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第34話 十年以上ぶりのヒーローごっこはやっぱ小っ恥ずかしい



 弾丸が腹の中で跳弾を起こす。この感覚をどう表現すれば良いのか。

 敢えて例えるならば、小型のピラニアを踊り食いしたかの様な。ビチビチと暴れ回り、俺の身体を喰い破ろうと噛み付いてくる感覚。……いや、その表現すら多分生温いだろう。

 加えて、弾丸と一緒に飛び込んできた高温の燃焼ガスと煤の味。口いっぱいに広がった是等が何処までも気持ち悪く、更には至近距離での発砲音と着弾の衝撃で三半規管と脳が激しく揺れた。


 いくら練体通でも流石にこれは……



「うぁ、えぇ……!!」


 堪らず吐き戻す。

 朝食がまだで良かったと言うべきか、いやそれどころじゃねえ。


「全部、消化管の方に入ってもうたか。気管支に詰まってくれたら呼吸不全が起きたやろうに。……鼻の穴から撃つべきやったか?」


 ヤバい。

 今すぐに「反転通」を自分に掛けたかったが、ショックを受けた身体が言う事を聞かなかった。自律神経の急激な乱れ……血管迷走神経反射か、通力が上手く練れない。視界も少しぼやけていた。

 此処までダメージを負うとは露にも思っていなくて。神通力が聞いて呆れる。


「しかしまあ、今の喰ろても死なへんとか流石やわ。さっきはついキレてしもうたけど、君の警戒心が欠落しとんのもそら肯ける話ってか」

「…………っ。お互い……様だろ……!」


 廊下での出血性ショックの時は事前に「反転通用」の通力が練れていた。

 ショック症状なんて本来、反転通で一瞬で治せる。だが今はその症状のせいで反転通が使えないというデッドロック。


「確かに、俺もフラフラや。顔ボコられたし、念力? 喰ろたし、おまけに右手もチョンパされた。……そろそろ潮時か」

「…………結局、本当は、何しに来たんだテメェ」


 出口に向かう関西弁男を引き留めようと声をふり搾る。此処で奴を逃すわけには行かなかった。

 危険だが、ずっと展開していた練体通を一旦解除し反転通を練り直す事だけに集中する。同時展開は今は無理だと判断し、回復を最優先。


「教えたる義理は無い……でも、君はその内分かるかも知れへんな」


 ……?


 絶好のチャンスであるにも関わらず、予想に反して男はまだ逃げなかった。

 開け放たれた病室の扉。関西弁男は廊下側からズルズルと何かを引っ張り出す。


 運ばれてきたのは全身ボロボロの大柄の男、刑事だった。ぐったりとして自分では動けない様子だが、なんとか生きているみたいではある。

 ドサリと入り口に投げ捨てられ、次に奴が引き摺ってきたのはパイプ椅子。廊下に設置されていた、刑事が最初に座っていたやつだ。


「よっと」


 扉を閉め、その前に椅子が設置される。片腕で苦労しながらも、奴はそこに刑事を無理矢理座らせた。

 

 嫌な予感が止まらない。

 ……もう少し、あとほんの少しの時間で通力が練れそうだった。感覚で分かる。体内で再び流れ始めた通力がそれを告げていた。


 反転通さえ使えれば状況は一転出来る。

 早く、奴が再び銃を取り出す前に。


「さて。ええ加減、こんな()()は終了したいねんけど……………なんかなぁ、このまま中途半端に終わんのも、なんか癪や。舐めクサられた事にはまだ腹立っとるしな」


 なけなしの集中で通力を制御した。身体中から無理矢理掻き集め、捏ねくり回し、反転通を発露──


「そこで、や。君には罰として理不尽な選択を与えたる」






 ────頑張ったが、あと一歩のところで間に合わなかったらしい。

 刑事の背後に立った関西弁男。奴は再び握った拳銃を刑事の頭に突きつけた。


 反転通は確かに展開出来た。視界のぼやけも治まったし、身体も動ける状態に戻っている。直ぐに這いつくばった姿勢から立ち上がるが……


「動くな」

 

