11.真実
「ふ、不死竜バルーザのとこって……」
「しーっ。お姉ちゃん、大きな声出しちゃダメだよ」
ジンタン君に言われ、私はすかさず手で口を塞いだ。
「い、いやいや。それって、危ないとこでしょ?」
「大丈夫だよ。もともと観光名所だったんだし。復活が近いからってことで、近づいちゃダメとは言われてるけど、こっそり見に行ってる人たくさんいるよ?」
そうなのか。いやいや、でも、たしか危険な瘴気が漏れてるとか言ってなかったか?
「あ、瘴気のことが心配なの? それも大丈夫だよ。瘴気が漏れてて危険なときは、洞窟近くの音鳥が鳴くはずだし」
ジンタン君の話によると、不死竜バルーザが封印されている洞窟近くには、より多くの音鳥が配置されているらしい。
「わずかでも漏れてたら音鳥が鳴くから、そのときは全力で逃げればいいだけだよ」
「そ、そうなんだ……いや、でもなぁ……」
「バルーザの瘴気って、いつも漏れてるわけじゃないんだよ。結界のなかに瘴気が充満してて、バルーザの体から新たに瘴気が漏れたときに、外へ押し出されてくるんだって」
「へぇ……」
「それに、すぐ復活するわけじゃないし、これまで一回しか音鳥が鳴いたこともないしね。バルーザ、めちゃくちゃ迫力あるよ?」
ヤバい、めちゃくちゃ好奇心をかきたてられる。怖いという思いがある反面、見てみたいのもたしかだ。だって、こんな機会まずないんだもん。
異世界に召喚されて、しかも竜を目にするだなんてこと、これから先の人生でもまずないだろう。それに、ここで暮らしているジンタン君がそこまで危険がないって言うんなら、きっと安心だよね。
「じ、じゃあ、ちょっとだけ行ってみようかな」
「よしきた! そうと決まれば買い物は後まわしにして、さっそく行ってみようよ」
「いいの?」
「うん。あとからゆっくり買い出しするよ」
こうして、私はジンタン君に誘われるままに、不死竜バルーザが封印されている洞窟へと足を運ぶことにしたのであった。
――不死竜バルーザが封印されている洞窟は、王都の中心街から北へ行ったところにあるとのこと。
「ねえ、ジンタン君。そこって自由に入れるの?」
「普段はお金払わないと入れないけどね。洞窟へ続く一本道の入り口に建物があって、そこでお金を払うんだ。今はバルーザが復活しそうだからってことで、その人たちもいないんだよ」
「へえ……」
「あと、夜も人がいないから、お金払いたくない人は夜にこっそり見に行くんだよ。僕たちもそうしてた」
なるほど。ソラさんの言う通り問題児のようだ。若干、呆れつつもジンタン君について歩くこと約十五分。洞窟へと続く道の入り口までやってきた。
ジンタン君の言う通り、入り口にある建物に人はいない。私は緊張しつつも、岩山と岩山に挟まれるようにして続く道へと足を踏み入れた。
ここから洞窟までは十分もかからないらしい。道の両サイドには、一定の間隔でポールが立てられ、先端には音鳥が入った鳥かごが設置されている。
「すご……ずいぶんたくさんの音鳥がいるんだね」
「うん。瘴気が風で流されることもあるみたいだからね。これだけたくさんいれば、瘴気を見逃すこともないと思う」
改めて、不死竜バルーザの瘴気が恐ろしいものだと認識し、背筋がぞわぞわとした。たしか、ジークたちハメリア家の人は唯一結界のなかに入れて、瘴気にも耐性があるんだっけ?
