片思い中の野田さんに『好きです。付き合ってください』と誤送したら……
外は闇に包まれ、夏の猛暑日でも涼しい。
片思い中の女子、野田さんのLINEのトーク画面を凝視する。
彼女は1年間に30回以上告白されたという、馬鹿げた記録保持者でもある御方。
かわいくて、優しくて、お嬢様。
もう素晴らしいくらい完成された人種なのだ。
僕とは魂レベルで異なっている。
『好きです。付き合ってください』
この2文を何度打ち込んでは消しただろう。
告白ぐらい直接やれ、と我ながら思ったりもする。
しかし聞いてくれ。
野田さんは取り巻きが15人いる。無理ゲーだろ?
そこへ地味な僕が声をかけてみろ。
死刑宣告される。
それくらい僕は軟弱な高校2年生なのだ。
「へっくしょん!」
流石に寒すぎた。
気を取り直して画面を見る。
目を輝かせながら拍手するウサギのスタンプの下に、メッセージが送信されていた。
『好きです。付き合ってください』
えっ、えっ、あっ…………。
汗でスマホが滑り落ちる。
そういえば、あの日もスマホを落としたっけ。
◇◇◇
高校1年生の冬。
吹雪が体を震えさせる。
息は煙みたいに白い。
冬休み初日に、徒歩で学校に向かっていた。
南の一本道をザクザクと進む。
横の畑は白のじゅうたんみたいだ。
初雪の今日は、何か特別な日みたいに感じた。
スマホで時刻を確認。
8時44分。
予定の時刻まではあと16分ある。
ボフッ。冷たい感触が頭に伝わった。
「ぐえっ」
「ヒットー!」
友人のクソメガネが、固めた雪玉を後頭部に当ててきた。
曇った視界で、よくもまぁ正確に攻撃を……
むかつく!
「くらえ!必殺、アイスキャノン!」
僕の雪玉は見事に外れた。
こうして雪合戦が始まったから、スマホがポケットから落ちたことに気がつかなかった。
学校に来たのは、数学の補習を受けるためだ。
僕は見事に学年最下位なので。
クソメガネは部活バカで、こんな吹雪の中も練習するそうだ。
彼は体育館へ去っていく。
近所に住むコイツは、僕をからかいに来たんだと思う。
教室に入ると既に同士はそろっていた。
しかしほとんどが赤の他人である。
自販機で買ったホットコーヒーをカイロ替わりにして、感覚が終わった手を回復させる。
「5分後に始めるぞ。ケータイはマナーモードにしなさい」
先生がそう言ったので、もちろんそうするつもりだった。
何も見ずにポケットを探る。
それがかなり長く続いた。
「大丈夫?」
不意に横のクラスメイトに心配された。
この人は野田さん。
ハッキリした顔立ちの美人で目もパッチリ。
女子のリーダーで、雑草みたいな僕とは真逆の世界の住人。
弱点といえば、数学がニガテなことくらい。
いや、たぶん調子が悪かっただけなんだろうなぁ。
当然ながら会話したことはない。
これ、実は奇跡に近い状況だぞ?
あれ、僕、そんなに体調悪そうですか?
確かに変な汗は永遠とあふれてきますが……。
5秒以上の沈黙は失礼だ。認めよう。
「スマホが………ありません」
「あれま」
野田さんは直後に笑った。
「ちょ、流石にやばいやん!」
ツボったらしく、ずーっと笑われる僕。
むしろ清々しかった。
「くそぉ、どこいったんだ?」
カバンの中をあさる。
「電話かけてみよ!」
野田さんは素早い指さばきで何かを入力し、右耳へ持ってくる。
クラスLINEから連絡先はわかるらしい。
だいじょうぶ、どうせカバンの中にあるさ。
しかし、僕のカバンは静寂に満ちている。
「なさそうやね」
スマホをしまった野田さん。
そういえば。
僕がスマホを見た記憶は、8時44分、道中で時間を確認したところでプツリと切れている。
「南の一本道で落としたんだ…!」
窓の外を見る。
吹雪の勢力は衰えつつあるが、それでもスマホが埋もれるには十分な火力だ。
今すぐ戻れば救助できるかもしれな………
「それでは問題用紙を配る」
スマホの命、完。
「とりま補習受けよ?」
「うん……」
野田さんはまだ笑っている。
どうせ見つかるでしょ、って思ってるな。
ピピピピ、ピピピピ…
「では各自気をつけて下校しなさい」
「ありがとうございました!」
誰よりも早く、僕の足は動いた。
教室は下駄箱の真横にある。
下駄箱に無かったので、外で落としたのは確実!
吹雪の中、手袋もマフラーも着けずに突撃した。
車も通れないような狭い一本道を歩く。
目が飛び出るくらいの眼力を込めて、微生物一匹も逃さない自信があった。
雪をかき分けながら進むのはかなり大変で、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
推定500メートル向こう側に喫茶店があり、そこを折り返す。
そしてまた学校まで戻ってきた。
これで1往復。
まだ見つからない。
今度はジグザグに探そう。
周りから見たら、徘徊する不審な人物なのは承知している。
典型的な通報対象だ。
しかし、2往復しても、スマホは見つからなかった。
3往復の道中、僕は怒りを感じ始めた。
なんで、今日に限って大雪降るんだよ!
雪がなければすぐ見つかるのに。
そもそも落とした音で気づけたはずなのに。
あと純粋に冷たいのなんとかしろ!
