2.お務め様
目を開けていられないほど眩しい光と、何とも不気味な浮遊感。今、自分に何が起きているのか私にはまったくわからなかった。
時間にすると、わずか十数秒くらいだったと思う。突然、重力が戻り体が重くなったかと思うと、私を包んでいた光も少しずつ収まりはじめた。
いったい何だったのだろうか。怪訝に思いつつ、私はゆっくりと目を開けた。
「……は?」
思わず漏れる間抜けな声。それも仕方のないことだ。なぜなら、私の目に映っているのは、先ほどまでゴロゴロしていた自分の部屋とはまったく異なる、見たこともない場所だったから。
「な、何ここ……?」
どこかの室内なのはわかるが、薄暗いため部屋の様子がよくわからない。何となくだが、かび臭いにおいもする。
戸惑いながらも、ゆっくりと周りへ視線を巡らせた私の視界に、数人の男女が映りこみ、思わず息を呑んだ。
「おお……お務め様が顕現なされた……!」
「ああ、お務め様……ありがとうございます!」
オ、オツトメサマ? ただでさえ状況がよくわからないうえに、わけのわからないことを口走る人たちが現れ、私はただただ混乱した。
「な、何なのここ……? オツトメサマ……?」
「お務め様。ご無礼をお許しください。そして、どうか我々を助けるため、そのお力をお貸しください」
「は……? え? あ、あの……言ってることがまったくわからないんですけど……。そもそも、ここはどこなんですか? てゆーか、私はどうしてこんなところに……?」
いきなり意味不明な状況に陥った恐怖からか、私の声は終始震えていたと思う。そんな私を見て、恰幅のいい初老の男性が申しわけなさそうに目を伏せた。
「混乱するお気持ちはよくわかります。今から説明しますので、どうか我々の話を聞いていただけないでしょうか?」
私は、かすかに震える膝を何とかごまかし、小さく頷いた。とにかく、状況がわからないことにはどうしようもない。
「挨拶が遅れました。私は、ここクラウディア王国を治める王、クラウディア十三世と申します。こっちが王妃のマリアンヌ、そちらにいるのが召喚士のラーミアです」
「クラ……ウディア王国……? 王様……?」
「はい。ここは、お務め様がもともとおられた世界とはまったく異なる世界。そこな召喚士、ラーミアによってお務め様をここへお連れした次第です」
は? 私がいた世界とは違う世界? で、この人が王様? いったいどういうこと? それに……召喚? そんな言葉、RPGやファンタジー系のラノベでしか聞いたことがないんだけど。
え、ということは、私はこの世界、というか国に召喚されたってこと? そんなこと、現実にありえるの?
「混乱されるのも無理はありません。当然のことだと思います」
王様だと名乗った初老の男性は、相変わらず申しわけなさそうな顔で私に語りかけた。こんな非現実的な状況にもかかわらず、私がそこまでパニックに陥らなかったのは、王様の申しわけなさそうな表情がウソだとは思えなかったからかもしれない。
「あ、あの……。それで、私はいったいどうして召喚? されたんですか? できれば、早くもとの世界に戻りたいんですけど……」
おずおずと口を開いた私に、ラーミアという召喚士の老人がゆっくりと顔を向けた。そして、私をここへ召喚した理由、この国が置かれている状況などをとつとつと語りはじめた。
ここ、クラウディア王国の王都ジュライには、六百年以上にわたり封印されている魔物がいるのだとか。それが、不死竜バルーザ。
狂暴かつ残忍な不死竜バルーザは、かつてこの地に多大な厄災をもたらし、大勢の人々が命を落としたという。
その強大な力をもつ不死竜バルーザを、六百年以上前に一人の英雄が死闘の末に封印することに成功した。
が、あくまでバルーザは封印されているだけ。百数十年に一度の周期で、バルーザは復活の予兆を見せるらしい。
そこで、王国では復活の予兆を確認でき次第、再び封印する対策をとってきた。封印の方法は、膨大な魔力を注入した剣でバルーザの心臓部、魔核を貫くこと。
ただ、大賢者や大魔導士並みの膨大な魔力をもつ者などそうそういない。そこで、王国では不死竜復活の予兆を察知するたび、今回のように異世界から人を召喚していたという。
なんでも、召喚の儀に応じてやってきた者は、膨大な魔力を有しているのだとか。つまり、私が今回ここへ呼ばれたのは、不死竜バルーザ封印に必要な剣に、魔力を注入するためというわけだ。
オツトメサマの意味もやっとわかった。お務め様。つまり、務めを果たす者という意味らしい。だが、まだよくわからない点がある。
「あ、あの……復活するのがわかっているのなら、前々から武器に少しずつ魔力を蓄えていればよかったんじゃ……」
「はい。ですが、そもそもこの国には魔力を有する者がほとんどいません」
