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第25話 家出人と聞くと未成年を連想しがちだが成人になってからする人も結構いる




「複雑そうな顔をしているな。飯が不味くなるぞ?」

「誰が複雑そうな顔にさせたんですか、誰が」

「そう荒むな。そこまで潔癖な性格じゃないんだろ?」

「そりゃ、言いましたけど……思っていたのと内容が違い過ぎたんです。やる前からモチベ下がっちゃいましたよ」



 ガツガツとナポリタンを食べながら不満を垂れ流す。そんな俺を、エイさんは麺をくるくる巻きながら宥めていた。


 どうでもいいけどこの人、食べるのがめっちゃ遅い。俺が腹いせ紛いに勢いよく食べているのもあるのだろうが。同時に食べ始めたにも関わらず、俺の皿は既に無くなりかけていて、彼の皿は十分の一も減っていなかった。

 小学生の頃クラスにいた5時間目が始まってもまだ給食を食べている奴。そんな子並みの食事スピードだ。伸びない内に食べようとか言っていたが、食べ終わる頃には伸びきってそうである。


「犯罪者相手に治療するのがそんなに嫌か? 彼らにだって人権はちゃんとある」

「んな事ぁ分かってますってば。……でも、神通力の順番待ちをしてる一般患者は沢山います。それを差し置いてまでして、奴らを優先させるのに納得は出来ないでしょ」


 俺がそう溢すと「それが仕事だ」と身も蓋もない言葉が返ってきた。


「まあ……仕事に納得性を求めるな、とまでは言わんが。それでもある程度の許容は持て。少なくとも先方けいさつはそれで結構助かるそうだ」

「仕事がスムーズになると?」

「容疑者に入院されると逮捕や取り調べが滞るからな。それに、被害者や遺族側から見てもこれは悪い話じゃない。逮捕が延びれば裁判も延びる。停滞は余計な心労を増やすだけだ」

「……そんなもんですかね」


 被害者や遺族の心情について、その見解はどうなのだろうか、とも思う。加害者の怪我や病気が癒えることが、果たして被害者側にとっても喜ばしい事なのか。

 ちゃんと犯人が逮捕される事は願ったりではあるのろうが、心境としては複雑だろう。経験が無いから俺には何とも言えない。人それぞれ(ケースバイケース)ではあるのだろうが。


 尤も加害者側にも被害者側にも、治療に承和上衆が介入する事を伝えはしないだろう。

 聞けば、驚いた事に病院側にも伝えずこっそりやるのだと言う。確かに承和上衆うちの関与を知る人間は少ない方が良い。言ってる事は分かるのだが、担当する医師はさぞかし混乱するのではなかろうか。


 いきなり全快にさせると流石に怪しまれるので「程々」に調節しろとの事だが、どう調節した所で不自然さは残るだろう。

 だがそれでも案外気付かれないのだそうだ。そりゃまあ、何者かの超常の力で治ったという非科学的な話を、医師が想像する筈も無いだろうけど。


「具体的な案内は芦川あしかわにさせる。奴にお前のアドレスを送っておくから、今日明日中には一度連絡がくる筈だ。後は奴の指示に従ってくれ」

「芦川……って誰です?」

「承和上衆の外部交渉担当の一人。以前、お前とも会ったと聞いているぞ」


 脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。弘香の事件の時、ビルの屋上にいたあの人だ。他に外部交渉担当と呼ばれる人に会った事は無いので、たぶん彼で間違い無いだろう。


「患者の詳しい数は聞いてないが、お前が担当するのは恐らく十人前後といった所だろう。ひと月の人数は大体いつもそのくらいだ。場所はさっきも言った通りバラバラだから、日に別けて送迎して貰う形だな」


