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16.準備

「ジーク! これはあっちにもっていけばいい?」


「ああ。ステージの骨組みの近くに置いといてくれればいいよ」


王都民の憩いの場である中央公園では、明日の公演に向けて朝から会場の設営作業が始まっていた。王様やジークたちが集めてくれた人たちに混じって、私も作業を手伝っている。


「あわわ……お、お務め様! わ、私たちが運びますから!」


地面に積まれていた木箱の一つを持ち上げた私に、四十代くらいの男性が血相を変えて訴える。いや、そこまで過保護にしなくて大丈夫よ。ライブハウスじゃ、ときどき床置きのモニタースピーカーや邪魔なアンプ、キャビネットなんかも自分で動かしてたし。


「大丈夫ですよー。あまり重いものとか大きいのは運べないから、お願いします!」


「は、はぁ……」


戸惑うような表情を浮かべる男性を尻目に、組み立て中のステージへ目を向ける。すでに時間は昼すぎ。朝から作業しているだけあって、すでにステージの骨組みはほとんどが完成していた。


あとは床板を敷いていけば完成か。あ、でも完成したあと、問題がないかどうかチェックもしなきゃ。歌っている最中に床が抜けるとかシャレになんないもん。


ジークに言われた通り、ステージそばに木箱を置き、またもとの場所へ戻る。さっきと同じくらいの木箱を持ち上げようとしたのだが――


「わ……お、重っ……!」


中身が違うのか、さっきの木箱よりずいぶん重い。何とか持ち上げて歩き始めるも、重すぎて足がふらついてしまう。


ヨロヨロと歩いていたそのとき――


「……きゃっ!」


態勢を崩して後ろへ転倒しそうになったのだが、誰かが後ろから体を支えてくれた。


「春香、大丈夫かい?」


「あ、ジーク……」


「ほら、それ貸して」


体の前で抱えていた木箱を、ジークがひょいっと取りあげる。


「あ、ありがと」


「ムリしちゃダメだよ。春香は明日、大切な役目が待ってるんだからね」


「う、うん」


木箱を抱えて歩いていくジークの大きな背中を見送る。浅黒く日焼けした男らしい肌とたくましい背中の筋肉が、とても頼もしく見えた。


ステージのそばに木箱をおろしたジークが、職人さんたちにテキパキと指示を出す。その顔は真剣そのものだ。何だか、仕事がデキる男の人、って感じ。


真剣な顔で指示を出していたと思えば、ほかの職人さんと楽しげに笑いながら会話したり、職人さんから指示のミスを指摘されてあたふたしたり。


普段、私と二人でいるときとは、また違ったジークの顔を見られた気がした。偉大な大賢者の血を引くハメリア家の者ではなく、二十代の青年らしい自然体のジークを見られたことが嬉しくて、つい口もとが緩んでしまった。


