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6.散策

「わぁ……!」


初めて目にする異国? 異世界? の街並みに私の口から思わず声が漏れた。整然と立ち並ぶ珍しい建築様式の建物、整備された石畳の歩道。まるで中世ヨーロッパのような世界がそこには広がっていた。


子どものように目を輝かせながらキョロキョロと視線を巡らせる私が面白かったのか、隣を歩くジークがクスクスと笑みをこぼした。


「そんなに珍しいかい? 春香のいた世界とは全然違う?」


「うん。世界中を探せば、似たようなところはあるのかもしれないけど……。でも、私の住んでいたところとは全然違うよ」


「そうなのか。春香の住んでいたところは、いいところ? 危険はない?」


「そうだね。戦争なんかもないし治安もいいし、まあ、いいところだよ」


「そうか。でも、それならどうし……、いや、何でもない」


急に口をつぐんだジークを不思議に思い、歩きながら顔を見あげる。その顔には「しまった」と言わんばかりの表情が浮かんでいた。


ああ、そうか。そんないいところで暮らしていたのに、どうして絶望したり自棄っぱちになって召喚される羽目になったのか、って聞きたかったのか。


正直、あのときはめちゃくちゃイライラしてたし、本当にどうにでもなれって思ってた。まあ、それでまさかこんなことになるとは思わんかったけど。


非現実的なことが起こりすぎて、もうあのときの感情も思いだせないわ。


「は、春香。どこか行ってみたいところはあるか? どこでもいいぞ」


ジークが少しオロオロした様子で声をかけてくれた。多分、気遣ってくれているのだろう。


「ん……この街のこと、全然知らないからなぁ」


「そ、それもそうか」


困ったように頭をかくジークが少し面白くて、自然と口もとが緩んだ。


「じゃあ、商業街のほうへ行ってみるか。カフェなんかの飲食店もあるし、女の子が好きそうな雑貨店なんかもあるぞ」


「え。それはちょっと行ってみたいかも」


異世界のカフェに雑貨店。普通に気になる。


行き先が決まり、私とジークは並んで会話しながら目的地へと足を進めた。落ち着いた街並みのなかを、散策するようにのんびりと歩く。目に映るすべてのものが珍しく、新鮮だった。


「……ん?」


通りの向かいから歩いてくる二人組の女性が、私たちを見てハッとしたような表情を浮かべた。そして、女性たちはそっと目を伏せると、ていねいに腰を折った。それに対し、ジークも軽く会釈をする。


「ねぇ、もしかしてジークって偉い人?」


「ん? いや、そんなことはないぞ」


「でも、みんなジークを見たらていねいにお辞儀してるじゃん」


「ああ……。俺はハメリア家の者だしな。多少敬われているところはあるかもな」


「やっぱり偉い人じゃん」


「偉くなんてないさ。偉いのは、グレン・ハメリアをはじめとするご先祖様たちだな」


「ふーん」


「それに、さっきの子たちは俺だけじゃなくて、春香にも敬いの気持ちで頭を下げていたんだぞ」


「え、そうなの?」


「ああ。不死竜バルーザが復活しそうな時期に、ハメリア家の者が異国の装いをした者と一緒にいるんだ。おそらく、ほとんどの者は春香が当代のお務め様だと気づいているはずだ」


ちなみに、今の私は黒い無地のTシャツにスキニージーンズを着用している。そこまで目立つ格好ではないものの、こっちの人たちとは明らかに装いは異なる。


「だからみんな、ていねいに頭を下げてくれたり、ちらちらこっちを見てたりしてたんだ」


「ああ。まあ、春香の黒い髪が珍しいのもあったかもな」


私はそっと周りを見わたした。たしかに、街ゆく人たちの髪は、金や茶、赤、白色ばかり。私のような黒髪は一人も目にしない。


「黒髪は珍しいんだ?」


「少なくともこの国にはいないかな。女性なんかは、羨ましいって思ってるかもな」


「黒髪を? 私、黒髪なんてイヤでたまらないんだけど。地味だしもっさいし」


自分の髪にそっと手を触れる。日ごろから手入れを怠っていないため、ツヤツヤとした黒髪はするりと指のあいだを抜けた。


「そうなのか? 俺はとてもキレイだと思うけどな」


ジークの意外な一言に、心臓がドクンと大きく跳ねた。


「ウ、ウソだよそんなの。こんな真っ黒な髪」


「冗談は言うけどウソは言わないよ。春香の髪、とてもキレイだと思うよ」


顔に火がついたように熱くなった。今まで、男性からそのようなことを言われたことは一度もない。


ヤバい、私の顔めちゃくちゃ赤くなってんじゃない? 恥ずかしい……! 髪がキレイって言われて赤くなるなんて、子どもかよ私……!