 臨時で急に呼ばれる場合もあるらしいから、予定がある日は前もってその芦川さんに伝えておけとの事。

 それにしても、この人数は多いのか少ないのか。


「報酬は前払いでコレだけ出そう。数が多ければ後で追加もする」


 そう言ってエイさんは片手を拡げて五本指を提示した。

 単位を言って欲しい。コッチは初仕事なんだ。手やりの符丁を見せられても相場が分からなければ意味がない。


 まあ、行って治して帰るだけのお仕事だ。その殆どが移動時間で、実働なんて秒単位で終わるだろう。心情的にはともかく、肉体的には楽過ぎる内容なので報酬が安かろうが別に構わなかった。

 正直気は進まないが、改めて仕事を了承する。人手不足の中で遊学させて貰ってる身分としては、何となく断り辛い部分もあるのだ。


「りょーかいしました。あ、追加でパフェ頼んでも良いですか?」

「構わんとも、俺の分も一緒に頼む」

「……いや、まずはパスタを食べ切ってから言って下さいよ」


 エイさんの皿はまだ半分も減っていない。



--



「ああそうだ、もう一つ恭介に聞きたい事があるんだった」


 亀が如き速度の食事が漸く終わり、コーヒーを啜っているエイさんを見て「よく考えたら、この人が食べ終わるの待つ必要無かったじゃん」という事に今更ながら気付き、席を立とうとした時である。

 彼から待ったとばかりに声が掛かった。

 何なんだよ、と思う。そろそろスーパーで買った食材を冷蔵庫に入れたいのだが。


「食事代なら折半で構いませんけど」

「いや違う、学生に出させる訳無いだろ」


 じゃあ何か、この辺のいい宿を紹介してくれとかそんなのだろうか。

 生憎とこの辺のホテル事情には詳しくないので、ネット上の先生方を頼って欲しい。俺が紹介出来るのは精々近くのネカフェくらいだ。

 俺の部屋? 冗談でもやめてくれ。


 適当に予想していると、エイさんはコーヒーのカップを置きながらこう述べた。


「お前、最近『白魚しらうお』を見なかったか?」



 シラウオ(白魚)


 キュウリウオ目、シラウオ科。主に東アジアの汽水域周辺に生息する細長くて半透明の小魚。食用にもされていて、味は大変美味。よく踊り食いで有名なシロウオ(素魚)と混同されがちだが、分類上は全くの別種である。軍艦巻きが美味い。


