表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

9.あたたかいもの

翌日、お務めを終えた私は、再び孤児院へ向かうべくジークと一緒に王都の大通りを歩いていた。


「ジーク、それ何?」


隣を歩くジークは、何やら大きな革袋を担いでいた。


「ふふ。内緒だよ」


「? 変なのー」


軽い調子で会話を交わしながら並んで歩く私たちに、道行く人たちが次々と腰を折る。この光景にもすっかり慣れた。


孤児院の門をくぐり正面玄関からなかへ入る。「こんにちはー」と声をかけると、たちまち子どもたちが「わっ!」と歓声をあげながら突撃してきた。うん、元気でよろしい。


「お務め様! また来てくれたのー!?」


「春香様! また歌を聴かせてください!」


「おねえたん遊んでーーーー!!」


おおう。やっぱ子どものパワー恐るべし。てゆーか、今が人生で一番のモテ期な気がする。子どもたちからもみくちゃにされ、あたふたしている私の隣では、ジークがクスクスと笑みをこぼしていた。


と、そこへ。騒ぎを聞きつけて院長のソラさんがやってきたので、私とジークはちょっと大事な話をしたいからと時間を作ってもらった。



――院長室に案内された私とジークは、ソファに並んで腰をおろしソラさんと向かいあった。


「ええと、春香様。大事なお話というのは……?」


「あ、はい。これ、少しでも孤児院運営の足しにならないかなって」


持参した小さな革製の巾着袋をローテーブルの上に置き、そっとソラさんの前に差しだす。昨夜、マリアンヌさんから「歌のお礼」という名目でいただいたお金だ。


かすかに怪訝な表情を浮かべたソラさんだったが、巾着袋の中身を見て目を見開いた。


「は、春香様、これは……!?」


「実は、昨夜マリアンヌさんにも歌を聴かせてほしいと言われまして。で、これはそのお礼だそうです。ぜひ自由に使ってとのことだったので」


「こ、こんなに……。いいんですか……?」


「はい。この国のお金を私がもっていても使い道はありませんし。子どもたちのために使ってくれたら嬉しいです」


ソラさんが感動したような面持ちになり、瞳には涙が浮かび始めた。と、そのとき。ずっと黙ったままだったジークが口を開いた。


「院長。私からもこれを」


肩に背負っていた大きな革袋を、ローテーブルの上にドンと置く。ジークに手で促されたソラさんが、恐る恐る革袋の紐を解きなかを覗いた。


「え、ええ……!?」


顔を驚愕の色に染めたソラさんを不思議に思い、私も腰を浮かせて革袋のなかを覗く。そこには、見事な装飾を施した腕輪や短剣など、さまざまな貴金属が無造作に詰め込まれていた。


「うわぁ……! キレイ……。これって、ジークの?」


「ああ。うちの倉庫に眠っていた骨董品もまとめてもってきた。売り払えばそれなりの金になると思ってな」


「ジ、ジーク様、よろしいんですか……?」


ソラさんが唇をかすかに震わせながら、おずおずと口を開く。


「ええ。子どもたちに美味しいものでも食べさせてあげてください」


やわらかな笑みを浮かべながらジークが言うと、ソラさんは涙を流しながら何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。


私は、隣に座るジークへちらりと視線を向けた。女性の涙には慣れていないのか、ジークは少し慌てた様子で「泣かないでください」と繰り返していた。


それにしても、ジークって凄いな。あんな高そうなものを、子どもたちのためにってポンとあげちゃえるとか。まあ、生活には困っていないんだろうけど。


それでも、そう簡単にできるようなことじゃないよ。こういうところも、人々から慕われる理由なのかな?


ソラさんとの話を終えたあと、私とジークは子どもたちがいるホールへ。待ってました、と言わんばかりに子どもたちが私のもとへまとわりついてきた。うん、かわいいぞ。


「……ん?」


少し離れた柱の陰からこちらの様子を窺う少年が視界に映る。ジンタン君だ。昨日は警戒心をあらわにしていたが、今日はそこまでではないように見える。


私が笑顔で軽く手を振ると、恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまったが。照れやがって。


子どもたちといろいろな話をしたあと、おねだりされたので再び歌を披露することに。三曲ほど歌い、子どもたちから大喝采を浴びながら私とジークは孤児院をあとにした。



――頬を撫でていく風が気持ちいい。


孤児院からの帰り道。私とジークは、王都民の憩いの場になっているという公園に立ち寄った。木製のベンチに並んで腰をおろし、大きく伸びをする。


「ん~……! 気持ちいいなぁ……」


気温は少し高い気がするが、日本のように湿度が高くないため空気もカラリとしている。


「お疲れ様、春香。今日も子どもたちから大人気だったね」


「あはは……。まあ、子どもは好きだし、歌を褒めてもらえるのも嬉しいしね」


「うん。俺もまた春香の歌を聴けて嬉しかったよ。ありがとう」


心臓がトクンと跳ねたのが自分でもわかった。何だか、とても嬉しくて思わず顔がにやけそうになった。


なぜだろう? なぜ、こんなにも嬉しくて、こんなにもドキドキしちゃうんだろう? 


