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九話 めぐりえ

「蓮花。全然出ないじゃん!」


 肝心の心霊映像が撮れないメリアは、缶ビールを喉に流し込みながら悪態をついていた。


 午前三時を回った現在は、小休憩中だ。

 メリアが借りている202号室にはけて、お菓子と酒のつまみを広げている。


「もっと、こう! 呪われたアパートらしいラップ音とか、天井からよく分からない物が落ちてくるとか、そういうのないわけ!?」


 蓮は、うるさい声に顔をしかめて、ペットボトルのミルクティを一口飲んだ。


「怪奇現象が撮れなくても、心霊スポット巡りの配信は滞りなく進んでいますから、なんの問題もないのでは?」


 視聴者のほとんどは『心霊現象』みたさにメリアの動画を見ているわけではない。

 彼らが望んでいるのは、メリアの身にトラブルが起きることだ。


 それが心霊染みていても、はたまた事故や怪我でもかまわない。

 自分に火の粉が降りかからない距離にいる他人が怯え驚き慌てふためく様子は、一種の『エンターテイメント』なのである。


 だから、メリアの配信動画に『本物』が映りこむかどうかはさして問題にならない。


「視聴者が期待しているのは、メリアさんが絶叫するところだと思います。ぼくが屋根に登って人形でも投げましょうか?」

「だめだめ。ヤラセはよくない!」


 酒のつまみでリスのように頬を膨らませたメリアは、手を振りながら熱弁する。


「この世にあるはずがないものって人類の夢だろ。夢を捏造しちゃったら、そいつは裏切り者じゃないか。そもそもあたしは『幽霊はいる』って信じてるんだから作り物を出す必要はない。ここには絶対になにかいるんだ」

「メリアさんは視えないのに、どうして信じられるんですか?」


「信じないとやってらんないからさ。幽霊がいなかったら、死んだ人はどこに行くわけ? 怖いだろ。あたしが心霊映像を撮りたいのは、そっち側がちゃんとあるって確認して、安心したいからでもあるんだよね」

「……あなたは」


 メリアの言葉に、蓮の心はぎゅっと押しつぶされた。

 彼女の考えは、我が身につまされてよく理解できたからだ。


 現世にいない――ということになっている――彼ら(・・)を視るとき、蓮は怯えつつも安心する。

 目の届く範囲ばかりが世界ではない。

 自分がこの世の道理に合わなくても、どこかしらに居場所があると教えてくれたのは、彼らだった。


 皆、同じ形をしていなくてもいい。

 他より足りなくても、余計でもかまわない。


 全てが倒錯とうさくした朱色の檻のなかで、『お前は異質だ』とすりこまれた心には甘美なほどの救いだった。


『蓮、あちら側を視てばかりはいけません。命を取られてしまいますよ』


 桜に注意されたときは『取られる』というイメージが湧かなかった。


 けれど、メリアを見ていて思ったのだ。

 彼らの方に視線を向けてばかりいれば、きっと蓮も、彼らの方でしか『いきられなく』なってしまう。


「蓮花、ちょっと呼びかけてみてよ。幽霊さん、出てくださいって!」

「……この部屋に出てもいいんですか」


 ここは、いわばベースキャンプだ。

 他でトラブルが起きた場合に、帰ってくる場所。

 ここが危険にさらされれば、当然、行程は中止にせざるを得ない。


「いい。もう、お化けが撮れればなんでもいい!」

「はいはい」


 適当にあしらう蓮は、お菓子の袋に手を伸ばしつつ、ちらりと窓に視線をやった。


 そこには、いつか転落したという女の子が、硝子に手をついてこちらを覗き込んでいた。


 幽霊を撮る絶好のチャンスである。

 メリアに、その『腕』があれば。


「……メリアさん」

「なに? 呼び出す呪文とか、お清めの塩とか必要?」


 メリアは、広げたナップザックから、1kg入りの食塩を取り出した。

 添加物を入れて人工的に精製した、紙袋入りの安価なものだ。


 蓮はすっかり脱力した。

 浄化に使うなら、せめて天然塩を用意しろと言いたいところだが、おおざっぱなメリアに言ったところで念仏より効果がないだろう。


「そんなに心霊映像が欲しいなら、自分でも撮っていたらいいじゃないですか……」

「はっ? 誰の顔が化け物みたいだって!?」

「それは言ってないです。さすがのぼくでも、本音は口に出せないです」

「言ったも同然だろうがよ! ちょっと綺麗な子はこれだもんな!」


 メリアは、袋に入ったままのコンビニパンを、蓮のほっぺたに押しつけてケラケラと笑う。


「馬鹿にされたらやる気が出たぞ。行こうか蓮花少年。最後の部屋へ、エイエイ?」

「おー……」


 やる気のない声を上げてクラッカーを飲みこんだ蓮は、リュックからぬいぐるみを外してポケットに入れた。


 旅に出掛けた子供に必要なのは、家に帰るための旅券。

 それに、家族が持たせてくれた『お守り』だけだ。


 帰る場所があるから、どこへだって行けるのだ。

 雨が上がるまで、孤独に耐えられれば。

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