表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

7.孤児

「孤児ってそんなに多いの?」


意図せず目立ってしまったため、早めにカフェをあとにした帰り道、私は率直な疑問をジークにぶつけた。


「まあ、少なくはない、な」


「孤児ってことは、両親がいないってことだよね?」


「ああ。だから、そういう子どもは自動的に孤児院で生活することになる」


孤児院。海外の映画やラノベなんかで知ってはいたけど、実際自分の耳でその単語を聞く日がくるとは思ってもいなかった。


「ここ、王都ジュライには大きな孤児院が一つだけだが、地方に行けばもっとたくさんある」


「そう……なんだ」


ジークの話によると、孤児になる理由はさまざまらしい。親に捨てられた、両親が死んで生活の拠点を失ったなどなど。生まれた赤ちゃんをそのまま捨てるようなケースもあるようだ。


「孤児院の生活は決して恵まれたものじゃあないからな。ときどき、ああやって食べものなんかを盗む子どもも出てくる。最近は特に増えた気がするが」


つくづく、自分は平和で恵まれた世界で生きていたんだなと思った。腹立つことやイライラすることはあるけど、お腹を空かせて食べものを盗もうと思いいたることなんて一度もないんだし。


ジークに城まで送ってもらったあと、部屋のベッドに寝ころがってぼんやりと天井を眺めた。


「お母さん……」


いろいろと腹の立つことはあるけど、お母さんは私を捨てたりせず、ちゃんと育ててくれた。いつもご飯を食べさせてくれて、学校にも行かせてくれて、好きなこともさせてくれている。


それがどれほど贅沢なことなのか、何となく理解できた。小さく息を吐いて目を閉じる。まぶたの裏に、カフェで見た男の子の姿がよみがえってきた。


おそらく十歳にも満たない子ども。野生の獣を思わせるような、ギラギラとした瞳が印象的だった。何となくモヤモヤした気分が晴れず、結局この日は早めに食事をとって眠りについてしまった。



――翌日。


朝食をとった私は、マーヤちゃんに王様か王妃様に会えないかとお願いしてみた。一瞬、何ごとかと慄いたマーヤちゃんだったが、私が話をしたがっているときちんと伝えてくれたようだ。


「は、春香様。何やら、私たちに話があるとお聞きしたのですが……」


やや緊張した面持ちの王様がおずおずと口を開く。隣に座る王妃様も不安そうな表情を浮かべていた。なお、私が話をしたいということで、王様たちはわざわざ部屋まで足を運んでくれていた。


「あ、はい。ええと、忙しいのにわざわざすみません」


「いえいえ! そのようなこと気にしないでください」


「そうですよ、春香様。こっちの世界へお呼びだてしたのはこちらなのですから」


召喚された当日にも思ったが、王様たちは私に対しかなり敬意をもって接してくれていた。王族なのに偉ぶったりせず、とても好感がもてる。


「あ、ありがとうございます。ええと、実は昨日……」


私は、昨日の出来事を王様と王妃様に伝えた。話を聞くうちに、王様たちの顔がどんどん曇っていく。


「お恥ずかしいところをお見せしまして、申し訳ございません。孤児のなかには、そうした問題を起こす子どもがいると報告は受けています」


「あの、何とかならないんでしょうか? その、孤児院の子どもたちがたくさん食べられるよう、資金を援助するとか……」


「孤児院への援助はもちろんしています。ただ、今年は農作物が不作なうえに、不死竜バルーザ復活の兆しも見え、正直財政が芳しくありません……。ゆえに、孤児院への援助が不足しているのは事実です。最近、問題を起こす孤児が増えているのも、そうした理由があります」


ていねいに説明してくれる王様の隣では、王妃様がうつむいて唇を噛んでいた。おそらく、王族としてもこの状況を何とかしたいと考えているに違いない。


「そう、なんですね……」


思わずため息が漏れた。何とかしてあげられないかと思ったが、所詮私はただの高校二年生の女子だ。何もしてあげられないことに、とてつもない無力さを感じる。でも、せめて……。


「あの、今日のお務めが終わったら、孤児院へ行ってみてもいいですか?」


「え? そ、それはもちろんかまいませんが……」


「じゃあ、ジークにつき添ってもらって、一緒に行ってきます」


王様たちは少し困惑したようだったが、私の提案に反対するようなことはなかった。



――孤児院は、思っていたよりも大きく立派な建物だった。白い外壁はやや薄汚れているものの、作りはしっかりしているように見える。子どもたちが運動するためか、ちょっとしたグラウンドのようなものもあった。


「春香、ここで何をするつもりだい?」


「う……何も考えてないけど……。ただ、この国ではお務め様ってそれなりに(あが)められる存在なんでしょ?」


「うん、それは間違いないよ」


「だったら、私がやって来ただけで、少しは元気になる子どもとかいるんじゃないかなって」


「なるほど」


「まあ……根本的な解決にはならないかもしれないけどさ」


そう、いくら私がこの国にとって重要な存在であっても、それで子どもたちのお腹がふくれるわけじゃあない。それは理解している。でも、それでも、少しでも私という存在が役に立てたら。


「……春香はとても優しいんだね」


「そ、そんなんじゃ――」


ジークの顔を見あげようとしたそのとき、大きな手が私の頭に伸びてきた。優しい笑みを浮かべなら頭をポンポンとされ、ほっぺたが焼けるように熱くなった。


あ、あ、頭ポンポン……! 生まれて初めて男の人からやられた……! 