「スーパーでは流石に見かけませんでしたね。旬も過ぎてますし」

「そっちでは無い。人間の方だ」


 でしょうね。まあ、分かってたけど。


 彼は「敷島白魚しきしましらうお」の事を言っているのだろう。少し変な名前だがここでの白魚とは人名である。因みに女性だ。

 敷島家も承和上衆を担う十家の内の一つ。白魚はそこの分家の生まれだが、神通力の才はしっかりと受け継いでいるそうで。俺やエイさんと同じ承和上衆の一員だ。

 歳は確か俺より六つ上で、小さい頃はよく遊んで貰った記憶がある。()()()「優しいお姉さん」という印象が強かった。


「彼女がどうかしたんですか?」


 俺が尋ねると、エイさんは眼鏡をクイと上げながら答えた。


「村から逃走した。ここ二日間、連絡が取れてない」

「…………大事件じゃないですか。呑気にパスタ食ってる場合か」

「そう慌てる必要はないだろう。弘香の時とは状況が違うからな」

「……まあ、あの人は自衛できますからね。誰かにどうこうされる事は無いんでしょうけど」

「ああ、俺もその辺の心配はしていない。だが、承和上衆の者が許可なく村から出る事は禁止されている。唯の家出では済まされない、重大なルール違反だ」


 神通力の流出を防ぐ為のこのルール。一見すると権益を守りたいが為の決まりとも取れるが、ちゃんとリスクヘッジとしての役割もある。当然、無闇に破っていい代物では無い。

 そんな事は白魚も承知している筈なのだが、なんでまた彼女はルールを侵したのだろうか。


「何が原因か分かってるんですか?」

「些細な理由で父親と大喧嘩したらしい。口喧嘩で済めば良かったんだが、神通力ありの大乱闘にまで発展してな」

「うわぁ……」

「実家は半壊。白魚は着の身着のまま村から飛び出したそうだ」


 いい歳こいて何やってんだ。思わずそう突っ込みたくなった。

 そんな俺の呆れが顔に出たのだろう、エイさんも困ったもんだとばかりに肩を竦める。


「実は過去にも二度ほど似たような事があってな。まあ、家を壊したのは今回が初だそうだが」

「なんか、承和上衆うちの女性陣って皆んな地雷持ってますね」

「誰にでも、大なり小なりそういうのはあるもんだ。ただし、此方の場合威力が他の比ではないがな」

「……それで、どうするんです?」

「取り敢えず、彼女の怒りが冷めるのを待つしかないだろう。過去二回も、ひと月ほど待っていたらケロリとした表情で帰ってきたそうだ。その後、和解と説教で事態は終息するらしい」

「意外と軽いんですね。今回もそうなると?」

「流石に三回目は目に余るがな。家も壊してるし、少し重めの処分が下されるだろう」


 どんな処分かは分からんがな、とエイさんはボヤく。

 謹慎や減給では済まない気がする。だからと言って、普通の会社では無いので解雇は不可能だろう。我が事では無いが少々不安である。


「ただ一つ気になるのは、彼女が着の身着のまま飛び出した点だ。前回も前々回も財布は持って行ったそうだが、今回は家に置きっぱなしだったらしい」

「……となると、白魚さんの行動はだいぶ制限されますよね?」

「俺もそう思う。どっかで盗みを働くか適当な男の家に上がり込んでいない限り、外の知人を頼るだろうと踏んだ」

「あー、それで俺に聞いたんですか」

「まあそういう事だ。奴の育った環境上、村の外に居る知り合いは極々限られている。大学時代の知人、或いは特例等で村外に出ている承和上衆関係者……なんてな」


 そう言って彼は此方を見ているが、俺はフルフルと首を横に振った。


「彼女の怒りが冷めるのを待つのでは?」

「だから、野暮用ついでだ。せめて居場所くらいは知っとこうと思っただけだ。──まあ、恭介が知らないのなら別にいい。もう子供じゃ無いんだし、その内ひょっこり帰って来るだろ」


 もし接触してきたら一応俺に連絡をくれ。そう最後に締め括り、エイさんは伝票を持って椅子から立ち上がる。

 淡白な態度であったが、なんやかんやで心配なのだろう。俺も早期解決を願う所だ。



--



 カフェから出て、その場でエイさんとは別れる形になった。この後直ぐ「野暮用」とやらに向かうそうだ。結局それが何なのかは教えてくれなかったが、俺に関係ないのなら別にいい。

 バイトの件について改めて礼を述べるのを最後に、彼は一瞬で人混みの中に消えていった。


 それを見届けた後、俺は自宅アパートに向けて踵を返す。


 さて、外はまだしっかりと暑い。

 ふとコンビニ寄ってアイスでも買おうかと思ったが、さっきパスタとパフェを食ったばかりだ。腹はまだ限界ではないが、これ以上食べると糖質の摂取量がヤバくなる。

 ……いや、別にダイエットしてる訳じゃないし、食べたら太る体質でも無いのだが。まあ、若い内から節制を身に付けておく事は大事だろう。


 それにアパートはもう近いから、さっさと帰ってクーラーで涼んだ方が良い。そう結論付けてコンビニをスルー。


 程なくして、やっと自宅に到着した。


 築5年。そこそこ真新しい1DKのアパート。

 デザイナーズマンションとまでは流石に言わないが、打放しコンクリートの外観が結構オシャレな雰囲気を出している。

 ……良いよな、打放し。こういうモダン感は村では味わえないから中々新鮮だ。物件探しの折、外観を見て一発で気に入ったのを覚えている。


「ただいま……っと」


 外階段を上がって二階最奥の角部屋。広さはそんなに無い。

 だがこの空間こそ、大学生活の4年間のみ許された、俺の「自由の城」だった。



「おかえりー! そして遅い!!」


 

 そんな我が城は現在侵略を受けている。

 汽水域から逃げ出した、キュウリウオ目シラウオ科の魚から。

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