表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

斎王交代

カタンッと小さな音がして濃紺の直衣姿で帝が入ってきた。

 中宮の綾はそっと立ち上がり席を譲り、帝が座るのを確認して綾も座る。


「お酒は飲まれますか?」

「もらおう」


 侍女頭の美夜に目配せをするとしずしずと部屋を出ていき、すぐにお酒と肴がのったお膳を持った侍女たちが部屋に入ってきた。

 綾は侍女たちが部屋から出ていくのを見送ってから、お酒の瓶を手に取ると帝は膳から盃を手にする。酒を注ぐと帝は一口で飲み干した。


「どうでしたか?」


 綾は空の盃に酒を注ぐ。聞かなくても疲労が色濃く出ている顔をみれば想像はつく。それでも綾は詳しく聞きたかった。


「やはり、もう無理だと言われた」

「そうですか」


 以前宮中にいた高官がもう永くないと連絡が入り、帝が今夜お忍びで屋敷を訪問していた。

 酒瓶を持ったまま考え込んでしまう。元臣下という理由だけなら帝もこれほど思い悩まずにすんだだろう。


「ここに来る前、早馬を出した。斎王には退下の準備をするように伝えた」

「では、次の斎王を決めないといけませんね」


 永くないと言われたのは斎王の叔父だ。基本、帝の未婚の姫が斎王となるが、現帝が帝位についたとき姫はまだいなかった。その為、先々帝の姫、沙羅が斎王に選ばれ伊勢へ行った。

 斎王は身内に不幸があった時は退下する決まりのため、叔父が亡くなれば現斎王は帰ってくる。その代わりに新しい斎王が伊勢へ行くことになる。

 次の斎王をと言っても帝には姫は一人だけ、それ以外だと何代か前の帝の子、美和がいたが数年前に病で亡くなっていた。後は帝の姪や従姉妹たちになるがそれほど多くはなくその中から選ぶしかない。


「とりあえず卜占を行うか」

「あまり無理強いしたくないです」

「こればかりは決まりだからな、私の気持ちだけではどうにもならない」

 

 斎王の候補者は皇女の瑠璃、中務卿宮の咲良姫、綾の兄で左大臣家の更紗姫の三人になる。

 

 綾は先日の養成所での出来事を思い返す。

 養成所は貴族の姫たちの教育の場として綾が始めたものだ。今では以前の侍女だった香奈や今は右大臣の北の方になった芽衣の他、第一期生たちが講師として来てくれている。

 帝と綾の一人娘の瑠璃もその養成所に通わせているが、どうも勉強が苦手で更に皇女だから勉強する必要もないと言って講師たちを困らせていた。もし瑠璃が斎王となったとき勤まるのか甚だ疑問だ。かといって養成所で成績優秀者の更紗を斎王にするにはもったいないし幼い咲良姫をと言うのも気が引ける。

 卜占で誰が出てもいいように準備をしておかなければと考えた。


「そういえば、五節の舞姫は決まったのか?」

「はい。この者達にしようと」


 綾は準備していた紙を帝に見せた。

再来月の新嘗祭に五節の舞を踊る姫たちだ。いつもは公家や殿上人の家から選ばれるのだが、今回に限って養成所の成績優秀者を候補することにした。これはいつも勉学に励んでいる者達への褒美だと香奈は言っていた。実際、五節の舞姫に選ばれた家は名誉とされる。

先帝の御代から財政的な問題で行われていなかった五節の舞が今年復活することになった。それというのも、年が明けたら帝と綾の一人息子、陽翔が東宮として立つ。その前祝として厄払いもかねて行われることになっている。

 さっと目を通し、帝は別の紙を見ている。


「最高点か。さすが左大臣の子だな。更紗姫だったか、双子の弟は右近少将の蒼だな。陽翔の友人だと聞いたが」

「そうです。兄の子は二人とも優秀で、羨ましいくらいです。陽翔も、もう少し覇気があるといいのですが、少し大人しくて心配です」

「年が明けたら東宮になるのだ。自ずと気概も出てくるだろう。焦らずともよい」


 今年十四歳になる陽翔は次期東宮として決まっているが大人しすぎるくらいだ。勉学や剣術は講師たちから既に教えることはないとまで言われているのにいつも部屋に籠って本を読んでばかりいるので綾としては心配でならない。近頃では引きこもりの皇子などと蔑む公達までいる。


