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第40話 一見どうしようもない無理難題の方が案外気楽に取り組める



 話は少し脱線したが、取り敢えず最初の方針は固まった。

 承和上衆と警察との連携を断つ。これが『計画』を進めるにおいて、現段階で出来る最優先の案件らしい。

 具体的な方策としては「窓口を断つのが一番有効」だと霧矢さんは言う。


「繋がりが公になってへん、てところがミソかな」


 裏で関係を持つということは窓口がごく少数に限られているという事。情報漏洩を警戒するならば、少なくとも警察側は全体周知をしているとは思えない。

 本部のトップレベル……どの役職までが知っているのか不明だが、その中でも承和上衆と直接やり取り出来る人間はごくごく限定的かと予想される。


 先ずはそいつが誰なのかを特定。計画本番の然るべきタイミングでその者を殺せば、一時的に連携力は失われる。暫くは承和上衆のド派手な行動を抑えられる、という寸法らしい。

 専用部署とかあったらどーすんだよと思ったが。そういうのが有るか無いかを確かめる為にも今から探って行くんだとか。


 問題はその探る方法である。


「警察の機密情報って一般のネットワークから分離してるんでしたっけ?」

「独自のWANシステムを運用してるっす。内部からの持ち出しでもない限り、外から見ることは出来ないっすね」


 自慢では無いが僕は機械があまり得意ではない。取り敢えず質問してみると、落ち着きを取り戻したストロボ君が丁寧に返事してくた。


「通信にしても当然専用線を使ってるんでしょうし、傍受は難しいっす」


 との事。まあ、そりゃそうだろう。

 となると、警察ではなく承和上衆側から探りを入れていくのが現実的に見えるのだが。


「てか、ボスって承和上衆の出身なんですよね? わざわざ探らなくても、彼に直接聞けば良いのでは?」

「連中が警察と繋がるようなったんはボスが抜けてからや。やから知らんねんて」


 ……そういやボスが抜けたのは20年以上前だと師匠が言ってた。

 たとえその時から繋がりがあったとしても、それだけの時間があれば次代に引き継がれている可能性は高い。どちらにしても愚問だった。


 だが、どうするのだろう。

 承和上衆から探るにしても、奴らとて情報のセキュリティはそう甘くない。適当なマルウェアを送った程度じゃ弾かれるのがオチだ。

 どう攻めるか悩ましい所。だが彼ら曰く、取っ掛かりが全く無い訳ではないらしい。


「……まあ、見てなさい。すぐに抜き取るから」


 と言ったのは朱音猫さん。彼女も取り敢えずは平静になってくれたみたいだ。

 向こうは相変わらずこっちを見てくれないが、台詞自体は非常に頼もしいので。


 ここは情報のプロの腕前を拝見させて頂こう。





 ────5日後。


 その朱音猫さんはキーボードをソファーに投げつけていた。


「たかが田舎の小集落が、CRCS社のNGAVとEDRソリュ使ってんじゃねぇえ!!」


 良くはわからんが、どうやら上手くいかなかったらしい。髪をワシャワシャと掻き御乱心である。


「すり抜けたと思ったら別の場所に飛んだんですけど!? どうなってんのよ!!」

「エンドポイントの終着が見えないな。各製品間の連携も上手い」

「感心すんな!」

「『要塞化を崩すプログラム』って聞いた時はビックリしたっすけど、普通に探知型の方に引っかかったっすね……」

「ぅうっさい!!」


 一緒に作業していたニキニッキさんらにもあたり散らしていた。感情の忙しい人だなーと思いながら、僕はコンビニで買ってきたカップ麺を啜る。




 山の上の怪しげな巨大建造物には宿泊施設も併設されていた。これが結構快適で、僕ら黄代蓮情報担当班「kiriyan's」(霧矢さん命名)の拠点として十分な機能を果たしている。

 ここはその内の一室。施設の管理責任者である橘花さんの手配によって、スペックの高いPCが取り揃えられていた。見た感じ「らしい環境」で、最初に見たときはホゥと感動したものである。どの機械がなんの役に立つのか、僕にはさっぱりではあったが。

