12.秘密にした理由
ベッドへ仰向けに寝ころんだまま、私はぼんやりと白い天井を眺めていた。
あのあと、何とか深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻した私は、心配そうに顔を見あげてくるジンタン君と一緒にその場を離れた。
本当なら、一緒に市場で買い物をして、そのまま孤児院へ向かうはずだったのだが、あのときはとてもそんな気分になれなかった。
結局、体調を崩したみたいだから帰るねとジンタン君に伝え、市場近くの三叉路で別れることに。ジンタン君は、過呼吸気味になった私を終始心配してくれていた。あんな顔をさせてしまい、申しわけなかったな。
おそらく、私の顔色は相当悪かったのだと思う。王城に戻ったとき、私の顔を見たマーヤちゃんはギョッとした表情を浮かべていた。
「はぁ……」
いまだに、心の整理がつかない。ジークが……、あのジークが、死んじゃう?
そんなこと、一言も言ってなかったじゃん。死ぬとわかっているのに、どうして私にあんな優しい笑顔を向けられたの?
私、無神経で酷いことたくさん言ったよ。バルーザが復活しそうなときだけしか仕事がないなんて、お気楽でいいなとか、頑張って早く不死竜を封印しなきゃね、とか。
それなのに、どうしてあんなふうに笑えたの?
「あ……あれ……?」
気がつくと、私の瞳から熱いものがこぼれていた。指で拭っても拭っても、涙が次から次へとあふれだし頬を伝っていく。
胸のまんなかあたりがズキズキと痛み、また息苦しくなってきた。どうしてだろう。別に、ジークは出会って数日の、家族でもない赤の他人なのに。
自分とは住む世界が違う、異世界の人間なのに。それなのに、どうしてこんなに悲しくてツラいんだろう。
「ふぐっ……うぐっ……ひっく……ひ……うう……!」
乱暴に枕を引き寄せ顔へかぶせた。よくわからない、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになって、何も考えたくなくて。
このまま、明日がこなければいいと思った。
――夕食も食べずに迎えた翌朝。
いつものようにマーヤちゃんが起こしに来てくれたが、体調が悪いから、できれば今日のお務めはお休みさせてほしいと伝えた。
すぐにお医者様を、と慌てた様子で踵を返そうとしたマーヤちゃんに「寝てれば大丈夫だから」と言ったものの、めちゃくちゃ心配そうな顔をされた。
一晩寝ても、やはり私のなかのモヤモヤは晴れない。あんな残酷なことを知って、これまでのようにジークと接することなんて、できないよ。
よくわからないけど、怖い。このまま、ジークと顔をあわせるのが、言葉をかわすのが怖い。
と、そのとき――
コンコン、と扉をノックする音が室内に響いた。
「春香様、マリアンヌです。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「あ……は、はい」
慌ててベッドの上で半身を起こすと、扉が開きマリアンヌさんが入ってきた。マーヤちゃんと同じように、心配そうな表情を浮かべている。
「マーヤから……春香様のお加減が優れないとお聞きして……」
マリアンヌさんは、ドレッサーの前にあった椅子をベッドのそばにもってくると、静かに腰をおろした。
「は、はい……。ごめんなさい、国が大変なときだというのに」
「とんでもないです、春香様。いきなり別の世界で生活を始めたのですから、ムリもありません」
申しわけなさそうにマリアンヌさんは顔を伏せた。本当は体調不良なんかじゃないのに。マリアンヌさんが心から心配している様子がわかり、胸にチクリとした痛みを感じた。
「あの、春香様。昨日、外からお戻りになられたときも、顔色がとても悪かったと聞きました。夕食もとられていないとか……」
「あ……はい……」
「もしかして……街で、何かありましたか……?」
私の肩がかすかに跳ねたのを、マリアンヌさんは見逃さなかった。
「やはり、何かあったのですね?」
「あう……」
私は迷った。昨日のことをマリアンヌさんに話すべきかどうか。多分大丈夫だとは思うが、ジンタン君が罰を受けたりしないだろうかと、不安になった。
でも、マリアンヌさんに直接聞いてみたい気持ちもあった。だから、私はすべて話した。ジンタン君と一緒に不死竜バルーザの洞窟へ行ったこと、ハメリア家の人たちの白骨を見たこと。
そして、不死竜バルーザを封印する代償に、ジークが……死んでしまうという事実を知ってしまったこと。
絞りだすように言葉を紡ぎ、最後のほうは蚊が鳴くような声になってしまった。口を挟まずに聞いていたマリアンヌさんが、唇をキュッと噛み目を伏せる。
