63.安らかな終戦
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マリジア・フォルディナは混乱していた。
当然だ、何せ白いドレスを着た少女がこちらの攻撃魔法を意に介さずに、ただスタスタとこちらに歩いて来ているのだから。
しかも、ただの攻撃じゃない。伝説的な剣による破壊的連撃である。
マリジアの人生にそんな経験は一度としてなかった。
いや、恐らく誰の人生にとっても……。
相手が魔物なら何の躊躇もなく攻撃できただろう。
或いは、剣を振りかぶり襲い掛かって来る者なら、純粋に戦えただろう。
しかし、相手は美しいドレスを着た可愛らしい女性なのである。
戦意を保つのに難しい相手だった。
だが同時に恐ろしさも感じている。
何故なら相手はゼノビア・セプミティアなのだから。
その姿にはゼノビア様の面影はないのだが……しかし、それでも、マリジアはその美しい姿に鬼を感じずにはいられない。
そう、血を流しながら平然と近付いてくる彼女の姿には。
赤い赤い己の血に染まった彼女の顔はかつてそう呼ばれていた『真紅の剣鬼』に相応しかった。
彼女は少女なのか鬼なのか。
マリジアはその狭間に存在するゼノビアの姿に、ただただ困惑するしかなかった。
そもそも魔剣ダーインスを介した攻撃をどうして耐えられるのか。
今も剣から放った赤い閃光はゼノビアに直撃しているというのに、気にも留めずこちらにやってきている。
「10発くらい撃ちましたね? なかなか元気がいいですね」
気付けばゼノビアはもうマリジアの目の前まで迫ってきていた。
近くまで来て見えた彼女の表情は……花のような笑顔でマリジアは思わず見惚れる。
そして彼女は両手を広げて、極々自然な動きでマリジアを抱きしめた。
かわすことは出来なかった。
「はい、抱きしめました」
ゼノビア自身が温かいのか、それとも光魔法で作ったそのドレスが温かいのか、それはマリジアには分からないけれど、抱きしめられたマリジアは今までにないぬくもりと安心感を味わう。
そして理解した。この安心はゼノビアの強さと優しさから来るものだと。
マリジアが世界最強だと信じてやまないゼノビア・セプミティア、そんな彼女に抱きしめられていて危機など訪れるはずがないのだ。
しかし、それだけじゃない。ゼノビアが求めて止まなかった淑女、その立ち居振る舞いもまたマリジアに安心感を与えていた。
これが淑女かと、マリジアは思い知った。
セピアとして日々を過ごした笑顔が、思いが、マリジアに癒しを与えている。
マリジアは全身の力を弛緩させながら、こう思った。
この人に勝てるわけがないし、この人になれるわけもないと。
気付けば、マリジアはまどろんでいた。
観察を至上としていた彼女はそもそも睡眠時間より観察時間を優先していたのだが、戦場の傷以降、恐怖から睡眠不足にも悩まされていた……けれど、今はもう何も怖いものなどない。
マリジアは母の胸の中にいるような、そんな安らか気持ちで眠りについた。
久方ぶりの温かい眠りに。
★
『睡眠魔法でも使った?』
戦いが終わり、マリジアを膝の上に乗せたまま芝生に腰かけ傷の治療をしていると、最高に無粋なことをレイヴが言った。
失礼な! ちょっとしか使ってないぞ!
『使ってるんじゃん!!!!!』
それが一番平和的かつ手早かったから仕方ない。
ただ、私の睡眠魔法は案の定ド下手クソなので、相手に戦闘的な意思があると通用しなかったりする。
マリジアが強さを求める理由は『不安』なのではないかと考えた私は、己の強さを示しつつ、抱きしめて安心感を与えたと言うわけだ。
『光魔法とかも併用していたのは、相手の気を抜きたかったからなんだね』
それにはもう一つ理由があって、単純に女性らしくなる意味があった。
マリジアは顔についた傷に恐らくトラウマがあるようなので、こちらが女性らしい格好をすれば、攻撃が弱まるのではないかと思ったのだ。
『あっ、弱まってたんだ』
当たり前だろ! 本気の魔剣の攻撃を受けていたら今頃死んでいる!
私を何だと思っているんだ!
『いや、まあ、ゼノビアだし、別に耐えられるのかなって』
そんなわけあるまい。私も人間だぞ?
マリジアが無意識のうちに加減していたから耐えられたのだ。魔法は意思で扱うものだから、女子を自分のように傷つけたくないという思考が勝手に働いたのだろう。
要するにこの戦い、彼女の優しさに救われたのだ。
やはり彼女にゼノビアは似合わなかったな。
私に剣の手加減なんて出来ないのだから。
私は……剣鬼なのだから。
『いやいや、十分優しかったよ。それでマリジアをどうするの』
それは事前に呼んでおいた者に任せるとしよう。
『事前に?』
噂をすれば来たようで、背後から芝生を軽やかに踏みしめる足音が聞こえてくる。
この特徴的な足音は──そう彼女のものである。
「ゼノビア様お待たせしました。『氷壁のアスター』推参しましたわ」




