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怪談

呪いの儀式

 高校卒業以来直接会っていなかった知人と久々に会うことになった。地元駅で待ち合わせて、そのまま近くのコーヒーショップへと移動する。凡そ一年半ぶりに会う知人になんとなく懐かしさと違和感を覚える。

 コーヒーを飲みながらお互いの近況報告をしていたのだが、30分ぐらい経って相手が語り始めた。


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 大学に入ってから出来た友人3人と、週末恒例となった飲み会をしたんだ。まあ、貧乏学生だし、いつも誰かの家でゲームしながら駄弁って安酒を飲むんだけど。


 その日もいつものように、酔うためだけの安酒を飲みながら騒いでたんだ。

 最初は講義の事とかレポートの事なんか話すけど、酔いが回ってくれば教授の悪口とか、女の事。段々とどうでもいい事に話が広がっていく。


「この前心霊スポットでさぁ…」


 そんな中、友人Aが思い出したかのように語りだした。

 Aは心霊スポット巡りが趣味で、ビデオカメラ片手に深夜の心霊スポットに行くらしい。


 語りだしたAと、興味深い顔で話を聞くBとC。三人を眺めつつ俺は少し興が冷めた。


 俺は幽霊とかオカルトなんて信じていない。別に信じたい奴は信じればいいし、そもそも頑なに否定をするわけでもないのだが、巷に溢れるような雑な話を俺は信じられない。

 科学的に色々と検証した先にあるのなら信じられるが、ただ見たり聞いたりなんて幻聴・幻覚と何が違うのか証明できる根拠がない。


 そんなわけで、物語や創作としてなら楽しめるが体験談として、実話として語られるのは好きではない。


 とはいえ、Aの話を否定することも、興味無いからとスマホに手を伸ばすこともせずに、半ば聞き流しながら酒を飲んでいた。


「で、その時水槽の奥に白い手を見つけ…」


 ふと気が付くと怪談会になっていたのかCが語り始めていた。


 Cの話が終わる。と、同時に三人がこちらを見る。

 仕方無く俺は目を瞑り、少し俯きながら語り始めた。


「生憎俺は怪談話なんて持ってないから別の話をさせてもらうぞ。


 これは、俺の爺さんから教えてもらった呪いの儀式なんだ。


 用意するのは18本のロウソク。それとジョーカーが2枚入っているトランプ、用意したトランプのサイズよりも大きな手鏡、新鮮な獣の生き血、藁束。そして丈夫なナイフ。


 儀式の場所なんだが、呪いの準備は必ず自宅で行う。


 まず、使用されたことのあるトランプを用意する。これは古ければ古い程いい。その中から全ての絵札とA、そしてジョーカーを抜き出す。抜き出した18枚のうち、ハートのAとジョーカーを脇に避けて、残った絵札とAそれぞれに呪いたい人物と呪いの内容を書き込む。ハートのAには自分の名前と呪いの回避方法。

 ここで注意しなくてはいけないのが、ハートのA以外全てに書かなくてはいけないんだ。

 15人に呪いをばら撒く、場合によっては無関係の14人に巻き添えになって貰う事になる訳なんだ。

 もう一つ気をつけなくてはいけないのが、呪いの回避方法。無意識だろうが偶然だろうが、呪った相手が自分より先に実践するとその相手への呪いは効果を発揮しない。


 次に、ジョーカーの1枚に呪いを執行して貰う者の名前を書く。呪いの執行者は悪魔でも神様でも自分の創作でもいい。ただし、実在する人物ではいけない。

 実在する人物ではいけないとは言っても、見知らぬ誰かの名前と一致するのは問題無い。某漫画であったっけ?ノートに名前を書かれると死ぬやつ。あれの逆だな。あっちは顔と名前が一致しないといけない。こっちは顔と名前が一致してはいけない。

 まあ、そんな事考えるならそれこそ適当な名前の悪魔とか神様を創作するほうがいい。


 名前を全て書き終わったら、数札と混ぜてシャッフルする。全てのカードがちゃんと混ざるように念入りに。


 混ぜ終わったらそれを人目に触れないように自宅から儀式の場に持ち込まないといけない。


 儀式の内容は簡単で、ロウソクを正三角形に並べて火を灯す。三角形の中央に手鏡。その上にトランプを置いて、ひたすらにナイフで刺す。全てのトランプがズタズタになるまでとにかく刺す。次に獣の生き血を掛ける。生き血を掛けるときは呪う相手の名前を言いながら。最後に、トランプだったものに藁束を乗せて、ロウソクを一本ずつ消す。