 早速「情報トリオ」が仕事に取り掛かり、僕は現段階で出来る事が無いので別室にてリハビリを再開。今は休憩ついでに彼らの進捗を見にきた所だ。


 あの様子だとかなり難航しているみたいである。


「まあ、世界中のアウトローや諜報機関から年がら年中狙われとる所や。生半可なセキュリティな訳ないわな」


 後ろからニュッと現れた霧矢さん。彼もカップ麺をズルズルと啜っていた。

 相変わらず気配の殺し方が上手くて感心するが、仕事中以外ではあまりやらないで欲しい。ちょっとビクッてなっただろ。


 彼も僕と同じでクラッキングチームには参加せず。フラフラと何処かに出掛けたり、誰かしらに頻りに電話を掛ける等、この5日の間よく分からない事をやっている。

 別に遊んでいる訳では無さそうだから良いのだが……そうなると、僕一人仲間外れにされてる感が半端ない。


「大丈夫ですかね?」

「別に急ぎって訳でもないけど……チンタラされ過ぎてもちょっと困るかなぁ。先に進まへんもん」


 そんな僕らの会話が聞こえたのか、ソファーをガンガン蹴っていた朱音猫さんの首がグリンッと此方に振り返った。


「そこの機械音痴2人、ラーメン食う暇あんなら連中の家に忍び込んでパスワード盗ってきて! ゴミ箱漁りゃメモの一つでも出てくるでしょ!」

「……無茶言いますね」

「でも良かったやん。朱音猫さん、やっとキョージーにも馴れたんとちゃう?」

「スイッチ入ってる間だけだと思いますけど」


 煮詰まった彼らも休憩に入った。




--




「サイバー攻撃とセキュリティ開発の攻防をよく"いたちごっこ"と言いますけど、一部の機種ではそれに終止符が打たれると言われてるっす」


 ラーメンを食べながらストロボ君は語る。


「米国防省お墨付きの次世代対策ソフト。これが一般に降ろされたのが要因っすね。検知して削除するのではなく『OSに対して正常な動作しかさせない』という新概念がかなり厄介なんすよ」


 聞けば各国で開催されるハッカーの大会でも、そのセキュリティソフトは未だ破られて無いと言う。対応する機種が限られているので完全普及には至ってないそうだが、ターゲットのOSにはキッチリ組み込まれていたらしい。


 要するに「現状で突破は無理」という事だろう。少なくともここにいる面子では。


 実は今回、朱音猫さんが持ち込んだマルウェアにはその牙城を崩すアイデアが入っていたそうだ。が、辿り着く前に従来の検知型に弾かれてアウト。ソフトを崩す以前の問題だったと言う。


「ちょっとアプローチの仕方を変えた方がええか」

「その方が良いっすね」


 とは言え、そう簡単に新アイデアが出てくる筈も無く。霧矢さんとストロボ君はうーんと唸り、ニキさんは思案顔で黙々とラーメンを食べ、朱音猫さんは不貞腐れてゲームをしていた。

 僕も何故か朱音猫さんのゲームに付き合わされている。霧矢さんの言う通り、少しは馴れてくれたのか。


「……朱音猫さんは何か提案あります?」


 返事は「早く乗り物を探せ(ゲームの話)」だった。今は仕事の話をしたく無いらしい。


「キョージーも人ごとや思わんと考えなアカンで? こーゆー時、何気ない会話の一言が突破の鍵になったりすんねんから」


 霧矢さんはそう言うが、そんな都合の良いお約束はフィクションの中だけだと思う。大体、僕から出せる案と言えば一つくらいしか思い浮かばない。


「どっちかに直接潜入するとか……」

「それはホンマの最終手段やなぁ、自信あるならやってくれてかまへんけど」

「言ってみただけですよ」


 難易度の高いゲームは好きだが「無理ゲー」に挑むほどマゾでは無いのだ。

 警察庁本部と承和上衆本殿。どっちも潜入しろと言われて出来るなら最初からやっている。"要塞"は当然ながらサイバー方面だけでは無い。

「もし成功したら報酬を弾むよう頼んどいたるわ」と霧矢さんは笑うが。無論、乗る気は湧かなかった。



「……報酬」


 そんな霧矢さんのジョークに反応したのは朱音猫さんである。ゲームに集中しているのかと思っていたが、此方の会話には一応耳を傾けていたらしい。

 視線はスマホ画面に向けたまま、彼女はボソリと呟いた。


「そう言えば疑問だったんだけど、連中は警察に何を差し出してるんだろ」


 その一言に全員が一瞬黙る。


「警察と承和上衆って言わば癒着関係なんでしょ? なら互いにメリットがある訳じゃん。承和上衆が得ている恩恵は分かったけど、引き換えに警察側が何を貰ってるかについては話に出てなかったよね?」


 朱音猫さんの台詞を聞き僕らは互いに目を合わせた。言われてみれば尤もな疑問……と、言えなくもない。

 確かに、警察が奴らを贔屓する理由について言及してなかった気がする。まさか無償で協力する筈も無いだろう。「治安維持の一環に含まれる」とか正当っぽい話にするにはちょっと無理があり過ぎる。


