの黒紅のオーラが、城内の空間そのものを歪ませ、ひび割れさせる。

 


「我が魂よ、新たな器を求め、時空を超えよ。そして、我が退屈を、木っ端微塵に破壊するに足る、新たな刺激をもたらすがよい!」

 


轟音と共に、彼の体が眩い光に包まれ、やがて空間そのものが捩れるようにして、その威容は完全に消え去った。








 夜の学校は、しんと静まり返っていた。誰もいないはずの屋上から微かに聞こえる物音に、俺、藤井ダイキは思わず足を止めた。



高校に入学して二年目。この学校にも慣れてきた頃だ。



普段ならとっくに家に帰っている時間だが、今日に限って提出物を忘れたことに気づき、慌てて取りに戻っていたのだ。まさかこんな時間に、この場所に人がいるとは。



不審に思いながら音のする方へ近づくと、フェンスの向こうに人影が見えた。女子生徒だ。長い髪が風に揺れ、ブレザーの裾がはためいている。



誰だ、こんな時間に。そう思った次の瞬間、その女子生徒が、何の躊躇いもなく屋上のフェンスを乗り越えた。



「おいっ!」



俺の声は、風にかき消された。止めようと手を伸ばしたが、間に合わない。女子生徒の体が、夜空へと投げ出される。校舎の壁を擦るような音もなく、ただ真っ逆さまに落ちていく。



――嘘だろ?



心臓が締め付けられるような感覚に襲われ、咄嗟に屋上から身を乗り出した。しかし、その光景は俺の理解を超えていた。アスファルトに叩きつけられる寸前、女子生徒の体に、禍々しいほどの赤黒いオーラが迸ったのだ。



まるで、全身から炎が噴き出すかのように。次の瞬間、鈍い衝撃音がした。体が地面に叩きつけられた音だ。思わず目を背ける。



信じられない。いや、信じたくない。夢を見ているのか?

恐る恐る屋上から下を覗き込むと、そこにいたのは、ぼんやりと周囲を見渡している女子生徒の姿だった。



彼女の顔は、確か、クラスメイトの黒崎イチカだ。いつもどこか影が薄く、クラスでも目立たない存在だったはずの黒崎が、そこに立っていた。無傷で。



「――どうなってんだ一体…!?」



震える声で叫びながら、屋上の階段を駆け下りた。



「おい、大丈夫か!?」



校庭まで駆け寄ると、黒崎は一歩も動かず、ゆっくりと顔を上げた。

月明かりが差し込む中、その瞳は――普段の柔らかな茶色ではなかった。

赤く、深紅に染まり、じっと俺を見据えている。



さらに髪は銀色に変わり、月光を受けて、暗い校庭の中でまるで別人のような異質な輝きを放っていた。頭からは細身な彼女には不釣り合いな2本の太い角が生えていた。



黒崎――いや、それはもう黒崎イチカではなかった。

彼女は制服の裾を払い、自分の手を広げてじっと見つめる。



「ふむ……転生先の選択が効かぬとは、ことのほか不便な術式だ」


低く、しわがれたような声。だが、その響きはしっかりと黒崎イチカの喉を使っていた。

そしてその目が、こちらを射抜くように向けられる。



「小僧、最初に会ったのも何かの因果か。…ここはどこだ?」


「え……?」



突然の問いに、俺は声を失った。

黒崎――彼女はわずかに首を傾け、興味深そうに俺を観察する。



「この身体の記憶によれば……お前は、“クラスメイト”の藤井ダイキ、だったな?」



ゆっくりと足を進め、校庭を見渡しながら言葉を継ぐ。



「文明は進んでいるようだが……あまりにも均一的で、つまらん世界だ」



その声はあくまで淡々としていたが、不思議と反論できなかった。

イチカ――その姿をした何者かは、俺の方へと歩み寄る。



「君は……誰だ?」


「見ていたのだろう? 私はこの器の“前の住人”ではない」



その瞬間、彼女は笑った。冷たい、底の知れない笑み。

制服の胸元に手を当てながら、ゆっくりと言う。



「この肉体の名は黒崎イチカ。だが、魂は異なる。私は――」



風が吹く。制服の裾が、彼女の言葉に合わせて舞った。



「かつて異世界で魔王と呼ばれし者。ネビロスだ」



ぞくりと、全身の毛が逆立つような威圧感。

何かが、決定的に“違う”。そう感じたのは本能だった。



彼女の指先がわずかに動くと、足元の影が揺らめいた。

その影から、まるで生きているような“手”が地面を這い、無数の線となって広がる。



「見せてやろう。我が力の一端を」



地面がわずかに震え、影が立ち上がるようにうねる。

空気が一瞬、ねじれたように感じた。

そこに魔法陣も詠唱もない。ただ、存在そのものが“魔”だった。



「今のは……」



「ただの残響だ。本来の力を使えば、ここ一帯は灰になる。…だが、あえて加減してやっている」



そして彼女は、唐突に手を伸ばしてきた。

その指が俺の顎に触れる。冷たい。けれど、心臓が跳ね上がるような圧力を感じた。



「私は自らの“退屈”を破壊するために、この世界に来た。――お前にも、それを手伝わせる」



彼女の瞳が、深紅に染まっていく。

魂ごと見透かされるような、逃げ場のない視線だった。



「選ばせてやる。私に協力するか――あるいは、この場で消えるか」


「……っ」


「忘れたか? 私は魔王だ。人間の命など、風に舞う灰に等しい」



その瞬間、彼女の背後に黒紅の翼が展開された。

実体のあるものではない、気配のような存在。だがそれは確かに俺の意識を押し潰しかけた。



「どうする、小僧?」



呼吸が、詰まった。逃げる、という選択肢は頭に浮かばなかった。

第三者の助け? それも無理だ。彼女は、それだけの“理”を超えた存在だった。



「……協力する」



答えると、イチカ――ネビロスは満足げに笑い、手を差し出した。



「よろしい。契約は成った」



その手は冷たく、それでいて、芯のある力を感じた。

握り返すと、掌に熱が走り、痺れるような感覚が広がる。



「ふむ……良い反応だ。では、刻んでおこう」



次の瞬間、俺の右手にじわりと熱が走る。

見ると、黒い文字のようなものが浮かび上がっていた。



「っ!? なに、これ――」



「“呪印”だ。私の許可なく口を滑らせれば、私に全て伝わる。それだけのことだ」



「人権が……軽すぎる……」


「案ずるな。お前には期待している。今はまだこの器の家に向かうが……明日から本格的に動く」



遠くから、誰かの話し声が聞こえた。

彼女はちらりと目を向けたが、嘲るように微笑むこともなく、静かに言った。



「……まだこの器の調整が終わっていない。今、面倒に巻き込まれるのは癪だ。引くぞ」



彼女はひとつ指を鳴らした。

すると足元の影が膨れ上がり、俺たちの周囲を包み込むように伸びてくる。

次の瞬間、俺たちは校舎裏の闇の中に立っていた。



「今日はこれまで。お前にも生活があるのだろう?」



そう言って手を離すと、彼女は俺を一瞥し、指を立てて告げた。



「ルールは守れ。さすれば、悪いようにはせん。ではな、藤井ダイキ。明日“学校”で会おう」



そう言い残し、ネビロスは夜の闇に溶けるように消えていった。




……その夜、俺は一睡もできなかった。

明日、学校であの“魔王”が何をするつもりなのか、まるで見当がつかなかった。

確かなのは――もう、昨日までの生活には戻れないということだけだった。

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