恥ずかしくなり思わず下を向く。内心あたふたしているのを、ジークに悟られたくなかった。


とりあえず二人で孤児院へ入り、院長に会うことに。ハメリア家の次男とお務め様が二人そろって訪問したとあって、院長の女性はもろ手を挙げて歓迎してくれた。


ソラと名乗った初老の院長は穏やかな笑みを携えた人で、とても優しそうな人に思えた。訪問した趣旨を伝えると同時に、昨日の出来事についても伝えると、ソラさんは哀しそうに目を伏せた。


「それはきっと……ジンタンですね」


「ジンタン、君」


「はい。生まれついての孤児で、一番の問題児です……。ただ、あの子はとても優しい子でもあるので、お菓子を盗もうとしたのは、ほかの子どもにあげようと考えたのかもしれません」


胸がギュッと絞めつけられた。昨日、私たちが止めなければ、大人の男性からもっと酷い暴力を振るわれる可能性もあったはず。それにもかかわらず、ほかの子どもたちのためにお菓子を盗もうとしたのだろうか。


ソラさんに案内されて、子どもたちが遊んでいるというホールへ向かうことに。彼女の話では、この孤児院では五十人以上の孤児が暮らしているという。


ただ、十歳以上の子どものなかには、稼ぎを得るため外へ仕事に出かけている者もいるのだとか。


ホールでは、三歳くらいから十歳前後の子どもたちが思い思いにすごしていた。やはり、これほどの数の子どもが一箇所に集まると、なかなか騒がしい。


「はい、みんな。今日は素敵なお客様が来てくれましたよ。英雄、グレン・ハメリアの子孫であるジーク・ハメリア様と、当代のお務め様であられる春香様です」


見知らぬ大人の登場に、少し構えていたように見えた子どもたちだが、ソラさんの言葉を聞いた瞬間「ワッ!」と歓声があがった。


そして、私とジークはあっという間に子どもたちに囲まれることに。ソラさんは「これ! ダメですよ!」と子どもたちを制していたが、私が「大丈夫です」と伝えたので、子どもたちは遠慮なくまとわりついてきた。


「本当に本当にお務め様なの!?」


「すごーい! お務め様、髪が黒くてキレー!」


「ジーク様! 英雄のお話を聞かせてください!」


キラキラと目を輝かせる子どもたち。


おお……。子どものパワーおそるべし。でも、よかった。とりあえずは喜んでくれているみたいだ。


「……ん?」


子どもたちの輪に加わらず、少し離れたところからじっと見つめる男の子の姿が視界に映りこんだ。昨日、カフェで店員に胸倉をつかまれていたジンタン君だ。


ジンタン君は、私たちを警戒するようにじっと見つめていた。昨日のことで叱りに来たのでは、と思っているのかもしれない。


と、Tシャツをグイっと引っ張られたので、視線を下に向ける。三、四歳くらいの女の子が、私のシャツを片手で引っ張っていた。


「ねぇねぇ、おねえたん。あそんでー」


たどたどしい口調に、思わず胸がキュンとなる。


か、か、かわいい! ああああ、めっちゃかわいい! 何か癒される~! クリクリとした目も、小さな口も手も、何もかもがかわいい!


「う、うん。いいよ! でも、何しようかなぁ」


アゴに手をやったまま首を傾げ、しばし考える。その女の子も、私のマネをしているのか首を傾げているのが何ともかわゆかった。


「がっき、ふいてー」


「がっき? って、楽器?」


「うん。ぴろりろ~って、おとなるの」


あう。やっぱり楽器か。しかも、その言い方だと笛とかかな? 


「うーん、楽器かぁ。お姉ちゃん、楽器はちょっと苦手なんだよね……」


と、そのとき閃いた。


「あ。でも、歌なら歌えるよ」


「おうた? ほんとーに?」


「うん! 歌ってあげようか?」


女の子がコクンと頷く。私はホールの窓際へと向かうと、子どもたちのほうへ振り返った。軽く深呼吸をしたあと、スッと息を吸いこむ。そして――


目を閉じ、胸の前で手を組んだまま私は歌いはじめた。日本人にとってはおなじみ、桜を愛でる童謡。この年になって、この曲を本気で歌う日がやってくるとは。


伸びやかに、そして艶やかに。子どもたちが少しでも笑顔になれるように、私は声を張りあげた。本来のテンポよりもゆっくり、ゆったりと。


最後のフレーズを歌いきり、私はそっと目を開けた。


「あ、あれ……?」


子どもたちは完全に固まっていた。見ると、ジークやソラさんまで金縛りにあったように体を硬直させている。


え、もしかして全然ダメだった? や、そりゃこの国に桜の木なんてないだろうし、意味はわからないだろうけど。それにしても、ここまでノーリアクションだと切ない。


と、そんなことを思っていた刹那――


全員が顔を輝かせ、「ワッ!!」と先ほどよりはるかに大きな歓声があがった。それだけではない。全員がそこに立ち尽くしたまま盛大な拍手を送ってくれた。


ジークは驚愕したような表情を浮かべ、ソラさんにいたっては目に涙まで浮かべている。歌い終えた私は、再び大勢の子どもたちから囲まれもみくちゃにされてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