 そこから動くことが出来ない。刑事が人質になってしまった。関西弁男の命令に、俺も、そして奴から距離を取ろうとしていた彼女もピタッと止まる。


「俺の顔を見た此処におる3人。ホンマは全員始末したかったけど、もう流石に無理や」


 中腰の姿勢、関西弁男は椅子に座る刑事の影に隠れていた。恐らく、念導通を警戒しているのだろう。確かにこの位置では「響」は奴に当たらないし、「刃」なら届くがそれでは刑事ごと斬ってしまう。


「素手で殺るんももうシンドい。サクラ(拳銃)の弾も残り1発。ならせめて、1人や。1人は確実に死んで貰う」

「ヒっ……!」


 女性が短く悲鳴を上げた。頭を抱えて震えるのも無理のない話だ。


「二択や、君が選べ。この刑事かそこの女か、どっちが死ぬかを1分で決めろ」



 ────イカれてやがる。


「…………俺を撃てよ」

「アホ、もう撃ったやろがい。それでも死なへんからっちゅう話やろ」


 本当はさっき、練体通を解いていたので奴が殺そうと思えば殺せたのだが。今はそれを言ってもしょうがない。


「どっちにしたって目撃者は残るじゃねえか。……いやそれ以前に、お前が撃てばその瞬間に俺は動く。無意味な事すんな」

「言うたやろ、これは君への罰や。警戒心を怠った奴が享受せなあかんモンを、俺が代わりに与えんねん」

「…………そこまでやるか?」

「そこまでやんねん。……早よせえ。もし選ばんかったら女の方を撃つ」




 ────嗚呼、もう本当に。





 どうしてこうなった。


 こちとら、のほほんと楽しいキャンパスライフを送ってる唯の学生だぞ。

 大学も夏休みに入って、ちょっとメンドイけど割の良いバイトも貰って。今日なんかこの後、初恋だった人とプールに行く予定だったのに?


 それが何で、サスペンスドラマの主人公みたいな選択に迫られてんの。やっぱ撮影じゃないのかこれ。全編ワンカットとか聞いてねーよ。


 ……腹減った、ボルガライスかハントンライス食いてえ。朝飯、まだ鉛弾しか食ってねえし。



「あと30秒」


 淡々と告げる関西弁男。

 コイツ、マジで撃つ積りか。


 ……まあ撃つんだろうな、きっと。そもそも、その辺の境界線なんて奴には最初から無かったんだし。

 あれが脅しでは無い事くらいもう十分過ぎるほど理解している。こちらの説得には全く応じないし、どうすりゃいいんだか。

 一か八かで奴の銃に飛びつくのは余りにも危険過ぎる。


 仮にだが。「限界にまで練り上げた練体通」を使えば奴が引き金を引く前に接近し、銃を叩く事は出来るかも知れない。

 しかしそれをすると、多分触れた人間をミンチにしてしまう。全開の練体通の突進は高速に乗る走行車と同義だ。関西弁男ないし(この際、奴の安否なんてどうでもいいが)側にいる刑事の命までをも奪う事になる。

 調整の勝手の悪さは「響」程では無い。が、「奴に反応されない速度」かつ「人を殺さない速度加減」を両立させるのは今の俺には難し過ぎる。ぶっつけ本番で成功させる、実戦経験と度胸を生憎と持ち合わせていなかった。