ああ。やっぱり、本当のことだったんだ。沈痛な表情を浮かべて顔を伏せるマリアンヌさんを見て、私は確信した。
「……春香様。黙っていたこと、大変申し訳ございません……!」
「どう、して……最初に、言ってくれなかったんですか……?」
よくわからない感情が湧きあがり、ついマリアンヌさんを責めるような口調になる。
「お務め様の……心理的な負担を軽減するため、です。ハメリア家の者は、お務め様が魔力を注入した剣を使って封印を行います。もし真実を知ってしまうと、死地へ向かう手助けをしてしまったと、自分を責める方が出てくるかもしれません」
「あ……」
「我々の都合でお務め様を強引に呼び寄せ、そのうえ精神的な負担をかけたくない……この国では、はるか昔よりそうしてまいりました」
「そう……だったんですね」
国のことを考えながらも、異世界人である私たちのことを気にかけてくれていたのか。その気持ちは、素直にありがたい。でも……。
「ジークは……死んじゃうんですね……」
私の声は震えていた。自分でもはっきりとわかるほど。視点が定まらないままの視界に、マリアンヌさんが静かに頷く様子が映った。
目頭が焼けるように熱くなり、涙が頬を伝う。
「こ、怖い、です……私……も、もう……ジークに、ジークに会うのも……言葉をかわすのも……怖いです……!」
ぎゅっと強く握りしめた拳の上に、熱い雫が何度も落ちては跳ねる。
「だ、だっで……何で言えばいいのがもわがらないじ……あ、あんなふうに笑顔むげられでも……今までみだいに、笑えない……!」
広々とした空間に、嗚咽する声が虚しく響いた。と、そのとき。マリアンヌさんが、そっと私の手を握った。
「わ、わだじ……ジ、ジーグがじぬなんで、じぬなんで……! ああああううう~……!」
「春香様……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を向けると、マリアンヌさんが瞳に涙を浮かべながら、真っすぐ私の目を見てきた。
「春香様……、もしかして、ジークを好きになりましたか……?」
「え……?」
「会うのも、言葉を交わすのも怖いと思うのは……もっと好きになってしまうから、ではないでしょうか。いなくなるとわかっている人を、今よりもっと好きになってしまう……。だから、怖いのではないでしょうか」
私が……ジークのことを……? 私が、ジークに恋してる? そう、なの……?
「わ、わがらないでず……恋どが……じだごど、ないがら……」
椅子から立ちあがったマリアンヌさんが、ベッドに腰をおろし、私の肩へ手をまわし引き寄せた。肌に伝わるマリアンヌさんぬくもり。
先日、公園でジークに抱きしめられたときのことを思いだし、また涙がどんどんあふれてきた。私が落ち着いて話ができるようになるまで、マリアンヌさんはそのままずっと私の肩を抱いていてくれた。
――また泣いてしまった。そして、また私のブサイクな顔を見られてしまった。
「あ、あの。ハンカチ、ありがとうございました」
キレイな刺繡を施したハンカチを折りたたみ、マリアンヌさんへ手渡す。とても高価そうなハンカチなのに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしてしまいただただ申しわけない。
「思いっきり泣いたら、ちょっとスッキリしました。今日はちょっとムリだけど、また明日からお務めしますねっ」
「春香様……」
精いっぱいの強がりと笑顔を見せたものの、マリアンヌさんの表情は晴れない。カラ元気だとバレているようだ。
「私が、真実を知っちゃったって知ったら、かえってジークが気を遣いそうなので、今まで通り知らないふりしますね」
うん、それがいいんだ。ジークが変に責任を感じたり、哀しんだりするのは見たくないし。
「お気遣い……感謝いたします、春香様……。そして、本当に申し訳ございません……!」
悲痛な面持ちのまま、マリアンヌさんが頭を下げる。
「ガラムが……ジークの兄が戻ってくれば、彼が命を散らすことはないのですが……」
「あ……たしか、国外に逃げたっていう……?」
「はい。ガラムも、ジークと同じようにとてもまじめで素直な青年でした。ですが、やはり恐怖には勝てなかったのでしょう……」
マリアンヌさんの話では、ジークのお兄さん、ガラムさんはハメリア家の長男として立派に育っていたらしい。
後継者を残すために十代のうちに結婚し、奥さんと子どももいるのだとか。それを置いたまま逃げたのだから、なかなかだ。
よくよく考えると酷い話ではある。自分が死にたくないからって、家族を残したまま逃げて、代わりに弟が大役を務めることになったのだから。
さっきまで悲しみに打ちひしがれていた私だったが、今度はジークの兄に対してふつふつと怒りがこみあげてきた。