ベンチの背もたれに体をあずけ、澄みわたる空を見あげた。どこまでも青い空。吸いこまれていきそうな空。そして、ジークと同じ瞳の色をした空。


……って。何考えてんのよ私っ。


なぜか急に恥ずかしくなり、私は両手で顔を覆った。ほっぺたがリンゴみたいに赤くなってたらどうしよう。


「どうしたの、春香?」


「なな、何でもないっ」


挙動不審になった私を不思議に思ったのか、ジークが顔をのぞきこんできた。指のすき間から、端整で精悍なジークの顔が見え、ほっぺたがほんのりと熱くなっていくのを感じた。


「もしかして、体調がよくない、とか?」


「う、ううん、違うの。ち、ちょっと日差しも強いし、暑いなぁ~って」


よし、めちゃくちゃ自然な言い訳ができた。はず。


「そうか。たしかに日差しが強いからな。春香のもといた世界は暑くないのかい?」


「や、暑いよ。一年に四回季節が変わるんだけど、暑い時期はこっちと比べものにならないよ」


「へえ……そうなのか」


風に泳ぐ髪を手でまとめながら、私はコクコクと頷き、そしてまた天を仰いだ。


「なあ、春香。その……言いたくないならいいんだが、春香はどうして、召喚に応じたんだ?」


「へ……? いや、応じた覚えなんてまったくないんだけど?」


「あ、ああ、そうか。そうだよな」


「まあ……でも、たしかにちょっと、いろいろイヤになってたかもだけど」


ふふ、と自嘲気味に笑った私に、ジークが怪しむような目を向ける。


「私ね……小さなころから、歌うことが大好きだったの。それで、いつかはプロの歌手になりたいなって活動してたんだけど……」


目を伏せ、ぽつぽつと話し始めた私にジークが体ごと向き直る。


「頑張って……精いっぱい歌っていたはずなんだけどね。春香の歌には気持ちがこもってない、感情がこもってない、それじゃお客さんには響かない、って、散々言われちゃって……」


あはは、と乾いた笑みが漏れる。ライブハウス『エキセントリック』のマスターに言われた言葉が、鮮明によみがえってきた。


「全然、意味がわかんなくて。今まで、気持ちとか、感情とか意識して歌ったことなかったし……何ていうか、自分をすべて否定されたような気がして、何もかもイヤになっちゃった」


とにかく、あのときは悔しかった。悔しくて悲しくて切なくて。ダメだ……思いだしたら、また……!


と、そのとき――


頭に、ふさっと何かが置かれ、私はハッとして顔をあげた。頭に置かれたのは、ジークの大きな手。ジークは、いつもの優しげな笑みを浮かべたまま、私の頭をそっと撫でた。


「つらかったんだな。しんどかったんだな、春香」


ダメ……そんなこと、言わないで。そんな優しい言葉、今かけられたら……!


私のなかで何かが弾けた。我慢してきた涙が、堰を切ったように瞳からボロボロとあふれだす。


「大丈夫……大丈夫だよ、春香」


ジークが私の体を優しく抱きしめた。包み込むようなぬくもりと優しさに触れ、私は顔をぐしゃぐしゃにして子どものように泣いた。そんな私を、ジークはいつまでも抱きしめ続けた。



私が泣き止んだあと、ジークが静かに口を開いた。


「春香の歌に気持ちがこもってない、なんてこと、俺はないと思うよ」


「え……でも……」


「もちろん、春香がもといた世界でのことは知らないけどな。でも、少なからず、孤児院で子どもたちの前で披露した歌には、たしかに気持ちがこもっていたと俺は思う」


「そう、なのかな……?」


「ああ。そうでなきゃ、子どもたちがあれほど感動するはずないじゃないか。子どもたちだけじゃない、俺や院長、王妃様もな」


そう、なのだろうか? たしかに、今まで私の歌を聴いて「上手」「声がキレイ」と言ってもらったことはたくさんあるけど、感動して涙を流してもらうなんてことはなかった気がする。


「子どもたちの前で歌ったとき、春香は何を考えてた?」


「え……? それは……笑顔になってほしい、元気になってほしいって……」


「それだよ。その気持ちがしっかりと歌にこめられていたから、子どもたちはあんなに感動したんだよ。それに、実際春香の歌を聴いてみんな笑顔に、元気になったじゃないか」


その言葉にハッとした。そうか……私は、ちゃんと気持ちを込めて歌えたのか。


「誰が何と言おうが、春香の歌には気持ちがこめられているし、俺は大好きだぞ。いつも聴いていたいと思えるほどだ」


ボッ、とほっぺたが熱を帯びた。再び心臓もバクバクと暴れ始める。


この感情が何なのかは正直わからない。でも、それでも。私の気持ちに共感してもらえて、ジークに認めてもらえて、歌が大好きだと言ってもらえて。


胸の奥底から、ポカポカとしたあたたかいものが、とめどなくあふれてくるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