自己紹介とか【ほっぺの痛みを添えて】⑤
ちらっと弁当の中身を覗き見る。
彩り鮮やかで、実に食欲をそそる献立だった。
ミニハンバーグにグラタン、ブロッコリーのドレッシング和えに……。
ぐう……。
三大欲求に正直な胃袋が自己主張を始めたところで、僕は購買部でパンを買いに行くため、席を立った。
「じゃ、ちょっと昼飯買ってくる」
柿崎は「あいよー」と顔を上げずに気のない返事をすると、何か思い出したように僕の制服の袖を引っ張った。
「あ、悪いんだけどさ、ついでにジュース買ってきてくんね?」
「了解。『婆さんが絞った緑茶・濃い目』でいいか?」
「そ、それ以外なら、すごくありがたい」
柿崎は苦笑いを浮かべると、ジュース代を渡してきた。
「とっておきの変なジュース買ってくるからな」
軽口を適当に叩き、階下の購買部へと向かった。
昼休みということもあり、廊下にはクラスメイトと共に、賑やかな笑い声が駆けている。
みんな購買部に行くのだろう。
財布片手に小走をしている女子生徒の紺色のスカートがひらひらと揺れて実にエロ、いや煽情的に見える。
言い方を変えただけで何ら意味は変わっていないという日本語の難しさと美しさの表裏一体の神秘にひとり感心しながら、少し感傷的に窓の外に目をやった。
———ああ、こんな風に思えるようになったな、と。
———ああ、こんな風に考えられる余裕が出来たな、と。
窓の外には、見事な桜並木が続いている。実ったつぼみは鮮やかな色の花を咲かせている。時折吹く穏やかな風に誘われ、皇帝にピンクの淡雪を降らせている。二階の窓から臨むその風景は、どこか完成された絵画のような美しさだった。
こういう景色を見るたびに思う。
帰ってきてよかった、と。
僕、宇佐美陽一(あだな、うー)は、高校進学のために、故郷である国見町に戻って来た。
子どもの頃に、親の事情という一切の抵抗が許されない絶対的な理由で、無理矢理引っ越をして以来、十年ぶりにこの土地の土を踏んだ。中学校の卒業式を済ませるとすぐ、逃げるように単身で国見町に帰った来た。『帰って来た』と思うのは、やはり本当の居場所はここにしかないからなのかもしれない。
昔住んでいたアパートは引き払っていたため無かったけれど、それでも居場所は? と訊かれたら、ここにしかない、と答える。
それに、向こうに引っ越して間もなくして親は他界してしまった。
そんなこんなで、今は叔母の家でやっかいになっている。
おっと、親がいないからって、そんな可哀そうな目で見ないでもらいたい。
一緒に住んでいる叔母さん(ロウ姉)はなかなかファンキーなため、孤独を噛みしめる余裕も余力も皆無なのだ。そういう意味では、ロウ姉にも感謝が絶えない。まあ、もう少し人間らしい食生活を送らせてほしいと切に願うわけだが。