ジークが音頭をとり、職人さんたちも頑張ってくれたおかげで、空が赤く染まるころには会場の設営は完了。


ステージもそれなりに立派ながものができた。ちなみに、ステージの製作に使用した木材などは、ほとんどが廃材や不要な素材である。


チャリティーコンサートに使用するステージにお金をかけるなんて、本末転倒でしかない。


「春香。ステージに上がって確認してもらえるかい?」


「あ、うん!」


少し離れたところから俯瞰でステージを見ていた私は、ジークに促され小走りでステージのほうへ向かう。


木製の階段を使ってステージへ上がり、センターに立った。


「わぁ……」


木材で組み立てた質素なステージ。特にこれといった遊具があるわけでもない公園。


それでも、ステージに立つだけで、目に映る光景がまったく違って見えた。明日はここに大勢の人が集まってくれるのかと思うと、何だか感慨深い。


野外フェスって出演したことないけど、こんな感じなのかな。


それほど広くないステージの上を歩きまわり、足もとの感触を確認する。うん、不安定さはまったくない。


再びセンターの立ち位置に戻った私は、沈みゆく太陽に背を向けたままスッと息を吸いこんだ。


「ら~~ら~~らら~~ら~らら~~ら~~……」


野外で歌った経験も少ないので、自分の声がどのように響くのか、自分の耳にどう聴こえるのかが気になった。


私が突然歌い始めたことに驚いたのか、道具を後片づけしていた職人さんたちが弾けるようにこちらへ視線を向ける。


「ら~~らら~~……うん、問題なさそう」


一人で満足そうに頷く私の耳に、職人さんたちからの拍手が届いた。適当にワンフレーズ歌っただけなのに、みんなキラキラと目を輝かせている。


視界の端にジークの姿が映りこんだ。ジークは少し眩しそうに目を細めてこちらを見ていた。形のいい唇を弓のようにしならせているジークを見て、私もつい頬が緩んだ。



――明日の公演には、マーヤちゃんたちも来てくれるらしい。


「ほんっと楽しみしかないですっ! ジーク様からも、春香様の歌は凄いって聞いていますから!」


夕食後、マーヤちゃんは子どものように目を輝かせながらそう口にした。


「もう……ジークは大げさなんだよ。でも、マーヤちゃんが来てくれるのは嬉しいな」


「えへへ。あ! ここだけの話なんですが……」


「な、何……?」


「王様や王妃様も足をお運びになるそうですよ」


「は……?」


マジか。ささやかなチャリティーコンサートのつもりが、かなり大ごとになっているような……。


てゆーか、実際のところ明日はどれくらいの人が来てくれるのだろうか。宣伝できる日が今日だけだったし、そんなに集まらないとは思うけど。


からになったティーカップをトレーにのせ、「それでは春香様、おやすみなさいっ!」と部屋を出ていくマーヤちゃんを見送ったあと、私は明日のセットリストを書いた紙に目を通し始めた。


基本的にはバラードを中心にしたセットリスト。さすがに、アップテンポの曲をアカペラで歌うのは難しすぎる。迫力もないしね。


曲数は全六曲。日差しが強い屋外での公演ということもあり、曲数は絞ることにした。お客さんが熱中症にでもなったら大変だから。


セットリストの最後に記されている曲名に目を落とし、小さく息を吐く。恋愛をテーマにしたオリジナル曲。


『春香ちゃんのオリジナル曲さ、恋愛をテーマにした曲がほとんどじゃん? でも、何か響かないというか。もしかして、春香ちゃん恋愛したことないんじゃないの?』


エキセントリックのマスターから言われた言葉が脳裏によみがえる。


今の私なら……歌えるんだろうか。と、そんなことを考えていたところ――


コンコン、と部屋がノックされ、「春香様、マリアンヌです」と扉の向こうから声をかけられた。慌ててソファから立ちあがり扉に駆け寄る。


扉を開けると、マリアンヌさんがいつもと変わらぬやわらかな笑みを浮かべて立っていた。


「マリアンヌさん、どうしたんですか?」


「ふふ。春香様、ちょっとついてきてもらってもいいですか?」


「は、はぁ……?」


怪訝に思いながらも、踵を返したマリアンヌさんについて歩く。普段、足を踏み入れることのない廊下を進み、護衛らしき兵士が扉を挟むようにして立つ部屋の前についた。


「春香様、ここは私の自室です。どうぞお入りください」


何と、マリアンヌさんの部屋だった。緊張しつつ部屋に足を踏み入れる。王妃様の部屋ということで、豪華絢爛なインテリアをイメージしていたが、意外にもそうではなかった。


マリアンヌさんが、壁際の大きな扉を開く。どうやらクローゼットのようだ。


「春香様。明日の公演用に、どれでも好きなドレスを選んでください」


「へ?」


思わず変な声が出てしまった。


「明日はきっと大勢の国民が来場します。春香様はそのままでも可憐で美しいですが、服装を変えるともっと魅力があがりますから」


「は、はぁ……」


「それに……きっと、ジークも喜びます」


心臓がドクンと跳ね、弾けるようにマリアンヌさんの顔を見た。穏やかな笑みを浮かべたまま、マリアンヌさんが静かに頷く。


「わ、私は……」


「私も、華やかに着飾った春香様を見たいんです。幸い子宝には恵まれ、二人の息子がいるんですが、娘が一人もいないので」


ふふ、と笑みをこぼしたマリアンヌさんは、クローゼットのなかにかけられていたドレスのなかから、いくつかを取りだした。


「このあたりは、私が若いころに着ていたものです。おそらくサイズもあうと思うのですが」


「あ、はい」


それからしばらく、私はマリアンヌさんの着せ替え人形になった。きっと、娘がいたなら、こんなふうにしてあげたかったんだと思う。


マリアンヌさんが提案してくれるドレスはどれも素敵だった。が、どうしても胸のあたりがガバガバになってしまう。


「む……」


「は、春香様。大丈夫ですよ。胸に詰めものをすればいいんですからっ」


気を遣われてしまった。ぴえん。


そして、最終的に私が選んだのは、赤と黒をベースにしたAラインのドレス。かわいらしいフリル仕上げのプリンセスラインドレスも気になったが、ちょっと私には似あわない気がした。


「ああ……よくお似合いです、春香様。華やかな赤に春香様の黒髪がとても映えますね」


マリアンヌさんが嘆息する隣で、私は鏡に映る自分の姿をまじまじと見やった。もといた世界でも、ライブのときこのようなドレスを着たことは一度もない。


でも、意外とこういうのもいいかも、と素直に思った。同時に、この姿を見たジークはどう思うだろう、何て言ってくれるだろう、それが気になった。

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