41.師は私情で動く。略して師情
わ、私は学生らしく慎ましやかに生きていく予定だから例外ということで……。
『魔王の再来呼ばわりされておいて何が慎ましやかなのか、僕には全く分からないよ』
あれらは不幸な事故であり、当方は断固無実を主張する!
むしろ勇者の再来とまで言われた私なのに!
「くそっ、あんなチャラいやつに負けるとは……」
私たちがアホなことを言っている間にも、アスクは己の未熟を呪っていた。
この学園に強さを求めてやってきていたアスクとしては、同学年の、しかも格下と思っていた相手に敗北したとあっては流石にショックを隠せない様子で、端正な顔を破かれた紙のように歪める。
しかも、敗北の原因が実力で綺麗に上回られていることだから、これは堪えるだろう。
「ケイスが優秀なのは勿論、いい師匠がついているようですね」
「師匠か……俺は独学だからな」
まあ、家庭教師などがついているパターンはあるだろうが、師匠を有している者は中々少ないだろう。
この場合の二者の違いは、どれだけ鬼になれるかというところにある。
当たり前だが、単純にモノを教えるだけなら鬼になる必要などない。むしろそれは成長の妨げになる確率の方が高いだろう。押さえつけては出る芽も出ない。
だが師は違う……師はそもそも弟子が成長しなくたっていいのだ。
家庭教師はその指導力をかわれて雇われている身分なので、当然、結果を残す必要があるが、師というのは弟子の方から教えてくれと頼んでいる立場であり、別に優しくする義理も何もないのである。
そして、成長しなければ新たな弟子に切り替えても良い……弟子はどんどん使い捨てにし、残った有望な者を育てる。
それが基本的な武の師というものだと、私は思う。
もっとも、最後の方は蟲毒(毒虫を壺に入れ食い合わせ最強の毒虫を選ぶこと)的な考え方であり、戦争も終わり平穏となった今では時代錯誤甚だしいかもしれないが。
私としてもこの考え方は廃れた方が良いとも思う。
だが、何だかんだ言って、鬼の師の元に残った弟子は強烈に強いのも事実……ケイスがその類の人間だとすれば、アスクがこのまま学園で授業を受け続けるだけで彼に勝てるようになるか?と問われれば、それは難しいと言わざるを得ない。
授業と言う道のりはケイスも同じ歩幅で歩くはずだからだ。
…………よし、決めた。
「よろしければ、私が少しご指導しましょうか」
「なんだと!? お前に習うのか! 俺が!?」
私の不躾な申し出に驚くアスク。
これがこの場の最善だと思うのだが、どうなるか。
「私は執事のアーノルドから知識だけは! 知識だけは色々教えられているので、役に立つと思いますよ!」
「やけに知識を強調してくるな……しかし、セピアに教わるのか」
さすがにお清楚な私に戦闘の何たるかについて教わるのは抵抗があるらしく、アスクは顔に深い深い影を落とす。
この提案、勿論、純粋な親切心だけで言っているのではない。
ちゃんとこちらにも利があって言っているのだ。
『へぇ、その利って』
まず、私としてはケイスから謎のゼノビアについての情報を得たいのだが、そのためには私の儚げでお淑やかな身分が邪魔になる。
『いうほど儚げでお淑やかかなぁ……』
質疑応答は話の最後に受け付ける! 無駄口を叩くものはその場で腕立て300回!
『ひええ……ごめんなさい……腕立て出来ないけど』
このままではケイスから情報を引き出せない! そう思っていたのだが、しかし、私は聞き逃さなかった! 魔闘大会に勝てばケイスが何でも言う事を聞くと言っていたのを!
つまり、アスクに勝たせてゼノビアの情報を吐かせようというのが私の考えだ。
『アスクとしても宿敵を倒せるし、winwinではあるね』
とはいえ、彼が断れば無理強いすることは出来ない。
その場合はどうしたものかな……夜の闇に紛れて学園を脱出してでも情報を集めるべきか。
「セピアの決闘への見識は確かに目を見張るものがあった。俺の欠点を的確によく分かっていたしな」
「えへへ、そうですか」
「優秀なバトルマニアだ」
「えっ、私の評価、バトルマニアですか!?」
なんかすっごく不名誉なんだが!?
しかし、ここまで出たセピアの情報をまとめるとそうなってしまうのも致し方ないことか……。
でも嫌だなぁバトルマニア……。
「1つ聞かせてくれ、セピア、お前は俺があいつに勝てると思うか?」
やや重苦しい様子でそう訪ねて来たアスクに、私はこう即答した。
「思います。勝てます。貴方の意思が本物ならば」




