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13.病みあがり?

「……よしっ」


ベッドから起きあがった私は、両手のひらでほっぺたをパンパンッ、と叩いた。気合いを入れるためだ。


思いっきり泣いて、思いっきり寝たらずいぶん気分もマシになった。今日からまた頑張らないと! それと、ジークの前で絶対に悲しそうな顔をしないこと。


ジークはこの国を、人々を守るための大切な役目を負ってるんだ。悲しんだり、憐れんだりするのはジークに失礼なことだ。


だから、絶対にジークの前で悲しむような素振りはしない。何ごともなかったように振る舞うんだ。


そうやって、自分に暗示をかけていたそのとき――


「春香様、失礼します!」


扉がノックされ、侍女のマーヤちゃんが入ってきた。


「あ、おはようマーヤちゃん」


「おはようございます、春香様! もう起きておられたんですねっ」


「うん。ちょっと早めに目が覚めちゃって」


「そうなんですねっ。もうお体のほうは大丈夫ですか?」


「昨日ゆっくりさせてもらったから、大丈夫」


腕を曲げて力こぶを作って見せると、マーヤちゃんは安心したようにクスクスと笑みをこぼした。昨日はマーヤちゃんにも相当心配させたみたいだし、悪いことをしてしまった。


「よかったです! じゃあ、さっそく朝食の用意をしてきますね? えと……今日は、ご一緒しても……?」


「もちろん! 一緒に食べてくれると嬉しいな」


「はい!」


破壊力抜群の笑顔を見せてくれたマーヤちゃんが、クルクルと踊るようにして部屋を出ていく。相変わらずかわいい女だぜ。



食事を終えたあとは、マーヤちゃんと少しのあいだお喋りタイム。私にとって彼女は、この世界のさまざまなことを教えてくれる一流の情報通だ。


「それはきっと、ミュールの肉ですねっ」


「ミ、ミュール……?」


昨日、市場で肉の串をもらったという話をしたところ、マーヤちゃんの口から聞いたことのない名称が飛びだした。


ミュールって、サンダルのことだよね? いや、そんなはずはないか。


「はいっ。ミュールの肉はほどよい弾力と脂のうまみがあって、とっても美味しいんですよね~」


「うんうん。何の肉かわからなくてちょい不安だったけど、食べたらめちゃ美味しくてびっくりしたよ」


「わかりますっ。商業街のレストランでも、ミュールの肉を使った料理は人気ですからねっ」


「そうなんだ。で、そのミュールって、どんな動物なの? 鳥?」


シンプルにそこが気になる。味的には鶏肉に近かったと思うんだけど。


「蛇の仲間です」


にっこりと笑みを浮かべたマーヤちゃんが言う。


「……は?」


「大きな蛇ですっ」


「あ、あの……へ、蛇って、その、細くて長くて、気持ち悪い……アレ?」


「そうですっ」


「えええええええええええええええっ!!?」


衝撃的な事実を伝えられ、私は腰を浮かしながら叫んでしまった。


ウ、ウソでしょ……!? あ、あれが、蛇……? うげええええええっ……マジか……マジか……、マジかっ! いや、美味しかったけれども!


「あ、あれ……? どうしました、春香様?」


「う、ううん、何でもないの……うん。あはは……」


目をぱちくりとさせながら首を傾げるマーヤちゃん。うん、びっくりさせてごめんね。そして、今度から肉もらったときは必ず何の肉か聞こう。うん、そうしようそれがいい。


少しのあいだお喋りを楽しんだあと、マーヤちゃんは通常業務へ戻ることに。特にすることもないので、ベッドでゴロゴロしているうちに時間はすぎ、あっという間にお務めの時間がやってきた。



――お務めに使用しているいつもの部屋。扉の前に立った私は、大きく深呼吸をした。


落ちつけ、私。少しでも変な素振りを見せたら、ジークに気づかれちゃうかもしれない。いつも通り、いつも通りでいいんだ。


私は意を決して扉を開けた。ソファに腰かけていたジークが、弾けるようにこちらへ顔を向ける。


「春香!」


「お、おはよう、ジーク。その、ごめんね、昨日は……」


後ろ手に扉を閉めた私は、その場でぺこりと頭を下げた。ソファから腰をあげたジークが、私のもとへ歩み寄ってきた。


「いいんだ、そんなの。それより、体調不良と聞いたけど、大丈夫なのか……? まだ少し顔色が悪いように見えるんだが……」


「あ、うん。もう大丈夫。昨日ゆっくり休ませてもらったから」


「本当か……?」


ジークがかがむようにして顔をのぞきこんでくる。いきなり顔を近づけられ、私の肩と心臓がビクンと跳ねた。


「目もとが赤い……本当は、まだ熱でもあるんじゃないか……?」


心配そうな目を向けながら、ジークは手のひらを私のおでこにあてた。途端に私のほっぺたが熱を帯びる。


ち、ち、ちょっと……! いきなり、そんなの……! ダメだよ……! 