「右大臣家の姫も選ばれたか。それに内大臣家の姫も、中務卿の姫も」

「右大臣家の杏奈姫は瑠璃と同い年の十二歳です。内大臣家の紬希姫はその1つ上の十三歳、中務卿の咲良姫に至っては今年十になったばかりです」


 帝の感心は高官の姫たちの成績にくぎ付けだ。こんなことを思いたくないが、自分の育て方が悪かったのかと後悔ばかり出てくる。


「瑠璃……、皇女はどこに書かれている?」


 長い紙をずらしながら必死に自分の娘の名前を探している姿は一人の父親だ。


「もっと、後ろです。というか、一番後ろです」

「はぁっ?」


 こんなことを言いたくないが、臣下の姫たちには皇女は模範にすらならない。いや、反面教師か。

バサバサと巻紙をほどき最後まできて目を紙に擦り付けんばかりに見ている帝に哀愁が漂っている。

貴方や侍女たちが甘やかしたせいで、ここまで落ちぶれました。そう言ってやりたいが止めた。


「なんで、こんなところに瑠璃の名前があるのだ」

「なんでと言われましても、授業もまともに聞かず、宿題もやらなければこうなりますよね」


 帝は「はぁ~っ」と項垂れている。


「これでは臣下たちに偉そうなことを言えないではないか!」

「貴方が甘やかした結果です。嫌われたくないからと言って好きにさせていたのが裏目に出ました。侍女たちも皇女におかしなことを吹き込んでいるようで、わがまま放題になっています」

「侍女たちは何を吹き込んでいるのだ」


 頭を抱えている帝を綾は冷めた目で見ていた。

 ただでさえ陽翔の変な噂が出ているのに、皇女のこの成績は陽翔の評価を左右しかねない。

 

「皇女なら皆に傅かれて当然だと言われて努力しなくなりました」

「なんといことを! どうしてそうなる!!」

「なにやらよからぬことを考えているように見えます」


 昨年から瑠璃付となった侍女、結月がどうやら皇女を操っているのではないかと香奈が言っていた。

 平和な時代に生まれて何不自由なく生きてきた皇女を操るのは簡単だろう。そして皇女は元からのなまくらな性格から優しい言葉を掛けられて自分の都合のいいように解釈を始めた結果がこれだ。

 帝は不正や謀反に容赦ない。もし、瑠璃がそのようなことに関わっていれば皇

女とて無事では済まないだろう。特に今は陽翔の東宮への準備に余念がない。その為、綾付の侍女、美夜が目を光らせている。


「どんな些末なことでも陽翔の足を引っ張るようなことのないように気を引き締めておくように」

「よくよく注意しておきます」


 空の盃に酒を注ぐと、またしても帝はそれを一気に飲み干し、表情が硬くなった。

 

「陽翔をよく思わない者達が中務卿と式部卿に接近している。二人のうちどちらかを次期東宮として擁立する思惑らしい」

「それはどこからの話ですか?」

「右大臣から話があった」


 不穏な動きがあるとは聞いていたが、そこまでの話になっていたとは。

 中務卿と式部卿は帝の異母弟で柾良親王と直貞親王だ、その二人のどちらかを次期東宮として推す動きがあることは兄の左大臣からは聞いていた。何か証拠となるものを探しているようで内密にと言われていたが、右大臣から進言があったということは、とうとう表立って動き出したようだ。

 

「中務卿と式部卿のお二人は何か言っていますか?」

「なにも言ってこない」


 式部卿はよく顔を出してくれるので気にはしているが、中務卿はすでに妻帯者で子も二人いる。帝の補佐をしているためか、年に数えるくらいしか顔を会わせていない。

 二人が帝に刃を向けるとは思っていないが、荒れていた宮中を何とか立て直し今があることを二人は十分すぎるくらい知っている。だからこそ、もし二人が自分たちこそ次期東宮と考えるのなら……もしかしたら帝はあの二人に帝位を譲るかもしれないと思ってしまう。もしそうなったら、陽翔の立場はどうなるのか。胸に手を当てる。急に苦しくなってきた。


「陽翔が妃を迎えて次期東宮として立てば諦めるだろう」

「そんなに簡単にいくでしょうか?」


 我が息子はあまりにも心優しい、その為帝の偉業に脅威を感じて自らを追い込んでいる節がある。最近では部屋に閉じこもって書物に囲まれている生活が続いている。

 夜中に護衛を相手に剣の練習をしているのも知っている。早朝には馬で町に出かけているのも気がついているが、東宮として生きていくための試練だと思って見守っている。もし、陽翔が廃位になったら、あの子はどうなるのか心配だ。母として上手く接することが出来るだろうか。


「そなたが陽翔の力になる妃を選べばいいだけの話だろう。その為の権限を渡したのだから」

「そのことですが、陽翔に決めさせてもいいでしょうか?」

「陽翔に?」

「そうです。自分の目で見ていいと思う姫を選んだ方が覚悟も決まるかと思いまして」

「そうだな。いいかもしれない」

「ありがとうございます」


 陽翔がどう思うかは別として、今後苦楽を共にする者を自分で選ぶのはいいことだと思う。それをしっかり伝えられ、陽翔の支えになる相手なら尚更いいだろう。


「陽翔はまだ、深夜に剣の練習をしているのか?」

「はい。早朝には馬で都の外まで足を延ばしています」

「追い込みすぎじゃないのか?」

「貴方を追いかけているのです。きっと立派な帝となるはずです」


 帝は嬉しそうにもう一杯酒を飲むと、どこか遠くを見て呟いた。


 「私からも何か手伝うとしよう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