 だが、予想はそれほど難しく無い。僕ですら何となく想像がつくのだから。


「…………そりゃあ、治療の優先権じゃないっすか? 黄代蓮うちの資金調達と同じやり口っすよ」


 僕が言う前にストロボ君が代弁してくれた。


「でもそれってさ、顧客の人数を絞ったから出来る芸当なんでしょ? 行列が絶えない承和上衆にそんな余裕あんのかなって」

「多少の余力は無理くり残しとると思うで。それこそ有事の保険、容体が急変した患者の備えもあるやろうし。……何も毎日カツカツになるまでチカラを使い切っとる訳や無いやろ」


 霧矢さんの正論に彼女は「ふーん」と頷いていた。イマイチ納得し兼ねている様子だったが。

 何か引っ掛かっているのだろう。ゲームを再開していたが集中している感じではなかった。


 それをずっと黙って見ていたニキニッキさんが口を開く。


「霧矢、少し調べたい事がある。作業から外れていいか?」

「別にええけど。何か思いついた?」

「ちょっと気になるんでな。だが、打開の鍵になるかはまだ分からん。徒労に終わるかも知れんし」


 期待はしないでくれ、と念を押して彼は立ち上がった。それを見た霧矢さんはフムと頷く。


「ストロボ君、朱音猫さん。午後からニキさんを手伝ってあげ。どうせ行き詰まっとんやし」


 という彼の言葉に二つ返事で了承する2人。僕は変わらずリハビリの継続である。

 今のところ、自分がここに居る意味あんのかと思う今日この頃。疎外感がこれ以上増幅する前に是非とも状況を変えて欲しい。空いたカップ麺の容器を持って僕はどっこいせと立ち上がった。




 ────8月1日。


 結果を言うと、状況は動いた。


 ニキさんの勘が当たっていたらしい。

 再び集まった会議の場で情報トリオの三者が順番に報告を読み上げる。



「一昨年の10月、虚血性心疾患で入院した巨額横領の罪に問われていた男」


「去年の5月、過失運転で通行人を巻き込み自身も重傷を負った女」


「今年2月、逮捕直前に急性膵炎で入院した轢き逃げ容疑の男」


「全員、容体が重かった割に退院までの時期が異様に短い。経過が良くてトントン拍子に治療が進んだ事になっているが、中には初期検査のミスということで曖昧に処理されてるケースもあった」

「ほう」


 霧矢さんは机の上に両肘をついて指を組み、口元を隠すスタイルでその報告を聞いていた。まるで某特務機関の司令みたいで偉そうである。

 一応、彼がこの班のリーダーなので誰も文句は言わないのだが、オレンジカラーのサングラスまで掛けるのは流石にやり過ぎだろう。


「当たりをつけて数軒の病院サーバーを探っただけでこれだけ出てきたっす。実際はもっと沢山ありそうっすね」


 ストロボ君も意に介している様子はない。「敢えてツッコミを入れず乗っかる」という対応から彼の優しさが感じられる。なので僕も触れずにいた。他の2人は単に面倒臭いからスルーしてるだけだと思うが。


「……これは()()()()()

()()()()だろうな。偶然と考える方が不自然だろう」

「自分らには使用して無かったのね、なんか意外」

「分かんないっすよ? 余った分は使ってるのかも」


 ともかく、確定だろう。警察は承和上衆から貰った「治療優先権」を傷病の容疑者に使用している。

 上手く仕事の効率化に活用しているようだが、職権濫用と取れなくもない。行儀良く順番待ちしてる患者からすれば、聞き捨てならないスクープだろう。


 勿論、公務員様が不正紛いな事をしてようと僕達にとってはどうでも良い。大事なのはこの情報が利用出来るかどうかだ。


 にしても。これだけの痕跡があるのに、今まで誰にもバレなかったのが不思議でしょうがない。


「承和上衆が癒着に関わっとるなんて誰も思てへんもん。調べよう思わな気付けへんやろ」

「痕跡と言っても電子カルテの情報だからな。普通は閲覧出来る物でもない」


 という事らしい。聖人君子の肩書きは僕の想像以上に「疑念」という言葉を遠避けているのだろう。下手な政治家より支持率の高い連中だ。言われてみれば納得である。


「ともかく、これは使えるで」


 このスキャンダルをどう料理すべきか。マスコミ等にリークすればそれはそれで面白そうだが、今の僕らからすればそれは流石に勿体ない。

 ピンポイントで巣穴から引っ張り出せる可能性があるのだ。それも、数居る承和上衆の中から警察と近いであろう人間を。


「釣りが出来るな」

「釣りが出来るっす」

「そんな上手く釣れる?」

「やり方次第やなぁ」


 僕らの意見が一致した。


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