 詰んでるだろ、これ。

 大体、奴が引き金に指を掛けている時点で俺が如何に動こうと危険過ぎる。それだけの反応速度がある事を奴は先の戦闘で見せているのだ。

 動けば刑事の頭が確実に吹き飛ぶ。かと言って、このまま黙っていれば女性に矛先が向いてしまう。







「……残り10秒やぞ」


 だから、此処は賭けに出るしかない。

 勝率は五分より低いだろう。だが今の俺にはこれ以上の策を思い付く事が出来なかった。

 他人任せの最低な策、下手をすれば本人が死ぬ。


 でも、俺なんかの「素人」に頼るより「プロ」本人にやって貰った方が良いだろう。奴が俺に警戒しているのであれば、俺以外の人物が不意を突けば良い話だ。



「反転通」


 その効果は今更言うまでもなし。

 一瞬にして満身創痍から全快した刑事は関西弁男の隙を突いた。

 敵は後ろ手だったが、銃口の位置は何となく察していたのだろう。振り向きざまに射線から頭を外し、同時に奴の持つ銃を片手で押さえ込んだ。



 別に刑事はずっと気絶していた訳ではない。両肩を外され、足を折られ、ついでに喉まで潰されていたわけだが。それでもなんとか意識はあったようで。

 なので抵抗こそ出来なかったが、彼はしっかりと現状を把握していた。腫れ上がった顔面で俺を真っ直ぐと見つめ、頻りに口をパクパクと動していたのだ。


『俺がやる。治してくれ』


 多分そう言っていたのだと思う。生憎と読唇術なんて器用な真似は出来なかったので半分当てずっぽうだったのだが、意味合いとしては間違ってなかったらしい。

 治るや否やの即時行動。刑事が気絶していたら流石にこの作戦は取れなかったが、──結果は功を奏す。



「行け! 此処は俺に任せろ!!」

「せっかく治したのにフラグ立てないでくれる!?」


 と言いつつも、俺も自分の役目を全うするべく行動に移した。練体通の瞬発力をもって患者の元へ。縮こまっていた彼女をそのまま抱き上げて、病室からの脱出を図る。


「待機中の他の刑事が院の外にいる筈だ!!」

「!! 了解っす!」


 揉み合いながら叫ぶ刑事。その脇をすり抜けながらこっちも叫んで返事をした。


 スパンッとスライド扉を足で蹴り開け廊下を疾走。俺も刑事も見解は一致している──今、最優先すべきは患者の安全確保だと。



 結局、ごちゃごちゃと御託を並べていたが、関西弁男が逃げなかった理由は彼女にあると思うのだ。

 今まで確実に成功させてきた連続殺人、その中で唯一仕留めきれなかった標的への執着。如何にも頭のイカれた、殺人鬼らしい行動理由だと思う。


 まあ憶測だが。

 それでも、取るべき選択としてはベターであろう。

 俺が与えた関西弁男のダメージは相当なもの。銃さえ押さえてしまえば、全快復した刑事ならもう負ける事は無い筈だ。

 しかし、念には念を。先ずは現場から患者を逃す。


 彼女を駐車場にいる白姉に一旦預けるべきか。

 その辺にいる医師を捕まえて託せれば良いのだが、それだと事情の説明が面倒くさい。俺が困る。


 それに、逃してしまった覆面男。奴がまた戻ってきて患者を狙って来ないとも限らないのだ。安全を考慮するならば白姉に託すのが一番良いだろう。

 その後、他の刑事を探してなんとか事情を説明。関西弁男確保の応援に向かって貰う。

 こんな状況だ、もう俺の姿を見られる事は仕方がない。上手く説明出来るかは分からないが、血塗れの俺の格好(最初に刺された時の血)を見れば唯ごとでは無いと察してくれる筈。


 いや、待て。「血塗れなのに無傷の男」ってもしかしたら……

 

「……下手すると俺が『返り血を浴びた通り魔』と勘違いされるかも?」



 予定変更、白姉より先に他の刑事を探す。そんで患者にも説明を手伝って貰う。

 被害者と一緒に説明すれば説得力が増すだろう、誤解される事も無い筈だ。


「という訳で、貴方からも警察に説明して欲しいんです」

「…………へ? わた、私!? ちょ待って。何が起きたかなんて、こっちが聞きたいんですけど!?」


 抱えられながらワタワタと混乱する女性。

 それを横目で見ながら今後について再び思考を巡らせる。


 そもそも、応援を呼べれば俺が現場に戻る必要は本来無いのだ。

 巻き込まれた形とはいえ「関わってしまった以上ことの顛末は見届けよう」とか、「これ以上の不測に備えて逮捕を見守ろう」とか色々考えていたのだが。だから一旦、患者を白姉に預けようと思っていた訳で。


 ……しかし、これ以上の介入は出しゃばり過ぎな気がしてきた。大人しく患者と待機しておくのがベストかも知れない。


 

「〜〜っそもそも、先ず貴方は誰なの!? 私の知り合い!?」

「あー、記憶無いんでしたよね。残念ながら知り合いでは無いです」

「じゃあ兄妹!?」

「違います」

「……もしかして恋人!?」

「それも違います」

「じゃあ何なのよ!?」


「えーと、通りすがりの……ヒーロー?」

「…………ぅわ」


 うわ、とか言うなや。小さい声で。

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