42.終わりが見えない訓練は地獄
それはただの事実を述べた言葉だった。
誰相手でも、自分の指導力があればやれる──と思ったわけでは勿論ない。
むしろその逆で、誰でもは無理だがアスクを勝たせることは出来るだろうと思った。
親を知っているから……と言うのもあるが、一番の理由は単純明快。
彼が独学でここまで強くなれたと言う事実、それが最大の根拠となった。
素人に毛が生えたような状態で、師を持つケイスと決闘で渡り合えたのだから、少しコツを教えるだけで更に上に行けるはずだ。
私の言葉を聞いたアスクは一瞬目を丸くして驚くが、すぐにその眼を正気に戻すと私の方へ向き直る。
「女子に習うのはちょっと抵抗があるが、あと一か月しかないし、なりふり構ってらんないか」
「そんなこと考える余裕はすぐに消えますから、安心してください」
「へっ、それは確かに安心できるな……セピア、お前の指導力がどの程度の物かは知らないが、よろしく頼む」
長く艶やかで美しい手が私の前に差し出される。どうやら交渉成功のようだ。
私は笑顔でその手を掴んだが、無駄に気合が入っていたので、相応に力も入ってしまい、少し加減をミスしてしまう。
要するに漢握手をしてしまった!(漢握手:主に漢たちの間で行われる固い握手のこと。互いの力量を図る意味もあり、滅茶苦茶力を込める。大抵痛い)
「いってぇ!? い、意外と力強いな……?」
「こ、これは、ぱ、パワーではなくテクニックです! 握手1つするにも、相手の痛がるポイントを押さえておけば、これくらいは出来るのです!」
「なるほどな……そういうのもあるのか」
怪訝そうな顔をするアスクを相手になんとか誤魔化すが、そういうのは、まあ、一応ある。
あるけれど、今回はただの力オブパワーである!
……ごめんね握り潰そうとしてしまって。
とにもかくにも、こうして私たちは師弟の間柄になった。
短期間かつ緩めのものではあるが、彼はどうしてもケイスに勝ちたいし、私もどうしてもアスクを勝たせたいので、互いの意思は非常に強いと思われた。
しかし、人にモノを教えたことなどほとんどないので、修行内容を考えるのはそれなりに大変そうだな……。
『自分の授業もうまくいってないのにね』
うっ、それはもうその通りすぎるな。
開始早々、前途多難すぎる我が学生生活だが、これもきっとモテへと続く道の途中なのだろう。
実際、ちょっとモテてる感じあるしな?
『ケイスは女子なら誰でもあんな感じで、アスクとは友達以上師弟未満でしかないのでは……?』
友達以上師弟未満の関係なんて初めて聞いたな……。
★
修行はその日の放課後から早くも開始となった。
まあ、魔闘大会まで時間がないのでやむを得ないのだが、こちらとしては準備不足ではある。
とりあえずは、兵士として訓練を受けていた頃のものを流用するか。
「それで、グラウンドに出て何をするんだ」
「それはですね……まずこれを持ってください」
そういって私が渡したのは一片の紙切れである。
「なんかの魔導書の切れ端だったりするのか?」
「いいえ、ただの紙です。それを持つのが訓練です」
「意味不明すぎるんだが……」
「勿論、手で持つのではありません。魔力で持ってください」
「ま、魔力で? こうか……?」
疑問に思いながらも、すぐに紙切れを手のひらの上で浮かせるアスクはやはり才能があると言えた。
ちなみに私がこの訓練を始めた時はこの紙切れを消滅させてしまうので大変だった。
『ゼノビアの方が規格外に優秀じゃない?』
攻撃的な魔法以外使えないのはほぼ呪いとしか私には思えないのだが!!!!
もっとキラキラした魔法を使いたい! 愛されたい! 愛してくれ!
……さておき、この訓練で重要なのはここからである。
「魔力で紙切れを持ったまま、グラウンドをぐるぐる走ってください」
「何周だ?」
「私が『もういい』と言うまでです」
「まじかよ……」