 ロウソクを消すときに、一本につき一人ずつ呪う相手の名前を声に出す。呪う相手の名前を全て言い終わったら、自分の名前。その次にジョーカーに書いた名前に呪いの成就お願いをしながらロウソクを消す。残った一本を手に持ち、『これで呪いが全て燃え、天に帰しますように』と言いながら藁束に火を点ける。


 それが儀式の終わり。


 注意点としては、この間誰にも見られてはいけないし、途中で火を消してはいけない。そして、必ず全てのカードをズタズタにしなくてはいけないこと。


 だから儀式をするのは風が吹かなくて人目につかない廃屋で行うのがいいんだ。


 儀式を行ったらすぐに呪いの回避方法を実行する。

 儀式が成功すると、翌日から呪った相手がロウソクを消した時の順番で一人ずつ毎日、カードに書き込んだ内容の呪いが降り掛かることになる。」


 話を終えた俺は目を開き三人を見る。するとBが「それって失敗するとどうなるんだ?」と聞いてくる。


「幾つかパターンがあるけど、まず儀式そのものの失敗。途中で火が消えるとか、人に見られるとかだな。これは何も起こらない。まあ、一度失敗すると二度目以降は絶対成功しないらしいんだが。

 次に、呪いの回避の失敗。呪いの回避を誰かが先に実践すると自分に返ってくる事になる。これは一人だけじゃなくて、自分より先に回避方法を実践した人間全員分だ。

 最後に、儀式の不手際。手順を間違えたり、文言を間違えたり、道具が足りなかったりとかだな。これはある意味では一番危険なんだよ。

 ジョーカー1枚使わないだろ?こいつはただ省くんじゃなくて、取り立て屋なんだよ。不完全な儀式をした時の、行き場を無くした中途半端な呪詛の念を消す代わりに、術者の魂を持っていくらしい。」


「そういえば、なんで呪いの執行者に実在する顔と名前が一致する奴だといけないかわかるか?


 顔と名前が一致するということは執行者がそいつになる。実在する人間が呪いの内容を実行できるようになるんだよ。

 例えば呪いの内容が、ただ怪我をするとかなら別に問題ないんだ。両者が揉めてかすり傷でも怪我ではあるから。

 問題なのは物理的に距離が遠かったり、移動に制限があったりすることと、呪いの内容が現実的に人間が簡単に実行できないって時なんだよ。

 死刑囚なんかを執行者に選んだところで出てくることはまず無理だし、アマゾンの奥地に居れば呪いの執行を一人目に行うタイムリミット迄に日本に来ることすら怪しい。そうなれば呪いの儀式を行った人間と執行者に責任が来る。


 だから呪いの執行者に顔と名前が一致する奴だといけないんだよ。」


 俺がそう答えるとBが成る程と頷く。他の二人も神妙な面持ちをしている。


 俺は再度俯き口元を歪ませしてやったりと思っていた。

 即興で考えたにしては良くできたと思う。視線や表情を隠すために目を瞑り俯いたのも良かったんだろう。相手の表情を見ていたら笑っていたかもしれないし、そうなっていたら台無しだ。


 俺はグラスに残っていたウイスキーを飲み干すと、「眠いから寝る」と言って三人に背を向けて横になる。

 目を閉じた俺の背中越しに今の儀式について語り合う声が聞こえる。


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「と、こんなことがあってな。まあ、そこで終われば後で笑い話で済んだんだけどな」と続ける。


 本当だったら翌週の飲み会の時に嘘だったとネタばらしするつもりだったらしいのだが、どうやらこいつの即興で創作した呪いの儀式をAが実践したらしい。


「木曜の深夜にAから連絡があってな。呪いの儀式を試しにやってみたらしくてな。なんだけど、儀式を終えて帰宅したら部屋に1枚ジョーカーが残っていたらしいんだよ。何にも書かないやつ。役割を思いつかなくて俺が『取り立て屋』ってことにしたジョーカー。