雪は全てマイナスに働く。
汗だくになっていた僕は、防寒具を全てカバンに詰め込んでいた。
どうせスマホなんて新しいのがある。
消えて困るようなデータもないし。
諦めようかと思い始めたその時。
「まだ探してんの?」
後ろから、つい最近聞いた笑い声がする。
振り返ると、その人は野田さんだった。
白い防寒具で統一されたコーデは、この銀世界とよく調和されていた。
自転車を引きながら、赤い頬をマフラーで隠している。
「そんな寒そうな格好、風邪引いちゃうよ」
そう心配してくれたが、僕は怒りや焦りで燃えたぎっている。
外は寒く、中は暑い。
インフルエンザみたいな感覚さ。
「心配いりまぁ……へっくしょん!」
しかし、体は正直だった。
よく見たら鼻水も少し垂れていたので、慌てて拭う。
「もう帰んなよ」
野田さんの真剣な表情に、僕は従う以外の選択肢がなかった。
喫茶店を通り過ぎ、東西に道は分かれる。
僕らはそれぞれ真逆の方向へ向かった。
約20分が経過し、帰宅しました。
事情を話して父さんがブチ切れた。
「おいコラ、探しに行くぞコラ」
そして少しも休むことなく、あの一本道へ赴くことになった。
少し暖かくなったのか、雪は雨に状態変化して降り注いでいた。
地面の積雪も少し溶け出している。
しかし、雨に濡れて余計に寒い。
なんだか頭痛も始まった。
「おいコラ、この道で間違いないんだなコラ」
「はい。もちろんでございますね」
でも、3往復もすると、自分の記憶に疑いを向けてしまう。
もう一度学校を探そうかな?
「喫茶店から学校までやなコラ?」
「はい。そうです」
一本道を、父さんはドスドスと突き進む。
その目はまるでハンターだ。
しかし、僕はスマホのことより気になることがあった。
「あれ……この自転車の跡って……」
そう、野田さんが乗っていたであろう自転車についてだ。
この道は学生が通る専用の道。
冬休み初日に部活があるのは、クソメガネが所属するバスケ部くらいしかない。
それなのに、自転車の跡が何本も残っている。
「野田さん、学校に忘れ物したのかな?」
そう思ったが、7本もある跡を説明するのは不自然だ。
まるでこの道を、何度も往復したような………
「おっ!?」
突然、父さんが変な声を上げてしゃがんだ。
「おい!これって……」
父さんはつまむようにしてその物体を持ち上げる。
黒いボディに、アクリルのカバー。
まるで遮光版みたいなそのフォルム。
「あっ!」
それは、僕がずっと探し求めていた物だった。
パンッ。ハイタッチが鳴り響いた。
もはや脊髄反射だった。
「良かった!10万円拾ったみたいで嬉しいな!」
「さすが大人!」
父さんと僕は上機嫌で帰宅する。
さっきまでの不機嫌な僕らではない。
これ程安心したのは、僕の人生で堂々の一等賞。
電源ボタンを押してみる。
パッ。米国のプロバスケプレーヤーの待ち受けがお出迎えしてくれた。
「生きてる……。生きてますっ!」
「良かったな。俺はどっちでも良かったけど」
本当に、何事もなくスマホは帰ってきた。
この喜びを、まずはあの人に伝えたい。
LINE電話の通知から、野田さんと友達になる。
『ありました!!』
そう打ち込んで、即送信した。
数秒で返信が来る。
目を輝かせながら拍手するウサギのスタンプ。
「おめでとう!!」とでも言うように動いている。
野田さんも僕を祝福してくれたようだ。
野田さんは、僕の苦悩を唯一知ってくれた人。
そんな彼女に恋を抱いたのもこの日だった。
しかしそれ以来、僕らにLINEした跡はない。
◇◇◇
さて、回想はここまでだ。
夏の夜中の、ひんやりした時間。
僕は落としたスマホを拾い、恐る恐る画面を見る。
それは、野田さんとのトーク画面。
1日に何回も開くほど、よく見た景色。
野田さんは優しいし、かわいいし、有名企業のお嬢様なんだ。
1年間に30回以上告白されたという、馬鹿げた記録保持者でもある御方。
そんな人に、僕みたいな映えない男は太刀打ちできるはずもなかった。
しかしスマホを落としたあの日。
僕は確かに野田さんとの秘密を作った。
スマホを落としたことは、クラスに広がっていなかった。
つまり、野田さんは僕の失態を秘密にしてくれている。
誰がなんと言おうと、これは大きな武器なんだ!
一方的過ぎるかもしれないが、僕は本気だ。
行動に移せるとは言ってないぞ?
現に今は高校2年生の7月だし。
そして、約半年もの間凍結していたこのトーク画面に、ひとつの変化が加わっていた。
『好きです。付き合ってください』
その、あまりにも恥ずかしい2文。
こんなセリフを直接口に出したら、僕は蒸発するだろう。
心臓はバクンバクンと鼓動する。
気がついたら、僕は野田さんに電話をかけていた。
「もしもし野田さん!?」
「は、はいもしもし!」
野田さんの少し緊張している声がした。
「あのっ、これは……」
「………」
返事は帰ってこない。
「僕のこと、好きだったんですか!?」
『好きです。付き合ってください』
その文は、白い吹き出しの中のセリフだった。
「そんなの確認しないで!」
ブツッ。電話は終了した。
再びトーク画面が映る。
『音声通話が終了しました 00:15』
緑色の吹き出しで、その記録は最下層に現れた。
やはり、間違いではない。
僕が打ち込んだ文は送信されていない。
ウサギのスタンプの下に加わったのは、白い吹き出し。
僕はベッドにジャンプした。
人生で、最も眠れない夜だった。
この作品の真のタイトルは、
片思い中の野田さんに『好きです。付き合ってください』と誤送したら……
どうやらそれは勘違いで、僕宛ての文でした
かな!笑
読んでいただき、感謝します!
ありがとうございました!