「ん、どうした?」


「な、何でもない!」


恥ずかしくて、思わず顔を背け斜め上を向く。いや、余計に不審すぎるな私。


何とかごまかしつつ歩き続けること約十分。商業街の入り口近くまでやってきた。


「うわぁ……このあたりは人も多いんだね」


「そうだな。商店なんかも固まってるから、日常的に大勢の人が足を運ぶんだ」


見わたす限り人、人、人。まるで、都内の歩行者天国のようだ。これ、ちょっと油断したら絶対にはぐれるやつだ。


「さあ、行こうか」


「う、うん」


覚悟を決めて人の波に飛びこんでいく。身長百八十センチ近くあるジークが、スイスイと人混みのなかを縫っていく。


「わ……わわっ……!」


一方、身長百五十五センチ程度しかない私にとって、この人の波はかなりツラい。四方八方からぎゅむっと体を押しつぶされ、なかなか前にも進めなくなった。


「春香、大丈夫か?」


「う~……進めない……!」


肩越しに振り向いたジークに窮状を訴える。と、そのとき――


「……!?」


こちらへ手を伸ばしたジークが、私の手をそっと優しく握った。想定外の行動に、思わず全身がこわばる。ジークは特に何も言わず、私の手を握ったままどんどん前へ進んでいく。


手のひらにじんわりと伝わるジークのぬくもり。男の人なのに、全然ゴツゴツもしてなくて、繊細でしなやかな手。


どうしよう、心臓の鼓動が速くなる。暴れはじめる心臓に、私は心のなかで「落ち着け」と呪文のように何度も繰り返し呟いた。


と、そうこうしているうちに人混みを抜け、開けた場所に出た。思わず大きく息を吐く。


「さて……まずどこへ行くか。カフェにでも行ってみるか……って、どうした、春香?」


「あ……う……、あ、あの、手……」


「ん? ああ、すまんすまん。握りっぱなしだったな」


ジークが私の手を離す。ドキドキしていた私とは違い、ジークは何も思っていないようだった。もしかして、こういうの慣れてるのかな?


ジークに連れられて入ったのは、まるでお菓子の家を彷彿とさせるファンシーな装いのカフェ。案の定、店内は若い女性が多くを占めていた。


そして、やはりここでも私たちを見た人たちがていねいに頭を下げる。店員さんが気を遣ってくれたのか、目立たぬように奥の小さな個室へと案内してくれた。


文字が読めないので、注文はジークに任せることに。運ばれてきたのは、紅茶とオシャレな皿にのせられたケーキのようなもの。


「ん……美味しい……!」


口のなかに広がる幸せな甘み。やっぱり、甘いものは幸せな気持ちにしてくれるんだなと再確認した。


「口にあってよかったよ」


「うん。私のいた世界のスイーツとほとんど変わらないかも。てゆーか、むしろこっちのほうが美味しいかも」


お世辞ではなく、本当にそう思った。


「はは。気に入ったのなら買っていくといい。支払いは俺がするから」


「あ、ありがとう。買って帰ることもできるんだ?」


「ああ。入り口の近くで売ってるよ」


そう言えば、入り口近くにできたての焼き菓子がいくつか陳列されていた気がする。お言葉に甘えて買ってもらっちゃおうかな。


と、そんなことを考えていたとき――


突然、男性の怒号のような声が聞こえてきた。店内がざわつく様子が個室にまで届き、私とジークは思わず顔を見あわせた。


「な、何?」


「さあ……何か騒ぎがあったようだが」


様子を見に行こうと立ちあがったジークに続き、私も個室を出る。視界に映ったのは、入り口の近くで大人の男性が小さな子どもの胸倉をつかみ怒鳴りつけている光景だった。


「ち、ちょっと!」


気づいたら、私は駆けだしていた。怒鳴っていた男性と男の子とのあいだに無理やり割って入る。


「こんな子どもに何してんのよっ!」


「うるせぇ! こいつは店の商品を盗もうとしやがったんだ! 関係ないヤツは黙ってろ!」


「だからって暴力ふるっていいことにはならないでしょうが!!」


私は男の子を背中のうしろへ隠しながら、男を睨みつけた。


「て、てめぇ……!」


男の怒りが明確に私へ向けられたのを感じた。と、そこへ――


「おい、やめておけ」


私たちのそばへやってきたジークが、男に声をかけた。こめかみに青筋を立てていた男がハッとする。


「あ、あんたは、ハメリア家の……」


「ああ。それに、今お前が暴言を吐いていた相手は、当代のお務め様だぞ」


「え……!?」


怒り狂っていた男の顔に戸惑いの色が浮かぶ。服装も髪の色も違うので気づきそうなものだが、男は怒り狂っていたせいで目に映っていなかったようだ。


「も、も、申し訳ございません……! お務め様に対し、と、とんでもないことを……!」


途端に小さくなった男が、ペコペコと謝り始める。


「あ、いえ……わかってくれたのなら……」


男のあまりもの豹変ぶりに、改めてこの国におけるお務め様の重要性が認識できた。


「えと、君、大丈夫だった……? って、あれ!?」


振り返った先に、先ほどの少年はいなかった。


「どうやら、逃げたようだな」


「逃げた……?」


「ああ。あれはおそらく、孤児院の子どもだな」


ため息をつく男性店員の隣で、ジークが困ったような顔をして頭をかいた。

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