 どうやら他の書き込む方のカードを意識しすぎて脇に避けたまま頭から抜け落ちたらしい」


「儀式の失敗。とはいえ、俺が即興で考えた儀式なんだから成功も失敗も無いんだがな。だから俺はAに『心配無いから気にするな』って言おうとしたんだ。

 したんだけどな…錯乱したように『あいつが、あいつが来る。こっちを見てるんだよ。毎日毎日徐々に近寄ってくるんだよ』って…そのあまりの迫力に俺は何も言えなかったんだ」



『あいつが、あいつが来る。こっちを見てるんだよ。毎日毎日近寄ってくるんだよ。どんどんどんどん近くに!最初は気が付くと遠くに居るだけだったのに!見る度に近くなるし近くなってくると見かける回数も多くなってきてどんどんどんどん近寄ってきて俺のことをにやにやと嗤いながらみてるんだよどんどんどんどん近寄って来るんだよ今も目の前で俺のこと見て嗤うんだよたすけてくれよあなただれなんですか?わたしのゆうじんですか?こうかんしましょうか?ぼくはとりたてやなんですか?おれはもうだめだあしたからはあたらしいおれだどんどんちかくにくるたすけてたすけてたすけておまえがにくいにくいのはだれ?ちかくにくるんだよどんどんどんどんどんどんどんどん』


「何も言えないでいる俺と、錯乱したように…というか錯乱してたんだろうな、Aが捲し立ててくるのをスマホ越しに聞いていたんだ。しばらくするとAが唐突に沈黙して、数秒後通話がきれた」


「翌日見かけたAは何事も無かったかのようにいつも通りだった。ただ…自分の事を俺って言うようになってたんだ…」


 話し終えた知人が溜息をつきながらコーヒーに手を伸ばす。


 それを眺めながら思う。


 確かこいつは自分の事を僕って言ってたし、アレルギーで飲むと湿疹が出るからコーヒーだめだった筈なんだけど…


 とはいえ、そんなことを口にしたら不味いことになるんだろうけど…


 こいつは自分がやった事をAの体験談として語ったのだろうか。それともAの後に自分もやってみたのだろうか。聞くことはできない。

 少し気になっているのだが、忘れる事にしよう。


 その後は当り障りのない会話を続け、そろそろ解散しようかと席を立った時に、知人が窓の外を眺めながらぼそぼそと呟き出した。腰をかがめて耳を近付ける。


「呪ったのはお前だったのにのろったのはおまえだったのにノロッたのはハおまエだっタノにノロッタノハオマエオマエダッタノニオマエダッタノニオマエガオマエガオマエガオマエガ…」


 壊れたかのように繰り返す。というか壊れているのだろう。しかも言っている内容が真実なら呪いのメインの対象者は自分だったようだ。触れなかった先程の疑問はやはり自分の体験談だったみたいだ。


 大して仲も良くないうえに一方的に恨んだ挙げ句に呪ってこようとした相手だし、もう放置して帰ることにして顔をあげようとする。


「呪った挙げ句に失敗したお前が悪い」


 お前がを連呼していた知人の言葉を遮るように女性の声。透き通った、けれど何処か禍々しさを感じる不思議な質感の声が響き渡る。


 周囲を見渡すも近くに人影はない。


 振り返ると知人の姿が消えていた。テーブルの上には空になったカップが残されていた。


 数日後、友人経由で知人が住んでいたアパートで亡くなっているのが発見されたと聞いた。


 更に数日後、バイトを終え自宅へと向かっているとすれ違った女性がすれ違いざまに


「呪いなんて触れるものじゃないよ」と言ってきた。振り返ると誰もいなかった。少し前に聞いたような気がする声だったが思い出せない。透明感と禍々しさを同居させたような特徴的な声は一度聞いたら忘れられないはずなのに。

 そう思いつつも女性の姿を思い出そうとする。何も思い出せない。


 なんとなく理解した。その声は確かに以前聞いた事はあったのだろう。だけど思い出してはいけない存在なのだろうと。


 なんとなく高校時代の事を懐かしみたくなって彼女や友人達と飲み会をしようと思い至った。彼女に連絡しながら、そういえば彼女と付き合って半年ぐらいしたら「僕が彼女に告白しようとしてたのに」とか突っかかって来た見当違いな奴がいた気がする。


 そういえばあいつはコーヒーアレルギーなくせにコーヒー好きな振りしてコーヒー飲んで湿疹出てたりしてたっけ。


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