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60.ゼノビア・セプミティアは淑女足りえない

「当初はまだ不完全な変身でしたが、こうして1か月の観察を続けて、かなり完成に近付いてまいりました。もっともっと見ていたかったですが、どうやらそれはもう許してもらえそうにありませんね」

「君がうちの師匠にちょっかいをかけていなければ、別に好きなだけ見ていてくれても構わなかったんだがな……どうして私の姿であんな真似を?」


 物言いは大変失敬ではあるものの、別に私を観察することそのものを問題だと思わない。

 むしろ変身魔法の発展に協力できるのは光栄なくらいである。

 だが、それで人に迷惑をかけるのは看過できる範囲を大きく超えている。


「人と会うことで見えてくるゼノビア様もありますので……そしてそれ以上に、これが欲しかったのです」


 微笑みながらマリジアが背後から取り出したのは──美しく、そして歴史を感じさせる大きな剣だった。

 その荘厳な姿に私は見覚えがある。

いや、見覚えがあるどころではないか……だってそれは私の愛剣レイヴと瓜二つなのだから。。


『うわーお! そこまで真似るものなんだ!』


 ううむ、流石に変身魔法で再現できるレベルを超えていると思うが。


「これは貴方の師匠の所持していた剣でして、レイヴさんとは兄弟に当たるものです。名前をダーインス。お喋りは出来ませんが、性能は同じくしています」

『へー! 僕に兄弟なんていたんだ!』


 レイヴにとっても初耳だったようで、自身の兄か弟か分からない存在に驚きの声を上げている。

 まあ、彼に兄弟がいたというのは良い話である。意思がないのが残念なほどに。

 ただ、敵として出会うことになってしまったのは、非常に悲しい。


「なるほど、それが師匠を襲った理由か」

「ええ、身剣一体のゼノビア様の真似をするなら、剣も必要ですから」


 ……というか、うちの師匠はそんなものを隠し持っていたのか。

 誰にも言わずに魔剣聖剣の類を所持しているのは、結構な問題だと思いますよ師匠。

 マリジアは変身能力のおかげで非常に調査力が高いので、それで察したのだろうなぁ。


『というか、あの人が今でも襲われたのを公にしてないのって、剣が奪われたことを秘密にしたいからなんじゃ……』


 可能性は高い。

 アホだなあの人も。


「……その剣を手放すのなら、まだ許してやってもいいぞ」

 

アホな師匠に免じて、私は少しの譲歩を投げかける。

勿論、師匠の元には帰さず、国に引き渡すが。


「激闘の末に勝利して得たものですよ? 手放す気はありません。それよりもゼノビア様、どうやら戦う気満々のようですが、冷静に考えてみてください。私がゼノビア様に成り代わることは、ゼノビア様にも得があるはずです」

「得?」


 考えてもみない方向に話が飛んで、少し戸惑う。

 まさか交渉を持ちかけられるとは……得など果たして存在するのか?


「ええ、だってゼノビア様はゼノビア・セプミティアの名をお捨てになりたいのでしょう? それを私が拾い上げようという話です。ゼノビア様のお師匠様とは戦いになってしまったので不審に思っているかもしれませんが、それは剣を得るため。こうしてダーインスを手にした以上、もうそんな無作法はしません。心からゼノビア様となり、英雄たる振る舞いで国の為に尽くしますとも」


 マリジアは心底真剣に自分の展望を私に話してくる。

 普通であればその耳触りの良い内容に疑心を抱かずにはいられないだろうが、マリジアの場合は真剣だろうと私は断言できる。

 彼女は基本的には善人だし、そしてそれ以上に……変身したら心まで見習おうと必死になる真面目な女性だからだ。


 なるほど、確かに彼女は私以上に私らしいゼノビア・セプミティアになれるのかもしれない。

 しかも、私がセピアとして学園に通っている以上、私が許可を出せば成り代わりも完璧に上手くいくはずだ。


「良い話のはずです。ゼノビア様はセピア様として憂いなく学園生活を謳歌できますし、私は最強の存在になれて満足、国も戦力が増えて大万歳。全てが上手くいきます」

「一挙三徳というわけか」

「ええ、どうですか!」


 目を輝かせるマリジア。

 そんな彼女の素晴らしい提案に、私が言えることは1つだけだ。


「断る。受け入れられない」

「……………………………………何故ですか?」


 先ほどまでの輝きが嘘のように目に闇をともす彼女に向かって、私は言葉を続ける。


「まず私はゼノビア・セプミティアの名を捨てていない。国の一大事に当たっては現在のセピアの身分を捨てて急行するつもりだし、そういった話は上に通してある」


 一応は英雄なのだ。自分本位の行動だけをするつもりはない。

 それに、国を捨てているようでは立派な淑女とは言えないだろう。


「次に、国の為というのならゼノビアである必要はない。君が君のままに行動すればいいことだ」

「……………………………………」

「そして最後に──君にゼノビア・セプミティアは似合わない。だってマリジアは美しく可憐な淑女なのだから」


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