30.美味しいのも困りもの
「これくらいは普通よ。それより、早く荷物を広げちゃわないと私がこの部屋のスペース全部奪っちゃうわよ。とりあえず、ベッドは右を貰うわ」
「あっ、そうですよね! では私は左を……」
左右に振り分けるように設置されたベッドの内、右に既にアリスは腰かけていたので、自然と私は左を支給されることとなった。
ベッドに触れてみると、柔すぎることもなく硬すぎることもなく、非常に丁度いい感じの感触をしていて私は満足する。
そうそう、こういうのでいいんだよ。こういうので。
「適当に準備したら、明日の授業の用意もしないと……セピア、貴女、必修以外は何を取ってるの?」
「あっ、一緒だったら嬉しいですね! えっと、確か──」
入学前に講義選択はなされているのだが、あの時の私はすっごく舞い上がった状態で授業を取っていたんだよな……何を選んだのだったか。
「『光魔法』と『動物使役』と『花魔法』、あと『占い』でしたかね」
「ど、どれも実用性が微妙ね……『動物魔法』くらいよ? その中でまともに使えるの」
各々説明すると、『光魔法』は入学式で校長がやったような煌びやかでショー的な魔法のことで、『動物使役』は動物と仲良くなれる魔法、『花魔法』は単純に華を咲かせる魔法で、『占い』はまあ占いである。
確かに実用性……と言うか、戦闘力に乏しいのだが、戦いはもうコリゴリなので趣味全開で選ばせてもらった。
特に光魔法は憧れなので力を入れて学習したいところだ。
「もしや被りゼロですか」
「動物使役は被っているから、それは一緒に習いましょう。あと必修の時間も合わせましょうか」
「すごい! 超友達しています!」
「講義内容をしっかり覚えるのにも、友達がいた方が分担出来て便利なのよね」
「実利的な友達!?」
愛らしい見た目の割には、色々と目敏いアリス。
けれど、そんなことを言いつつも何処か気恥ずかしそうな彼女なのだった。
なるほど……あんな風に顔を赤くすると可愛いのだな!
今度真似しよう!
『絶対真似できないと思う』
★
その後、私たちは荷物を整理し終えると、夕食をとるためにまた一階に戻った。
食卓にはずらっと料理が並べられ、どうやら見栄え重視の宮廷式であることがうかがえる。
こうやって、最初から全ての品目を置いておくことを貴族は好むのだが、驚くほど冷めるという問題も抱えているんだよな……。
「そんな美味しくはないわね……」
「そうですか? 食べられますよ」
「食べられるかどうかは美味しさと関係ないわよ!」
「でも温かいですし」
アリスは当初の懸念通り結局味に文句を言っていたが、さすがは魔法学園と言うべきか、並べられてからそこそこの時間が経っていると思われる料理たちはしかしまだ温かいままだった。
食器に何らかの魔法が施されているのだろうか? なんにせよ温かい飯が食べられると言うのはありがたい。
戦場で食べる兵食は基本美味しさを削り取って作られるので、私からすれば温かくて不味くなければ料理として満点を上げたくなる。
『戦場飯ってなんであんなに不味いの? いや、食べたことはないんだけどさ』
素朴な疑問は口にするが、剣なので料理を口に出来ないレイヴである。
恐らく兵士の不平不満でよほど不味いモノなのだと思ったのだろうが、まあ、言ってしまうと、美味しすぎる食べ物は戦場に向かないのだ。
理由は簡単で、美味しいとこっそり食べる不届き者が後を絶たなくなる可能性があり、想定より早い期間で兵食が途絶えてしまう危険性も増えるからだ。
勿論、食えないほど不味いと士気が下がったり、そもそも食べなくなる者も出たりとそれはそれで問題になるのだが、そこまで不味くなることは中々ないので、現状の不味くもなく美味くもないくらいが丁度良いのだと私は思っている。
「いや、普通に美味しい方やろ。アリスの舌が肥えすぎや」
「誰の舌がデブですって?」
「そこまで言ってへんわ!」
なんて楽しい会話が続きながら、食事は和やかに進んだ。
そして、この会食でようやく南方寮の全容が見えて来たのだけど、なんと入居者は10人にも満たないらしい。
この場にいるのは6人程度だが、他の数人はそもそも食卓に降りてきてさえいない……さすがは変わり者揃いだとケットルが言うだけのことはある集まりだった。




