36.弟が欲しすぎる
「やり合うだと?」
「より強い方とやった方がセピアちゃんの為にもなるだろ? まあ、やるまでもないかもしれないけど。だって俺、魔闘大会で優勝する予定だし?」
「は? 優勝するのは俺の方に決まってるだろ」
「いや、俺の方だから」
「俺だ」
「俺」
「お」「れ」
いつの間にか二人はバチバチな雰囲気で睨み合い、本来話の中心だったはずの私は完全に置いていかれていた。
ちなみに魔闘大会とは決闘の授業の派生のようなもので、各学年ごとに魔法自慢たちがトーナメント形式で戦い合う大会のことだ。
強さを求めるアスクとしては当然参加したいだろうが、ケイスの方も優勝を目指しているのは意外ではあった。
いや、さほど意外でもないのか。
先ほど感じた手の感触からすれば。
「言葉で何を言っても変わんないし、アスク、決闘で白黒付けようぜ。それともビビっちゃうのか?」
「ビビるわけがないだろうが! さっさとやるぞ」
杖を手に携え、少し距離を取り始める両者。
既に臨戦態勢な様子で、両者から闘気があふれ出している。
というか、あれ、私を取り合う的な恋愛小説な雰囲気ではなかったのか?
完全に蚊帳の外なのだが……。
『男と男の熱いぶつかり合いの前には、ゼノビアの淑女力なんてないようなものなんだね』
淑女力が足りていなかったか……。
男子の戦闘意欲の旺盛さにはほとほと呆れるほかないが、まあ、若いうちはそういう気持ちも大事だろう。
特に水は注さずに、決闘の行く末を見守ることにする。
少し張り詰めた空気のまま、アスクとケイスは杖を構え、真剣な表情で見つめ合っている。
既に決闘は開始されており、後はお互いの気持ち1つ……と言ったところか。
ここで大声とか出したら2人とも驚くだろうな。
いかん、いたずら心が。
『子供みたいなこと考えてないで! どっちが勝つと思う?』
レイヴも何だかんだ男の子なので、決闘に興味津々な様子で私にそう問いかけてくる。
相対的な強さを見抜くのは私の苦手分野なので、ぶっちゃけどちらが勝っても不思議ではないと思うのだが、それでも敢えて言うのなら──恐らくケイスの方が強いだろう。
『へー、軽そうなのに』
どうにも遊んでいる雰囲気があるケイスだが、肩に乗せられた腕は非常に逞しく、そして多くの傷跡や潰れたマメが見て取れた。
あの年では考えられないほどの相当な訓練を積んでいるはず。
アスクもかなり強いのだが、まだまだ未熟な面が目立つので、やや厳しい戦いになりそうに思う……まあ、あくまでぱっと見の印象なので、やっぱりよく分からないのだが。
『おっ、始まるみたいだよ』
そのレイヴの声に応えるように、両者の杖が動きだす。
先に魔法を放ったのはアスクの方だった。
「食らってゲロ吐いて寝てろ!」
その赤い軌跡はアリスにも使っていた『ひれ伏せる魔法』で、相手の脳を揺らし強制的に立てなくする魔法である。
どうやらアスクの得意魔法の様だが、実際、一撃で戦いを終わらせられる強い魔法な上に、それを先手で放つのは戦い上手だと言える。
「『ひれ伏せる魔法』くらい対処できねぇと決闘なんてできねぇっつーの! ふんっ!」
軽口を叩きながらも、強気な表情でケイスは──なんと赤い魔法をその杖で真っ二つに切ってしまう。
凄まじい技量だ。学生レベルでは頭1つ抜けている。
そして、あれは魔法ではなく、ただ単純に魔力を杖に込めて切り裂くだけの技術である。
私が得意にしている技でもあるのだが──これで1つの確信を得た。
ケイス、彼は私と同じ師を持っているかもしれない。
『えっ、あの人の弟子なの!? じゃあ、ゼノビアの弟弟子ってこと!?』
……そうか! つまり実質ケイスは私の弟なのか!
えー! そう思うと急に可愛げが増してきた気がするな!




