14.いいアイデア
公務に忙しい王様とマリアンヌさんだが、ジークを介して私が話したいことがあると伝えてもらうと、心よく時間を作ってくれた。
「ええと、春香様。ジークの話では、孤児院を援助するよいアイデアがあるとか……?」
「はい。この方法なら、増税しなくても孤児院を援助できるくらいの財源ができると思うんです」
前のめりになって話す私を見て、王様とマリアンヌさんが顔を見あわせる。
「ぐ、具体的にはどのような方法なのでしょう?」
怪訝な表情を浮かべるマリアンヌさんに、私は思いついたアイデアを伝えた。私のアイデア、それは「お務め様による歌の公演」。
異世界からやってきたお務め様が、屋外の特設ステージで歌を披露する。それだけで人々の興味を引けることは間違いない。
この国において、お務め様はとても敬われているし、異世界の歌を聴けるとなればきっと大勢の人が足を運んでくれるはずだ。
集まった人たちから、会場への入場料としてお金を徴収し、それをそれぞれの孤児院へ補助金として分配する。つまり、チャリティーコンサート。
強制的に税金を徴収するのではなく、国民から自発的にお金を出してもらう。これなら不満も噴出しないはず。
「ど、どうでしょうか……?」
私はちらりと王様の顔を見た。
「なるほど……。たしかにそれは素晴らしいアイデアです……! 春香様の歌が素晴らしいことは、マリアンヌからも聞いていますし。ただ、屋外に大勢が集まった場合、後方まで春香様の歌声が聴こえない、といったことにはならないでしょうか?」
「あ、それは大丈夫だと思います。私、声量はかなり自信があるので。それに、外だと声の通りがいいですからね」
そう、私の声はでかい。マイクやミキサー、スピーカーを通さなくても十分届くはず。
「それと、ステージを中心に配置して、観客がそれを取り囲むような形にすれば、より聴こえやすくなるかなと」
王様とマリアンヌさんは、感心したような顔で「うんうん」と頷いていた。
「不死竜バルーザのこともあるので、なるべく早く開催したほうがいいかなと思います。それで、国民への宣伝というか、呼びかけは王様やマリアンヌさんたちに協力していただけないでしょうか?」
「もちろんです、春香様。場所は中央公園を使うとして、会場の設営にはどの程度時間がかかりそうでしょうか?」
隣に座るジークの顔をちらりと見る。
「ハメリア家から手伝ってくれそうな者を何名か募るので、兵士も数名貸していただければ、おそらく明日一日で完了できるかと」
「わかった。必要な人員や資材なんかはこちらで手配しよう。では、明後日の開催、ということでよろしいでしょうか、春香様?」
「は、はい。多分、大丈夫だと思います。それほど大掛かりなステージ作るわけでもないので」
やわらかな笑みを浮かべた王様が「わかりました」と口にした。そして――
「……春香様。お務めだけでなく、孤児たちを救うために力をお貸しくださり、まことにありがとうございます」
突然、王様とマリアンヌさんが同時に頭を下げた。
「い、いやいや。やめてください、二人ともっ」
思わぬ行動に、私はわかりやすく慌てふためいた。困ったように隣を見ると、ジークもかすかに苦笑いを浮かべている。
何だかんだで話はまとまった。それにしても、自分で考案したとはいえ、召喚された先の異世界でチャリティーコンサートを開催することになるとは。
ちょっと忙しくなりそうだ。今までは時間を持て余していたけど、やることがたくさんある。会場の設営に曲のセットリスト作成。
あ、MCで何喋るかも考えておかないと……。てゆーか、いったいどれくらいの人が来てくれるのか想像がつかない。
でも……やるんだ。私の歌で誰かを助けられるのなら。うん、やってやる。
――応接室をあとにした私とジークは、設営するステージの大きさや入場料などに関する打ち合わせをすることに。
「え、いいのかい?」
「う、うん。腰を据えてじっくり詰めたいし」
私が借りてる部屋で話そうかと言うと、いつも落ち着いてるジークがかすかに慌てたように見えた。
「そ、そうか。なら、うん、そうしようか」
「うん……。あ、言っとくけど、私、男の人をすぐ部屋に連れ込むような女じゃないからねっ!? そ、そんなこと今までだってしたことないし……!」
って、何言ってんのよ私っ!! 何か余計に言い訳っぽいじゃん! 聞かれてもないことペラペラと……ああーーーっもう!!
「ふふ。わかったよ、春香」
ジークが苦笑いを浮かべる。変な子だと思われただろうか? そんなやり取りをしつつ、王城内に借りている部屋へジークを伴い戻った。
途中、マーヤちゃんを見つけたので、部屋に飲み物を持ってきてくれるようお願いした。
「おお。ここが春香が暮らしている部屋なんだな」
「まあ、私の家じゃないけどね」
「ずいぶんと広い部屋だ。おそらく、王族専用の部屋なんだろうな」
「え。そうなの?」
「ああ。ほらあそこ。王家の紋章があるし」
ジークが指さすほうを見る。今まで気づかなかったが、いたるところで目にする紋章が壁に描かれていた。
「あ、あれって王家の紋章なんだ?」
盾? のようなシルエットに剣をクロスさせた絵柄の紋章。なぜ今まで気づかなかったのか。
「ああ」と返事をしたジークがソファに腰をおろしたので、私もその向かいに座った。
「さて……会場に設置するステージだけど、どんなふうにする、春香?」
「うーん……そんなに凝ったものは必要ないから、それなりの高さと広さだけあればいいと思う」
ステージの高さは一メートルくらい、広さは……ソロだし三、四畳分くらいあればいいんじゃないだろうか。走りまわったりするわけじゃないし。
明日一日で設営を終わらせるとなると、大掛かりなステージなどとても作れないし、作業する人たちも大変だしね。
「えっと……入場料ってどれくらいにすればいいのかな?」
「そうだな……一人あたり十レイドくらいなら、ムリなく出せると思う」
話を聞くに、十レイドは日本の千五百円くらいの金額みたいだ。たしかにそれくらいなら良心的だよね。
ほかにも、入場料の徴収方法や会場の案内係選出など、二人でいろいろと話を詰めていった。
「それにしても、春香は凄いことを思いつくもんだな」
「え、そ、そうかな?」
「ああ。まさか、そんな方法を思いつくとは思いもよらなかったよ。春香は歌だけじゃなく、頭もいいんだな」
「そ、そんなことないよ……」
恥ずかしくなり、おもむろにティーカップを口につける。紅茶はすでにぬるくなっており、少し苦みを感じた。
「それに……」
窓の外へ目を向けたジークが、かすかに口もとを綻ばせた。
「また、春香の歌を聴けるのが嬉しいな」
「お、大げさだよ。別に、言ってくれたら、いつでも歌うのに……」
「ふふ、そうか……。ほんと、春香の歌はいつまでも聴いていたい魅力があるから」
再びこちらを向いたジークの顔には、やわらかな笑みが浮かんでいた。その、包み込むような、優しい笑顔を見たとき、心臓をギュッとつかまれたような気がした。
いつまでも聴いていたい――
そうだ。ジークは、いつまでも私の歌を聴けないんだ。不死竜バルーザを封印したジークは命を失い、私はもとの世界へ強制的に戻る。
でも、どうして?
死んでしまうことがわかっているのに、どうしてそんな優しい笑顔を向けられるの?
本当に、本当にあなたは、それでいいの?
お兄さんが逃げたせいであなたは死んじゃうのに、あなたは本当に納得できているの?
ねえ、ジーク。あなたは、本当は生きたいんじゃないの?