64.希望を与えられる存在に
久々に見るアスターは相変わらず美しかった。
息子の美貌で目が肥えたつもりだったが、やはり己の意思で、努力で磨いた彼女の美貌には叶わない。そう、ダイヤとは磨いて初めて真の輝きを放つのだから。
「久しいなアスター、相変わらずの美しさで安心した」
「ゼノビア様こそ、この1か月で美しさに磨きがかかっているわ!」
「ふっ……まあな」
互いの健闘をたたえ合うと私たちは拳をぶつけ合う。
うむ、力も衰えていはいないな。
『いや、だから淑女はそういうことしないんだよ! というか、いつの間にアスターを呼んでたの?』
「マリジアと戦うのはいいんだが、戦った後その処遇をどうするか悩んだものでな。結局、人に頼るのが一番だろうと思ってアスターを昨日の夜に呼んでおいたんだ」
私のような粗暴者は戦いに勝つことは出来るのだが、終わらせることが出来るのかと言うと、それは無知が故に難しかったりする。
その点、アスターは知恵者な上に機転が利き、しかも多方面に顔が利くと来ている。まさに物事に解決をもたらす為政者となるべき人材だ。
「ええ、任せてくださいな! でも、マリジアはゼノビア様の姿になっているはずという話でしたが……」
「ん? なっているだろう?」
言いながら膝の方へ視線を動かすと、そこには苛烈な顔なゼノビア・セプミティアはいなかった。
そこにいたのは子供のように愛らしいマリジア・フォルディナだったのだ。
しかも、大きな傷跡が痛々しく残されていたはずのその顔は、今は白紙のキャンバスのようになっていて、微かな傷も見当たらない。
「そういえば眠ると戻るのだったか……傷まで治っているのは不思議だが」
「トラウマが払拭されたのね。ゼノビア様のおかげよ、きっと」
「場合によっては更にトラウマが増えかねないと心配していたのだけどな」
魔法は心で放つもの。
だからこそ、マリジアを蝕んでいた傷というトラウマが消えたことで、変身魔法の歪みも戻り、傷もまた消え去ったいうことだろう。
これで傷口が広がっては最悪だったからな……良かった。
「ゼノビア様のことがトラウマになる者なんて、あの戦場では敵だけよ! マリジアも、貴女のその姿を希望に思い、憧れ、ゼノビア様の姿になろうと思い立ったのだと考えるわ」
「私より強い者はたくさんいたのだがなぁ……派手なだけだ私は」
「ゼノビア様はゼノビア様のことが分かっていませんわね……いいですか?」
アスターは上を見上げながら思い出す様に言葉を続ける。
「戦場で派手なのはそれだけ多くの人間に勇気を与えているの。確かに地道な後方支援も大切だけど、ゼノビア様のように光り輝く希望が、勝利の女神が、一騎当千の英雄が愛されるのは当然の話」
「……なるほど、私の本質はあの戦場のまま変わっていないのかもしれないな」
自分では気付いてなかったけれど、どうやら私は昔からずっと、誰かに希望を与えられる存在を目指しているらしい。
しかし、どうしてそこにモテという要素が付くだけで全く別物に感じられるのだろうか。
我ながら不思議である。
「さて、それじゃあマリジアについてはゼノビア様のお師匠さんとも色々話し合いつつ、その他諸々の問題ともすり合わせて、処遇を決定するわね」
「ああ、それでいい。なるべく温情を与えてくれ」
私の膝からマリジアを抱き留めると、アスターはその逞しい肩に彼女を乗せて立ち上がる。
その騎士らしい姿に私は思わず昔を思い出した。
そして、彼女の息子のことも思い出す。
「アスター、そういえば、どうして学園に息子が入学することを話してくれなかったんだ」
「あら、そうですわよね! 話すべきかどうか迷ったのだけど、ゼノビア様は自分のことで精いっぱいだろうし、うちの子供も反抗期だから色々言いにくかったのよねぇ」
「まあ確かに、言われても邪念になるだけだったかもしれないが」
どうやらアスターは私に最大限気を使ってくれていたようだ。
なにせあの頃は淑女になろうと躍起になっていたので、なるほど、他のことなど気にしていられる余裕はなかったかもしれない。
「それでうちの息子、どうだった? 元気にやってる?」
「ああ、先日、決闘で強敵に勝利を収めたばかりだ。今頃、あの競技場で優勝の名誉を受けているところじゃないか?」
「それはどうかしらねぇ~、うちの息子、最後の最後でヘタること多いから……」
「なぁに大丈夫だ! 家にある年代物のワインを賭けてもいいが、1学年のレベルで負けることはない!」
「あら、じゃあその時はワインを受け取りにいくわね」
……なんだか悪い予感がしてならないが、ま、負けることはないよな? 大丈夫だよな?
少々の不安がありつつ、アスターはマリジアを連れて草原から去っていく。
最後に、彼女はこんなことを呟いた。
「……学園に戻ったらゼノビア様、モテモテになっちゃうかもしれないわね」
「えっ? どうしてだ?」
「それは戻ってからのお楽しみということで──それじゃあ、またお会いしましょう」
アスターは空に氷の粒を放ち、草原を雪原に変えると……気付けば目の前から消えてしまっていた。
雪と共に氷壁のアスターは旅立つ。
彼女らしい、美しい去り際だった。