文字通り、ジークたちはこの国において唯一不死竜バルーザに対抗できる存在、というわけだ。そりゃ、人々からも敬われるよな。うん。
そんなことを考えつつ進んでいると、少し開けた場所にたどり着いた。そして視線を向けた先には――
「ほら、お姉ちゃん。あれが不死竜バルーザが封印されている洞窟だよ」
それは、私が思っていた洞窟ではなかった。横幅三メートル弱、縦六、七メートルはありそうな穴が、ゴツゴツとした岩壁にあいていた。
「こ、こんなに大きいの……?」
「バルーザが大きいからね」
ジンタン君がスタスタと洞窟の近くへと歩いていく。
「ほ、本当に大丈夫……?」
「心配性だなぁ、お姉ちゃんは。ほら、周りの音鳥もおとなしいじゃん。大丈夫だよ」
子どもに笑い飛ばされ、私は思わず胸のなかで「ぐぬぬ」と唸った。勇気を振り絞って、ジンタン君のあとについていく。そして――
「……!!」
洞窟のなかに目をやり、私は思わず息を呑んだ。そこにいたのは、青黒い鱗に全身を覆われた巨大なドラゴン。
長い首、大きな翼。鋭く凶悪な爪。ファンタジー映画やラノベでしか見たことがなかった、本物のドラゴンがそこにはいた。
「こ……これが、不死竜バルーザ……?」
バルーザは、傾斜になった壁へ仰向けにもたれかかるように倒れていた。胸? のあたりには剣が刺さっている。あれは封印に使用した剣だろう。
目は閉じられているが、今にも目を見開き動きだしそうで、私の膝はかすかに震えていた。
「どう、お姉ちゃん。凄いだろ?」
「う、うん……てゆーか、怖い……」
結界が張られているというが、目には見えないため余計に恐怖を感じる。と、少しのあいだ不死竜バルーザの姿に圧倒されていた私の視界に、不思議なものが映りこんだ。
バルーザの足もとにいくつか転がっている、白い塊のようなもの。私は目を凝らしてよく見た。それは、人の頭蓋骨。よく見ると、周りにはいくつもの人骨らしきものが転がっていた。
「ひっ!!?」
私は思わず後ろに飛びすさり、そのまま地面に尻もちをついてしまった。ジンタン君が慌てて私に手を差し伸べる。
「だ、大丈夫? お姉ちゃん?」
「あああ、あ、あれって……、ひ、人の、骨……?」
学校の理科室にあった、人体の骨格標本とそっくりな白い塊を震える指でさす。
「あ、うん。ハメリア家の人たちだよ」
「……は?」
ジンタン君が何でもないことのように口にした言葉に、私は思わず変な声を漏らした。その言葉の意味が、私にはまったくわからなかった。
「ここに入れるのはハメリア家の人だけなんだ。で、バルーザは封印の際に大量の瘴気を発生させる。いくらハメリア家の人に瘴気への耐性があっても、さすがにそれには耐えきれないんだ」
な、何……? ジンタン君は、何を言っているの……? それって、つまり……。
「バルーザが復活しそうなとき、ハメリア家の人は文字通り、命をかけて封印を行うんだ。だからこそ、国民はもちろん王族からも尊敬されているんだよ」
頭のなかが真っ白になった。
「そ、それって……、ジ、ジークが、死ぬって、こと……?」
「え……そうだけど……、お、お姉ちゃん、もしかして、知らなかったの……?」
心臓がドクンドクンと激しく波打ち、呼吸も荒くなった。苦しい。息苦しい。ウソだ、そんなのって。ウソ、ウソ、ウソ――
「お、お姉ちゃん! 大丈夫!?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
地面に座りこんだまま呼吸を荒くする私の背中を、ジンタン君が懸命にさすってくれた。全身を悪寒が駆け巡り、吐き気もする。
ぐわんぐわんと目がまわるような感覚のなか、私はあることを思いだしていた。マーヤちゃんが口にした、ジークのお兄さんが国外へ逃げたという話。
そのときの私は、封印のためとはいえ、恐ろしい魔物の前に立つのが怖くてお兄さんは逃げたんだとばかり思ってた。
『そんな恐ろしい魔物のそばに近寄るのは怖いもんね』
私がそう口にしたとき、マーヤちゃんは明らかに怪訝そうな顔をした。彼女は知ってたんだ。不死竜バルーザの封印は、命と引き換えだということを。
ジークのお兄さんは、死にたくないから逃げたんだ。弟に使命を押しつけて。
それに、昨日ジークは私物の貴金属を惜しげもなく孤児院に寄付していた。あのときは、ただただジークは優しいなって。太っ腹だなって。そう思ってた。
でも、それだけじゃなかったんだ。あれは、死にゆく自分に必要がなかったからだ。
そして、ジークに対する街の人たちの態度。誰もが、ジークを見るとハッとしたような、それでいて沈痛な表情を浮かべて丁寧に腰を折っていた。
彼女たちは、彼らはわかってたんだ。ジークが死ぬ運命にあることを。国を、自分たちを守るために命を犠牲にすることを知ってたからこそ、最大の敬意を払っていたんだ。
私だけが、私だけが何も知らなかったんだ――