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5.召喚された理由

剣の刃に両手のひらで触れた私は、目を閉じて意識を集中させた。手のひらに、ひんやりとした質感が伝わってくる。


「ええと……体のなかから水を流しこむようなイメージで……」


ブツブツと呟きながら剣に魔力を注入していく。いや、注入できているかどうかよくわからないけど。


ん……? あ、手のひらが少しあたたかくなってきた? 何となくだけど、多分できている気がする。


「どう、春香?」


「ん……多分、注入できてる、はず」


それは、とても不思議な感覚だった。まるで、自分の手のひらが水道の蛇口になったような感覚。それと、体のなかから何かが出ていくような、吸い取られていくような違和感。と、そのとき――


「あ……」


突然、足もとがグラグラと揺れたような気がした。同時に、意識がスーッと遠のきそうになり、視界が白く染まってゆく。


「春香!」


正面から両手首をつかまれ、私は弾けるように顔をあげた。私の手をつかんだままのジークが、心配そうに見つめる。


「あ、あれ……? 私、もしかして寝てた……?」


「いや、気絶しそうになってた。多分、もうほとんどの魔力を注入できたんだと思う」


「じゃあ、さっきの目まいって……」


「魔力が尽きかけたんだろうな」


なるほど。魔力が尽きるとこんな感じになるのか。あやうく本当に気を失うところだった。私は小さく息を吐いた。


テーブルに置かれたままの剣をちらりと見やる。魔力が注入された状態らしいのだが、見た目には何の変化もないため、まったくわからない。


「春香、ご苦労さん。さっそくラーミアさんに見てもらうとするよ」


「あ、うん。私も一緒に行っていい?」


「もちろん」


初めてのお務めを終えた私は、剣を鞘に納めたジークのあとについてラーミアさんのもとへ向かった。召喚士であり魔導士でもあるラーミアさんは、広大な王城の敷地内にある研究室にいるとのこと。


城の外へ出ると、太陽の光が容赦なく降り注いできた。こっちの世界にも太陽があるのか、とそんなことを考えつつ、研究室へと続く石畳の歩道を進んでいく。


なお、日差しこそ強いものの、暑さはほとんど感じない。そこだけはもとの世界よりいいなと思った。


立派な造りの研究室へ足を踏み入れると、数人の男女が一斉にジークへ向き直り腰を折った。不死竜を封印した英雄の子孫だから、尊敬されているのだろうか?


「こんにちは、ジーク様。ラーミア様にご用ですか?」


「ああ」


ジークと顔なじみらしき受付の女の子が、とびきりの笑顔で問いかける。そして、私のほうへちらりと目を向けた途端、ハッとしたように腰を折った。


「し、失礼いたしました。もしかして、当代のお務め様、でしょうか?」


「え、あ。はい……」


「やっぱり! お会いできて光栄です、お務め様。クラウディアのためにお務めくださり、ありがとうございます」


うん、来たくて来たわけじゃないけどね。とりあえず笑ってごまかした。と、そこへ――


「おお、ジーク殿。それにお務め……春香様。ようこそおいでくださいました」


少ししゃがれた声が背後から聞こえ振り返ると、ローブ姿のラーミアさんが柔和な笑みを浮かべて立っていた。


「さあさあ。こちらへどうぞ」


ラーミアさんに案内され個室へ通される。来客用の応接室だろうか、室内には革張りのソファが設置され、壁にはよくわからない絵画がいくつか飾られている。


「さっそくだが、ラーミアさん。これを確認してほしい」


ジークが鞘に入ったままの剣をラーミアさんに手わたす。ラーミアさんは、それを恭しく両手で大事そうに受けとった。


「うむ。では……」


ローテーブルの上に置いた剣に、ラーミアさんが両手をかざす。すると――


「え……?」


剣の上に三十センチくらいの魔法陣が浮かびあがった。魔法陣のなかには見たことのない文字がいくつも並び、しかも目まぐるしく変化している。それはまるで、ファンタジーアニメや映画を見ているようだった。