恥ずかしさと嬉しさ、切なさ、いろいろな感情が胸のなかでせめぎあう。


「ほら、やっぱり……まだ少し熱っぽいじゃないか」


ち、違うし! それは、あなたのせいだから!!


「だ、大丈夫だって! 今日もちょっと暑いから……うん、本当に大丈夫だから!」


ジークの視線から逃れるように、スタスタとソファへ向かい腰をおろした。


「それなら、いいんだが……」


「うん。さ、さあ、早くやることやっちゃおうよ」


まだ怪しむような顔をしていたジークだったけど、私に促され向かいに腰をおろした。集中していたつもりだったけど、なるべく余計なことを考えないようにしていたつもりだけど。


それでも体は正直なのか、魔力の注入もいつもより安定しなかった。



――ラーミアさんの研究室で剣をチェックしてもらうと、やはりこれまでよりは魔力の注入量が少ないようだと言われた。


ただ、ラーミアさんからは「体調不良のあとなのですから、ムリしないでください」と逆に気を遣われてしまった。いや、こっちの世界、気遣いできる人多くないか?


研究室をあとにし、王城敷地内の歩道を歩いていると、花壇のそばで壮年の男性二人が何やら険しい顔をして話しあっている様子が目に入った。


身なりを見るに、身分が高い人のように思える。王族……かな?


「ねぇ、ジーク。あの人たちは?」


「ん……? ああ、この国の大臣たちだ。がっちりとした体格の人がドレン内務大臣、細くてひょろっとしたのがムスカ財務大臣だな」


「ふーん、そうなんだ」


返事をしたのと同時に、ドレン内務大臣がこっちを向いたので、思わず目があってしまった。ハッとしたように背筋を伸ばした大臣が、こちらへ向かって丁寧に腰を折る。


軽く会釈してその場を離れようとしたのだが――


「お務め様、ジーク殿。お疲れ様でございます」


ドレンさんとムスカさんがこちらへ近寄ってきて、声をかけてきた。しまった、離脱するタイミングを見誤った。


「ドレン大臣、ムスカ大臣、こんにちは。何やら難しい顔をして話していたようだが、問題でも?」


ジークが眉をひそめて尋ねる。


「ああ……まあ、問題と言えば問題なのだが……」


二人の大臣が、困ったように顔を見あわせた。


「実は、地方都市で犯罪の発生率が高まっておるのだよ」


「地方都市で?」


「ああ。主に盗み関係のな。店頭からの窃盗や荷物の置き引き……強盗未遂も増えている」


立派な髭をアゴに蓄えているドレンさんがため息をつく。


「しかも……犯行に手を染めている者の多くが、孤児なのだ」


孤児、と聞いてハッとした。商業街のカフェで盗みを働こうとして、男性の店員から暴力を受けそうになっていたジンタン君が脳裏によぎる。


「も、もしかして、孤児院への資金援助が足りないから……ですか?」


「は、はい。お務め様もお聞きになっておられるかもしれませんが、現状クラウディアの財政は芳しくありません。孤児院に十分な援助ができず、それゆえ犯罪に走る孤児が増えているようです」


ムスカ財務大臣の言葉を聞いて、愕然とした。いや、わかりきったことではあった。この国にはまだまだたくさんの孤児院がある。


私やジークが助けられたのは、王都にあるたった一つの孤児院だけ。現実には、まだまだ大勢の孤児がいて、その日の食事にもありつけていないのかもしれない。


暗い表情のまま、二人の大臣は「何か手立てを考えます」と言い残し去っていった。でも、あの感じだとあまり期待はできそうにない。


「そもそも、国にお金がないんじゃ……どうしようもないよね」


二人で並んで歩きつつ、ぼそりと呟いた。


「そう、だな……。増税する手もあるが、今の時期にそんなことしたら、国民の気持ちが離れてしまう」


「そうだよね……」


石畳の歩道上に立ち止まり空を見あげた。ああ……お金がたくさんあれば、孤児たちはお腹を空かせることもなく、犯罪に手を染めることもないのに。


空からお金、降ってこないかなぁ。


そんなバカなことを考えていたところ――


「あっ!!」


思わず大きな声をあげてしまい、隣にいたジークがビクッと肩を震わせた。


「ど、どうしたんだ、春香?」


「ジーク……。私、いいこと思いついちゃった!」

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