「はあ……。他国からその……魔力がある人を連れてくるとか……」
「クラウディアの周辺国とは、古くから土地を巡って争い続けてきた歴史があります。強大な魔力を有する者は基本的に国が召し抱えており、我々に協力することはまずありません」
王様が小さく首を振りながら言う。その隣では、王妃様が沈痛な表情を浮かべていた。
「そもそも、早い段階で剣に魔力を注入していても、時間が経つにつれて外へ漏れ出してしまいます。そうなると、その都度魔力を補充しなくてはなりません。さすがに効率が悪いため、復活の兆しが見えたタイミングで剣への魔力注入を行うことにしているのです」
さらに、召喚された異世界人とこの世界に住む人たちとでは、魔力の総量が桁違いなのだとも召喚士のおじいさんは言った。だからこそ、短期間で封印に必要な魔力を注入できるのだと。
なお、最初に不死竜バルーザを封印した英雄さんも、異世界から召喚した人の力を借りたのだとか。こちらからすると、めちゃくちゃ迷惑な話ではあるが。
「じ、事情はわかったんですけど……そもそも、私に魔力なんてあると思えないというか……」
「先ほどお伝えしたとおり、異世界から召喚されこちらへやってくる過程で、お務め様の体には膨大な魔力が蓄えられているはずです。こちらの水晶へ触れてもらえますか?」
召喚士のおじいさんが、私にキラキラと輝く丸い水晶を差しだした。
「え、と。触るだけでいいんですか?」
軽く頷いたので、私はおじいさんの手にのせられている水晶へ恐る恐る手を伸ばした。ひんやりとした水晶の質感。と、その刹那――
「きゃっ!!」
私がそっと手を触れた途端、水晶は眩い光を放ったかと思うと、そのままパリンッと音を立てて粉々に砕け散ってしまった。
「ま、まさかそんな……計測もできないほどの膨大な魔力とは……!」
「おお……! 過去、それほどまで強大な魔力を有するお務め様の話は伝わっておりません……! これはもしかすると、封印だけでなく悲願だったバルーザの討伐も可能なのでは……!?」
驚愕の表情を浮かべる召喚士さんの隣で、王様が何やら興奮したように口を開いた。
「……ん? 討伐? あ、あの……その竜って不死なんじゃないんですか……?」
「いえ、アンデッドではないため絶対に死なないということはありません。ただ、恐ろしく強く、生命力も高いため、並大抵のことでは殺せなかった、というだけのことです。これまでは、お務め様のお力を借りても封印するのが精いっぱいだったのですが……」
「はぁ……」
とりあえず、だいたいの話は理解できた。が、もう一つ疑問がある。
「あの、私の魔力を剣に注入するのはわかったんですが、いったい誰がその剣で封印をするんですか? わ、私は絶対にイヤなんですけど……」
不死竜バルーザとやらがどんなものなのかはわからないが、話を聞く限りめちゃくちゃヤバそうなヤツだ。異世界でそんな化け物の前に立つなんて冗談じゃない。
「あ、それは心配無用です。不死竜の封印は、代々ハメリア家の者の役目ですから」
「ハメリア家?」
「ええ。バルーザを封印した英雄、グレン・ハメリアの血を引く一族です」
なるほど。英雄の子孫がいるわけか。
「グレン・ハメリアはバルーザを封印した際、瘴気が漏れないよう洞穴の入り口に強力な結界を張りました。その結界を通り抜けられるのは、彼の血を引くハメリア家の者たちだけなのです」
「はぁ、なるほど。ん? 瘴気って、何ですか?」
「毒の空気、のようなものです。不死竜がまき散らす瘴気は、ひとたび吸いこむと肺がただれてしまうほど凶悪なのだとか。封印しているあいだは瘴気も収まっていますが、最近は結界から瘴気が少しずつ漏れる日が増えてきました。つまり、復活の前触れなのです」
思わず体がぶるりと震えた。要するに毒ガスのようなもの、だろうか。
「とりあえず……事情はわかりました。で、私は剣に魔力を注入すればもとの世界へ戻してもらえるんですよね?」
それなら、さっさとこんなこと終わらせてもとの世界へ戻してほしい。
「は、はい……ええと、お務めが終わった際、自動的にもとの世界へ戻るよう契約を交わしますので」
「契約?」
私が怪訝そうに眉根を寄せると、王様に代わって召喚士のおじいさんが説明をはじめた。
「はい。お務め様には、実際に不死竜の封印を行うハメリア家の者と魔法による契約を交わしていただきます。それによって、お務めを達成されたときは、自動的にもとの世界へ戻れます」
「はぁ……。で、その契約を交わす人って――」
ガチャっと扉が開く音が聞こえ、誰かが部屋に入ってきた気配を感じ、私は思わずそっちへ目を向けた。
「あ、彼がそうです。彼こそ、グレン・ハメリアの末裔であり、今回の任務にあたるジーク・ハメリアです」