「む……! これは……」


「な、何か問題でも?」


眉をひそめたラーミアさんを見て、ジークが心配そうに声をかける。


「いや……、まだ一度しか魔力を注入していないにもかかわらず、相当な量を含有しておる。さすがです、春香様」


「え、そうなんですか?」


ラーミアさんがにっこりと微笑む。うまくできたかどうか少し不安だったが、どうやら何も問題はなかったようだ。


「どうか、この調子でお願いいたします、春香様」


「は、はい」


それはもう。だって早くもとの世界に帰りたいし。


隣に座るジークへちらりと目を向けた。私の視線に気づいたジークが、かすかに口もとを綻ばせる。ジークも安心したのだろうか。


「いやはや、当代のお務め様が春香様で本当によかった。もしかすると、本当に不死竜バルーザを討伐できるやもしれませぬ」


「あはは……。って、ん? あの、バルーザを討伐しちゃったら、観光資源がなくなって大変になる、ということはないんですか?」


たしか、侍女のマーヤちゃんは不死竜バルーザが観光資源として国の財源に貢献している、って言ってたよね。


「よくご存じで。たしかにバルーザは観光資源として役立っています。しかし、バルーザの存在は常に喉もとへ鋭い刃物を突きつけられているようなもの。これまで幾度となく災いももたらしていますし、国民の多くは不安を感じています」


「そ、そうなんですね」


「ええ。二百年ほど前に復活しそうになったときは、凶悪な瘴気がまき散らされ、大勢の国民が命を失ったと言われています」


ラーミアさんがそっと目を伏せて息を吐いた。たしかに、いくら観光資源として有益でも、そんな危険なものが存在し続けるのは恐怖でしかない。


と、私はもう一つ疑問に感じていたことをラーミアさんに聞いてみた。


「あ、あの。そもそも、なぜ私が召喚されたのでしょうか? 偶然?」


「いえ。召喚の儀で召喚できるのは、一定の条件を満たした方のみです。誰でもよい、というわけではありません」


「条件?」


「はい。たとえば、もといた世界に未練がない人、絶望している人、どこか違う世界へ行きたいと考えている人などのなかから、特に素質が高そうな方を選定し召喚するようになっています」


納得した。あのとき、私はたしかに絶望していた。何もかもイヤになって、どうでもいいって。それがまさか、こんなことになるとは思わなかったが。


そのあとも、雑談を交えつつ聞きたいことを質問し、研究室をあとにした。


「春香、お務めご苦労さま。何も問題がなくてよかった」


「うん。うまくいってたみたいだね」


「体のほうはどうだ? その、頭が痛いとか、立ちくらみがするとか」


「んー、今のところ大丈夫みたい」


「そうか」


にこり、とやわらかな笑みを向けられ、思わず私は顔を背けてしまった。男性に免疫がないわけではないが、こんな至近距離でイケメンから破壊力満点の笑顔を向けられるのは戸惑ってしまう。


「そ、それはそうと。今日のお務め? は終わったんだけど、これから何してればいいんだろ?」


「何していてもいいと思うぞ。王城の部屋でのんびりしていてもいいし」


「いや、さすがに退屈だな……」


だって、テレビもスマホもマンガもパソコンもないんだもん。ベッドの上でずっとゴロゴロしていろと? マーヤちゃんとお喋りする手もあるが、さすがに夜までずっとというのはちょっと……。


「なら、街へ出てみるか?」


「え、いいの?」


「もちろんだ。春香がいいなら、僕が案内するよ」


「ほんと? てか、仕事とかないの?」


「ああ。ハメリア家は不死竜バルーザに唯一対抗できる血統だから、月々手当という形で国から報酬をいただいている。だから、普段は体を鍛えたり絵を描いたりと、まあ自由にすごしてるよ」


「へ~……。何か、お気楽な感じでいいな」


私の言葉に、ジークが「ふふ」と笑みをこぼした。でも、ほんと羨ましい。だって、不死竜がおとなしいときはずっと遊んでてもいいってことでしょ? いいな~。


ちらりとジークの横顔を見ると、少し目を細めて遠くを眺めていた。口もとはかすかに笑っているように見えるものの、その横顔がなぜか少し寂しそうに見えた。

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