39.誰何のビアビア
見まくってるし知りまくっている師匠のことだが、一応、心配しているのは事実である。
普段なら決闘を申し込んできた相手の心配を逆にするところなのだが、負けたとあればさすがに……いや、それでもちょっと相手が心配かもしれない。
やり過ぎる人だからなぁ。
「おっ、じゃあ一緒に行っちゃおうぜ──って言いたいところなんだけど、仇を討つまで帰らないって決めちゃってんだよねぇ」
「意外と古風ですね!」
「『敵討ちなんてみっともない真似するな』みたいなこと言われてて、ちょっと喧嘩別れみたいなとこあってマジ参ってんだけど、俺も男として引き下がるわけにはいかねぇし、割と困ってんだよ」
「もしかしてその仇の姿も分からないって言うのか?」
師匠が非協力的なら分からなくても不思議ではないとおもうが、しかし、それは違うらしく、ケイスは渋い顔で首を振る。
「姿どころか名前まで分かってるくらいなんだけどな?」
「では、一体、何に困っているのですか?」
「その仇そのものが問題でさぁ──『ゼノビア・セプミティア』って言うんだけど」
「ブフォッ!!!」
ゼノビア・セプミティア!?
その攻撃的な名前を聞いた私は、思わず飲んでいた紅茶を豪快に吹きこぼしてしまうが、いや、え、師匠の仇が私だと!?
欠片も記憶にないのだが……?
「うわぁ!? どうしたセピアちゃん!?」
「い、いえ、知っている名前だったので……」
むしろ知り過ぎていると言っていい名前に驚くが、しかし、それは私だけではなかった。
そう、隣のアスクもゼノビアを尊敬してやまない人なのである。
「ゼノビアが? そんな馬鹿な……何かの間違いじゃないのか」
「この目で見てんだよ! あれは明らかにゼノビア・セプミティアだった!」
「だったら正当な決闘の結果なんだろ。そもそも、お互い納得の上で行われたものに、敵討ちだのなんだの言っている方がおかしいってことだ」
非常にごもっともな論理でゼノビアを正当化してくれるアスクだが……その方向で擁護されると、決闘が事実になってしまう!
したことないからな! 決闘! 何故なら手加減とか苦手だから!
……そう考えると事故で師匠と決闘した結果大怪我させてしまうのは、まあまあ、あり得そうな話なのか。
む、無駄にリアリティが出てきてしまった。
「自分の師匠がやられてるのに黙って見てる方がキモイじゃん? 俺としてはこの学園で超強くなってゼノビアぶっ倒さないと格好つかないわけ」
「お前、滅茶苦茶無謀なやつなんだな……」
「いや、やってみないと分かんねぇじゃん!」
確かにケイスの言う通り、生きる英雄、真紅の剣鬼、ゼノビア・セプミティアを倒そうなんて、私が言うのもなんだが無茶苦茶ではあるかもしれない。
だが、どれだけ相手が強大だろうと仇相手に怯まないその姿勢は素晴らしいものがある。
無理無茶無謀は学生の特権、むしろ、アスクにもそれくらいの志でいて欲しいくらいだ。
……いや、だから私が仇ではないんだけども!
「やらなくても分かる。相手は大英雄だぞ」
「関係ねぇし! むしろ相手が上であればある程燃えるじゃんかよ」
「やれない」
「やれる」
「やれ」
「や」
「ゃ」
やがて二人の口論は、先ほどの決闘のようにヒートアップしていき、『や』が連呼された結果、最後にはこんな言葉で締めくくられた。
「じゃあ魔闘大会で負けた方が相手の言う事何でも聞くってことでいいな!」
「上等! ガチで泣きべそかいても知らねぇからなマジで!」
「そっちの方がな!」
もはや子供の喧嘩のようになってしまっているが、双方本気なもので、口を挟むのもためらわれる。
平時であれば微笑ましく見ているところなのだが、今は謎のゼノビアもどきが気になって仕方ない!
一体、誰ビアで何ビアなんだー!
 




